40.高見沙雪②
しばしの沈黙の後、先に口を開いたのは当真だった。
「……高見、このあとちょっといい?」
「……いいけど、顔洗って来た方がいいんじゃない?」
「……そうする」
当真はトイレへ歩いて行った。沙雪はおとなしく映画館の待合スペースのソファで待つことにする。
さっさと帰ってしまうことはできなかった。なぜならこの場の気まずさから逃れられても学校で会った時になおさら気まずいだろうからだ。
当真は五分ほどで戻って来た。涙と鼻水でボロボロだった顔面は綺麗に拭われている。慌てて戻って来たらしく前髪が若干湿っていて、息も荒い。
「ごめん、待たせた」
「別にいい。で、どうしたの?」
「ここだとちょっと……場所を変えよう」
もともと仲が良いわけでもない二人だ。会話もなく当真に促されるまま映画館を出た。
どこに連れていかれるのかと思ったら映画館そばの喫茶店だった。店内は静かで、調度品は素人目にも高級そうだと分かる。間違っても中学生が立ち入るような店ではない。沙雪は存在すら知らなかった。
「私、そんなにお金ないけど」
「大丈夫、俺が出すから」
店員に迎えられ、一番奥の人の目に触れづらい席に当真が座った。
沙雪はどうしてこんな店に連れて来られたのか警戒しながら、当真の対面の席に浅く腰かけた。まだ帰りたくないので付き合うが、不愉快なことをされたら即座に逃げるつもりだった。
「それで、どんな話があるの」
本題が分からないストレスで詰問調になってしまった。本意ではないが、相手はクラスでも声が大きいグループに所属する側の人間である。舐められたら負けだという気持ちで睨むように顔を見据えた。
しかし当真と目が合うことはなかった。
当真が深々と頭を下げたからである。
「飲み物とケーキをおごるので映画館で会ったことは秘密にしてください」
当真は頭を下げ続けたままそっとメニューを沙雪の前に差し出した。
高い。差し出されたメニューはドリンクが載ったページが開かれていたが、値段が高い。紅茶一杯で沙雪の昼食代二日分は飛んでいく。
「……とりあえず頭上げてよ。私が脅してるみたいじゃん」
「この席なら目につかないから大丈夫です」
「それでも落ち着かないからやめて」
「はい」
顔をあげた当真は沙雪の顔をちらちら見ている。視線に落ち着きがなく不安なことが見て取れる。わざと変なことをしてからかおうとしているのかと身構えていたがそうでもないらしい。
「黙っててほしいのは泣いてたことじゃないんだ」
「それも言わないでほしいですけどどっちかっていうとこの映画館にいたことを黙っていてほしいというか」
「なんで」
「……クラスの連中にバレたらうざったいから」
メニューと当真を交互に見ながら話していた沙雪は目を見開いて当真の顔を見た。
「意外。岸辺なら友達いっぱいいるでしょ」
意外といえばそもそも当真が一人で映画を見ていることが意外だった。
当真は学年でも声が大きい男子のグループにいる。スクールカーストでは上位にいる人間だ。いつも大勢の人の中にいる当真なら、映画だって友達と見に行くものだと思っていた。
それが、クラスの人たちを友達ではなく『クラスの連中』『うざったい』とマイナスなイメージが強い言葉で表現したことも意外だった。
「あ、ちゃんと友達っぽく見えてる? よかった」
当真は嬉しそうに笑う。沙雪はさらに訝し気な表情となった。
岸辺当真のことは知っている。なんなら学校中で名前も知らない人の方が珍しいくらいだろう。当真は目立つしクラスも同じなのでおおよその人間関係も知っている。人柄だってある程度は掴んでいるつもりでいた。
なのに目の前にいる当真は沙雪のイメージから大きく逸脱している。全く知らない人が目の間にいるような錯覚を覚えた。
「そろそろ何頼むか決まった?」
「あ、ごめん」
店員が何も頼まず話している二人を見ていた。沙雪はいつの間にか置きっぱなしになっていたメニューを手元に引き寄せる。
「すみません、アッサムとチョコレートケーキをください」
「俺はチーズトーストで」
