31.人形はだれ
前回までのあらすじ
シャングリラに悪魔が侵入し、グレンの恋人であるミオが殺された。
トーマたちは仇の悪魔を追い、そこで悪魔からこの世界の真実を聞く。
曰く、この世界は夢であり、転生者は現実世界で生きている。
その証拠として悪魔はミオを蘇らせた。
戸惑うトーマと蘇ったミオを抱きしめるグレンのそばで、悪魔は自爆した。
またひとり転生者の誰かが消えたことに気付くトーマ。
悪魔が語った真実と共に、ミオを連れてシャングリラに戻るのだった。
シャングリラは騒然としていた。
アマザ王国と戦闘になったことは何度かあるが、街への侵入を許したことは一度もない。被害に対応するノウハウがなかった。
トーマとミオが戻った頃には、ざわつくばかりで何も対処されていなかった。
高見と話した直後だからか、住民に主体性がまるで無いように見えた。
街の代表者は何をしているのだろうか。名前も思い出せない市長はどこにいったのか。他に代表を張れる人はいないのだろうか。このままではいつまで経っても街は荒れ放題である。
トーマはため息をついた。仕方ないので自分で音頭を取ろうとした。
「何をしている、お前たち!」
バカでかい声がした。
瓦礫の上にジークフリートが仁王立ちしていた。
「街に侵入した悪魔どもは俺が倒した! さっさと街の片づけに移れ! けが人は一か所に集めて手当てしろ。力があるやつは瓦礫の撤去だ!」
「うおお! さすがジークフリートさんだぜ!」
「シャングリラの英雄バンザイ!」
「ジークフリート様、万歳!」
「フッ、騒ぐのはやることが終わってからだ! はやく行動に移れ!」
「「「「「はいっ!!」」」」」
トーマは複雑な気持ちになった。
疲れているし面倒なので表に立ってくれる人がいるのはありがたい。
ただ、ジークフリートが表に出るとみんながやたらとジークフリートをヨイショするのに馴染めない。高見の話を聞いた後だとなおさらである。
この世界が転生者の願望を反映するものだとしたら、この光景がジークフリートの理想ということになる。
思い出してみるとジークフリートは常に上から目線で尊大な態度を取っていた。承認欲求だけでなく優越欲求も強いと分かる。
他者に優越し、尊敬される立場を夢見るのは、現実でその欲求が満たされていなかったからではないかと思ってしまう。
見ていると恥ずかしいやら痛々しいやら、いたたまれない。
どんな顔をしたらいいのか迷うトーマをジークフリートが見つけた。
「おいトーマ、手傷を負っているようだな、みっともない」
「あ、はい、さーせん」
「さっさと手当てを受けてこい」
いつもなら内心でコイツ何様なんだろうと思うようなことを言われても反感が湧かなかった。うっかり現実のジークフリートを想像すると泣いてしまいそうになるから、さっさと話を切り上げたくて素直に頷いた。
「さすがなのですぅ、ジークぅ」
さっさとフィオナのところに行こうとして、足が止まった。
ミオによく似た声だったが、聞いたこともないような媚びに媚びた甘ったるい声だった。
「フッ、当たり前だ」
「やっぱりジークが一番なのですぅ。他の人なんかダメなのですぅ」
聞き間違いであることを望みながら振り返ると、ミオがジークフリートの手を握っていた。
気色悪い。
嘔吐感がこみ上げてきた。
ミオはいつものですのですと分かりやすい口癖があってあざといなと思っていたが、こんなにしなを作って媚びを売ったりしなかった。
今はジークフリートの腕を抱きかかえてべたべたくっ付いている。
まるでジークフリートを気持ちよくするための人形のようだった。
トーマはミオに、誰かが命がけでミオを守ったことを忘れないでほしいと言ったが、もう頭の片隅にもそんな言葉は残っていないだろう。
転生初日にトーマをもてなしてくれたミオは死んだ。ここにいるのはよく似た見た目と同じ名前をした別人だ。
