59.岸辺当真⑥
2022/2/20 2話目の投稿です
死んだ後のことはよく覚えていない。脳みそも原型留めないくらい壊れちゃったので仕方ないと思う。
気が付けば真っ暗な場所にいた。右も左も前も後ろも上も下も分からない場所をどれだけ漂っただろうか。
数日くらいだった気もする。百年くらい漂っていた気もする。
その間は高見沙雪を悲しませたくない、死んでたまるか、それだけ考えていた。
ふらふらふわふわしていると懐かしい気配に引っ張られた。
抵抗する必要性を感じなかったのでされるがままに導かれる。
そこで当真は再び沙雪と出会う。
沙雪は記憶にあるより少しだけ身長が伸びて顔立ちも大人びていた。
もう何年か経ってしまったのかもしれない。自分が死んだことは薄々気付いていたので衝撃はなかった。
死んでもなお沙雪と会えたことが泣きたいほど、叫びたいほど嬉しくて仕方なかった。
そんな気持ちでいられたのは数分の間だけだった。
沙雪は一心不乱に何かを作っていた。暗い場所で何も食べず眠ることもなく、手を光らせたり粘土のようなものをこねたりしていた。
何をしているのかいまひとつ理解できなかったが、楽しそうには見えなかった。ひたすらに無感動で淡々と何かを作り続ける姿は健康的とは思えなかった。
何をしてるのか、少しは休んだ方がいいんじゃないか。
そう言いたかったが声が出ない。動くことすらできない。
当真は真っ暗な中に押し込められた。手を伸ばせば届きそうな距離なのに肝心の手がない。動くこともさまようことすらできず、死んだような顔で何かを作り続ける沙雪をすぐそばで眺めていた。
何が起きているのだろう。どうしてこうなってしまったのだろう。
つらそうな沙雪を見続けるのはあまりにつらい。じっと眺めていると泣きわめきたくなる。今はもう泣くことすらできないのに。
見たところ沙雪は二十歳くらいになっている。ということは当真が死んでから五年ほど経ったことになる。
いったい何があればこんな暗い場所に閉じこもろうと思うのだろう。よほど辛いことがあったのだろうか。
長い時間が経った。沙雪の技術はつたないが、それでも何を作ろうとしているのか分かるようになってきた。
人形だ。大きさがまちまちで顔の造形がへたくそ過ぎるせいで誰だか分からないが、人型の何かであることは間違いない。
この時点で嫌な予感がしていた。
近頃、どこからともなく頭の中に情報が入り込んでくるようになった。
ここは夢の世界である。現実逃避した人が行きつく先の世界だという。
現実世界から救出隊の人々が入り込むようになった。彼らが侵入経路を確立したことにより現実世界の情報が流入するようになっていたのだ。
現実世界の沙雪は病院で眠っている。高校卒業後、大学に進学し、二十歳の誕生日に倒れているところを発見された。
沙雪が病院へ運ばれて早二年が経っている。現実世界で体が弱り始めていると知って当真は気が気ではなかった。
誰か沙雪を起こしてくれと願ったが、願いはどこにも届かない。当真と沙雪がいるのは世界の根幹。他の夢遊症罹患者も、悪魔と呼ばれるようになった人々も存在すら知らない場所だった。
情報は一方通行で入って来る。知れば知るほどどうにかしなければと焦るが当真には何もできなかった。
夢の世界なら少しくらい融通をきかせてくれてもいいだろうに。
それからさらに一年ほど経ち、当真は沙雪の願いを知った。
沙雪の造形の腕は上がっていた。かつては子供の落書きのようだった顔が次第に鮮明になっていった。
人形に描かれたのは岸辺当真の似顔絵だった。
まさか、と思った。高見徹也の記憶によれば、沙雪は当真が死んだ後にふさぎ込んだが友達の支えもあり立ち直っていた。沙雪が現実逃避した理由は大学で何かあったのだと推測していた。
推測は外れていた。すべては当真が死んだことが原因だった。
存在しない指先から全身が凍り付くような思いだった。
それからさらに二年ほどの間、どうすれば沙雪を自分から解放できるのか考えていた。
死んでしまったことは仕方ない。当真だって死にたくなかったが、あんな突発的な事故はどうしようもない。未来予知でもできない限り事故の回避はできなかった。遺体の損壊具合を考えると根性や受け身で何とかなるレベルではなかった。
