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51.決着

「……トーマ」

「お久しぶりです。元気でした?」

「おかげさまで元気にならざるを得なかった」

「そりゃよかった」


 トーマはけらけらとおかし気に笑う。その姿になんとなく違和感を覚える。

 穏やかで楽し気ではあるのだが、肌がひりつくような攻撃性が見え隠れしている。

 高見が知るトーマはこんな笑い方をしない。敵であろうが理を認めたら普通に会話するような、良い意味のゆるさがあった。


 正面から戦っても決して勝てない相手といきなり対面した。

 知っているはずの相手が別人のように見える。


 目的達成の前提条件すら満たせなかった状況の悪さと唐突な変貌への困惑で冷や汗が止まらない。

 軽口を叩こうとしてみたがうまくできない。焦りを誤魔化そうとしていることが丸わかりだ。

 見つかったのに生きている理由は分からない。沙雪が目覚めれば、沙雪の望みをかなえるための存在であるトーマはおそらく消滅する。そうでなくとも今のトーマの意識は消え、他の人形と同様の自意識を持たない存在に成り下がるだろう。

 加えて沙雪は現実に戻りたがっていない。トーマにとって沙雪を起こそうとする高見は絶対に相いれない敵であるはずだ。


「立てますか」


 トーマに問われ、高見は無言で立ち上がった。

 そこでようやく周囲を見ることが出来た。

 高見がいたのは石造りの一室だった。面積は学校の教室ほどである。部屋の中央には一人がけのソファが二つ、四角いテーブルを挟んで設置されている。


「ここはエア城の尖塔の部屋です。シャングリラで一番高い場所です」


 前後左右の壁にはそれぞれ中央に四角い穴が空き空が見える。おそらく下にはシャングリラの街並みが広がっているのだろう。


「立ち話もなんですしそっちに座ってください」


 トーマは自ら奥のソファに腰かけながら言った。

 高見は素直に従う。今、こうして夢の世界に残れていること自体が奇跡的なのだ。うかつな言動でトーマの不興を買うリスクは減らしたかった。

 さりげなく周囲を探るが沙雪、もしくはフィオナの気配はない。この部屋にはいないらしい。

 どうにかして沙雪の居場所を掴みたいところだ。沙雪を目覚めさせればそれでいいのだから、目の前の怪獣に喧嘩を売る必要はない。


「沙雪はどこにいる?」


 いっそのこと直截に尋ねることにした。

 トーマは高見が沙雪の父であり、娘を助けるためにこの世界で戦っていたと知っている。高見が沙雪を狙っていることは明確であり、今さら誤魔化す必要はない。誤魔化そうとしてもできるはずがない。

 むしろこの状況で高見が沙雪以外を気に掛けるそぶりを見せたらトーマはそれこそ怪しむだろう。情報迷彩にしても露骨過ぎて役をしない。

 トーマは苦笑した。


「他に聞くこと無いんですか」

「たくさんあるが、私が願うのは娘の幸せだ。他の夢遊症罹患者はついでに助けてもいい、くらいのものでしかない」

「それでいいんですか社会人」

「今さら嘘をついても仕方ないだろう。それに、娘でなければ自ら夢の世界に引きこもった人を起こそうとは思わない」

「辛辣」


 そう言いつつもトーマは笑顔を崩さない。

 この一か月で夢遊症罹患者は急増した。それぞれ原因を探るため身辺調査をしたが、現実を捨てるほどのストレスがあると見られる人はごく少数だった。

 ストレスの感じ方は人それぞれであり、辛い思いをしている人が万人から見て悲惨な状況にいるとは限らない。多くの人が甘えだと切り捨てるような状況だったとしても、本人にとってはまさしく地獄のような状況だからこそ現実を捨てて夢に耽る。

 これまでの夢遊症患者は探ってみればそれらしいストレスの痕跡が見られたが、最近の新規罹患者はほぼ見つからなかった。


「察するに彼らは、現実逃避の結果夢の世界へ流れ着いたのではなく、誰かが何らかの目的のために引きずり込んだのだろう。目的は分からないが、実行しているのはトーマ君、きみだ」

「正解です」


 仮に新規罹患者がストレスに耐えかねた人々だったとしても、何百人と一斉に限界を迎えるとは考えづらい。何かきっかけとなりうる事件でもあれば話は別だが、夢遊症の新規罹患者は全国各地で発見されている。彼らに共通して強い影響を与えるような事件はみつかっていない。

 トーマは驚いた様子もなく頷いた。


「それで、沙雪はどこだ。無事なのか」

「無事ですよ。そもそも今、この世界に沙雪を狙う人は高見さんしかいません」

「……私しかいない?」


 おかしな話だ。高見以外にも悪魔はいる。彼らは目的こそ高見と違えど沙雪を狙っている。


「まさか、全員もうやられたのか」


 五年前より夢の世界に入るのに時間がかかった。もしかするとその間に他の仲間たちはやられてしまったのかもしれない。


「みなさん今頃どこかで良い感じの夢でも見てるんじゃないですか」


 高見は苦虫を嚙み潰したような顔をする。

 今回高見と一緒に夢の世界へ侵入を試みたのは夢の世界への適性が高い人々だ。前川も夢の世界に取り込まれやすいと言っていたが、その懸念が大当たりしてしまったらしい。

 トーマに気付かれる前に沙雪を起こす作戦だったが、夢の世界に入った瞬間にはもう捕捉されていた。


「殺されてはいなくても全滅では同じようなものだろう」

「違いますよ。夢の中でも殺されたらトラウマになったりするでしょう。……これでも小林さんには悪いことしたなって思っているんですよ」


 小林とはトーマが最初に殺した悪魔の名前だ。彼はトーマに顔を殴り潰されたせいか目覚めた直後はパニック状態だった。落ち着いてからも人の手が顔に近付くだけで恐慌をきたすようになってしまい、現在治療中である。