声を聞きたくない。姿を見たくない。
トーマは逃げるようにその場を後にした。
―――
「トーマ! ひどい傷、服も焼けて……手当します、座って」
「ああ、ありがとう」
自宅に帰るとフィオナが駆け寄って来た。促されるままリビングの椅子に腰かける。
高見の自爆を受けた直後に治癒魔法を使ったが、戦闘中だったのでさほど丁寧に治していない。ちなみに服は治癒魔法では治せない。
トーマは力なく椅子に腰かけた。肉体以上に精神が疲弊していた。
高見が自爆したあとから唐突な喪失感があった。よく考えればあの場にミオがいたことが不自然だし、ミオが生き残っていることもおかしい。
あの自爆で転生者が、それもトーマが親しくしていた人が殺された。それは間違いない。
知人が死んでしまっただけでも十分すぎるくらいショックなのに、死んでしまった人のことを思い出すこともできない。気持ち悪さと悲しみと忘れてしまった罪悪感に苛まれる。
追い打ちのようにミオの変貌を見せつけられた。
心の中は大荒れで叫んで大暴れしたいくらいである。そんな気持ちとは裏腹に気力は湧かず体に力が入らない。
「あ」
「痛かった?」
「ごめん、痛まないから大丈夫。ちょっと右腕動かしていい?」
「手当済んだからいいけど、どうするの?」
「ちょっとメモを取っておきたいことがあるんだ。万が一にも忘れるとまずいから」
リビングのテーブルにはメモと筆記用具が備え付けてある。それらを引き寄せて高見に聞いた情報を記入していく。
この世界が都合の良い夢だと知ったら目覚めようとする人も出てくるかもしれない。高見の話が本当ならば、世界にとって都合が悪い情報だろう。
高見が言うには、世界にとって都合が悪いから死亡した転生者の記憶は失われるらしい。
あるいはこの『真実』の記憶も世界にとって都合が悪いものとして消去されてしまうかもしれない。
転生者の記憶は即座に消えている。今も覚えている以上杞憂だと思うが、念を入れておいて間違いはないだろう。もしも記憶が消えてメモが残っていたら、高見の話が真実だという証明になる。記憶だけではなくメモまで消滅したらどうしようもない。
「確かめておきたいこともあるし」
「? どうかした?」
「なんでもない」
つぶやいたトーマの表情を窺うフィオナに笑って返す。
しばらく無言の時間が続く。フィオナは手当てに、トーマはメモを残すことに集中する。
最初は覚えていることから順に書いていく。その後、順序立てて整理しているところで手当てが終わった。
「ふう、命に関わるような傷がなくてよかった。たぶん明日には普通に生活できるんじゃないかな。……それで、何を書いているの?」
「こっちがもともと知っていたことのまとめ」
・トーマたちは転生者である。転生者とは、日本で死亡したか、日本からこの世界に転移した人を指す。
・転生者を殺害しようとする勢力が存在する。彼らを悪魔と呼ぶ。
・悪魔に殺害された転生者の記憶は失われる。
「こっちが今日、悪魔から聞いた話のまとめ」
・転生者たちは夢遊症という病気に罹患しただけであり現実世界で生きている。この世界で死亡することにより現実世界へ戻る。
・この世界にいる間、転生者たちは現実世界で衰弱している。
・悪魔と呼ばれた人たちは、日本の研究所に所属しており、転生者たちを現実に戻すためにやってきた。
「……これって本当なの? 悪魔ってトーマたちを殺そうとしてる人たちだよね。トーマを騙そうとしてるんじゃないの?」
「俺もそう思ってた」
こくりと頷くトーマ。
悪魔は転生者を殺そうとしていた。そんな悪魔が『きみたちを殺そうとしていたのはきみたちを助けるためなんだ』なんて言っても冗談にしか聞こえない。本来なら馬鹿馬鹿しいと一蹴して終わるところだ。
「けど、そう考えればつじつまが合う部分があるんだよ。転生者だからって都合よく特殊能力持ってたり、生活の場が簡単に見つかったり、そこで受け入れられたり、ご都合主義的悪役がいたりさ」
