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30.きえゆくもの

二章最終話です。

 ひどい耳鳴りがする。

 至近距離で起きた爆発はアマザ王城で食らったものよりはるかに強かった。

 もしもアマザ王城で経験して対策していなければ死んでいた。

 そう確信できるほどの爆発だった。


「二回連続で爆発オチは勘弁してくれよ」


 毒づきながら防御魔法を再展開する。

 続けて回復魔法を発動する。閃光で視覚を、轟音で聴覚をそれぞれやられてしまった。悪魔がどこかに潜んでいるかもしれない。状況を把握するためにも一刻も早く治さなければならない。

 自分を治療している最中、脳裏をよぎるのはグレンの姿だ。

 トーマの叫び声を聞いた男性は、体をひねりミオを爆発から庇っていた。

 爆発の直前に強い力を感じた。あの人もミオも無事でいることを祈るしかない。


「まて、あの人って誰だ」


 トーマはミオを殺した悪魔を追って来た。その現場に、悪魔以外に顔も名前も知らない相手がいるだろうか。

 そんなはずがない。そもそも敵を追うトーマに追い付けるのは転生者くらいだ。

 頭がくらくらする。爆発の衝撃のせいだけではない。


 目と耳が治った。周囲の状況を確かめる。

 高見が立っていた場所を中心に木々が倒れていた。地面がひっくり返って草が消し飛び、茶色一色になっている。

 どんな威力の自爆だ、と呆れそうになる。

 同時に、これは無理だと冷たい感覚が背筋を伝う。

 戦闘型の転生者チートもちでも不意に受けてしのげる威力じゃない。


「……ミオさん!?」


 あまりの惨状に生存者はいないと思っていた。以前にも似たような爆発を受けたことがある自分以外はとっさに対応できないだろうと思った。

 しかし、ミオは生きていた。体のあちこちを土まみれにして、苦悶の表情を浮かべているが、生きている。

 一際異様なのは、ミオが倒れているあたりだけ地面が無事なことだ。ミオの右も左も地面はえぐれているのに、ミオひとりが収まるくらいの小さい範囲だけ爆発の影響を受けずにいた。


「う……トーマ……? トーマが助けてくれたのです……?」

「……違う」


 あたりを見回し何があったのか察したミオの問いに、振り絞るように答えた。

 自然と肯定しそうになっていた。もう一人の転生者が死んだことで、ここにはトーマとミオしかいなかったことになる。ミオが防ぎようのない攻撃を受けても生きている理由は、転生者であるトーマが守ったから、とつじつまを合わせようとする力が働いた。

 今でもミオを庇った転生者の記憶は薄れつつあるが、それでもトーマは否定した。


 トーマは高見の自爆に吹き飛ばされた。気が緩みかけていたと言っても防御魔法はしっかり展開した状態でも踏ん張ることすら出来なかった。

 ミオは爆発のあおりを受けていたが火傷は見当たらない。爆発の熱も衝撃も、ほとんど誰かが防ぎ切ったのだ。

 それを見るだけで庇った誰かがどれだけ壮絶な意思と力でミオを守り抜いたのか分かる。

 高見の前に立ちはだかる誰かの姿が見えるようだった。


 ひび割れ欠けゆく記憶をイメージが繋ぎとめた。

 決して都合の良い思い込みに溺れるわけにはいかない。ミオを守り抜いた姿は決して忘れてはいけないものだ。


「庇ったのは俺じゃない。誰かがミオさんの前に立って、守り抜いたんだ」

「そうなのです? いったい誰が守ってくれたのです?」

「……分からない」


 疑問符を頭の上に浮かべるミオへの回答はあいまいになってしまった。

 もう名前も顔も思い出せない。


「でも、忘れないでくれ。最後の最後まで必死にミオさんを守ろうとする誰かがいたんだ」

「分かったのです……?」


 分かったと言いながらもミオの表情はさえないままだった。

 きっとミオは自分を助けた転生者のことを忘れてしまっている。

 仕方ないことだ。高見の言葉が事実なら、ミオはこの世界に都合が良いよう作られた存在である。つじつまを合わせようとする世界の意思をトーマより強く受けてもなんらおかしくない。


