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41.高見沙雪③

11/21 2話目の投稿です。

 沙雪は中学二年生になった。当真とは違うクラスになった。

 特別思うところはない。初めて映画館で会った日以降も学校では一度も話していないからだ。クラスが違おうと何も変わらない。

 当真はクラスでは友達が多かった。沙雪が急に話しかければどうしたのかと問い詰められるだろう。探られれば映画館で会ったことがバレるかもしれない。ついでに当真がつるんでいる同級生たちは沙雪にとって苦手なタイプだった。

 当真は自分の友人に対し沙雪に苦手意識があると分かっていた。押しかけて騒がしくされても困るだろう。

 二人は学校では話さず、映画館で会った時に話す関係に落ち着いていた。一緒に見ようと約束などはしない。たまたま映画館で会ったら終わった後に駄弁る程度。場所も学生らしくファストフード店や公園のベンチで、人目を避けるように座っている。

 映画を見る頻度は、当真は月に一回程度、沙雪は半月に一回程度。約束も無いのだから必ず一緒になるわけではない。だいたい二回に一回くらいだ。なんとなく相手が来そうな時間を見繕って映画館へ行って、それとなく相手を探しているのでタイミングが合えばすれ違うことはなかった。


 新しいクラスは平和なものだった。

 沙雪の髪色が地毛であることは学年全体に知れ渡っている。学校でも、見かけた生徒が話題に出せばグループの誰かが「地毛らしいよ」と言う程度には知れている。相変わらず友達はいないが、それはもうしょうがないと諦めている。友達ができない理由は偏見だけではなく自分の態度にもあると理解したからだ。

 入学当初、沙雪は常にイライラしていた。髪色のせいで偏見を持たれ、騒ぎが起きて、周りの人がひそひそ話していれば自分の陰口を叩いているくらいに思っていた。

 もちろんそんなことはない。周りの生徒もそこまで沙雪に興味が無い。話題になったこともあるが『髪の色が明るい』しか情報がないのですぐに終わる。同じクラスになって一か月も経つ頃には物珍しさが無くなって話題にすらならなくなった。けれど沙雪は入学当初の経験のせいで周りに悪い意味で注目されていると思い込んでいた。


 常に不機嫌そうで、会話に消極的で、被害妄想気味で杓子定規。

 嫌なやつだ。話してもつまらないことは考えなくても分かる。そんなやつに話しかけようとする人はそうそういない。少なくとも沙雪なら近寄ろうと思わない。自分をそう客観視できるようになったことが中学生一年目で得た最大の収穫だろう。


 そんな新しいクラスでおよそ一か月が経った昼休み、沙雪はとても緊張していた。朝からちらちらある方向を見ては目を逸らしていた。

 視線の先には女子のグループがいた。その中の一人は沙雪ほどではないが髪の色が明るく、目鼻立ちがくっきりと見える。名前は牧野晴瑠ハル。沙雪とは対照的にいつも楽し気に笑っている。

 そんなハルは校内でも有名人である。明らかに髪は染めているし校則違反の化粧もしているのだが、その塩梅が絶妙で教師も触れづらい。生徒指導の教師に注意されたら素直に聞き入れ、ほとぼりが冷める頃に再開し『しょうがないやつ』と諦められつつある。沙雪が髪を黒く染めようとしたら校則違反だと許さなかった教師と同一人物とは思えない物わかりの良さだった。

 生徒会役員に絡まれた日、沙雪に話しかけてくれたのも彼女だった。つっけんどんな返答をして以来、一度も話していない。なぜなら気まずかったからだ。

 あの日、沙雪は特にイライラしていた。態度が悪かったことも自覚している。それだけに話しかけづらい。嫌な奴と周知されている自分が話しかけたら迷惑だよねー、なんて考えは話しかけない自分を正当化するための言い訳に過ぎないのだ。

 ハルの友人たちが席を立ったところで沙雪も自席から立ち上がる。そしてつかつかとハルの席へ向かう。ハルはそんな沙雪に気付き頭の上に疑問符を浮かべた。


「牧野さん、ちょっといい?」

「いいけど、どしたの? 高見があたしに話しかけてくるって珍しくない?」

「う……最初に話しかけてくれた時のことはごめんなさい。八つ当たりでした」

「いいよー、許した。で、どしたの? 座んなよ」


 沙雪は勧められるままハルの前の席に腰かけた。


「その、メイクの仕方とか、教えてもらえないかなって」

「………………」

「あんな態度取った私が頼み事なんてムシのいいこと言ってるって分かってるんだけど」

「………………」

「教わりたいなって……ごめん、困らせた。忘れて」


 無言のハルにいたたまれなくなって沙雪は立ち上がった。

 そりゃそうだ、と思う。沙雪だったら明るく話しかけた自分にツバ吐くような真似をした嫌なやつがすり寄ってきても力になりたいとは思わない。身勝手だと鼻で笑うだろう。

 あまりの恥ずかしさに顔を伏せて逃げようとしたら、左手をガッと力強く掴まれた。


「大好物」


 ハルは両手で沙雪の腕を握りしめていた。痛いくらい握力がこもっている。おそるおそるハルの顔を見ると、目が大きく見開かれていた。瞳孔も開いている。鼻息も荒い。興奮しているとひと目で分かる。


「そう思った経緯から原因、どんな格好して誰をどうしたいのか、詳しく」

「ええ……?」


 沙雪の想定では普通に断られるか、引き受けてくれるとしても仕方ないなーといった程度だった。ここまでがっちり食いつかれるとは思っていなかった。一歩後ろに下がろうとしたらぐいっと手を引かれてむしろ一歩近づいてしまった。

