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43.おしまいにむかって

 トーマが目を覚ますとベッドの横の椅子に座ったまま沙雪が眠っていた。嫌な夢でも見ているのかまぶたがぴくぴくと震えている。

 沙雪の頭に手をかざす。それだけで沙雪の呼吸は穏やかになった。


「……何をしたんだ」


 いつの間にか部屋に戻っていた安村が訝し気にトーマを見る。


「嫌なことを思い出していたみたいなので夢を終わらせて睡眠を深くしました」

「そんなことができるのか?」


 人は記憶を整理しながら夢を見ると聞いたことがあった。それが事実なのかトーマには分からないが、沙雪が過去を夢に見て苦しんでいたことは分かる。

 夢を見ることが苦しいなら見なければいい。今のトーマならそれができる。


「この世界の中で見る夢だけですけどね」

「新しいチートに目覚めたのか」

「チート……言い得て妙ですね」


 トーマは心底おかしげに笑う。

 安村には何がおかしいのか分からない。立ち聞きした限りトーマは転生者ではない。チート=転生者が持つ能力と考えるとトーマの能力はチートではないのかもしれないが、トーマに否定的な様子はない。

 理解できていないことを察したのかトーマは笑うのをやめて説明を始める。


「もともとチートって、ゲームのプログラムいじくってアイテム増殖したりパラメータいじったりすることですよね。そこから不正なレベルで強い能力をチート能力って言うようになった。本来の意味をもとに考えると、強いからチートってわけじゃないと思うんです」

「まあ、確かに。ゲームシステムの範囲内で極端に強いなら……バランスブレイカーって呼ぶのが正確か?」


 たとえばグレンが持っていた焔属性の魔力は圧倒的な攻撃力を持っている。ドラゴンだろうが国だろうが問答無用で焼き払う。

 安村はこれをチート能力と呼んでいたが、この夢の世界のルールを逸脱したものではなかった。転生者に望んだ能力を与えるという世界のルールに則った力である。

 どれほど強くても仕様の範疇ならチートではない。


「俺は違います。この世界のルールにだって違反できる」

「人間への直接干渉とか?」

「はい」


 安村は疑問に思っていたことがある。この世界に転生した人が例外なく望む力を得るのだとしたら、他人を操りたいという願望がある人はどうなるのだろうか。

 人形を操って満足しているうちはいい。もしもチート能力を持つ転生者を操りたいと思った場合、それは可能なのか。

 答えは不可能である。なぜなら操られる側の意思をまるっきり踏みにじることになるからだ。

 他人に自由意思を奪われて言いなりになることを望むような転生者がいれば話は別だが、今のところそんな転生者は存在しない。どうしても転生者を操ることを望んだ場合、転生者という設定の人形が目の前に現れるだろう。

 当真は眠っている沙雪の意識に干渉した。いくら沙雪がうなされていたと言っても明確に本人が望んでいない以上、転生者の能力でも不可能なことだ。


「死んだ拍子に新しい能力に目覚めるっていうのはまあ、ポピュラーな話だよな」

「俺、死んでないんですけどね」


 トーマはシャングリラに溢れかえる人形たちと根本的には同じ存在である。首を落とされようが燃やされようが壊れるだけ。人形が壊れることを死ぬとは言わない。


「それにこれは俺の力ってわけじゃないし。……あ、もしよかったら使えるうちにグレンさんもグレンさんに戻しましょうか。ついでにミオさんもジークフリートに書き換えられる前の状態で呼びましょう。要らない記憶があればそれもサクッと消しときます」


 安村は今、片腕がない痩せぎすの中年男性である。この世界でトーマが出会ったグレンとは似ても似つかない。

 グレンは死んだが、その姿も能力も世界の記録に残っている。記録をもとに再構築し、それに安村の意識を移すくらいならすぐにできる。ミオも同じように記録から再構築することが可能だ。


「いや、いい。グレンはもう死んだ。ミオは俺が殺した。もう俺がグレンにこだわる理由が無い」

「じゃあ腕生やして体調不良消しておきます。それくらいならいいですよね」

「ああ、頼むよ」


 安村は一度この世界で死亡し、現実世界へ戻った。

 理由がどうあれ夢の世界から立ち去った者のことを世界は忘れない。一度背を向けた裏切り者が再度訪れることを拒む。

 悪魔たちと同じ方法で無理やりこの世界を再訪した安村は世界から拒絶されている。反発により腕を失い、片目の視力が極端に落ち、頭痛に襲われ続けていた。

 トーマの提案に頷いた瞬間、失われた腕が生えてきた。部屋の窓に移るのはやせ細った冴えない男である。現実世界の安村とほとんど同じ見た目だった。長年眠り続けていたので体は棒のように細いが、眠る前は肥満体だったので今の方がまだ健康的だろう。頭痛も弱視も無くなった。


