37.本当のチート
高見がこの世界から消えるのを見届け、沙雪はトーマの元に戻った。
「ごめんね、治すのが遅くなって」
トーマの頭に手を当てる。それだけで割れていた頭蓋骨が修復され、呆然した表情が安らかなものとなる。
続けて首に触れる。フィオナがどれほど回復魔法をかけても繋がらなかった首が元通りになる。
人形をゼロから作るよりも修復するほうがよほど簡単だ。ちぎれた腕もくっつけて服を直すころには穏やかに呼吸を始めていた。
「よかった」
沙雪ならトーマを蘇生することが出来る。理屈としては間違いないが、実際に蘇るまで不安はあった。ゆっくりと深く呼吸するトーマを見て胸をなでおろす。
「これからどうしようか」
トーマが目を覚ますまで寝姿を眺めていたいがそうもいかない。
硬い城の床にトーマを寝かせておきたくないし、シャングリラに侵入した他の悪魔も倒さなければならない。住民は奮闘しているが転生者謹製の装備を身に着けた悪魔を倒すのは難しい。パニックに陥った悪魔を数人倒しているだけ大健闘だろう。
「……とりあえず悪魔を倒さなきゃ。行け」
失敗作の人形たちに指示を出す。沙雪が作った人形たちは沙雪の意思を汲み取って動く機能が備わっている。例外はトーマだけだ。
無数の人形は瞬く間に謁見の間から出て行った。人形は完成度が高いものほど性能が高い。転生者に近い性能の人形が無数に押し寄せれば悪魔たちでも対処しきれないはずだ。
「あっ、みんな行っちゃった」
高見を殺したことにわずかながら動揺したらしい。トーマを運ぶための人形を残し忘れていた。
どうにか自力で運ぼうとトーマの背中と足に手をかけて横抱きにしようとする。しかし現実と同程度の腕力しか持たない沙雪では持ち上げることすら難しい。持ち上げても不安定で、家どころか城の客間に連れて行くことすらできないだろう。
「う……」
どうにか背負えないか苦心しているとトーマがうなり声をあげた。目覚めたわけではないが、悪い夢でも見ているのかうなされている。
「ど、どうしよう」
動かさない方がいいのかゆっくり眠れる場所へ連れて行くべきか迷った。
わずかに逡巡し、移動することを選んだ。万が一体に不具合が生じているなら落ち着ける場所で丁寧に治す必要がある。どのみち移動は必須だ。
眠りながら顔をしかめるトーマを背負って立ち上がる。城の客間に連れて行くくらいならかろうじてできるだろう。新しく運搬用の人形を作ってもいいが、短時間で雑に作った人形は相応に挙動が大雑把になる。雑な運搬でトーマが傷つくリスクは犯したくなかった。
「よいしょ……っ!?」
頼りない足取りで謁見の間を出ようとしたところに悪魔が現れた。
悪魔は沙雪を見ると驚いた様子だったが、背負われたトーマを見ると即座に銃を向けてきた。
沙雪の身体能力は現実世界と変わらない。他の転生者のように悪魔を鎧袖一触することはできない。
とっさに人形を作ろうとするが間に合わない。既製品たちは謁見の間からすでに離れてしまっている。
パン、と乾いた銃声が響く。
「う……」
銃弾は過たず目標を貫いた。
「裏切ったな安村ぁ……!」
手を撃たれ、銃を取り落とした悪魔が沙雪の向こう側を睨みつけた。
そこには痩せぎすの男が銃を構えて立っていた。裏切ったと言われても安村は眉一つ動かさずもう一度発砲した。悪魔の頭に穴が空いた。
悪魔が消えたことを確認し、沙雪は背後を振り返った。
「安村さん、ありがとうございます。……グレンさんとお呼びした方が良いですか?」
「どっちでもいい。それよりこっちだ。エア城にはいくつか隠し通路がある。廊下より連中と出くわす確率は低いはずだ」
安村は謁見の間に引き返す。沙雪は一瞬迷うもおとなしくついていくことにした。
安村からは悪魔の気配がするが、沙雪たちを殺すつもりはないらしい。そのつもりだったら先ほど後ろから撃てばそれで終わっていた。
玉座の後ろの壁に安村が触れると壁が動き、隠し通路が現れた。安村と沙雪が入ると再び壁が動き通路を隠した。
