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62.スカイ

2022/2/23 2話目の投稿です

 全国で発生した突発昏睡事件から二年が経った。

 千人近い人々が一斉に夢遊症に罹患した理由は今なお判明していない。それらしい仮設こそ経ったが、検証すら出来ない状態となってしまっていた。

 高見徹也たちがシャングリラへ最後の攻撃を仕掛けた日、全ての夢遊症罹患者は目を覚ました。それ以来、誰一人として夢遊症にかかっていない。悪魔を送り込むシステムを使って夢の世界へ行こうとしてもたどり着くことはなかった。

 恐怖も怒りも時間が経てば風化する。夢遊症の脅威を煽っていた人々も、怯えて八つ当たりをしていた人々も、新しい患者も情報も無くなった今、かつての自分たちの行いなどなかったかのように過ごしている。

 世界は何事もなく回り続け、当事者以外のほとんどは夢遊症という名前すら思い出さなくなった。

 そんな社会のとある事務所で一人の元夢遊症罹患者が面接を受けていた。


「宇津美康太さん、ね」

「はい、よろしくお願いします」

「運送の職歴はあり、と。でもここ数年はバイトで生活していたと」


 面接官は細身な中年男性と白髪の男性の二名である。彼らの前で宇津美は緊張を隠し切れずにいた。

 かつて宇津美は運送会社でドライバーとして勤めていた。

 ある日、トラックを運転中に横から信号無視の暴走車両に突っ込まれた。

 宇津美自身にさしたる怪我はなかったが、トラックは衝撃で流れ信号待ちしていた中学生を撥ねてしまった。

 ハンドルを切って突撃を回避しようとした。ブレーキを全力で踏んだが大型トラックの重量は中学生を圧殺するのに余りあるものだった。

 トラックに突っ込んだ暴走車のことはろくに報道されず、あたかも宇津美が運転するトラックが暴走し中学生を轢き殺したように扱われた。

 夢遊症に罹患する前はそれを理由に面接で蹴られた。宇津美の存在が運送業界の信用を台無しにするという説教付きだった。

 面接となるとどうしてもその時の記憶が蘇る。腹をくくったつもりだったが平常心とはいかない。


「どうしてドライバーを一度やめたんですか?」

「……実は」


 宇津美は洗いざらい話した。

 仕事中に事故を起こしたことも夢遊症に罹患したことも隠さなかった。

 どうせ少し調べればわかることだ。履歴書にかつて勤めた職場の名前まで書いているのだから、そこへ問い合わせされれば事故のことはすぐに分かる。

 嘘をつかず、面接官の目を見てはっきりと喋る。

 ごまかしは最悪手だ。後ろ暗い経歴となってしまったが、しっかり説明することで誠実に向き合っていると伝わってほしかった。


「なるほど、よく分かりました」


 白髪の面接官は表情を変えずに頷いたが、細身の面接官は不信感をあらわにしていた。


「宇津美さん、この経歴でよくまた運送に関わろうと思ったね」


 さあっと血の気が引いた。貧血にも似ためまいがする。

 大丈夫、これくらいのことは何度もあった。そうそう貧血になんかならない。しっかりと呼吸して息を整えろ。ここで動揺していたら運転に不安が残ると判断されかねない。

 慣れ切った自分が冷静に判断するが体は思い通りに動いてくれない。唇から温度が失われていくのが良く分かる。


「いくら事故とはいえ、トラックで人を殺した人間を雇うわけないってわかるでしょう? 常識的に考えてさあ」


 細身の面接官はそう断言した。

 宇津美はがっかりした。悔しいし情けない。腹立たしい気持ちもあった。

 岸辺当真を殺してしまったことは事実だ。受け入れるしかないが宇津美にだって言い分はある。裁判でも情状酌量の余地ありと判断されたから執行猶予扱いになったのだ。

 事情も斟酌せず、面接に呼んだというのにあからさまな失望と侮蔑の視線を向けられる謂れはない。


 人事ならきちんと下調べしろ。呼びつけておいてなんだその態度は。こんな会社こっちから願い下げだ。


 怒鳴りつけてやりたい衝動は膨らみ、すぐにしぼんでいった。

 胸に残ったのは諦念だった。

 もう何度も似たようなことを言われた。こういう相手に怒るだけ時間と感情の無駄遣いだ。

 理解したところで苛立ちも悔しさも無くならないが、諦めることが最善であると経験で理解していた。

 ここですべきことは簡単だ。お時間をいただきありがとうございました、と頭を下げて丁寧な態度で退室すればいい。そうすれば時間の無駄を最小限に抑えられる。

 宇津美は面接で何度こき下ろされてもまた挑戦するくらい運送の仕事が好きだった。社会復帰が望めるならまた運送の仕事をしたいと思っている。ここで感情のまま怒鳴り散らして悪評を立てることはできない。