「その代わりってことで、ひとつ聞いてもいいですか」

「いいよ」

「グレンさんは現実に戻った後、現実が嫌で、ミオさんに会いたくて戻って来たんですよね。なのにどうしてそれが叶いそうになったのに断るんですか?」


 トーマは世界の根幹で死んでいった転生者たちの記憶を取り戻した。その際に、転生者たちの事情も流れ込んできた。

 安村が夢の世界へ戻って来た理由はトーマが言った通りである。願いが叶う機会を前に安村は首を横に振った。悩むそぶりも見せず、後悔している様子もまるでない。

 他の悪魔と同じように、安村はすぐに現実へ戻ることができる。夢の世界に用が無くなったならすぐに現実へ戻った方がいい。こうして眠っている間にも現実の肉体は少しずつ弱っていくのだから。

 尋ねられた安村は憑き物が落ちたようにすっきりした表情だった。


「夢から覚めたんだ」


 その顔には自嘲がにじんでいる。


「ミオを殺した後、エア城を壊そうと思えば出来たんだ。でもやらなかった。見回りながら考えてようやく理由が分かった。俺は、エアとあーでもないこーでもないって言い合いながらこの城を作っている時が一番楽しかったんだ」


 グレンとして力を振るっている時よりも、ミオたちにちやほやされている時よりも、ずっと楽しかった。

 ミオは勢いで殺してしまったが、エア城は勢いがあっても壊せなかった。


「現実でエアさんと会おうとは思わないんですか」

「……あんまり会いたくないなあ。この姿を見たトーマ君なら分かるんじゃないか」


 安村は自分の顔を指差した。頬がこけ、ほうれい線が浮かんでいる。覇気がない顔は若く見積もって三十代だろう。くたびれた雰囲気が合わさって五十台と言われても信じてしまいそうである。


「合わせる顔がないってこういうことだろうな。話した感じ、エアは十代か二十代前半なんだ。グレンとエアなら同年代の友達として振る舞えた。でももう無理だ。何喰わない顔で遊んだりできない」

「友達に年齢って関係あるんですか」

「ないかもしれないけど俺は気になる。引け目っていうのか、後ろめたいっていうのか、胸を張って友達だって言えない」


 現実世界の安村はニートだった。大量のコンプレックスを抱えて引きこもり、引きこもった結果さらに大量のコンプレックスを抱え込み押し潰された。

 四十年近く生きて人に誇れるものが何一つない。そんな自分が誰かの時間を食いつぶす権利はない。話してもらうだけで申し訳ない。それと同じくらい自分が恥ずかしくてみっともなくて消えたくなる。


「……俺には分からないです」

「分からない方がいい」


 力なく笑う安村にトーマは何も言えない。生まれてから半年も経っていないトーマが何を言っても説得力がない。そもそも、安村が何に引け目を感じているのかもよく分からない。


「俺は社会の足手まといでしかない。それに開き直れる強さもないけど自殺する勇気もない。だからちょうどよかったんだ。この世界にいれば幸せだったところだけ見ながら緩やかに終われる」

「………………」

「あと、もうグレンって呼ぶのはやめてほしいな」


 トーマはもう相槌ひとつ返すことも出来なかった。

 安村が心底嬉しそうに安らかな顔で笑っていたからだ。誇張や強がりではなく心底望んでいるのだと理解させられてしまった。

 きっと誰かが「そうじゃない」と否定しても意味がない。安村の中で自分自身が限りなく無価値になっている。トーマに誰が何と言えばその価値観を覆させることが出来るか分からなかった。

 口をついて出そうになった言葉をぐっと飲み込む。大きく息を吸って、吐いて、安村を見る。


「じゃあ安村さん。先に謝っておきます」


 安村は不思議そうに眉間にしわを寄せた。

 トーマに謝られる覚えはない。トーマが謝るようなことをしてくる気もしなかった。









「俺はこの街シャングリラを壊します」


これで第3章も終わり。次は最終章です。

書き溜めてまとめて投稿するか、これまで通り1~2週間に1話くらい投稿していくか悩んでるので次の投稿は少し先になるかもしれません。

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