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29.理由

本日2話目の投稿です

「夢遊症の患者を判別する方法は発見されている。だから日本国内で夢遊症に罹患した人は国都大学付属病院へ入院することになる。グレンさんも入院患者の一人だ。……しかし今、岸辺当真という入院患者は国都大学附属病院にいない」


 国内では意識不明の患者のほとんどを対象に夢遊症の検査を行っているという。罹患が確認された人は国内で唯一の夢遊症研究機関である国都大学へ集められている。

 高見は夢遊症で意識不明となっている患者すべての名前を知っている。

 その中に岸辺当真はいない。


「つまり現実のトーマくんは、今も適切な治療を受けることが出来ていない状態にある」


 手違いで検査を受けず入院しているかもしれない。

 外国で罹患し、検査を受けられていないかもしれない。

 最悪の場合、人目につかない場所で発症し意識を失ったまま放置されているかもしれない。

 意識が戻らなければ体はどんどん衰弱していく。適切な処置を受けられなければより早く衰弱することになるだろう。

 行きつく先は現実での死だ。


「こちらもなりふり構っていられなくなった。暗殺が通じない以上、他の転生者に警戒されるリスクを冒してでも、自ら夢を終わらせてもらうべきだと判断した。

トーマくん、きみは一刻も早く目を覚ますべきだ。このままでは手遅れになってしまう」


 高見はどこまでも真摯だった。

 トーマは、自分が本当は生きているなんて信じられない。捏造されたにしてはトラックが迫ってくる記憶はあまりにリアルだったから。

 しかし、高見が嘘を言っているようにも見えない。説明は筋が通っているように思える。


 高見が言う「目を覚ます」は、この世界で死ぬということだ。本当かどうか試してみることもできない。

 出会って間もない、これまで自分たちを殺そうとしてきた相手の言葉を信じて死ぬなんてどうかしているが、無視することも出来なかった。高見の言葉が本当ならこうしている間にも現実の自分はどんどん死に近付いているのだから。


「俺は信じない。この世界は俺たちに都合がいい夢だと言うが、それならなぜアマザ王国のような悪党がいる? レイシス帝国で苦しめられた人たちがいる? 本当に理想の世界なら理不尽な苦しみはないはずだろう」

「……そうか、残念だ」


 高見はちらりとトーマを見た。

 トーマはなんとなく気付いていた。

 この世界はどこまでも転生者のためのモノなのだ。だから、転生者が夢に浸れるよう、悩まずに済むよう、ご都合主義的な悪役が生まれた。それがアマザ王国やレイシス帝国なのだろう。