 助けを求めるように周りを見回しても目が合った人はみんな目を逸らした。なのにそこかしこから視線を感じる。


「落ち着け」

「びゃっ!?」


 ここで洗いざらい吐くしかないのか、羞恥と困惑で涙目になっていた沙雪を救ったのはハルの友達だった。ハルの頭に文庫本のカドで殴り、手が緩んだ拍子に沙雪を解放してくれた。


「あ、ありがとう、高原さん」


 黒い髪を一本に括った彼女は確か、高原愛という名前だったはずだ。ここ一か月くらいハルをチラ見して覚えたから間違いないはず。


「ん、どういたしまして。ハル、言いづらいことかもしれないんだから教室で質問攻めにしない。高見さんも困ってたでしょ。もうすぐ給食だし後にしなさい」

「はーい……じゃあたかみー、今日の放課後、一組の奥の空き教室まで来て。絶対だから」

「……分かった」


 頷いた沙雪だったが、早まったかなと及び腰だった。


―――


「つまりたかみーは最近出来た気になる男子の気を引きたいと」

「……はい」


 放課後、沙雪は空き教室の椅子に座っていた。沙雪は窓側に、ハルと愛は廊下側に座り逃がすつもりのない配置である。教室は鍵も閉めたので侵入者の心配もない。

 ハルはにっこにっこ満面の笑みを浮かべている。愛は腕を組んだままほんのり頬を赤くし、目を閉じている。


「で、相手は誰? 教室であたしに声かけたくらいだから同じクラスの人じゃないよね?」

「それはちょっと……」

「高見さん、こうなるとハルはしつこいから白状した方が良いと思うよ」

「でも……」

「白状しないなら岸辺に色目使っちゃうぞー」

「!?」


 ハルはニコニコしたまま爆弾発言をした。


「ど、どうしてそれを」

「どうしても何も、去年の後半くらいからちらちら見てたし?」

「ならなんで知らないふりして質問なんて」

「たかみーの口からセキララななれそめを聞きたくて」


 なんだコイツ、と抗議の視線を愛に向ける。ハルには向けない。なぜなら向けても気にしなそうだからだ。

 愛は静かに首を横に振った。その姿には諦めと哀愁が漂っていた。


 その後、鋭い質問攻めにより概ね吐かされた。当真本人に関する情報はなんとか伏せたが、代償に沙雪の方は丸裸だ。いつ、どこで、どう思ったかまで詳らかにされた。ハル的には当真の情報にさほど興味がなかったので大満足である。

 最終的に沙雪はしなび、ハルはつやつやして、愛は両手で顔を覆っていた。


「あまずっぱー……」

「いやあ、いいお話を聞けました」

「……これで教えないとか言われたら泣くよ、私」

「まかせて、がぜんやる気になってきた。今からでも買い物行きたいくらい」

「う……じゃあ選び方から教えて」

「いいよ! ……ああもうかわいいなたかみーは!」

「わっ!?」


 いきなりハルが抱き着いてきた。正面からのハグはおさまりが悪かったのか、体をまさぐるようにしながら後ろに回られた。なんだか鼻息が荒い気がしてちょっと怖い。


「高見さん、ハルはバイだから気を付けて」


 愛が絶望的なことを言った。沙雪の顔から血の気が引く。


「変なこと言わないでよ! あたしバイじゃないから!」


 ほっとしたのもつかの間。


「レズだから」


 頼る相手間違えたなって思った。


―――


 中学二年生の一年間は平和そのものだった。

 映画館で当真と会ったら映画の話やお互いの身の上話なんかをした。

 距離は近付いていたと思う。話をした日の別れ際、どちらからともなく「気になっている映画はあるか」と尋ねるようになった。

 二、三か月に一回だった付き合いは毎月になり、学校でも人目に付かない場所で話すことがあった。

 ハルからどうして付き合わないのかと聞かれたことがあった。付き合うならさっさと付き合えよ、と言わんばかりの態度だった。

 分かってないな、と笑った。きっと当真は沙雪が告白すれば付き合ってくれるだろうが、そうしたら今とは違った関係になる。このちょっともどかしい関係は今だけのものだから、もう少し味わっていたかった。

 中学二年の三月、当真と沙雪は屋上手前の踊り場でこっそり話していた。べたべたに甘いドラマの劇場版を見に行くのか、という話だった。ドラマは二人とも見ていて面白かったから行きたいのだが、一人で行くには雰囲気がつらそうと二人して笑っていた。

 沙雪が一緒に行きたい相手はいないのか、と尋ねると、当真は「隣の人くらいだよ」と言って逃げて行った。

 期待していた返事とは少し違ったが、想像していたよりずっと嬉しかった。


 その日の夜、沙雪は家で悶えていた。

 甘酸っぱい関係も良いが、もっと踏み込みたいという気持ちが抑えきれなくなっていた。

 『明日の放課後、時間もらえる?』

 そんなメッセージに当真はすぐに返事をくれた。場所と時間だけ確認して、どういう要件なのか聞かれなかった。お互いきっと要件は分かっていて、同じ気持ちなんだと思うと心臓が幸せに高鳴って脳が幸せにとけていくような心地だった。その日はよく眠れなかったことを覚えている。






















 翌日、担任が朝のホームルームに遅れてやってきた。


「2年〇組の岸辺くんが事故に遭って亡くなりました」


 何を言っているのか分からなかった。


次で過去の話は最後

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