32.ジークフリート
9/19 一話目の投稿です。
トーマは憂鬱だった。
昨夜、フィオナはトーマが残したメモを燃やそうとした。それも高見から聞いた話が書いてある部分だけを、である。
トーマは寝室へ向かったが眠っていなかった。ずっとベッドの中で不安を感じながらフィオナの気配を探っていた。
高見の話が真実だとしたら、それは転生者を留めたい世界にとって知られたら不都合な情報だろう。死んでしまった転生者のことのように記憶を消されるかもしれないと思っていた。
では、メモを残しておいたらどうだろうかと考えた。記憶のようにメモがさっくり消えてしまうのか。そのまま残るのか。残っても作り話のように感じるのか。
答えは誰かが記録を抹消する、だった。
もしかしたら自分の手で処分してしまうかもしれないと思っていたが、メモを燃やそうとしたのはフィオナだった。
転生者か、転生者をもてなすために世界が作ったもののどちらかならば、後者の方が世界にとって操りやすいだろう。メモを処分できればいいなら簡単に操れる方を使うはずだ。
トーマは、フィオナが自分のために作られた存在であるという結論に至った。
それが憂鬱な理由のひとつ。
もうひとつの理由は今向かっている場所にある。
トーマはシャングリラの象徴、エア城の執務室に向かっていた。
もう一人の転生者、ジークフリートに会うためである。
悪魔の襲撃を退け、被害への対処を行ったという触れ込みでシャングリラはジークフリートバンザイ一色に染まっていた。
ジークフリートは復興対策本部を立ち上げた。そこまではトーマにも理解できるのだが、自分を本部長としてエア城に居座り始めたことには驚いた。
エア城はシャングリラの象徴であり、市民の憩いの場であった。そこを市長の許可も得ず占拠したのだ。そもそも悪魔がもたらした被害は軽微なものであり、すでに対応も終わっている。対策本部なんて大仰なものをいつまでも構えている必要はない。
何より気持ち悪いのは市民がそれを好意的に受け入れていることである。
こうして街を歩いていても聞こえてくるのはジークフリートを褒めたたえる言葉ばかり。
さっさとこの街から引っ越そうかなと真剣に考え始めている。
「フン、トーマか。この俺の時間を取るのだから相応な要件なんだろうな」
執務室に入ると尊大な態度で狭量な言葉を投げつけられた。隣にはべったりとジークフリートにもたれかかるミオがいた。
真剣に帰りたくなってきた。
「わりと重要な要件だよ。時間は取らないよう手早く済ませるけど」
この場所に長居したくなかった。
「なんなのですぅ、その口の利き方はぁ! きちんと敬語を使うのです!」
ガタッと音を立ててミオが立ち上がる。
トーマが知るミオはこんなチンピラみたいなことを言ったりしない。顔と声が同じだけの別人と思っていても、顔と声が同じだけにギャップがつらい。
「フッ、気にするな。ガキに生意気な口を叩かれたくらいで俺は怒ったりしない。……ただまあ、身の程はわきまえた方がいいと思うがな」
「さすがなのですぅ」
ジークフリートが頭を撫でるとミオは恍惚とした表情を浮かべた。
トーマには何がさすがなのか分からない。本当に気にしてない人は相手をガキとか生意気とか言わないよな、と思っていた。身の程をなんとか言いながらトーマをちらりと見たが、視線が示す意味は汲み取らなかった。気持ち悪かった。情報共有しないで帰ろうとかなと思った。
「手短に説明だけするよ」
トーマが敬語を使わなかったことにジークフリートは露骨に顔をしかめるが無視をした。
昨日メモにまとめた内容を端的に説明する。ジークフリートはあくびしながら気のない様子で聞き、説明が終わるなり口を開いた。
「それで? お前はそんな与太話を信じたのか」
馬鹿だな、と聞こえてきそうなほどの言いようだった。
「この世界が夢だからさっさと死んで目を覚ませなんて言われて信じる馬鹿はお前くらいだろう」
「ああ、そう」
ジークフリートがまともに取り合わないのも想定内だった。少しくらいは考えるだろうと思っていたが、考えもせず即答の否定だった。
トーマはさっさと帰ることにした。
命に関わることだから感情は置いて伝えることにした。聞いた後にどうするかはそれぞれ個人の責任である。
要件は済んだから帰ると言おうとして、やめた。
トーマは転生者に尋ねておきたいことがあった。
近いうちにトーマはシャングリラを出ていくつもりになっているが、他に転生者がいる場所を知らない。
今後、ジークフリートの顔を見る機会を最小限にするならこの場で聞いてしまうのが一番だろう。
「ところでジークフリートさんは死ぬ直前のことを覚えていますか?」
「ああ、覚えている」
一応質問する側なので敬語を使う。するとジークフリートは鷹揚に頷き、べらべらと喋り始めた。
「前世の俺――真暁寺夜宵は、普通の外資系企業に勤めていた。学生のころからまあ、それなりに優秀でスタンフォードの誘いを受けたりしていたが、生まれ故郷を盛り上げてやろうと思ってな。あえて東大に進学して日本国内にとどまったわけだ。任されたプロジェクトをいくつも成功させて社長からヘッドハンティングされたら待遇を相談してくれと頭を下げられてしまっていた。ああ、話が逸れたな。
