27.隊長
グレンの手が止まる。目の前の悪魔を警戒しながらも突然現れた相手を睨みつける。
ちらりとトーマを見る。『こいつも悪魔だな』と問いかけているようだった。トーマは自身なさげに頷いた。
「隊長……すみません、失敗しました。グレンは殺せず、一般人を殺してしまいました」
若い悪魔はこらえきれなくなり嗚咽する。ミオを一般人呼ばわりされたグレンの額に青筋が浮く。
隊長と呼ばれた悪魔は溜め息をつきながらグレンの目をまっすぐに見つめた。
「悪いね、安村さん。彼は私の部下なんだ。誰かを殺したとしても、それは私の指示に従っただけ。あまりいじめないでやってくれ」
「命令だろうがなんだろうが殺したのはこいつだ。それに安村って誰だ」
「おや、違ったか。私の読み違えかな? 失礼した。ではグレンさん、取引をしないか」
「取引? そんな余地があると思うか」
グレンは今にも悪魔たちを焼き殺しそうな形相をしている。
相対する隊長と呼ばれた悪魔は飄々としている。
トーマには理解できない。目の前の男が本当に悪魔たちの元締めだとするなら、グレンが一息で周囲を焦土に変える力があると知らないはずがない。そんな相手を前にしながら平然としていられる神経はまともではない。
「あなたが怒りはもっともだ。だから、私も出来る限りの償いはしよう」
「償い? 償いだと? ははは、できるものならやってみろ! お前の部下が殺した、俺の恋人を蘇らせてみろよ!」
グレンは立ち上がり、狂ったように笑う。抑えきれなくなった怒りは火花となり周囲を炎の檻がぐるりと囲む。
制御は甘く、トーマすら熱風にあおられる。悪魔たちの服はところどころ焦げているが、隊長と呼ばれた悪魔は動じない。
慌てているのは若い悪魔だけだった。
「隊長……これは自分の失態です! 隊長だけでも逃げてください! 自分にかまわないでください!」
「うるせえよ」
「がっ!?」
グレンは若い悪魔を蹴り飛ばした。若い悪魔はごろごろと地面を転がる。
その体を音もたてず移動した隊長が受け止めた。
「ひどいことをする。きみは充分頑張った。だからゆっくり休むといい」
隊長は部下を諭すように優しい声色で語り掛ける。
若い悪魔の目から涙がこぼれた。肩をポンと叩かれ、緊張の糸が切れてしまった。
その体がほんのり薄くなった。
「! トーマ君!」
「はい!」
トーマはとっさに若い悪魔へ魔力を放った。
理屈は分からないが、トーマが『悪魔をこの場につなぎ留める』という意思を込めた魔力はその通りに作用する。
距離が離れていても関係ない。魔力が届きさえすれば転移術式を阻害できる。
そのはずなのに悪魔の体はなおも薄らいでいく。
「なんで……!?」
「ごめんなさい、役に立てなくて、何もできなくて……!」
トーマの様子に手抜きをしているわけではないと悟ったグレンは若い悪魔に向かって炎を放つ。いたぶるためではなく、仇を討つための高威力の火炎だ。
一瞬で悪魔を焼き尽くすはずの炎は若い悪魔の体をすり抜けた。
悪魔の転移は何度か目にしたことがある。基本的には一瞬でその場から消え冴えるもので、徐々に体が薄らいだりはしない。
若い悪魔は体の部位によって色の濃さが違う。ほとんど透明な部位があれば、実体が明確な部位もある。
「いや、もう潮時だったんだ。飯田はよくやってくれた」
「あ……」
もう一度、隊長が若い悪魔の肩を叩く。すると急速に若い悪魔の姿が薄くなり、トドメを刺す間もなく消え去った。
まるで隊長が若い悪魔を消したかのように見えた。
「……やってくれたな」
ミオを殺した悪魔を取り逃してしまった。
若い悪魔は促されてもかたくなに転移しなかった。悪魔にとって転移は死亡に近いリスクがあるという話が真実味を帯びる。
おそらくグレンはもうミオの仇を討つことすら出来ない。
その怒りもまとめて目の前の悪魔に向かう。