沙雪はかろうじて名前を知っている紅茶を選んだ。チーズトーストなんてあったのかと再びメニューに目をやる。
「それだけでよかったの?」
「……ドリンク頼むと高くつくから」
言われて見てみるとチーズトーストは一番安いメニューだった。沙雪が頼んだ紅茶の半分もしない価格である。
沙雪は内心で首を傾げる。この喫茶店は雰囲気的にも金額的にも中学生が入るような店ではない。そんな店にまっすぐ来たのだからそれなりに金を持っていると思ったのだが、自分のドリンク代をケチった当真にちぐはぐな印象を受けた。
「ならもっと安い店にすればよかったのに」
近くにはここより手ごろなチェーンの喫茶店もある。
「これくらい張り込まないとついてきてくれないかと思ったんだよ。むしろ高見がどこに行くかも聞かないで付いてきてくれたことが意外だ」
先に店の名前を言って、値段のことをそれとなく伝えて、それを餌に話を聞いてもらうつもりだった。気が動転していたこと、沙雪が行き先を聞かなかったことが重なり何も言わないまま店に着いてしまった。
「別に、同級生に誘われてついてくくらい普通でしょ。変な店ならともかく」
「普通じゃない。高見だって知ってるだろ」
当真が自嘲気味に笑った。
「俺、人殺しの息子だぜ」
---
岸辺当真は校内で最も名が知れている。校長や生徒会長の名前を知らない人はいるが、岸辺当真の名前を知らない人はいない。当真が入学する前から話題になっていたほどだ。
見た目が派手とか、騒動を起こすとか、有名な大会で成績を残したとか、良くも悪くも普通な理由で有名なのではない。
岸辺当真の父は人殺し。
たった十文字で語りつくせる理由で名前が知られていた。
きっと、事故で人を死なせてしまったとか、強盗にあって揉み合った末の正当防衛とかならここまで騒がれることはなかっただろうが、当真の父は違った。酒に酔い、すれ違った人に絡み、一方的に暴行した末に殺害したという、情状酌量の余地が全く無い殺人犯だった。
事件が起きたのは当真が生まれるしばらく前。当真は父親の顔を直接見たことすらない。
けれど、『父親が人殺し』というレッテルは十年過ぎてもついて回る。保育園からも小学校からも要注意人物として情報が流れ、環境が変わるたびに周囲へ新鮮な衝撃を与え風化することが無い。
進学する中学校にも教師経由、保護者経由で情報が伝わった。沙雪も『中学校の同級生に殺人犯の息子がいる』と聞いていた。同じクラスと知った時には自分の不運を嘆いたくらいである。入学初日もどんなやばいやつがいるのか緊張していた。
ところが、ふたを開けばそんなことはなかった。
クラスには言動が粗暴な人はいなかった。見た目が危険そうな人もいない。遺憾ながら、外見で一番ざわつかれたのは沙雪である。
朝のホームルームが始まった時、席がひとつ空いていた。クラスの誰もが岸辺当真は初日から欠席したのだと思っていた。
激震が走ったのは入学式が終わり自己紹介が始まった時だった。
「岸辺当真です。よろしくお願いします」
他の同級生と全く同じ代わり映えのない言葉だったが、周囲の反応は他と全く違っていた。眠たげにクラスメイトの言葉を聞き流していた人まで一斉に当真の方を振り返った。
肝心の当真はニコニコと屈託ない笑顔を浮かべながら注目を受け流していた。
ホームルームが終わった後の自由時間。数名の男子生徒が当真の前にやって来た。
「あのさ、岸辺ってあの岸辺当真なの?」
その瞬間、ざわついていたクラス中が静まり返った。全員が気になっていて、けれど聞く勇気が湧かなかったことだ。
噂では、岸辺当真はものすごく目つきが悪く暴力的で常に刃物を持ち歩いていると言われていた。嘘のようなエピソードもたくさん聞こえていた。
実際に姿を見てみれば没個性なくらい普通の容姿で、はきはきと挨拶するくらいしか特徴がない少年だった。岸辺当真という名前はさほど特別なものではないし、もしかすると同姓同名の別人ではないかと疑っていた。
誰も話しかけようとしなかったのは、見た目が普通なだけで性格が危険な可能性を考えてのことだった。
