25.変転
トーマとフィオナは二人で並んで街を歩いていた。
どちらも服は普段通りの洒落っ気のないものだった。
思えば二人はお互いのことを話した時間が少ない。冒険者をしていた時には、トーマは仕事での出来事を中心に話していた。フィオナが働く店の話を聞いたが、結局話題はお互いのことではない。
「そういえばフィオナ、一時期飲食店で働いてたよな。あれって今はどうなってるんだ?」
「店長さんが体調を崩しちゃってお店を閉めちゃったんだよね。だから今は私はたらいてないです……」
「責めようってわけじゃないって。俺も最近は冒険者の仕事してないし」
以前フィオナが勤めていた店が閉まっていたから気になっただけだ。
「場所もいいからいっそフィオナが店を開いてもいいんじゃないか?」
「それも楽しいかも。最近料理が楽しいし、トーマが食材を取ってきてくれれば原材料費もかからないし」
「その時はまかせろ」
「まかせた」
実際に店を開こうと思ったら課題は山積みだろうが、楽しむための会話でそんな指摘は無粋なだけだ。
「もともと料理したことなかったんだっけ」
「恥ずかしながら……自分で作るより出来合いのものを買ったりもらったりする方が手軽でおいしかったの。今は作るのにも張り合いがあるから楽しい」
「そ、そうか」
ちらりと自分に向いた視線にうまく返事ができない。何かうまい返しがないか脳みそをひねってみても出てくるのは出がらしばかり。
いただきますとごちそうさま、感想はきちんと言おうと決意を新たにする。
「あっ、トーマとフィオナなのです」
ウインドウショッピングしてると横から声をかけられた。
聞き覚えのある声と語尾に振り返ると、ミオがぶんぶん手を振っていた。隣にはグレンもいる。
「こんにちは。お久しぶりです」
「何を言ってるのですトーマ。前に会ってから一週間くらいなのです」
「いやなんかそんな気がして」
アマザ王国を滅ぼすとグレンに告げた日に顔を合わせているのだが、なんとなく数か月ぶりな気がして久しぶりと口走っていた。語尾にのですが付きがちなしゃべり方ももはや懐かしく感じる。
「……トーマ君は元気そうだな」
「グレンさんはお疲れですね」
「まあ、ちょっとな」
グレンは目が赤く、目の下にはクマができていた。顔色も悪い。
トーマは近寄って小声で話しかけた。
「やっぱり国をひとつ滅ぼすと手続きとか厄介なんですか」
シャングリラ周辺には他にも国がある。詳しいことは聞いていないが、転生者もいるらしい。
国ひとつ滅ぼしたとなれば周辺国だって黙っていないだろう。シャングリラと敵対関係になかったとしても、一晩で国ひとつを滅ぼしたという事実だけで警戒対象になるはずだ。
悪魔を殺すことばかり優先してそのあたりを考えていなかった。
自分のせいなら何かできることをしようかと考えているとグレンは首を横に振った。
「アマザ王国は勇者召喚を失敗して自爆したって発表した。前科もあるから誰も疑ってない。……ただ、誰もいなくなったアマザ王国を見て、何も気にしないってことはできなかった」
トーマは目を伏せた。
アマザ王国を滅ぼそうと言い出したのはトーマだ。実行の片棒も担いだ。
一方グレンは終焔を放ち、アマザ王国を焼き尽くした。トーマが発案者だとすればグレンは実行犯である。
気にする必要はないと言いたかった。アマザ王国跡地では実際に言ったが、発案しただけのトーマと実行したグレンでは感じている重みが違うのだろう。何を言っても響かない気がして黙っていた。
「グレンは悪くないのです。ミオたちを守るためにやってくれたことなのです」
「聞こえてましたか」
「ミオは狐の獣人なのです。耳も良いのです」
聞かせるつもりはなかったのだが、ミオの耳には届いていた。
ミオはグレンの手を取り声をかけ続ける。
「悪魔は今、転生者を狙っているという話なのですが、グレンたちに万が一のことがあったら次はきっとミオたちが狙われるのです。アマザ王国だってミオたちを奴隷にしようと何度も攻め込んできたのです。グレンは優しいけど、ああいう連中は相手の優しさにつけあがるのです。どうせいつかは決着をつけないといけなかったのです。グレンは早く決断することで最終的に傷付く人を減らしたのです」
「……ありがとう」
ミオが言い聞かせるようにささやくとグレンの表情がわずかに和らぐ。
「グレンはしばらく休むといいのです。悪魔が来てもミオが叩きのめしてやるのです」
「え、ミオさん戦えるんですか」
「これでも元レジスタンスの突撃隊長なのです」
トーマは絶句した。ミオに断りステータスを見てみると、一般人を超越したパラメータだった。筋力値はBランクとグレンすら超えている。