今さらぐだぐだ考えても過去は変わらない。どうにか動けるようになった時にどうすれば沙雪を助けることが出来るかが重要だった。
考えて考えて、当真はひとつの答えにたどり着いた。
さらに一年経った。沙雪がこの世界に来ておよそ五年である。
きっかけは当真を轢いてしまったトラックの運転手がこの世界に来たことである。
トラックは信号無視の暴走自動車に側面から突っ込まれたことで進路がずれ、当真にぶつかることになった。法律上の扱いはともかく、当真から見れば彼も被害者である。
そんな運転手は事故がきっかけで職を失った。法廷に引きずり出され、世間から叩かれ、心を摩耗させながらも耐え忍び、再び運送会社の面接を受けた。彼は運輸の仕事が好きだった。
面接官の一人に「人殺しなんて雇うわけないでしょ」と鼻で笑われた。
他の面接官の視線も冷ややかだった。
数年が経っても付きまとう人殺しの汚名。トラックに突っ込んだ自動車のことはなかったことにされ、自分ばかりが石を投げられる。
心が折れた。当真を死なせてしまったことは申し訳ないと思っていたが、全てが自分のせいとまでは思っていなかった。自分で納得していない罪に押しつぶされた。
彼は夢の世界に降り立った。その時に、彼が持っていた岸辺当真の情報が夢の世界に流入した。彼は遺族に謝罪しようとし、当真の母のこと、父のこと、家庭環境を知っていた。
沙雪が作った当真人形は本物より若干美化されていたが瓜二つな完成度に到達していた。
しかし、外見がどれほど似ても沙雪の思い通りの受け答えしかしない人形など岸辺当真ではない。沙雪は暗闇でひとり人形を作り続けていた。
運転手が持っていた情報が当真人形に混ざり、沙雪の思い通りではない当真人形が生まれた。
沙雪の目の色が変わった。
最後に作った人形に光を見た。この人形は特別なのではないか。岸辺当真になりうる存在なのではないかと認識した。
その瞬間、当真は人形の中に入り込もうとした。
当真は歓喜した。これまでの失敗作の人形とは違い、この体なら自分が入ることができると直感した。
体があれば動くことができる。沙雪と話すことができる。現状を打破できる。
しかし当真は弾き飛ばされ、人形に入ることはできなかった。
唖然とする当真の前で沙雪の姿が変わっていく。
髪は金に近い茶色から真っ白へ。
瞳と輪郭は丸く、十五歳くらいの幼さへ。
服装もどこかの漫画から引っ張ってきたような典型的ファンタジーの服へ。
「ああ、ようやく……!」
沙雪は、沙雪だった少女は顔を伏せてから声をあげた。
「ようこそ、勇者さま!」
当真は「久しぶり、高見」と言おうとした。言いたかった。
「とりあえず説明ください」
一縷の望みを託して叫ぼうとしたが口をついて出たのはまるで違う言葉だった。
沙雪はただ当真を生き返らせようとしたのではない。
当真が幸せに生きられることを願った。
てらいなく笑えるよう余計な記憶を与えなかった。
結果、容姿や性格が岸辺当真とよく似た、トーマという別人が生まれた。
沙雪は当真を蘇らせることではなく、当真が幸せに生きることを望んだ。
そのため本物の当真は弾かれてしまった。
トーマは過去のことは知らないように、思い出すことがないようにと沙雪に定義された。
沙雪はトーマに自由を与えていたが沙雪の支配下にあることは変わらない。世界の中心に留め置かれた当真がトーマに干渉しようとしても大した影響は与えられなかった。
しかし、時折トーマは当真の記憶に影響された言葉を言った。フィオナの中にいる沙雪はそれが嬉しかったのか、ほんのわずかずつ当真は影響力を増していた。
決定的だったのはトーマの首が斬り飛ばされた瞬間である。
トーマは人形だ。死ぬことはない。
しかし致命的な損壊であることも間違いない。あのまま放置されればいずれは消滅していただろう。
沙雪が高見と話している間にトーマの意識は少しずつ体から溶け出し世界の中核へ流れて行った。
トーマと当真は接触した。
沙雪が作った人形という定義から零れ落ちたトーマの意識に当真が触れ、当真の魂はトーマの中に滑り込んだ。
たったひとつの願い事。
沙雪にお別れを言うためだけに。