 理屈は分かっても、納得はできなかった。


―――


 グレンとトーマが転生者を追ってシャングリラを飛び出した頃、もうひとつの戦いが発生していた。

 シャングリラ中央部、冒険者ギルドのすぐそば。ムラマサの工房から一人の悪魔が飛び出してきた。

 悪魔はそのまま近くの建物に激突し、力なく姿を消した。


「舐められたモンだなァ、オレは」


 ムラマサがのっそりと工房から姿を現す。鞘に納めたままの一本の刀を担ぎ、周囲に油断なく視線を散らしている。その後ろにはすでに剣を抜いたアズサがいた。


「不意打ちにしてもお粗末だ。工房に侵入者対策してねえとでも思ったか? 敵が油断してるってのは楽でいいが、馬鹿にされてるみてぇで気分悪ィな。ええ、おい?」


 単独で工房への侵入を試みた悪魔は刀を抜くまでもなく倒したが、周囲にはまだ悪魔の気配がある。

 トーマのように悪魔が放つ違和感を感じ取ることが出来なくても、周囲の建物の屋根の上からこちらを窺う不審者の気配は感じ取ることができる。

 数はわずか三人。戦闘態勢に入ったムラマサにとって、油断しようが負けるはずがない人数だ。まだ、特殊な装備を持った四人で工房を吸収するほうがムラマサを倒す目はあっただろう。

 悪魔が強力な銃器を持っているのは転生者たちの共通認識となっていた。念のため神刀を持ち出したが、抜刀するまでもない戦力差がある。

 屋根の上に隠れていた悪魔たちはムラマサの呼びかけにバレていることを悟り、ゆっくりと立ち上がった。


「ハ、潔いじゃねえか。かかってきやがれ!」


 威勢よく声を上げるムラマサ。

 悪魔たちはムラマサとは正反対の方向へ駆け出した。


「逃げんのか腰抜けがァ!」

「ムラマサ、どうする!?」


 アズサの問いに逡巡する。

 追うべきか、追わざるべきか。

 トーマたちのように悪魔を全滅させようと考えるなら『追う』一択だが、ムラマサはそこまで悪魔を恨んでいない。悪魔に殺された転生者の記憶は失われると聞いていても、グレンのように実感がなくピンときていない。

 追いかけた先に罠がないとも限らない。たいていの罠は斬り伏せられるが余計なリスクを冒す必要はない。


「……追わない。悪魔を倒すなら探知能力を持つトーマがいる時の方が確実だ」


 頭に血が上りそうになりながらもムラマサは冷静だった。

グレンとトーマがシャングリラを飛び出したことには気付いている。二人がいない間に悪魔がシャングリラに仕掛けをする可能性を考えれば、自分は軽々しく動かず警戒していた方が良い。

 ちなみにジークフリートは最初からアテにしていない。


「うわああああ!」

「!?」


 逃げた悪魔から視線を切って、周囲に他の悪魔が潜んでいないか警戒したそばから悲鳴が上がった。

 男性が地面に倒れながら肩を抑えている。苦悶の表情を浮かべ、肩からはだらだらと血が流れていた。

 悪魔に撃たれていた。


「街に火が!?」

「畜生、こっちも撃たれた!」


 悪魔たちは逃げながら住民に発砲し、建物に火をつけていた。


「あいつら……! アズサ、怪我人の手当てを頼む! オレは奴らを追う!」


 ひとまず放置するつもりだったが、こうして街に被害が出ている以上見逃すわけにはいかない。グレンたちが戻るのを待っている間にどれだけ被害が出るか分からない。

 悪魔たちが逃げた方へ走り出す。悪魔がいるあたりでは騒ぎが起こっているので場所の把握は難しくない。

 神刀を抜けば一瞬で三人の悪魔を切り捨てることができるが、街中で神刀を抜けばそれこそ大惨事になってしまう。

 一人ずつ倒さなければならないかともどかしく思っていると、悪魔たちは同じ方向に向かって走り出した。一撃で全員やられることが無いよう距離を取りつつも同じ方角へ向かっている。


