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53.再会

「ねえ、どういうこと」


 真っ青な顔をした沙雪がふらふらした足取りで部屋に入って来る。

 高見はとっさに答えられない。すでに不安定な状態の沙雪を前に迂闊なことを口走ることはできなかった。

 沙雪は高見に歩み寄る。高見は窓のすぐそばに立っていた。自然、沙雪は窓の外の光景を目にすることとなった。


「なに、これ」


 世界の崩壊はトーマの予想よりも早かった。すでにシャングリラは半ばほどまで崩れている。この早さではあと一時間もしないうちにエア城含め消滅するだろう。

 沙雪は他の夢遊症罹患者より上位の権限を持っているが、それでも原因は分からなかった。崩壊を止めようにもその手段すら不明である。

 シャングリラ内部に崩壊を招く要因は見られない。外的要因によるものだと予想できる。


「またお父さんがやったの。そんなに私の居場所を奪いたいの」


 原因は、現実世界に戻ったはずなのに今も夢の世界にいる、自分の父親しか思い当たらなかった。

 沙雪はぎちりと奥歯を噛みしめる。高見を見るその目は煮えたぎる憎悪を灯している。

 高見はたじろいだ。前回の襲撃のことは高見なりに反省しているのだ。沙雪の意思を無視し説得すらしないで叩き起こす算段を立てていたのは申し訳なかったと思っている。

 今回の作戦は、トーマが悪魔の侵入に気付く前に沙雪を起こすというものだったが、高見は沙雪を説得したいと考えていた。

 沙雪の目覚めを五年も待っている友人がいることを伝える。それを聞いて沙雪がわずかでも揺らぐようなら叩き起こす。逆に全く揺れず眠り続けることを望むなら高見は諦めてしまったかもしれない。

 高見は前回と違い、最悪ぶっ殺されても文句を言えないことをしていると自覚している。慌てて否定しようとしたが何を言えばいいのか分からない。説明しようにも伝え方を間違えたらまた殺されそうな気がする。


「い、いや、違う。私は沙雪を現実で待ってる人がいると伝えに来ただけで、夢の世界を壊そうとしていない」

「じゃあこれはなに? 父さん以外にこんなことやろうとする人がいるの!?」


 沙雪の怒気が膨れ上がる。物理的な圧迫感すら感じて高見が後ずさると沙雪はズンと一歩踏み出した。その傍らの空間がゆがみ、トーマによく似た無数の人形の姿がにじむ。

 今の高見の能力は現実世界と変わらない。数十体の人形に襲われたらどうしようもない。

 再び娘の激烈な殺意を浴びながら殺されるのかと高見の額に脂汗が流れる。


「ごめん高見、犯人俺なんだ」


 高見はついさっきまで聞いていた声で、ついさっきとは違う調子の声を聞いた。一瞬自分が呼ばれたのかと思ったが、すぐに違うと理解した。

 沙雪の怒気が霧散する。現れかけていた人形たちの姿は消え、ぽかんとした表情で高見の向こう側を見る。

 そこにはトーマが立っていた。顔も服装もついさっきまで高見と会話していたトーマから何一つ変わっていない。

 なのに感じる印象が変わっている。今日は以前話した時と違っていたが、輪をかけて違う。言葉遣いは変わらないのにどこか荒っぽくスレた印象がある。


「あ……え…………?」


 沙雪は目を見開きトーマの方に歩み寄る。

 沙雪の態度もまたおかしかった。数秒前まで殺意混じりの怒気を向けていた高見を軽く押しのけただけで、すでに存在しないように扱っている。

 高見が知る限り沙雪は根に持つタイプだ。そのうえ頑固なので周囲に妥協できず周囲とぶつかっていた。

 その沙雪が外敵と認識している高見を無視した。怒りを押し殺した様子もない。押しのけたのも、当てつけや暴力ではなく純粋に邪魔だからどかしただけだった。


「……うそ、岸辺なの?」

「久しぶり」


 少年はやわらかく笑った。荒っぽさは冗談のように消えていた。

 沙雪はたっと駆け出す。両目の端からぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちた。

 ぶつかりそうになっても速度を緩めることなく沙雪は少年に向かって飛び込んだ。

 少年はそれを正面から抱き止め、くるりと回って衝撃を逃がした。


「本当に、本当に岸辺なの?」

「本当に本当の岸辺当真だよ」

「…………夢じゃないよね?」

「夢ではあるんじゃないかな」

「そっか、そうだった。何言ってんだろ私」


 あはは、と沙雪は笑った。両腕を少年の背中にやってきつく抱きしめる。

 少年——岸辺当真もまた沙雪の背中にポンと手を当てる。


「君は、岸辺当真君なのか」


 高見は沙雪の態度の変わりようを見てひとつの推測をした。

 目の前の少年は沙雪が作った人形の『トーマ』ではなく、中学校で沙雪と知り合い、十年前にトラックに轢かれて死んだ岸辺当真ではないか。

 そう考えれば納得できる。人形はどれほど精巧に作られていても人形に過ぎない。夢遊症罹患者が望んだ反応を返すだけの存在でありそれ以上のことはできない。

 自由意思を与えられたトーマでさえ、沙雪が知る『岸辺当真らしさ』を再現しているだけの存在だと考えていた。

 目の前にいるのがトーマではなく岸辺当真だとしたら人の変わりようにも納得がいく。別人になっているのだから人が変わって当然だ。

 唖然とする高見の方を当真はちらりと見た。


「ずっと、ずっと会いたかった」

「俺もずっと言いたいことがあったんだ」

「それで会いに来てくれたの?」


 沙雪は当真の胸にうずめていた顔を少しだけ離した。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を当真に向ける。

 当真は苦笑いしながら顔をぬぐってやる。微笑ましいし再会をこれほど喜んでくれるのは嬉しいので顔が汚れていても問題ないのだが、後から沙雪が思い出した時に致命傷になってしまいそうな気がした。

 ぬぐわれてようやく自分がひどい顔をしていたことに気付いた沙雪は笑って誤魔化した。


「ねえ、何を言いたかったの?」


 沙雪はねだるように言った。

 そわそわと落ち着きなく、頬を染め、当真の顔を見たり視線を逸らせたりしながらも期待に満ちた表情だった。

 そんな沙雪を愛おし気に眺めながら当真は笑顔で言った。


「さよならを言いに来たんだ」


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