「………………」
「………………」
狭い通路を安村の背を見ながら歩く。通路は暗いが、ところどころ松明程度の明かりがあるので歩くことはできた。ときおりある分かれ道も安村が進む方へついていく。その間、二人はひたすら無言だった。
しばらく歩くと行き止まりにたどり着いた。安村が壁に触れると壁が開いた。
辿り着いたのはエア城の一室だった。殺風景ではあるがベッドなどの家具が備え付けられている。
沙雪はそっとベッドにトーマを横たえた。今もまだ苦し気にうなっている。なんとかしないと、と焦りに胸をかきむしりたくなるがひとまずこらえて弾んだ息を整える。
「あー……ごめん、気が利かなくて。俺が背負えばよかったな」
「いえ、案内してくださって助かりました。それに……」
沙雪は安村の左肩を見る。上腕が半ばほどから無くなっている。片腕で人を背負うのは難しいだろう。
直截に言うことは憚られて沙雪は口ごもった。安村は苦笑いした。現実の体は五体満足なのであまり気を遣われると居心地が悪い。
沙雪は一度深呼吸してから背筋を伸ばした。それから丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございました。私一人だったら悪魔に殺されてしまっていたでしょう」
「気にしないでくれ。頼む、本当に助けたとかじゃないんだ」
凛とした佇まいに頭を下げられた安村が気圧された。慌てた様子で顔を上げるように言うと沙雪は素直に従った。
「むしろ、助けられたのは俺なんだ」
安村はベッドに横たわるトーマに視線をやった。まぶたがぴくぴくと動き呻いている。
「助けられたってどういうことでしょう、って聞いてもいいですか? 私、安村さんはシャングリラを壊しに来たんじゃないかと思ったんですけど」
「……驚いたな、そんなことも分かるんだ」
「ミオさんが死んだあと、ものすごい怒りの感情が伝わってきました。自分は目覚めてしまったのにどうして他の人がシャングリラの生活を楽しむんだ、っていう気持ちですよね」
安村はあまりのいたたまれなさに沙雪から目を逸らした。ミオを殺した直後、そんな気持ちになったのは紛れもない事実だ。その準備を兼ねてシャングリラに残り、隠れ場所が多いエア城に潜伏していた。
沙雪は現実から逃げてきた他の転生者とは違う。自らの意思でこの世界にやってきて、自分の願望に沿った法則を作り上げた。今のファンタジー的な世界観は沙雪のルールを逸脱しない範囲で他の転生者が後付けしたものに過ぎない。
この世界は夢であり、転生者の意思によって形作られる。世界の中核に近い場所にいる沙雪は強烈な感情を感じ取ることができた。
「さっき、トーマ君が言ってただろ。寝たい奴は寝かせておいてやれ、諦めたやつより現実で頑張ってる人を助けてやれって」
「聞いてたんですか」
「……隠れて聞いてたことは謝る。でも、悪気があって出て行かなかったわけじゃないんだ。他人が口を挟みづらい話も始まったし」
「それは……お恥ずかしいところをお見せしました」
トーマが殺されたことは安村にとって想定外だった。トーマは全体的に能力が高く、穴が無い。転生者同士で戦うなら突出した強みが無いという弱点にもなり得るが、悪魔にとってはつけ入る隙がない強敵となる。高見が神刀を装備しトーマが片腕を失った状態でも、冷静に戦えば勝つのはトーマだっただろう。
まさかの結果に驚いているうちにフィオナが変貌した。そして始まったのは過激な親子喧嘩だ。無関係な安村が口を挟むのはハードルが高すぎた。聞かない方がいいかと思ったが二人とも大きな声で言い合っていたのでばっちり聞いてしまった。今でも気まずい思いでいっぱいだ。沙雪もそこは同じらしく、バツが悪そうに顔を赤くしながらうつむいている。
「話を戻すとさ、トーマ君が言ったことにすげえ共感しちゃったんだよ」
わかる、と大声で同調したくなるほどだった。