血走った目で睨まれてなお悪魔は平然としている。
「さて、これでもう私ときみたちは対等な力関係になったわけだ」
これまでは部下の助命を請うていたが、部下がいなくなった以上、立場は対等だ。
は、とグレンが鼻で笑う。
「なら対等な立場で殺し合いでもするか。騙し討ちしか能がない卑怯者め」
対等になったのは立場だけで、力関係はいまだにグレンたちが圧倒的に強い。悪魔が戦いを始めればトーマもグレンに加勢する。戦闘態勢に入っていない転生者を不意打ちで倒すのがやっとの悪魔では、臨戦態勢の転生者二人は倒せない。
「戦力の差は明白だが、力とは武力だけを指すものではないよ。たとえば私は、きみたちが知らないだろう世界の真実を知っている」
「はあ?」
「今日はそれを話しに来たんだ。きみたちが聞いてくれるなら私も対価を差し出そう」
「馬鹿か。拠点も失って追い込まれているのは分かるが、世界の真実だと? フカシにしても度が過ぎる」
「グレンさん、待って」
悪魔の提案をグレンは一瞬で却下する。
今にも悪魔を焼き殺しそうなグレンをトーマがとどめた。
「こいつ、俺でも気付いてなかったのに、攻撃しないで声をかけてきたんです。話がしたいって本当だと思う」
悪魔は強力な銃火器を持っている。アマザ王城の時のように不意打ちで狙撃されたらトーマたちでも命に関わる。
他の悪魔ほど違和感を感じないこの男がより近い距離から強力な銃で攻撃してきたら対処できなかっただろう。少なくとも傷は負ったはずだ。状況によっては殺されていたかもしれない。
そんな男がわざわざ姿を見せたということが発言に信憑性を持たせていた。
「……その判断をしたのは、二人同時に殺す算段がつかないからとか、そんな理由だろうけど」
「トーマくん、きみは聡いな。その通りだ」
悪魔はぱちぱちとのんきに拍手する。
「そんなわけで私に戦うつもりはない。なんならその証明に、腕の一本くらいは差し出そう」
悪魔はそっと右腕を差し出した。そっと瞑目する姿は全く戦意を感じさせない。
トーマには、必要だろうと簡単に腕を差し出す悪魔の姿がかえって恐ろしく見えた。
必要なら自分の痛みを厭わないなら、他人の痛みはなおさらではないか? 必要と判断すればどれほど残酷なことだろうと淡々と行うのではないか?
悪魔に対する警戒心を強めるトーマとは違い、グレンは苛立たし気に悪魔を睨みつけた。
その瞬間、悪魔の両腕が燃えた。差し出された右腕だけではなく、左腕も数秒とせず焼け落ちた。
「……ひどいな。両腕とも落とされたら不便じゃないか」
「お前のような奴はどうせ安全マージンとってるんだろう? 本当なら両足も焼いてやりたいところだ」
「足を残してくれたのは会話の席まで自分の足で歩けということかな?」
「お前みたいな怪しいやつをシャングリラに入れるわけがないだろうが」
「本当に扱いがひどいな……」
悪魔は悲し気な表情を浮かべる。ただ不便になったことを嘆いているだけで痛みを感じている様子はない。自分の腕の断面をしげしげと眺めている。グレンはそんな悪魔を気味悪そうに見ていた。
「で? 世界の真実ってのはなんだ」
「せっかちだな」
「だらだらお前に付き合うつもりはない。端的に説明しろ。嘘だと判断したら即燃やす」
「……まあいいか。もったいぶるつもりもないし」
悪魔はトーマとグレンを指差そうとして、腕が無くなっていることに気付いた。締まらないな、と切なげな顔をする。
気を取り直し真剣な表情を作る。
「では早速本題だ。トーマくん、グレンさん、きみたちは一度死んでこの世界にやって来た。それは間違いないな」
「……ああ、そうだ」
「トラック転生しました」
なるほど、と悪魔は頷く。
その様子にグレンが何が言いたいと催促するより早く、悪魔は給食の献立を話すかのようにあっさりと言った。
「二人とも死んでいないよ」