「これが獣人パワー……」
「獣人だからってそうそうBランクはいかないのです。グレンと一緒に鍛えてきた成果なのです」
むふーと腕を組んで自慢げなミオ。言われてみれば強そうかもしれない。俺はAランクですけどね、とマウント取ってみたかったが自重した。
「あ、トーマ、そろそろ……」
「そろそろ開演か」
「演劇を見に行くのです? ……フィオナ、デートに良さそうな演目だったら教えてほしいのです」
「あはは……はい」
これから見に行く演劇のタイトルを思い浮かべるフィオナの表情はひきつっていた。まず間違いなく一般的なデートには向いていない。
トーマたちは劇場へ、ミオたちは家に劇場へ向かう。ミオは家にいても気が詰まるだろうと連れ出したが、それより疲労が強いと判断し静養させるらしい。
ミオは戦闘力が高いらしいので、万が一悪魔がやってきてもグレンは安心して眠っていられるだろう。
少しだけ早足になった二人は、どこか殺伐とした雰囲気を放つ劇場へ踏み込んだ。
―――
「いやあ、ひどかったな」
「ひどかったね」
「何がひどいってモヒカンたちの装備だよな」
「主人公の頭もひどかったよ」
「なんか見入っちゃったけどシナリオも雑だったよな」
「テンポだけはよかったと思う」
「それはそう」
ひどいひどいと言いながらトーマもフィオナも笑っていた。
予想以上にひどい演劇だった。グレンたちが概念を持ち込んだのか、モヒカンたちは大型バイクにまたがっているという設定だった。
ファンタジー世界を台無しにしているだけで失笑ものなのだが、大柄なモヒカンがバイクのハンドル部分だけ持っている姿は笑うなという方が無茶だ。
しまいには主人公の逆モヒカンがひどかった。側頭部はしっかり長めの髪を逆立てているのに、真ん中部分だけ谷のように凹んでいるのだ。客席から見ても一目で分かるくらい逆モヒカンだった。圧倒的出オチ感だった。
シナリオはものすごく雑なのに、テンポの良さと魔法をふんだんに使ったド派手な演出が合わさって退屈する間もなく幕引きとなった。
トーマたちを含め、劇場から出てきた人はみんなすっきりした顔をしている。ハイテンポな圧倒的暴力展開はストレスに効くらしい。公演中に騒いでも誰も咎めない雰囲気は独特なものがあった。
「デートには向かないって話だったけど、これはこれでアリだったな」
「ミオさんにも教えてあげないとだね」
「タイトル言った瞬間にふざけんななのですって言われる気がするぞ」
「……トーマなら殴られても大丈夫!」
「殴られる前提か」
おそらく殴られはしないが激しめの突っ込みは受けるだろう。ここは耐久Aランクの力の見せどころである。
「これからどうしようか。どこかの店にでも入ろうか」
「ゆっくり話せればどこでもいいかな。あ、広場に出店もあるしたまにはベンチもいいな」
「今日は天気がいいもんなあ」
空は快晴。広場には屋台が並び飲み食いに困ることはない。
手近な屋台でトーマはミルク入りの無糖コーヒーを、フィオナはストレートティーを注文した。食べ物は小腹がすいたら買いに行けばいい。
手近なベンチに並んで腰かけ演劇やウインドウショッピングの感想を語り合い、やがてトーマの前世の話になった。あまり覚えていないなりに学校生活のことを中心に話した。
「授業が終わった後に遊びに行くこともあったよ」
「遊びにというと、映画もですか?」
「いや、映画は基本的に一人で見に行ってたな」
「こんなふうに誰かと一緒に出掛けたことはないんですか? ……その、女の子とか」
トーマは噴き出しそうになった。
幸せだなあと感じる。これほど分かりやすい好意は他にない。自分が好きな相手からの好意ほど嬉しいものはそうそうないだろう。
「女の子も含めたグループで遊びに行くことはあったけど、二人でってことはなかったよ」
「でも、トーマにだって気になる人くらいいたんじゃないですか」
「気になる人なんて」
いなかったよ、と笑いながら即答しようとした瞬間だった。
視界が古い映画のようにざらざらとした。
過去の記憶なのだろうか。不鮮明な視界の真ん中には人がいた。
横顔から表情は伺えない。髪は短そうだ。背格好はトーマに近い。同年代の少年だろうか。
その口が動く。
音は聞こえない。ざらつく視界の中では唇を読むことはできない。もともとトーマに読唇術なんて技術はない。
なのに、何と言っているのか分かった。
「隣に座っている人くらいだよ」
無意識のうちに口走っていた。
一瞬、自分が何を言ったのか分からなかった。言葉を口にしたという実感すらなかった。
我に返り何を言ったか咀嚼する。
やべえ俺キモい何言ってんだお前バカふざけんな何考えてんだイケメンのつもりかボケ!