安村自身、現実世界でダメ人間なりに頑張ろうとしたのだ。しかし何をやってもうまくいかなかった。現実逃避した結果夢の世界にたどり着いた。
寝た子を起こすな、安らげる場所を取り上げるな、お前ら悪魔だ。
全部全部、自分のために言ってくれているのではないかと勘違いしそうなほど安村の気持ちに寄り添った言葉だった。
「感動して、俺がもうシャングリラに居られないとしてもトーマ君が使うならいいなって思えた。あと、ちょっと反省した。俺たちが作ったシャングリラを他の転生者に使われるのが嫌だからって滅ぼすのは悪魔たちと同じようなものだからな。……助けるためでもないからもっとひどいか」
悪魔は楽しくて転生者を殺すのではない。転生者を苦しめたいわけでもない。
安村は現実世界で真実を知り、シャングリラの悪意探知結界に悪魔が反応しない理由を理解した。
悪魔には悪意が無いのだ。彼らは転生者を救出するために夢想世界へやってきた。そこに転生者に対する敵意もシャングリラに対する害意もない。あるのは善意と使命感だ。悪意を探知する結界に反応するはずがない。例外はグレンが殺された日、トーマに襲い掛かった悪魔だけ。彼だけはトーマに敵意を持つよう誘導されていた。
そんな悪魔たちと、子供の駄々みたいな理由でシャングリラを滅ぼそうと考えていた安村を同列にしてはいけない。悪魔たちに失礼だ。それはそうと悪魔たちは外道だと思うが。
「……住民たちも耐え切れなくなってきたみたいだな」
そんなことを話しているうちに階下から轟音が鳴り響いた。
沙雪の人形たちも大部分が破壊された。人形たちのスペックは転生者に近いレベルだが、トーマと違い意識がない。行動パターンも単純である。転生者装備で低い攻撃力を補った悪魔にとっては、障害ではあっても対処できる範疇だった。
トーマとフィオナがエア城にいることは知られている。いずれすべての悪魔がエア城に集うだろう。
「さっきの隠し通路をまっすぐ進んで、最初のT字路で右に曲がれ。階段を下って進んでいけば外に出られる。出口の壁も通路側から押せば開くようになってる」
「安村さんは来ないんですか?」
「俺は足手まといにしかなれん。動けるうちに少しでも足止めする」
夢想世界に入れるのは基本的に一人一度だけだ。再訪した場合、世界は一度この世界を捨てた人を異物と判断し排除しようとする。
無理やり侵入することも不可能ではないが、代償は大きい。激烈な頭痛や吐き気に襲われてこの世界へ到達できないことがあれば、到達しても両手足が無く行動できなかった人もいる。拒絶反応を無視して世界に居座り、現実世界で後遺症が出た人もいる。
安村は拒絶反応が軽く済んだが、それでも腕を一本失い片目が弱視、慢性的に頭痛と腹痛に襲われるなど症状が出ている。特に頭痛と腹痛は時間が経つにつれて強まっている。
いずれ歩くことも出来なくなる。ならその前にトーマたちの力になりたかった。
「この世界には悪魔たちより俺の方が慣れている。案外全員倒せたりしてな。この間のアマザ王国強襲で悪魔の数はだいぶ減っている。こいつらを全滅させれば当面安全なはずだ」
安村は笑う。沙雪でなくても強がりと分かる。万全の状態で装備を整えた複数の悪魔に対し、安村は見るからに軽装で体調も悪そうだ。エア城が安村のホームであるという点を鑑みても悪魔を全滅させることは不可能だろう。
沙雪にとって最優先なのはトーマとフィオナが生き残ること。沙雪が死ねば二人も消えてしまうので自己犠牲的な手段は採れない。トーマに割いている人形構築力を削って戦闘用の人形を作れば悪魔を撃退できるかもしれないが、トーマを再現できない可能性がある以上選択肢に入らない。
申し訳ないが安村の好意に甘えることにする。トーマとフィオナが生き残ることを考えれば悪魔を安村に任せて沙雪は逃げるのが最善のはずだ。
「……その必要はありませんよ、グレンさん」
沙雪が立ち上がるのとほぼ同時にトーマが口を開いていた。