転生者に適当なパートナーが作られることは伏せて話した。
詳しく話すにつれてフィオナの表情が曇っていく。
「じゃあ、トーマは死んでしまうの?」
フィオナの問いは二つの意味を含んでいる。
トーマが現実世界に戻るためにこの世界で死んでしまうことがひとつ。
トーマが現実世界に戻らず現実世界で死んでしまうことがもうひとつ。
どちらもフィオナにとっては受け入れがたいことだった。
「いや、大丈夫じゃないかな。俺が死ぬ必要はない。たぶんこの世界は現実世界より時間の流れが早いんだ」
「……夢だから現実世界と時間の流れ方が違うってこと?」
「そうそう。俺がこの世界に来てから二か月弱だろ? もしどこかで倒れてるならとっくに死んでるんだ。高見……悪魔が言うには、俺は夢遊症の専門病院に入院してないらしいけど、二か月間意識不明で原因が分からない人がいたら検査くらいかけるだろ」
二か月もの間、飲まず食わずで生きていられる人間はいない。どこかでトーマが倒れている場合、時間の流れが現実と同じならば現実のトーマはもう死んでいる。
悪魔がトーマの存在を認識してからもう一か月ほど経っている。高見が所属する国都大学付属病院からあちこちの病院に夢遊症らしい人がいないか確認しているはずだ。
記憶にないが、仮に国外で意識を失っているとしても一か月も昏睡していたら日本にいる家族に連絡を取るだろうし、日本の病院へ搬送していてもおかしくない。
仮に高見の言葉が全て真実だとしても、時間の流れはほぼ確実に違っている。
「それに俺はトラックのメーカー名思い出せたし」
高見は本当はトラックに轢かれていない根拠としてメーカー名を答えられるか尋ねた。
エンブレムはすぐに分かったが、メーカー名が出て来ず黙っていた。
「イセンテ社のトラックだ。間違いない」
頻繁に交通事故を起こし、トラック業界からも運送業界からも嫌われているイカセイ運輸御用達のトラックである。
「本当のことも混じっているかもしれないけど、悪魔が言ってることを全て鵜呑みにはできない。だから自殺なんて絶対にしない。死ぬにしても寿命が来るまでのんびり過ごすさ」
「……よかった…………!」
だから安心してくれ、とフィオナに笑いかける。
フィオナは胸をなでおろすと同時に涙をこぼした。
悪魔の言葉が全て本当だとしたら、トーマがこの世界で死んでも死ななくてもフィオナにとって悲しい結末が約束される。
トーマの推測が正しいとしたら、フィオナにとっては歓迎すべきことである。
トーマはこの世界からいなくならない。フィオナと共に生きて、寿命が来たらこの世界を去るが、もうひとつの世界で生きることが出来る。
出来ればフィオナ自身ももうひとつの世界へ行きたいが、それが叶わなくても満ち足りた結末だ。
「やっぱり、偽物なんかじゃないよな」
目の前で涙を流すフィオナは、トーマの目には人間に見えた。
先ほど気持ち悪いほど心変わりしたミオを見て、世界に作られた人間の薄っぺらさを感覚的に理解した。
ミオたちはどこまでも転生者に都合が良い舞台装置だ。だから転生者の都合でいくらでも振る舞いを変える。人間としての芯が無い。
ミオとフィオナはまるで違う。フィオナは人間だ。
――トーマの目にそう映っているだけかもしれないが。
「そろそろ休むよ。今日は疲れた」
「はい、おやすみなさい」
他の人の目にどう見えているのか。
フィオナも、トーマから見たミオのように見えるのではないか。
そんな疑問を感じながらトーマは寝床につく。
思い違いであってくれと願いながら目を閉じた。
―――
トーマが寝室へ向かった後、フィオナは台所に立っていた。
悪魔が街を襲撃し、トーマは悪魔と戦って怪我をした。きっとひどく疲れている。眠いのならゆっくり眠って休んでほしい。