「あのって、父親が人殺しの岸辺当真かってこと」
「そうだよ」
当真はなんてことないように尋ねた。話しかけた男子生徒たちは威圧するように前のめりになり、剣呑な空気を放つ。
睨むような視線を受けて当真の顔がゆがんだ。
「勘弁してくれよー。確かに俺の父親はくそったれ犯罪者だけどさー、顔も覚えてないやつのためにいつまで絡まれるんだよー!」
絞り出すようなか細い声で始まり、最後は子供が泣くような情けなくも哀れみを誘う声色になっていた。
クラスの誰もが呆気にとられた。頭を抱える姿のみすぼらしさは『殺人犯の息子』という肩書にはおよそ不似合いだった。
「わ、悪い、大丈夫か」
「大丈夫じゃねーよ……中学こそは平和に暮らしたいと思ってるのに誰が言いふらしてるんだよ……」
「PTAで話題になってたらしいぞ」
「俺もオカンから聞いたわ」
「マジかよ、PTAがイジメに加担してるのかよ……俺はいつまで話したこともないジジイに苦しめられなきゃいけないんだ……」
「え、話したことないの?」
「ねーよぉ。アイツが逮捕されたのなんて俺が生まれる前だぞ? 顔だって昔のネットニュースの画像で知ったんだぞ」
当真は自分の身の上をかいつまんで説明した。
父親は母親が出産する直前から刑務所にいること。
面会なんてしたこともないこと。誘われたって行くつもりはないこと。
殺人犯の息子というレッテルを貼られてずっといじめられてきたこと。
「でも、暴力事件を起こしたって」
「五人がかりで袋叩きにされて抵抗したら一人が階段から落ちたんだよ。そいつらが俺にいきなり突き落とされたって言ったら、五人の主張だからって教師がそっちを信じたの」
「なにそれひっでえ」
いつの間にか話しかけた男子生徒たちが当真の愚痴を聞くような状況になっていた。やけっぱちのように語る当真はとても暴力的には見えない。半べそをかいているようですらあった。耳をそば立てていたクラスメイトたちもいつの間にか当真を憐れんでいた。
やがて始業のチャイムが鳴った。
「やべ、もう時間か」
「頼むから一緒の委員会は嫌だとか言うのはやめてくれ……嫌がるのはいいけど、俺に聞こえるように言うのはやめてくれ……」
「お、おう」
机に倒れ込む当真の姿はあまりにも弱々しかった。
入学初日にして、当真は憐れむ対象として認知された。最初に話しかけてきた男子生徒たちのグループで楽し気な学校生活を送っている。入学三日目で学校生活が台無しになった沙雪とは対照的である。
生まれつき髪の色が違うことと親が犯罪者であること。悩みのベクトルは全く違うが生まれた瞬間からレッテルを張られていることは同じだ。沙雪は当真と同じクラスであることに不安を感じながらも親近感を覚えていた。
そんな当真が瞬く間にクラスに馴染んだことに、沙雪は裏切られたような反発を抱えていた。
―――
「フツーさ、殺人犯の息子って警戒されるんだよ。クラスのやつらとだって二人で遊びに行ったことないくらい。なのに、俺に誘われてホイホイ人気のない喫茶店に来るとは思わなかった」
当真がけらけらと笑う。教室で聞くのとは全く違う、乾いた笑い声だった。教室で見せた哀れみを誘う弱々しさが無い。肌がピリつくような攻撃性が見え隠れしている。
見え隠れしていたのだが、その瞬間に店員が注文したものを持ってきて、気まずそうに目を逸らした。人気がないと言ったことを聞かれたと思ったらしい。教室での情けなさもまるっきり演技ではないようだ。
「岸辺、学校と随分違うんだ」
「俺みたいなのは敵作ったら終わりみたいなところあるからさ。世間って基本クソだけど、うまく取り入れば守ってくれたりするんだよ」
演技していることを否定しなかった。
当真はずっと世間に叩かれてきた。自分がやったわけでもない犯罪のことで、まるで犯罪者かのように扱われてきた。当真がどれほど隠そうとしても情報は伝わっていて、いつでもどこでも石を投げられてきた。何を言われ、何をされてもやり返そうと思わないくらい敵は強大だった。