沙雪はとっさに身を引いて主導権をフィオナに渡す。髪は一瞬で白くなり輪郭も幼くなる。見た目を繕ったらフィオナに適当な記憶を与える。沙雪とフィオナの行動方針はほとんど同じなので、状況さえ分かれば沙雪と同じ判断をするはずだ。
「トーマ君、体は大丈夫なのか」
「大丈夫ではないです。あったま痛いし吐きそうだしイライラするし、できればあと一日くらい寝ていたいくらいです」
「トーマ、それなら無理をしないで」
フィオナがトーマの手を握るとトーマも握り返した。
「無理はしないよ、沙雪」
トーマは沙雪の名を呼んだ。
フィオナの表情が凍り付く。普段、沙雪の意識はフィオナの中で微睡んでいる。フィオナが何をしようが寝ぼけ眼でぼんやり感じるだけで詳しく把握はしていない。トーマが死ぬなど、よっぽどの事態でなければトラブルが起きても眠ったままだ。
しかし今は違う。とっさに引っ込んだだけなので意識はばっちり目覚めている。
「えと、あの……」
沙雪が表に出ていたのはトーマが死んでから。安村と話している時もトーマは眠っていた。そもそも、トーマは沙雪関係の記憶が自動的に削除されるようになっている。仮に安村との会話を聞いたとしても覚えているはずがない。
「ただ本気で具合が悪いから悪魔を倒したらまた寝る。時間が経てば治るからほっといてくれればいい」
「……あいつらを倒せるのか?」
「余裕。本当のチートってやつを見せてやる」
パニック状態の沙雪をよそにトーマはのっそりと立ち上がる。ふらつきそうになるが両足に力を入れてなんとか留まる。
目を閉じて意識を集中すると悪魔の居所が分かる。悪魔のほとんどはエア城に侵入している。数人で固まっている悪魔もいれば単独で動く悪魔もいる。城の内部、隠し通路に侵入している悪魔までいる。どうやったのかエア城の内部構造を詳細に把握しているらしい。一体はこの部屋の前に到着し、ドアに爆弾を設置している。
慌てる必要はなかった。特に気にすることなくすべての悪魔の所在を突き止めることに集中する。
数体の悪魔が部屋の前に集まった。それぞれ銃を構えて合図を送り合い、突入のタイミングを計っている。
「グレンさん、ドアから少し離れて」
「? ああ」
トーマが全ての悪魔の座標を知覚するのとほぼ同時に悪魔は爆弾のスイッチを押した。
ドアが部屋の内側に向けて吹き飛ぶ。ちょうど一秒前までグレンが立っていた場所をドアが通過し、空中で不自然に静止した。
立て続けに悪魔が部屋に入ろうとして、銃を構える寸前の格好で動きを止めた。意識はあるらしく戸惑っている様子が見て取れた。
「それじゃあ」
トーマの一言で透明な長方形が悪魔の上半身を囲んだ。長方形は一体一体悪魔を包み込み、動きを封じる。
「さようなら」
続く言葉と同時に悪魔の上半身が消えた。
潰れたのでも破裂したのでもなく、忽然と長方形に囲まれていた範囲が消失した、下半身だけになった悪魔はその場に倒れ、すぐに下半身も消えて行った。
安村も沙雪も呆然とその姿を見ていた。この二人からしてもトーマがしたことは異常だった。
この世界にもこの世界なりの法則がある。転生者のチート能力ならある程度踏み倒せるとはいえ魔法を使うには魔力が必要だし、時間停止や空間支配ともなればそのコストは莫大なものになる、
トーマはそれをたやすく行った。疲労している様子はあるが、これは魔法の反動ではなく体調が悪いせいだろう。
もともとパニックに陥っていた沙雪はさらに深刻だ。なにせ創造主である沙雪にすら理解できない超常現象をトーマが引き起こしたのだから。
「これで終わり。悪魔は全員倒したよ」
「トーマ君、これはいったい……」
「世界の根っこに触れてきた。その影響でなんかできるようになった。……悪い、しばらく寝かせて。話はあとでする」
言うなりトーマはベッドに戻り目を閉じた。安村たちが止めるまもなく寝息が聞こえてくる。
「何が起きているんだ、いったい」
「私にも分かりません……」
安村と沙雪は顔を見合わせて首をひねった。
あと2話くらいで3章も終わり。
次はちょっと回想入ります。