 それでもいい加減、心が折れてしまいそうだったが。


「お――」

「いえ、待ってください。宇津美さん、申し訳ありませんが三分ほどお待ちいただけますか?」

「……? かしこまりました。問題ありません」


 冷静ぶって答えたが内心では驚いていた。

 白髪の面接官は宇津美に対する侮蔑は見られなかった。表情はほんのわずかに変わり、申し訳なさそうに目じりを下げている。


「君、こちらへ来なさい」


 白髪の面接官は細身の面接官を連れて中座した。

 宇津美は姿勢を崩さないよう深呼吸しながら背筋を伸ばしていた。もしかすると、人に見られていない場所で気を抜いて雑な仕事をしないか試されているのかもしれない。

 きっかり三分後、白髪の面接官のみ部屋に戻って来た。


「先ほどは弊社の社員が失礼な態度をとり、申し訳ありませんでした。お待たせしたことと合わせて謝罪します」


 白髪の面接官は宇津美に深く頭を下げた。

 狼狽したのは宇津美である。これまでこんな対応をされたことはない。せいぜい表では良い顔を繕う程度だ。裏では宇津美を笑いものにしている会社もあった。自分の会社の防音性を把握しないで人の悪口を言う会社の程度が知れてよかった、と安心したことすらある。

 思わず宇津美は中腰になった。


「そんな、頭を上げてください。これくらい慣れっこなんで、どうかかけてください」

「ありがとうございます。失礼します。宇津美さんもどうぞ」


 面接官と立場が逆転したようなことを言ってしまった。自分も席を勧められてようやく宇津美は自分の腰が浮いていたことに気付き、座りなおした。


「慣れっこですか、ひどい話です」

「いえ、私が当真君……少年を轢き殺してしまったことは事実ですので」

「ですがあれは横から暴走車両に突進されたことが原因でしょう。宇津美さんに全ての責任があるような扱いは慎むべきだと思います」


 言われて宇津美はぽかんと口を開いてしまった。

 ずっと宇津美が言いたかったことだ。加害者というレッテルと轢き殺してしまった相手への罪悪感が口にすることを許さなかった言葉だ。

 どうしても気になって宇津美は口を開く。


「失礼ですが、私からもひとつ質問させていただてよろしいでしょうか」

「はい、構いません。どんな質問でしょうか」

「なぜ私が起こした事故が、暴走車に突進されたことによるものだとご存じなのでしょうか」


 これまでトラックに突っ込んだ暴走車量の存在は不自然なほど伏せられてきた。宇津美が主張しても聞き流されるだけだった。

 他人の口から暴走車両のことを聞いたのは初めてだった。


「恥ずかしながら、私も最初はトラックの運転手に腹を立てていました。報道はどこを見てもトラックが暴走した、運転手が居眠りをしていた疑惑がある、などと言っていましたから。

 宇津美さんの募集を見て、正直なところ断るつもりでいましたが、妙にその事件のことが気になりまして。調べてみると最近話題になっているではないですか。そこで事故の真相を知りました」


 こちらです、と面接官は自分のスマホ画面を宇津美に向けた。

 インターネットのニュース記事だった。見出しは『卑劣ななすりつけ トラック事故の真相』となっていた。

 記事の序文でトラック運転手が暴走し中学生を轢き殺した事件について触れ、すぐに『はたしてそれが事実なのか』と繋がる。

 新聞やテレビでは似たようなアングルから撮影された写真や動画しか使われていないことを指摘し、個人の証言やSNSに上がった画像をもとに他の車が関与したことを示していた。

 宇津美はむしろ被害者であると明記された記事は、トラックに突っ込んだ暴走車の運転手こそが事故の元凶であり罪を擦り付けた卑怯者であると締めくくられていた。


「インターネットに書かれた記事を丸のみはしませんが、検証に信憑性はあると感じました。宇津美さんが勤めていた職場に問い合わせても勤務態度はまじめそのもの、報道されたような暴走をするようには思えません。こうして顔を合わせて記事の内容が事実であると確信したところです」


 宇津美はありがとうございます、と言って面接官にスマホを返却した。

 嬉しいとかなぜ今になってとか様々な感情に襲われてどうすればいいか分からなくなっていた。


「では面接を続けましょう」

「……はい!」


 返事をしながら、なぜか夢の中で出会った少年の顔を思い出していた。


本日中にあと3回投稿する予定です

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