自分への罵倒が怒涛のように押し寄せてきた。同居人に大した覚悟もなくこんなことを言ってどうするのか。場合によっては帰ってから絶望的な気まずさの中で過ごすことすらありうる。
フィオナはきっと目を泳がせながら「何言ってんの」と言うはずだ。そして小走りでこの場から去っていく。
叫び出しそうになるのをAランクの筋力で無理やりこらえて隣のフィオナをそっと覗く。
「……私も」
フィオナは顔を真っ赤にしていた。飲み物が入った紙コップを震える両手で抱えながら目を伏せていた。
日頃のフィオナの態度を考えれば好意的な返事が来ると予想できた。普通は好きでもない男と同室で無防備に寝たりしない。
けれどトーマは意外だと感じていた。フィオナがどんなリアクションを取るのか確信に近い予想があったのに、それと全く違った返答だった。
嬉しいような、不安なような、ふわふわと足元が定まらないような気持ちになる。座っているのに浮足立っていた。
フィオナがトーマに笑いかける。紙コップから左手を放し、トーマの手に近付ける。
指と指が触れ合う直前。
「――――――!?」
頭の中に警報が鳴り響く。転生者やシャングリラに対する悪意を探知する結界の作用である。わずかに遅れて災害時のアラートのような音が鳴り響き避難を促すアナウンスが流れた。
反射的に立ち上がる。意識を戦闘用に切り替えて敵の気配を探る。
敵はシャングリラの囲む壁のそばにいる。すでに壁の内側に潜り込んでいた。
トーマの感覚は侵入者に対して違和感を覚えていた。
違和感がする方へ顔を向ける。
見える範囲に敵はいない。結界の反応と自分の感知で敵の位置を探る。
違和感はこちらに向かっていた。トーマめがけて一直線に駆けてくる。
移動は速い。トーマたち転生者ほどではなくても、強化系魔法を使える兵士と同等以上の速度だ。
「フィオナ、下がって」
トーマから迎撃に行くこともできたが、そうすると市街地で悪魔と戦うことになる。
敵はおそらく悪魔だ。悪魔は主に銃器を使う。流れ弾がガラスや壁を貫通するリスクを考えると市街地での迎撃は危険すぎる。
すでに市民は広場から逃げ去った。フィオナ一人ならば守りながら戦える。
可能な限りの強化魔法を発動し敵を待ち構える。
数分と待たず敵はトーマの前に姿を現した。
いつも通りライダースーツのような黒い服を着て、ヘルメットを身に着けている。両手で大型の銃器を持っている。
「やっぱり悪魔か」
ほとぼりが冷めるまで隠れていると思っていた。一人で現れたことも意外である。
近くに伏兵がいるのではないかと警戒してみるも気配はない。少なくとも広場にいるのは目の前の一体だけだ。念のため鷹の目で探るが、見える範囲に狙撃銃も設置されていない。
目の前の悪魔に集中する。顔色は伺えないが息を切らせていることが分かる。こちらを見る視線に強い敵愾心を感じる。
トーマはフィオナの周囲に守護魔法を展開した。これで転生者級の攻撃力でも一度はしのぐことができる。
油断はしない。相手の装備を無効化した上で一切の被害を出さずに倒す。
アマザ王のように、体のどこかに爆弾を仕込んでいるかもしれない。あの威力は脅威だ。うかつな遠距離攻撃を仕掛けて爆発させたら街に甚大な被害が出る。
狙うのは近接戦。一瞬で全身を装備ごと石化させる。
悪魔が動く。トーマに銃口を向ける。
その隙は甚大だ。トーマは素の状態で強化魔法を使った悪魔以上の身体能力を持っている。強化済みのトーマの前で銃を持ち上げて、狙いをつけて、引き金を引くなんて複雑な工程を踏むことはできない。
トーマは射線から外れ、まばたきする間に悪魔に肉薄する。
悪魔が引き金を引くより早く肩に触れ、悪魔を石化させようとした。
「小林の仇ぃぃぃぃ!!」
初めて悪魔の声を聞いた。
トーマは驚き石化魔法を発動し損ねた。
これまで遭遇した悪魔は誰も、何もしゃべらなかった。淡々とトーマたちを殺害するために行動していた。
悪魔は人間だと直感していても人間味を感じていなかった。
その悪魔が怒りに満ちた声で仇討ちを宣言した。
あまりに生々しい怒号に意表を突かれた。
「おおおおおおお!」
悪魔は発砲を中断し銃から手を放した。足のホルダーからナイフを抜いて、トーマの首を斬りつける。
石化魔法の発動に失敗したがトーマは悪魔の右肩を掴んでいる。力任せに地面に叩きつけて体勢を崩す。その衝撃で悪魔のヘルメットにひびが入った。
悪魔が次の行動に移る前に石化魔法を発動した。
石化の進行は一瞬だった。悪魔はナイフを振り切ることもできず石になった。
「………………」
きっと小林というのはトーマが殺した悪魔の名前だろう。誰かを殺したら誰かに恨まれるなんていうのは当然のこと。
理解していたし、覚悟していた。そのはずなのにトーマの心臓はばくばくと音が聞こえそうなほど強く伸縮を繰り返している。
……本当に理解していた? 覚悟していた?