ま、そこそこ順調な人生だっんだが、休日に俺を慕う後輩に声をかけられたんだ。彼女は妊娠していたんだが、そこに刃物を持った暴漢が現れた。俺が取り押さえてやったんだが、現場に来た警官が無能でな。暴漢が警官を振り払って後輩に突っ込んでったんだ。俺が庇って後輩は無事だったし、犯人はもう一度取り押さえてやったんだが、庇った拍子に犯人が隠し持っていた刃物が腹に刺さってしまった。当たり所が悪かったんだろうな。そのまま失血死してしまった。後輩が無事だったことは確認できたからそう悪くもないだろう」
暴漢に刺されて死んだ、の十文字で済みそうなことをべらべらと喋った。
トーマは「嘘つけ」と遮りたいのを必死にこらえていた。なんとなくこんな返答が来ることは予想していた。予想した上で質問したのは自分だ、と心の中で自分に言い聞かせる。
ジークフリートはそんなトーマの様子に気付かず自慢げに語っていた。
トーマは違和感を覚える。
嘘をつくと多くの人は後ろめたさを覚える。バレるのではないかと思って不安げになる。
そういった感情は態度に出る。相手の目を見れなくなったり、視線が泳いだり、体の末端が落ち着かずに動いたりする。
ジークフリートにそういった様子がなかった。視線は合わないが、それはジークフリートがうっとりと自分の過去に思いをはせているからだ。手先も足先も落ち着いている。
嘘をつく後ろめたさやバレる恐怖を感じているようには見えない。
トーマはジークフリートの自分語りが嘘だと確信している。
突っ込んで良いと言われてもどこから突っ込もうか悩むような経歴だし、ジークフリートの性格で社会人としてやっていけると思えない。むしろ就職できたのか、できたとしても会社でいじめられていなかったか心配になる。企画能力とか技術力は分からないが、コミュニケーション能力に難があることは疑う余地もない。
どうしたらここまで自然に嘘をつけるのだろうか。それとも妄想を本当だと思い込んでいるのだろうか。
トーマはナチュラルにひどいことを考えながらジークフリートの自慢話を聞き流していた。
―――
帰り道、トーマは深いため息をついた。
「……つかれた」
特に興味がない話を、興味が無いとバレないように聞き続けるのはストレスが溜まる。座っていた時間もさほど長くないのに全身の筋肉が凝り固まったようだった。
石畳の道を歩いているとあちこちから楽し気な声が聞こえる。
どいつもこいつもジークフリート、ジークフリートともてはやすようなことを言っている。銅像を建てようなんて話が聞こえた時には思わず笑ってしまいそうになった。
どれだけ自己顕示欲が強いのだろう。どれほど現実で満たされなかったのだろう。少なくともトーマは、誰かを助けたとしても銅像を建ててもらいたいなんて思わない。本気で建てようとしていたら新手のいやがらせかと警戒するだろう。
靴底を石畳にぶつけるようにして歩く。かつんかつんと靴音が伝わり、少しは周囲の声が気にならなくなった気がする。
「どこに行くかな。シャングリラから見えないところまで行けば都合の良い街が転がってる気がするけど」
トーマが望めばきっと世界が応える。
どこかで海の向こうにも国があると聞いた。どこで聞いたのか思い出せないが、王族が女性を探してほっつき歩いているとかいう自由な国だ。お試しで尋ねてみるのもいいかもしれない。
そんなことを考えていれば少しは気がまぎれるが、四方八方で叫ばれるジークフリートへの賛辞は嫌でも耳に届く。
自然に足が速くなる。自宅を閉め切れば少しは静かになるだろう。いっそのことノープランでシャングリラを出てもいい。
ふと、一人の男とすれ違った。
やせ細った色白の男だった。街には何人もの人が歩いていて、みんな笑っている中で、その男だけは仏頂面を浮かべていた。懐かしいような、懐かしさとは違うような、奇妙な感覚があった。既視感というものだろうか。
どこかで出会ったことがあるような気がしたが、そんなことはないと断言できた。
男には左腕がなかった。顔には焼け爛れたような痕があった。思わず二度見してから失礼だったと反省するような、特徴的な外見だった。これまで出会ったことがあって忘れているとは思えない。
「あ……」
反射的に声をかけようとした。
周りの騒がしい人間もどきと明らかに違った姿に転生者かと思ったのだ。
男は人ごみの中に潜っていく。頼りない体には不似合いなほどなめらかな動きでトーマから遠ざかる。
トーマは男を追った。追おうとした。
しかし見失ってしまった。あたりを見回しても、路地を覗き込んでも、男の姿はどこにも見当たらない。
「……勘違いだったか?」
シャングリラにいる転生者はトーマとジークフリートの二人だけのはずだ。
つい最近になってシャングリラに来た人ならばトーマをまけるほど道に詳しくないだろう。
迫害されてきた人々の街であるシャングリラならば怪我をしている人がいてもおかしくはない。たまたまジークフリートの願いの影響を免れた人か、あるいはトーマの願いを受けて熱気に染まっていない人が現れたのか、そのどちらかだろう。
狐につままれたような気持ちを味わいながら、トーマはそう結論付け、再び帰路についた。
いい感じに指が回ってるので夜にもう一話くらい投稿すると思います。




