49.終わらせるために
2022/2/13 3話目です
トーマはエア城で目を覚ました。
生活の拠点はすでにエア城に移っている。街へ出ることはほとんどない。
頭がじんと痺れたような感覚。うるさい音が脳に響く。
トーマは窓からシャングリラを見下ろす。かつて住んでいた街並みが眼下に広がっている。
整然と建物が並んでいる。悪魔の襲撃で壊れた部分もとっくに修復が済んでいる。
しかし、大きく違っている点があった。
街に人が溢れていた。
もともとシャングリラは街の面積に対して住民数が少ない。エアが作った住居は供給過多なほどだった。
今やそれが埋まっている。テンプレ的なスラムが追加されるような有様である。
街そのものの雰囲気も大きく変わっていた。かつては様々な種族が笑い合っていた広場は数名の人間とそれを囲む容姿の整った人形たちが占拠している。
「良い感じに増えてきたな」
厭らしい表情をした人々を端正な顔立ちの人々が取り囲んでいる。それだけでも不思議な光景だが、美貌の人々が全て人形だと思うとぞっとするものがある。
スラムに目をやれば見るからに小物そうなチンピラが闊歩している。これまでシャングリラにはいなかった存在だ。彼らが唐突に現れた子供を突然殴りつけると、さっそうと現れた少年が不自然な動きでチンピラを撃退する。助けられた子供は、登場時と打って変わってゆっくり帰っていた少年についていく。
街の外れにはいきなり学校らしい建物が生えている。通っている生徒は大半が女子で、風俗店かと思うほどきわどい制服を着て歩いている。
それらを冷ややかに見下ろすトーマにフィオナがおずおずと話しかけた。
「トーマ、最近変だよ」
「変かな」
「寝てばっかりだし、城から出ないし……全然笑わない」
トーマは自分の顔に触れた。
口角は下がり目は細まっている。口周りの筋肉が心なしか固くなっている気がする。
「そっか。ごめん」
このところフィオナと会話すらしていない。城に引きこもることが楽しいわけでもない。まだ道半ばなので達成感もない。
何も楽しいことをしていないのだから笑っていないと指摘されたら否定できない。素直に申し訳ないと思う。
「トーマ、本当にこれでいいの?」
トーマが目を伏せた瞬間、フィオナは引っ込み沙雪が現れた。
「フィオナと話さないこと?」
「本当なら夢の世界に来れない人まで呼んでること」
シャングリラに多くの人を引き込んでいるのはトーマである。
これまで夢の世界と繋がりが強い人が、現実から離れることを強く望んでようやくたどり着いていた。今では夢の世界に興味を持っただけの人がどんどん入り込んでいる。
フィオナと歩いた理想都市シャングリラはもう存在しない。安易な欲望を満たそうとする人々のための猥雑な都市となった。
何か目的があって大勢の人を夢の世界へ引き込んでいることは分かるが、眼下の光景はトーマが望むものとはとても思えない。
「これでいい。前に話しただろ? 大勢を引きずり込むことで夢遊症患者をありふれた存在にする。そうすることで現実に戻って苦しんでいる元転生者たちを助けるんだ。それに、こうして罹患者が急増すれば悪魔たちも行動したっていう実績を作るために動かざるを得ない。万全の準備で大戦力を投入されるよりも逐次投入される少数の悪魔を倒す方が簡単だからな」
トーマの理屈は理解できる。理にかなっているとも思う。
それでもなぜなのか。沙雪にはトーマの目的がそれだけではないように思える。そもそも今のトーマにとって悪魔が何人来ようと物の数ではないのだ。『悪魔が夢の世界に来れないようにする』という先日の言葉とも矛盾している。
きっと口にする理由も嘘ではないが本当のこと全てではない。そう確信している。
「……何がしたいの? それを教えて。教えてくれればきっと何か手伝えるから」
沙雪にもトーマの意図が見えない。まるで夢の世界の外まで干渉しようとしているように見えた。
トーマが最終的にどこへ着地しようとしているのか見えなかった。
沙雪はたまたまこの世界に流れ着いた夢遊症患者とは違い、自らの目的に合致する世界を作った。トーマたちがいるこの世界は沙雪が作った土台に他の転生者たちがディティールを乗せたものだ。沙雪は世界の根幹に近い場所にいる。
必要なものがあるなら、強く望むことがあるなら実現できる。何の役にも立たないなんてことはないはずだ。
「俺は沙雪やフィオナ、安村さんやマギ……みんなが幸せであってほしいと思うよ」
その『みんな』にトーマが夢の世界へ引きずり込んだ人々が含まれていないことは自明だった。
「もうじき悪魔たちが来る。それで決着だ」
沙雪は違和感を覚えた。目の前にいる相手が本当にトーマなのか、疑念を抱く。
しかし、沙雪には何もできない。干渉して確かめようにもトーマはもう沙雪の力を受け付けない。トーマはいつの間にか沙雪が作った人形とは違った存在になっていた。
本質は変わらない。そのはずだが、ではどこが変わったか分からない。
「決着ってなに? いくら倒しても悪魔はいずれやってくるでしょ」
悪魔は夢遊症罹患者を助けに来た普通の人々である。
安村から得た情報によると、ある程度は適正による条件があるらしいが、さほど厳しい基準ではないらしい。何人倒したところでいずれ人員は補充される。
いくらトーマが強くなっても四六時中狙われていれば神経が磨り減る。いずれは些細な失敗をするかもしれない。ごく小さなほころびは、それを狙っていたものにとって絶好の機会となる。いずれはトーマが殺されないとも限らない。
夢の世界はほぼ全ての人の意識に繋がっている。それを断ち切ることは沙雪にもできない。
「悪魔が来れないようにする方法はある」
それだけ言ってトーマは黙り込んでしまった。
沙雪は何も言い返せなかった。トーマの断言には強い拒絶の色があった。沙雪がどれほど言いつのっても答えてくれないだろう。
——どうしてこうなってしまったのだろう。
沙雪が望んだのは岸辺当真の復活と、当真が笑って生きることだけ。
多くを望めば矛盾が生じて破綻する。当真の幸せだけに焦点を絞って考えていた。
その考えは成功していたはずだ。トーマはグレンとも仲良くなった。シャングリラの生活だって性に合わないことはなかったはずだ。トーマは忙しくも笑ってシャングリラでの生活を満喫していた。
今、トーマは笑わない。いろいろなものを興味深そうに覗いていた目は無関心に冷え切っている。現状は沙雪が望んだ状況とまるで違っている。
人形の創造主である沙雪はトーマの思考を読めるはずだった。沙雪自身が封印していた禁じ手を使おうとしても手ごたえがなく、何を考えているのか分からない。
トーマに手を伸ばそうとして、やめる。
どれほど伸ばしても届かない気がした。
それは現実世界と同じだった。どれほど沙雪が願ってもこの世を去った当真に手が届くことはなかった。
ここは夢の世界だ。現実とは違う。トーマは目の前にいる。手を伸ばせば届く距離にいる。そのはずだ。
もしも手が届く直前でトーマが消えてしまったら。感触もなく手がすり抜けてしまったら。
沙雪はその時こそ自分が夢から覚めると確信していた。
おそろしくて触れられるかどうか確かめることすら出来なかった。
平日は一日一話のペースになると思います。
来週末には全話投稿し終わると思います。