「ご丁寧についてこいってか。……いいぜ、乗ってやる」


 悪魔たちはムラマサが付いてくるのを見ると街への攻撃をしなくなった。

 辿り着いたのは中央広場。見晴らしが良い場所に三人散らばって立っている。

 手近な相手から切り捨てようとすると、悪魔は全く無防備にヘルメットに手をかけた。

 これまでの悪魔とまるで違った動作に戸惑いムラマサの動きが止まる。


「こんにちは」


 これまで一言も話さなかった悪魔がごく普通に挨拶をしてきた。

 ヘルメットに隠されていた顔は、三十歳前後の男性のものだった。


「ひとつ聞きたいことがあるんだ」


 悪魔は敵と、気を取り直して攻撃しようとしたところに話しかけられ気勢が削がれる。攻撃のタイミングを逸してしまった。

 ムラマサは呼吸を整える。ムラマサは戦闘経験が少なく、会話から殺し合いへの切り替えが難しい。

 神刀の柄に手をかけ、ヘルメットを外した悪魔に狙いを定める。この広場なら力加減を誤っても市民を斬ることはない。

 心を落ち着ける。悪魔が何を言おうが問答無用で斬り捨てる。


「村正専吾、きみはどうしてしゃべれている?」

「……は?」


 悪魔が何を言おうが無視する。

 そう決めていたはずなのに無視できなかった。


「何を言ってやがる。クチくらい利けるに決まってるだろうが」

「そうかな? 我々が調べたところ、きみはまともに人と喋れないはずなんだが」

「……うるせえよ」


 ただの言いがかりだ。ムラマサの気を散らすための戯言だ。

 そう考えているのに無視することが出来なかった。脂ぎった手で顔に触られたような耐え難い不快感があった。


「まともに人と会話することもできないきみが、どうして鍛冶屋を営んでいる? 尊大な態度をとっている? 少しはがく――」

「うるせぇっつってんだろうが!」


 ムラマサは神刀を振った。

 雑念まみれの力任せな一振りは神刀に増幅され、鋭い衝撃波になって走る。

 悪魔は片手にぶら下げていたヘルメットで防ごうとしたが、ヘルメットもろとも紙のように切り捨てられた。袈裟懸けに左肩から腹にかけて深い切れ込みが入った。

 ムラマサはふうふうと息を荒げる。

 神刀を振るった反動だけではない。心臓が不規則に脈打って落ち着かない。


「どんな武器を持ったところでどんくさいきみが戦えるはずないだろう?」

「――――ッ!」


 もう一人の悪魔がささやく。

 とっさに刀を振るが見当違いの場所を切るだけに終わった。


「まだ自分が特別だと思っているのか?」


 反対の方向から悪魔の声がする。

 嘔吐感に襲われ、貧血のように耳鳴りがする。腕が重くてうまく動くことができない。

 パン、と発砲音。神刀の加護により守られているはずなのに、左肩に弾丸が突き刺さった。


「……痛えなあ!」


 大きな声を出して力を振り絞る。

 体がうまく動かせなくなってきた。歯を食いしばって神刀を握る手に力を込める。

 これが悪魔の罠だ。耳を貸すな。一瞬で二人とも仕留めてそれで終わらせる。

 飛び跳ねるように動き続けざまに放たれた銃弾を回避する。悪魔の一人に接近し、横なぎに胴体を切り裂いた。

 後ろに向かって闇雲に神刀を振る。真後ろにいた悪魔は構えた拳銃ごと首を切断された。ごとりと鈍い音を立てて広場に転がり、消えて行った。

 三人の悪魔はそれぞれ致命傷を負わせた。もう死んでいるだろうし、生きていてもまともに行動できないはずだが、ムラマサは深呼吸しながら周囲を警戒する。四人目、五人目の悪魔がいるかもしれない。

 十秒ほど神刀を構えながら警戒し、動きがないことに安堵し脱力する。

 ムラマサは神刀を地面に突き刺しどさりとその場に腰を下ろした。


「なんだったんだ今のは」


 悪魔の攻撃手段は銃器がメインだったはずだ。あんなふうに喋った事例は確認されていない。

 特殊な魔法なのか、それとも暗示などの精神攻撃なのか。グレンたちに報告して対策を練る必要がある。

 深くため息をついた。


「なんにしても、やけにつかれ」


 どごんと音がした。

 ムラマサの上半身が吹っ飛んだ。

 からん、と神刀が倒れる音が寂しく響く。


「……うまくいったな」

「あのー、助けてください」

「すぐに行く」


 ヘルメットを外した悪魔が立ち上がる。肩から腹にかけて切断されたはずなのに、いつの間にか治っていた。

 胴体を両断された悪魔のもとに向かい切断された上半身と下半身を強く押し付ける。それだけで体はつながった。


「真壁さんは……ダメだったみたいですね」

「無理もない。あいつは経験も薄いし、首を斬られたからな」

「ふつー首ちょんぱされたら死んだと思っちゃいますもんねー。……ほんとに切られたら死んだと思う暇すらないか」

「きみのように胴体を両断されて死なないと思える方がおかしいんだ」

「そっすかね? ……それにしてもちょろかったっすね。俺たちを倒した後も警戒してましたけど、遠くから狙われてるって想像できないもんすかねー」

「そのおかげで我々はまだ行動できるんだ。悪くないだろう」

「ですね。仕事がらくちんなのはいいことだ」


 ヘルメットを外した悪魔は神刀を拾う。


「工房を漁るぞ。他の転生者たちが嗅ぎつける前に仕事を終わらせる」

「了解っす。そういやアズサって人も転生者なんですよね」

「設定だ」

「なるー。じゃあ放置っすね」


 瞬きする間に悪魔は服装を変える。

 シャングリラを探せばいくらでも見つかりそうな平凡な顔と服装になった彼らは街中へ消えて行った。


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