ぶつかればゴミのように弾き飛ばされることを学んだ。できれば関わりたくないが、社会の中で生きていくためにはそうも言っていられない。
強いところを見せてはいけない。怖がられてしまう。
弱いだけではいけない。いじめ殺されてしまう。
だから哀れになろうと思った。『自分より下にいる可哀そうなやつ』という立場を目指した。
弱くて警戒する必要がない、けれど殴ったやつは周囲に悪役にされる、そんな立ち位置を目指した。
「学校じゃ媚び売るけど、休みの日くらいは一人でゆっくりしたい」
「分からなくもない」
沙雪は頷いた。そっとティーポットからカップに紅茶を注ぎ、口を付ける。
当真の言葉の正しさは当真自身が証明している。当初は尾鰭がつきまくった噂や殺人犯の息子というイメージが根強かったが、今ではそんなことを言い出す人はいない。
人殺しの子供とイジろうとする人がいても、当真が笑えるほど情けない顔でやめてくれと叫ぶ。中学生の自意識は親いじりに拒否感があるらしく、周囲もそのいじり方はやめろと止めている。今では当真に親の話題はNGという不文律が出来上がり、当真は人殺しの父親のせいで苦労していると同情される。冷静に考えてみると沙雪が感心するほどクラスに溶け込んでいる。
「でもそれ、私に言ってよかったの? 私もクラスメイトなんだけど」
「………………」
当真はハッと口を大きく開けた。無言だが「しまった」という心の声がしっかり聞こえた。
数秒の沈黙の後、当真は両手で顔を覆ってテーブルに両肘をついた。ぐあああ、と小声でうなっている。沙雪が紅茶を口にしながら素知らぬ顔で耳を澄ますと「ナニ語ってんだ」とか呟いていた。じんわりダメージを受けているらしい。せっかくの高級な紅茶を吹きそうになった。
なお、沙雪は紅茶の味なんて分からないのだが、この時は無性においしかったと覚えている。他人の不幸を肴に酒を飲む気持ちを齢十二にして理解してしまった。
「なんでこんなこと話してるんだろ、俺」
「私に聞かれても」
「だよな」
指の隙間から自分を見る当真に沙雪はあっさりと答えた。当真もまた頷く。
当真と沙雪はクラスメイトだが、まともに会話するのはこれが初めてだ。相手の内面的な部分など分かるはずがない。
ただ、当真のコミカルな姿を見て沙雪の気分が変わって来た。
相手がこれだけ醜態をさらしているのだから、自分も少しくらい本音をぶつけてみてもいいかな、と思うくらいには愉快だった。
あるいは当真がクラスでうまくやり、自分がうまくやれない理由はこういうところなのかもしれない。
「岸辺が話しちゃった理由は分からないけど、私は岸辺に親近感あるよ」
「高見が? 俺に?」
「岸辺と比べたら大したことないんだけどさ」
沙雪は自分の髪をひと房つまんでみせた。
髪の色は薄く、光加減によっては金色にすら見える。
他人の髪なら綺麗と思ったかもしれないが、この髪のせいで散々な目に遭ってきたと思うと疎ましくて仕方ない。
「これ、天然なんだけど、周りにはそう見えないらしいんだよね。思い込みで差別されるし誤解なんて解くより広がる方が早いでしょ? 会う人みんなに地毛証明書見せて回るのも嫌だし、見てくれるとも限らないし。……親から押し付けられたものに迷惑してることは同じかなって」
沙雪は当真をちらりと見た。当真は神妙な面持ちで沙雪の話を聞いている。
「クラスに馴染んでるのが妬ましかったんだけどさ、こうして話してみたらいろいろ納得できた。だから勝手に親近感持ってる。嫌だったらごめん」
「嫌じゃない」
勢い任せで言いながら恥ずかしくなって誤魔化そうと笑ったら当真は一切笑わず断言した。
「白状すると俺もそうだった。入学初日で髪染めてるやべーヤツだって思ってた。生徒会のアホに絡まれた話聞いて、好きであの髪色なんじゃないんだって分かったら、高見も大変なんだなってなった」
「そのわりに話しかけられたりしなかったけど」
「話しかけない方がいいと思ったんだよ。高見なら分かるんじゃないか?」
「……まあ」