けれどトーマは夕食も摂っていない。演劇の後にコーヒーを飲んだきり、何も飲み食いしていないはずだ。
疲れるほど頑張ったのならきっとお腹も空いているだろう。もしかすると眠ってしばらくしてから空腹で目を覚ましてしまうかもしれない。
「冷めてもおいしいものを作っておけばいいよね」
変な時間に眠ったから変な時間に目を覚ますかもしれない。フィオナが寝ていてもトーマは気を遣って起こしたりしないはず。あらかじめ用意しておけばトーマは冷蔵庫を漁るようなことをしなくて済む。
トーマが好きなアジフライを作っておこうかと思って考え直す。どうせなら揚げたてを食べてもらいたい。
サンドイッチを作ることにした。普通の料理をたくさん作ったらトーマはきっと無理をしてでも残さず食べようとする。サンドイッチなら残っても翌日食べればいい、と思ってくれるだろうと思ってのチョイスである。
バターを塗ったパンにあぶったハムを挟んだり、ゆで卵をマヨネーズであえたものを挟んだり、レタスやトマトがメインのさっぱりしたもの、と何種類か用意した。少し作り過ぎたかもしれないが、余ったら明日の朝食や昼食にすればいい。
フィオナはサンドイッチを皿に盛り付けテーブルに置いた。良かったら食べて、と書置きしようとメモに手を伸ばした。
そこにはまっさらなメモの他にトーマが書いた二枚のメモが残っている。一枚は昨日の時点で分かっていたことをまとめたメモ。もう一枚は高見という悪魔に聞いた話を書き記したメモ。
フィオナはじっとメモを見つめる。ぴくりともせずにじっと見つめる。
やがてフィオナはメモに手を伸ばした。その目はぼんやりと虚ろに揺らいでいる。
高見の話を記したメモを力なく掴む。ふらりとキッチンに向かって歩き、コンロに火を付ける。
フィオナはコンロの上でメモから手を放した。
「そこまで」
ひゅっと風が吹いた。フィオナが手放したメモが風にさらわれる。
メモは寝室から現れたトーマの手の中にあった。
トーマはメモを読んだ。指に力が入りメモはくしゃくしゃになってしまった。
「フィオナ」
名前を呼ばれ、ぼんやりとしていたフィオナがはっとする。きょろきょろとあたりを見回して、ごうごう燃えるコンロと自分を見つめるトーマ、その手に握られたメモに気付く。
直前までの自分の行動を思い出しフィオナは青ざめる。
メモを燃やそうとしたことは覚えているが、どうしてそんなことをしようと思ったのか、なぜ行動に移してしまったのか分からない。
じっと自分を見つめるトーマが責めているように思えた。何が起きたのか分かっているのにどうしてそうなったのか分からない状況は簡単にフィオナを混乱させた。
気が付くとトーマが手の届く距離に立っていた。
びくりと身をすくめる。
心臓が激しく脈打って息ができない。声を出すこともできない。
「大丈夫、分かってるから」
トーマはポンとフィオナの背を叩いた。いたわるような、子供を落ち着けるような強さだった。
フィオナはおそるおそるトーマの顔を見た。
そこに怒りはなかった。眉を寄せて困ったように笑っている。
「フィオナの意思じゃないだろ? 燃やすつもりなんかなかったんだよな。サンドイッチ用意してくれてて、気が付いたらメモを持ってコンロの前にいた。そうだろ?」
フィオナの目に涙が浮かぶ。
行動だけ見れば悪魔に利するようなことを、トーマに迷惑がかかるようなことをしていた。裏切り者と糾弾されても仕方ない行為だ。
トーマは怒るどころかフィオナを疑いもせずに何が起きたのか言い当てた。
張り詰めた緊張がほどけ、フィオナの体から力が抜ける。
「ごめん、ごめんなさい……!」
「いいよ」
トーマに寄りかかるようにしながらフィオナは涙声で言った。トーマはそっと抱き留めて落ち着かせるように背中を叩いた。
その時、トーマが泣きそうな顔をしていることに気付く人は誰もいなかった。