 悪魔の正体を知るまでは、殺そうとしてきた相手を返り討ちにしただけだと思っていた。

 真実を知り、仕事とはいえ善意で夢遊症罹患者を救助しようとした人にトラウマを負わせたことを申し訳なく思っていた。


「待て、なぜきみが小林のことを知っている」


 悪魔の数は一人や二人じゃない。同僚でもお互い顔も名前も知らない相手というのは珍しくない。

 体調というものは個人情報にあたる。病院でも軽々に流出させたりはしない。

 安村のことは病室を掃除していた清掃員が言いふらしていたが、彼女らも安村の詳細な情報を知っていたわけではない。断片的な情報をもとに思い込みで語っていた。安村の顔と名前が一致している清掃員はごくわずかだ。

 トーマは小林が現実世界でどんな状況か分かっているかのように話した。安村も今回高見に同行した悪魔たちも小林のことは詳しくないはずだ。

 自分の思考が読まれたのかと警戒する高見をよそにトーマはなんてことないように言った。


「今の俺なら現実の情報にも触れます」


 ぞっとした。目の前の少年はとっくに高見の想像を超える化け物となっていた。

 大勢の夢遊症罹患者を生み出したのはトーマだと確信している。トーマとフィオナが幸せに生きることだけを望み自分は眠る沙雪には他人を夢の世界へ引きずり込む動機が無い。

 ただ無差別に人を眠らせるだけでも危険だが、現実の情報を獲得し眠らせる対象を選べるのなら脅威の度合いが跳ね上がる。

 権力を持った政治家や大企業のリーダーが夢遊症に罹患すれば経済に大きな影響が出るだろう。連鎖的に追い詰められ、現実逃避する人も出かねない。バスの運転手や飛行機のパイロットが揃って眠ってしまえば悲惨な大事故が発生する。夢遊症に関連する研究者と技術者を片っ端から眠らされてしまえば現実から夢の世界へ手出しできなくなる。

 得られる情報の範囲と、現実への影響力によっては、目の前の少年は掛け値なしに世界を滅ぼせる。


「沙雪は今、フィオナの中で眠っています。最近は俺の行動を不審に思った時くらいしか表に出てきません」


 空恐ろしい想像に青ざめる高見とは対照的に、トーマはさほど興味なさげに話題を戻した。

 高見としては簡単に聞き流せる内容ではないが、ここでトーマを問い詰めても何もできない。沙雪を起こせばトーマは消えるはずなので情報収集を優先する。


「フィオナは今、下の階にいます」


 なんとかしてフィオナの居場所を聞き出そうとしたがトーマはあっさりと告げた。


「そんなことを私に教えていいのか」


 トーマは馬鹿じゃない。高見の目的を予想しているはずだ。これほど素直にフィオナの居場所を教えるとは、罠ではないかと疑ってしまう。


「構いませんよ。どうせ居場所がバレようがバレまいが結果は変わりません。あ、自爆とかやめてくださいね。爆弾発動しないんで俺が気まずくなります」


 フィオナが近くにいるなら自爆で起こすことも選択肢のひとつだった。トーマに言われて確かめてみれば爆弾は確かに起爆できなくなっていた。

 どうするんだコレ、と途方に暮れる。

 トーマの話を信じるなら沙雪を起こすために動けるのは高見一人。その高見は意味不明な権限を持つトーマと対面し、手の内を封じられている。ついでに確かめてみると持ち込んだ銃器も動かなくなっている。

 素手で殴りかかったところで無意味だろう。トーマの目に指を突っ込んでも自分が突き指するだけな気がしてならない。

 走って逃げても逃げ切れるはずがない。トーマはこの世界に発生した直後の段階でオリンピックの陸上選手を凌駕する身体能力を見せた。運動不足の成人男性並みの体力しかない高見が逃げ切れる確率はゼロだ。


「……要求は何だ」


 高見はすでに詰んでいる。トーマを出し抜いて沙雪を起こす方法はまるで思いつかない。そのことを理解させるために情報を話しているようですらある。

 トーマが自分の優位をひけらかして優越感に浸っているようには見えない。したたかな雰囲気を纏うトーマは相手に情報を与えないことによるアドバンテージを心得ているように見える。

 こうして話すことには何か意味があるはずだ。

 高見が尋ねるとトーマはにっこりと笑った。


「ぶっちゃけ要求はありません」

「なら、なぜ私をここに招いた? トーマ君にとって私は敵にならないだろうが、わざわざ話す必要もないだろう」

「要求はないというか、もうクリアしたというか」


 トーマは今日初めて思案顔を見せた。腕を組んで小さくうなっている。


「じゃあ、順を追って説明します」


 ポンと自分のひざを叩いてトーマは高見の目を見て爆弾発言をした。


「結論から言うと、もうじきこの世界は終わります。高見さんたちの勝利は確定しました」


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