自分が話しかけることで相手に迷惑がかかるのでは、という懸念は常に付きまとう。沙雪に友達ができない理由の一つは自分から積極的に話しかけられないからである。
「あと、正直何の話すればいいのか分からんかった」
「それはそう」
当真も沙雪も相手が興味を持ちそうな話題を知らない。特に沙雪は親近感を取り戻したのがついさっきである。教室で当真の声が聞こえてきてもうるせえとしか思っていなかった。聞こえた内容は覚えていない。
「あ、映画の話とか?」
「おお、確かに」
ついさっきまで二人は同じ映画を見ていた。世の恋人たちは共通の話題作りのために映画を見ることもあるという。今見たばかりの映画の感想なら話題として申し分ない。
「あの映画、ひどかったよね」
「あの映画、よかったよな」
二人の言葉が前半部分だけ綺麗に揃った。
二人は顔を見合わせる。そろって目をぱちくりさせた。
「おーけー、どういう部分がひどいと思ったのか聞いていい?」
「……悪口にしかならないけど、気分悪くない?」
自分が好きだと言ったものを真っ向からボロクソ言われて気分が良い人はそういない。
「いや、むしろ興味ある。どういう見方をして、どこが悪いと思ったのか気になる」
「じゃあ言うけど……」
沙雪は先ほどエンドロールが始まる中で考えていた悪態を、マイルドな表現で当真の顔色を窺いながら口にした。不快そうだったら即やめるつもりだったが、当真はふんふんと興味深そうにうなずいていたので結局最後まで話してしまった。
当真は全く気分を害した様子もなく腕を組んで頷いている。
「言われてみれば確かにそうだな。察し良すぎるわ」
「……ほんとに怒らないんだ。あれだけ泣くほど好きな映画を悪く言われて嫌にならないの?」
「生まれてこの方ずっと自分と無関係なことでボロクソ言われて来たんだぞ? 今さらこの程度で怒らんわ。あの映画にそこまで思い入れ無いしな」
はははと笑う当真の笑顔は乾いていた。当真に関するでたらめな噂をいくつも聞いた沙雪としては笑ってごまかすしかない。
「岸辺はあの映画のどんなところが気に入ったの?」
気まずさもあって沙雪から話を振った。
沙雪にはご都合主義的で家族愛を押し付けるような映画に見えたが当真は号泣していた。家族関係に問題を抱える当真には耐え難いものではないかと不思議だった。
当真の父の行為は、沙雪の髪の遺伝とは違い、本人にわずかでも自制心があれば防げたものだ。それだけに父親の行動を美化するような内容には沙雪以上に反感を覚えそうに思えた。
「最悪だと思ってた父親が実は良い人だったって気付けるって奇跡みたいなものだろ? それを娘が母親の遺品を整理して、父親のことを考えるのをやめなかったから起こせたってところがぐっと来た」
「……愛情を伝えることを怠けてただけの父親が都合よく救われるって、嫌じゃないの?」
「俺の事情と映画は別の話だからなー」
沙雪は自分が娘だったら、という視点で映画を見ていた。
当真は娘に感情移入しながらも客観的な視点で映画を見ていた。
「それに、もし俺の父親も家族を守るためにやったー、とかもっともらしい理由があれば俺も胸を張れるし」
なんてことないように小声の早口で呟いた。
沙雪は反応せずにそっと呼び鈴を押した。
「すみません、セイロンのディンブラください。あとカップをもうひとつ」
店員はすぐにカップを持ってきた。沙雪は店員に礼を言い、先に頼んでいたアッサムをカップに注ぐ。そしてそれを当真の目の前に差し出した。
「最近、他の映画も見たの?」
「ん、まあ。月一くらいだけど一人で映画見に来てるし」
「じゃあもう少し付き合って。お茶は私がおごるから」
「……分かった」
二人とも映画を見て誰かと感想を言い合ったことがなかった。沙雪には言い合える友達がいなかった。当真は友達に映画を見る趣味があると話していない。なぜなら彼らと一緒に行けば落ち着いて見られないからだ。
落ち着いた喫茶店に不似合いな中学生の声は、ティーポットの紅茶が冷めきっても途切れなかった。
過去の話は今日中にさくっと全部投稿しちゃおうかなーと思っています。




