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47.異常事態

2022/2/13 1話目です

 国都大学の研究所は騒然としていた。

 決して喜ばしいざわめきではない。

「どうして」「安村さんが」「高見さんも」「こんなはずでは」「これからどうなるの」

と、困惑と驚愕、不安が混ざり合った声がそこかしこに響く。


 理由は大きく二つある。

 ひとつは安村高作が夢の世界から帰ってこないことである。

 安村は現実へ戻った当初、再び夢の世界へ行きたいと明言していた。それがある日急にリハビリに積極的になり、今も夢の中にいる仲間たちを助けたいなどと言い始めた。

 それを聞いた人の大部分は嘘だろ、と断定した。

 疑わしいなんてレベルじゃない。詐欺師が人を騙してはいけないと言うくらいの白々しさだった。

 研究所の職員たちは安村を止めた。嘘をついて夢の世界へ戻ろうとしていると分かっていたし、夢の世界への再侵入が危険な行為だからである。

 トーマや安村は彼らを悪魔と呼ぶが、彼らに夢遊症罹患者への害意はない。仕事として救出作業に当たっている人も、人を助けるという使命感に駆られている人も夢遊症患者を助けようという気持ちは本物だ。だからこそシャングリラの悪意探知結界にもひっかからなかった。


 結局は主席研究員である前川により許可が下り、体力の基準を満たしたことで再び安村は夢の世界へ行くこととなった。

 前川以外の周囲がそれを認めた理由はいくつかあるが、最も大きいのは強制覚醒措置の存在である。

 悪魔たちは機械の力で夢想世界へ侵入している。自分の力で夢想世界へ入った夢遊症罹患者と違い現実との繋がりが強い。そのため機械が止まれば自然と意識は現実世界へ帰って来る。強制覚醒措置の場合、電気的な刺激を加えることで即座に意識と肉体を叩き起こすことができる。過去の実験結果から信頼性が極めて高い手段とされていた。

 安村が夢の世界に居つこうとしてもすぐに連れ戻すことができる。夢の世界で心残りを片付けてもらって、現実で生きる意志を固めてもらいたいというのが悪魔の大部分の考えだった。


 しかし、安村は戻って来なかった。

 機械を止めても電流を流しても目を覚まさない。




 もうひとつの理由は、高見徹也が現実に戻って来たことである。

『娘を助ける』という執念はすさまじく、肉体が衰弱しているため現実世界へ戻るよう伝えても高見は拒絶し、認めざるを得ないほどの実績を出し続けた。

実に五年もの間、高見は夢の世界で戦い続け、悪魔の中で最も多く夢遊症罹患者を救出してきた。

 その高見が現実へ戻って来た。娘を見つけたにも関わらず、たった一人での帰還だった。

 高見は起きるなり吐き出した。胃に物が入っていれば窒息しかねない状態だった。


「あ、ああ……沙雪は自分の意思で……? なら私がしてきたことは……! 救出しても、これでは……!」


 肉体の衰弱だけではなく精神的にも弱っていた。顔を手で覆い涙を流しながら何事か呟く姿はよほどの事態があったのだと容易に想像させた。

 シャングリラ侵攻作戦に参加した悪魔は全員まとめて現実世界へ押し返された。何があったのか、高見に何が起きたのかも分からないという。前川たちは高見の話を聞くまでは新規に戦力を投入しないと即座に決定した。


「前川さん、次はどのような対策を打ちましょうか」

「対策は無いね。高見さんが話せる状態になるのを待つしかない」

「そんな。あとは高見沙雪さんだけ救出できればそれで夢想世界が活用できるようになるかもしれないんですよ。こうしている間にも新しい夢遊症罹患者が現れてしまうかもしれない。すぐに行動すべきです」

「じゃあ君が行って起こしてきなよ」


 前川は詰め寄る職員に冷たく言い返した。

 前川たちは夢の世界を発見した。そこに入るための方法も開発した。

 一部の人々は、夢の世界が資源に縛られない環境であることに着目した。


 現実世界には限界がある。絶対に壊れないものは無いし、死んだ人間は蘇らない。

 しかし夢の世界は違う。夢を見る人の都合によって物体の強度は変わるし、死んだ人間だって蘇る。土地は必要ならいくらでも作れるし人間だっていくらでも用意できる。現実世界では一人の人間を独占したいと思う人間が二人いたら少なくとも片方は諦めなければならないが、夢の世界ならば同じ人間を二人用意することだって難しくない。

 現実世界に肉体があり、肉体が死ねば夢の世界でも消えてしまうため、永遠の不死だけは叶わないがそれ以外のたいがいの欲望は満たすことができる。

 エンターテインメントに使うには最適だ。セラピー目的での活用も視野に入る。


 活用するためには夢遊症罹患者が邪魔だった。今のところ悪魔の技術で行ける世界には必ず夢遊症罹患者がいる。彼ら彼女らの望みを受けて世界は姿を変えてしまうため安定した運用が難しい。

 夢想世界の活用を考える者たちにとって自分たちよりも世界に対して強い権限を持つ転生者は障害になる。そのうえ夢遊症罹患者のせいで夢の世界のイメージまで悪くなる。さっさと全員叩き起こして実験したいことが山ほどあった。


 主席研究員の前川は1割の好奇心と9割の義務感で夢遊症の研究を行っている。

 仮に夢の世界を活用出来たとしても前川には何の利益もない。主席研究員と言っても研究員のトップなだけで、実際にはもっと強い権限を持つ人間が何人もいる。成果を出してもかすめ取られると目に見えているからさほどの情熱もない。

 情熱がないがゆえに前川は冷静に状況を見ることが出来た。


 夢の世界へ入るための適性を持つ人間は限られる。無駄打ちはできない。

 高見徹也を除いた悪魔たちは一斉に現実世界へ戻って来た。おそらく彼らはまとめて殺された。その手段が読めない以上、何人放り込んでも返り討ちになるだけだ。最も多くの情報を持つと思われる高見が落ち着くのを待つ必要がある。


 そんなことを考えて策を検討していたある日のことだった。


「前川さん大変です! ネット見てください!」

「どうしたんだ大声を出して」

「いいから早く! テレビでもいいですから、ニュースを!」


 尋常ではない様子の部下に急かされて前川はキーボードを叩いてニュースサイトにアクセスした。

 どのニュースを見せたいのか部下に尋ねようとして、やめた。

 部下が何に慌てているのか一瞬で理解したからだ。

 前川は震える指先でニュース動画の再生ボタンをクリックした。


『——このように、原因不明の意識不明者が続出しています』


 画面には道に倒れ伏す人の、ベンチで眠りこける人の、机に突っ伏す人の映像が映り始めた。大仰なマスクといかにもらしい防護服を身に着けたアナウンサーの慌ただしい声がやかましい。


『ここだけではなく、国内のあちこちで同様の事態が発生しています。異臭はなく、ガスなどではないと思われますが――』


 危機感をあおるだけで中身のない言葉を喚く声は前川の耳に届いていなかった。

 前川は直感した。映像の中の人々は夢遊症に罹患し、意識を失っているのだと。

 根拠はないが、確信していた。


「なんだ、これは」


 前川の問いに答える人は誰もいなかった。


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