トーマの中に疑問の声が響く。
壁の上で悪魔を殺したのは怒りと勢いに任せての行動だった。人を殺したらどうなるかなんて深く考えていただろうか?
アマザ王国を滅ぼすのだって、アマザ王国の住民を人間だと思っていないからできたことだ。国ごと国民すべてを殺すと決めたのに、相手から石を投げられることを想像していたか?
トーマは恐る恐る石化した悪魔に触れる。
悪魔のヘルメットはひび割れていた。割れ目に力をかけるとヘルメットだけが壊れて悪魔の顔が見えた。
ヘルメットの下にはありふれた男の顔があった。
ただし普通ではない点が二つあった。
ひとつは、男の顔がこの世界では見慣れないものであるということ。男の顔は、岸辺当真が見慣れた日本人の顔だった。
ひとつは、男の顔が見たこともないような憤怒の表情を浮かべていたこと。
「っ」
トーマは見ていられずヘルメットの欠片で男の顔を隠した。
「トーマ、どうしたの!?」
様子がおかしいことを悟ったフィオナが結界を抜けて駆け寄ってくる。背中に手を当て落ち着くようさする。
「落ち着いて、悪魔はもう動かないよ。大丈夫だから一度深呼吸して」
促されるまま大きく息を吸って、吐いた。
緊張で酸欠気味の体に酸素が供給される。たったそれだけで随分気持ちが落ち着いた。
……取り乱す必要はない。悪魔は倒した。きっとこいつで最後だ。たまたま一人だけ残ってしまったからこんな無謀な突撃をしてきたんだ。これでもう終わりだ。
言い聞かせるように考える。心のどこかで誰かが『だからやめろと言ったんだ』と言った気がした。
馬鹿言うなと思う。そもそも悪魔は理由の説明もなくトーマたちを殺しに来ていた。それが返り討ちにあって、仲間の仇と言うこいつらがおかしいのだ。
もう一度深呼吸する。余計な思考をやめて罪悪感みたいな声を黙殺すればいつも通りのトーマに戻る。
「よし、落ち着いた。ありがとうフィオナ、もう大丈夫だ」
「本当に……? まだあんまり顔色が良くないよ」
「平気、平気。むしろ動いている方が気がまぎれる。もしかすると他にも悪魔が潜り込んでいるかもしれない……!?」
視界に巨大な火柱が映った。
すさまじいほどの魔力。シャングリラでこれほどの火魔法を使える人間は一人しかいない。
きっとグレンのところにも悪魔が現れたのだ。それをグレンが倒した。
――――ああああぁぁぁああ!
そのはずだと思った。思いたかった。悪魔を倒すだけなら明らかに必要以上の火力であることに気付きながらも無視したかった。
「行こう」
「うん」
トーマはフィオナと共に火柱が立つ方へ、グレンの家へ向かった。
周りの家屋は焼けていた。幸いにも住民は避難しており全員無事な様子だった。
燃え盛る炎の中にグレンが座り込んでいた。
炎と陽炎に邪魔されてよく見えないが、何かを膝に乗せ、抱きかかえているようだった。
トーマは自分に耐熱魔法をかけ、周囲の空気を冷却しながらグレンのそばに寄る。フィオナには防御魔法をかけて待たせることにした。これほどの熱気が相手ではトーマも自分を守るのに精いっぱいだった。
「グレンさん……っ!?」
何があったんですか、と尋ねることはできなかった。
尋ねる必要もなく理解できた。
グレンが抱きかかえていたのはミオだった。
ミオの胴体は真っ赤に染まり、目はうつろなまま開きっぱなしになっていた。
何が起きたか一目で分かった。
「ミオが……殺された……!!」
大粒の涙を流し続けていたグレンは絞り出すように言った。
そろそろ二章も終わります