 悪役がいることでそれを倒すという目標が生まれる。人々を虐げていた悪を倒すことで自分が慕われる分かりやすい理由を付ける。

 悪は明快なものがいい。倒してスカッとするような、情状酌量の余地もない絶対悪が望ましい。

 『この世界は夢である』という命題に対する反証としてグレンはアマザ王国を挙げたが、高見は命題を補強するものだと考えている。


「話は以上だ。聞いてくれてありがとう。私が約束を果たす番だな。償いをしよう」

「……お前は部下の分まで生きたまま焼き続けてやる」

「? そんなことでいいのか。先ほどは恋人を蘇らせろと言っていなかったか」

「できもしないことをほざくな! 死んだ人間が生き返るとでも思っているのか!?」

「……ちょうどいいか」


 高見は極めて弱い風魔法を使った。ぷつりと高見が腰に提げていたポーチが切れる。

 身構えるグレンとトーマの前で、高見はゆっくりとポーチを蹴った。ポーチはグレンの目の前に転がる。


「何の真似だ」

「そのポーチの中に一枚の真っ白いカードが入っている。それに殺された君の恋人の名前を書き、恋人の姿を強くイメージしろ。それできみの恋人は蘇る」

「馬鹿に……ッ!」

「馬鹿になどしていない。試してみて無駄だったら私を焼き殺すなりなんなりするといい。それとも恋人を蘇らせる手段を試すことすらしないのか?」


 グレンは奥歯が砕けそうなほど強くかみしめた。

 今すぐにでも高見を焼いてしまいそうな炎を抑えながら、最大限警戒しつつポーチを拾った。

 高見を殺すのは試してからでも遅くない。

 薄汚れたポーチの中には不似合いな真っ白いカードが入っていた。おあつらえ向きなペンも見つかった。


「そのカードは我々の技術の結晶だ。莫大なコストかけてようやく極小範囲だが世界に干渉できるようになった。有意義に使ってくれよ」


 グレンは高見の言葉を聞き流しながらカードにミオの名を書いた。

 高見の言葉を鵜呑みにはしないが、ミオが蘇る可能性があるなら藁にでも縋りたい。信じたい。

 気付けば真新しい白いカードにしわが寄るくらい手に力がこもっていた。

 頼む、本当であってくれ。

 グレンはカードに願いを込め、ミオの姿をイメージした。

 転生してからずっと隣にいてくれた姿を、いつも力をくれた笑顔を思い描く。

 するとカードが光り出した。

 カードは小さな光の珠となりグレンの手から離れた。

 グレンの目の前で少しずつ大きくなり、ひときわ強く光って、唐突に光が消えた。


「ぅん……グレンなのです……?」


 光の珠があった場所にはミオがいた。

 寝起きのように眠たげな表情で目をこすっている。


「ああ……ああああ…………!!」


 グレンは嗚咽のような声を声をあげる。言葉にならない音が喉から湧き出していた。


「どうしたのです? グレン、苦しいのです。……泣かないでいいのです、ミオはここにいるのです」


 グレンはミオを抱きしめた。ミオは困惑しながらも背に手をまわし、ぽんぽんとグレンをなだめるように触れる。

 滂沱するグレンと母親のように抱き留めるミオを見て、トーマは言葉を失っていた。


「本当に蘇ったことが意外か、トーマくん」


 そんなトーマに、高見は一歩も動かず声をかけた。

 ぎょっとした。防御魔法は継続しているが、高見の存在を忘れていた。


「……ええ、まあ」


 高見の問いにぼんやりした返事をする。

 ミオが蘇るとは思っていなかった。せいぜいが精巧な幻とか、それっぽく見える人形みたいなものが現れる程度だと思っていた。

 現れたミオは本物にしか見えなかった。疑う気が起きないほどの存在感があった。それでも疑って探知魔法を使っても怪しいところはない。

 そもそも偽物ならグレンが気付くはずだ。信じたいと思っていても、遺体に触れた直後の今、グレンの手には死の感触が鮮烈に残っている。悪魔に生き返らせると言われてそれを頭から信じ込んで疑いもしないなんてことはあり得ない。

 グレンがあれほど歓喜しているのはミオが本物だからに他ならない。


「私も驚いた」

「えっ」


 高見は失笑していた。

 笑えないことが起きているのに笑う以外できないような、そんな表情だった。


「なあトーマくん、きみは死んだ人がそう簡単に蘇ると思うか?」

「……簡単じゃなくても蘇らないですよ。取り返しがつかないから殺人の罪は重いんだ」

「ああ、そうだ。その通りだ」


 死んだ人が生き返るのなら殺人だって暴行よりちょっと重い程度の罪にしかならないだろう。


「彼女が生き返ったのは、彼女が人間ではなく、この世界が作ったモノだからだ。……人格があるのかもしれないが、それはグレンさんに都合がいいように作られたものだ。

 死んだ人間は生き返らない。そんな当たり前の理を都合よく覆してみせれば少しは私の言葉の信ぴょう性が強まるかも……程度の思い付きだったが、まさか本当にできてしまうとは」


 本当は人を蘇らせることができるカードなんて持っていなかった。作ろうとしてもいない。

 確信はあった。この世界はひたすら転生者に都合よく出来ている。だからそれらしいことを言って転生者が信じれば本当になると考えていた。

 予想通りのはずなのに、予想が現実になってしまったことに寒気を感じていた。

 高見はとトーマに歩み寄った。ゆっくりした動きだった。トーマが余計な緊張をしないように気遣うような、敵意も殺意も全く感じないおっとりした歩みだった。


「きみは分かってくれたんじゃないか。この世界が本当に夢だと」

「………………」


 トーマは問いかけに答えなかった。

 その沈黙がなにより雄弁だった。


「今日はこれくらいで失礼する。もう暗殺はしない。どうせバレてしまうし、もう部下もいないんだ。次は資料を持って正面玄関からシャングリラを訪ねるとするよ」


 腕も直さないといけないからね、と高見は肘から先が消えた腕を見て苦笑した。これほど重傷にも関わらず平然としている姿は現実味に乏しい。


 トーマはいずれ説得される自分の姿を想像してしまった。

 今の時点で高見の言葉を信じてしまっている。そう遠くないうちに目を覚ますという選択をするだろう。

 ただ、フィオナのことが気がかりだった。

 転生者以外の人間は全て作り物だというが、だからといって簡単に切り捨てられるものではない。

 どうすれば折り合いを付けることができるだろう。


「……あ、でも転生者がいなくなっても世界が消えるわけじゃないんですよね。なら、高見さんみたいにまたこの世界に来れば――」


 トーマは案外簡単に思いついた解決策を相談しようとした。

 振り向くと同時に悪寒がした。

 フラッシュバックするのはアマザ王城での記憶。

 反射的に全力で防御魔法を使いながら声をあげる。


「グレンさ――」


 名前を呼ぶ声は、高見が爆発した轟音にかき消された。


次で二章最終話になりそうです

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