56.岸辺当真③
2022/2/19 2話目の投稿です。
中学校に入るとあからさまにやばい女と同級生になってしまった。
そいつは入学初日の時点で明るい髪色をしていた。染めてんのか、と即座に思った。
せっかく家が二つの学区の中間にあることを利用して同じ小学校からの進学者が少ない学校を選んだのに、こんな不良と関わっていては意味がない。当真は彼女と距離を置くことに決めた。
赤の他人のことより自分のことが優先だった。
小学校も高学年になると暴力を振るわれることこそほとんどなくなったが、無視されることは相変わらずだった。陰口を言われることが増え、あることないこと悪い噂が流れていた。
たいていの噂は当真が暴力を振るったとか動物をいじめていたといった内容で聞くたびにげんなりした。もちろん事実無根である。
ヤクザ相手に喧嘩して幹部を殺してスカウトされた、なんて話を聞いた時にはさすがに笑いそうになった。マンガじゃあるまいにそんなことあるわけがない。そもそも当真にはどこに行けばヤクザと会えるかすらも分からない。
どうすれば踏みにじられず生きて行けるか考えていた。
暴力的に振る舞うことは論外だ。喧嘩に強いわけではないし暴力を振るうことは好きじゃない。社会に出たら腕っぷしで何とかなる問題なんて限られているし、何より暴力を振るった瞬間に当真は社会的に死ぬ。
息を殺して腰を低くしているのも駄目だ。それを実行した母はいたぶり殺された。当真もさんざん殴られた。
強い地位を手に入れることは不可能に近い。殺人犯の子供というレッテルは努力や信用を積み重ねることすら困難にする。
手詰まりになって図書館のインターネットを頼るが答えは見つからない。
うんうん唸りながら検索サイトを特に意味もなくスクロールする。
「これだ」
ニュースの中に、部下の女性から管理職男性へのハラスメントという記事があった。
普通に話しかけただけでもパワハラセクハラと言われ仕事を振ることが出来ず、上から責められ心身を壊し退職に追い込まれた男性の話だった。
ことの真偽はどうだっていい。記事に書かれている通りのことが本当にあったのかもしれないし、男性が嘘をついたり誇張した内容を訴えているのかもしれない。当真には確かめようがないし、興味もなかった。
目を引かれたのは、ハラスメント被害者の言動により、管理職の方が追い詰められたという点だ。
セクシャルハラスメントとは相手の意に反する性的な言動により不快な気持ちにさせたり、働く上での不利益を与えることを言う。パワーハラスメントは相手より優位な立場を利用して職務の範疇を超えた言動をとり不利益を与えることを言う。
関連記事によると、セクハラの場合も業務上優位な立場を盾に強要することが多いのだとか。
ハラスメントを防止するための法律が存在し、世間の風潮はハラスメントを行った者に対して厳しい。
「弱い立場も武器になりうるってことだよな」
視界が開けたような気がした。
当真にとってこの記事のキモは管理職、すなわち上司が部下の言動により立場を失ったという点だ。
部下はハラスメント被害に遭った被害者として振る舞うことで、法律と世間という上司より強い力を味方につけた。
社会の強さというものは身に染みてよく知っている。敵に回せば戦う気力すら失せるその強大さが良く分かる。
大切なのはいかに「哀れな被害者」として存在をアピールするか。
強さはいらない。自分より下だと思っている相手が強さを見せたら脅威を感じて殴りたがる人は多い。
息を殺して潜んではいけない。人目に付かなければちょうどいいと笑って殴る人がいる。
安心して見下していられる弱者として認識される必要がある。
当真は知っている。みんな弱い者いじめと同じくらい正義の味方面をするのが好きなのだ。邪悪な犯罪者の息子を非難する人は、怒りながらもとても気持ちよさそうな顔をしていた。
目指すべきは『憐れむべき弱者』だ。当真を殴った人が責められる構図を作ればいい。
当真を庇うことで正義を振りかざせるようになれば、庇ってくれる人は必ずいる。
入学初日、当真はひどく緊張していた。
理屈をこねくり回してみたが正しいかどうか分からない。理屈が正しかったとしても実行できなければ意味がない。
小学校の頃からさんざん陰口を言われていた。同級生たちは『岸辺当真』という殺人犯の息子が同じ中学校に進学したと知っていた。
最初の自己紹介では当たり障りがないよう最低限の内容だけに留める。ここで自分は被害者なんですとアピールすれば相手は押しつけがましく感じる。あくまで相手が聞きたがっている時に話さなければならない。
岸辺当真という名前は知れ渡っている。自己紹介が終わって席に座る頃にはクラス中の視線が当真に集まっていた。
早く無害アピールしたい気持ちをこらえる。ここで騒いだら台無しだ。この様子なら絶対に誰かが話を聞きに来る。盛大にアピールするのはその時だ。
トーマの試みは成功した。クラスで一番声が大きそうな男子グループが話しかけてきた。そこで必死に哀れっぽく話した。
嘘は言わない。極端な誇張もしない。階段で小突かれて抵抗したら相手が落ちたことも、当真から襲い掛かったことにされたことも事実だ。今思い出しても理不尽過ぎて泣けてくる。
泣きそうな演技をしようと思っていたが本気で嘆いてしまった。それが功を奏したのか、中学校での生活は順調なスタートを切ることができた。
次から、次から明るくなるはずだから。




