24.平穏
ストック全滅に加えプロットから離れてきてガタガタ震えています
数日後の明け方、トーマとグレンはかつてアマザ王国があった地を訪れていた。
訪れた理由はひとつ。悪魔の残党がいないかの確認である。
数日空いた理由もひとつ。グレンたちですら踏み込めない環境になっていたからである。
終焔がもたらした影響は甚大だった。
アマザ王国だった場所は海抜が低くなっていた。
終焔は建物に触れたが、建物をすり抜けるように貫通し地面に落ちた。地面に落ちても地面を溶かしながら地下に潜った。
そこで熱が解放された。熱は地面をぐずぐずに溶かしアマザ王国をマグマの海に変えた。トーマが耐熱効果を付与した土壁を展開していなければ周辺も火の海になっていただろう。
液状化した地面は全てを呑み込みながら波打ち、やがて凪いでいった。
爆心地の高熱は特にすさまじく、付近の物体はあらかた蒸発するか溶岩の中に沈んでしまった。そのせいでかつてアマザ王国だった土地は不自然にへこんでいた。
「これはひどい」
うっかり終焔直後に望遠鏡でアマザ王国の様子を探ろうとして目を火傷しそうになったトーマがぽつりとつぶやいた。
数日前までここに国があったとは思えない。黒っぽいごつごつした地面が広がる中に、ところどころ尖った部分があるのは建物だろうか。間近で見てももとがどんな構造物だったのか分からない。
ひょいひょいと軽い足取りで街中を進むトーマの後ろでグレンがかがみ、まだ熱が残る地面に手を触れた。
「……この間まで、ここで何人暮らしていたんだろうな」
国の規模はシャングリラよりやや大きい程度だが、国としての歴史を考えればシャングリラよりずっと多くの人々が生きていただろう。
そこにはいろいろな人がいたはずだ。アマザ王のようなどうしようもない人間がいれば、毎日を精一杯生きている人もいただろう。中にはひどい境遇で必死にあがき、シャングリラへ亡命しようと考える人だっていたかもしれない。
グレンはそんな彼ら彼女らの生き方も考え方も何一つ斟酌せずに焼き払った。
自分がやらなくてもトーマがやっていた。親友を殺し、これからも仲間を殺すだろう悪魔たちを許せなかった。
終焔を放った瞬間にはそんな感情がグレンの背中を押した。
しかし、いざその決断の結果を目の当たりにすると、体の熱がいっぺんに抜け落ちてしまったような錯覚を覚える。
本当にここまでやる必要があったのだろうか。自分はあの時、力づくでもトーマを止めるべきではなかったのか。
「……それにしても暑いな」
「もう一発冷却魔法使いますか」
トーマは周囲の物体を凍結させる魔法を放った。ありふれた魔法でもトーマが使えば反則級の威力になる。自分たちを巻き込まない程度に、可能な限り広範囲を冷却する。
一瞬、冷凍庫を開いたような涼しさが訪れるが、一分とせずにうだるような暑さが再び襲い掛かってくる。
旧アマザ王国へ入る前に何度も冷却魔法を打ち込んだが、終焔の残り火が強すぎて冷え切らない。
「……早めに切り上げるか」
「そうですね。悪魔が生き残ってる可能性もほぼゼロですし」
終焔を喰らった直後のアマザ王国はそれはもうひどい有様だった。火の海というのが比喩ではなく、溶岩の波が起きていた。
念のためやってきたが、悪魔が生きているとは思えない。溶岩の中を泳げるようなファンタジー生物でなければ即死だろう。アマザ王国民は苦しむ間もなく全滅したはずだ。一般人に毛が生えた程度の身体能力しかない悪魔が生きていられるわけもない。
トーマはもう一度冷却魔法を放ち、意識を集中して周囲の気配を探る。
悪魔特有の違和感はない。それどころかグレンと自分以外に生物の気配がない。
「はい、気配はありません」
「生き残りがいたらどうしようかと思ったよ」
「帰りましょうか」
「だな。暑い」
誰にも見送られることもなく二人はアマザ王国だった場所を後にした。
―――
「終わった」
トーマは自宅のベッドに倒れ込んで脱力した。
終焔の火力はその目で見た。不意打ちであれを受けて生きていられる生物はいないだろうと思っていた。
けれど不安が残っていた。いくら熱を封じ込めようがムラがあって生き残っているのではないか。報復のために牙を研いでいるのではないか。
考え始めるときりがない。また寝込みを襲われるのではないかという恐怖と相まって睡眠が浅くなっていた。うっかり燃え盛るアマザ王国を望遠鏡で見ようとしてしまったのも不安と睡眠不足のせいだ。素で馬鹿なわけじゃないから、と自分に言い訳する。
今日はまだ終焔の影響でアマザ王国跡地が暑いことは分かっていたが、一刻も早く状況を確認したくて無理を通した。もし悪魔が生き残っている痕跡がひとつでもあれば早急に対策しなければならない。
眠れない時間はひたすら探知の練習に費やした。
現地を見て安心した。アマザ王国民や悪魔の生き残りどころか生命の気配がまるで存在しなかった。建物は溶け落ち明確な形状を維持するものはない。
一見してどれほどの地獄が発生したのか理解した。トーマが考えていた国全体に火を放つどころではない。あらゆる物質が溶解もしくは蒸発した。あれで生き残れる生物はいない。もし仮に悪魔があの地獄に耐える力を持っているなら暗殺なんて回りくどい真似をしないでも正面からトーマたちを殺せるだろう。
アマザ王国にいなかった悪魔がいるかもしれない。まだ完全に安心できる状況ではない。
だが、今すぐ悪魔の残党が行動を始める確率は低いはずだ。まだグレンもトーマも悪魔を警戒している。ムラマサとアズサにも悪魔の脅威は説明した。大量の危険物があるムラマサの工房はもともと防犯が厳重である。ジークフリートは夜にもなんかと戦って飛び回っているので不意打ちするのも難しい。
次に悪魔が現れるのは危機感が全員の喉元を過ぎた頃、というのがグレンとトーマの共通見解である。
「それまでに油断していようが悪魔が侵入できないようなセキュリティを構築するか、こっちが悪魔を能動的に発見して全滅させることができれば勝ち。……でも今は寝る」
悪魔の拠点を潰したのは前進だが、ここからが重要である。拠点くらいどこかの森の中にでも作れるだろうし、油断していればまた気が付かない間に形勢逆転してしまうかもしれない。被害に気付けないというのは本当に厄介だ。
ただ、今は休む。睡眠不足の頭では効率的な対策も考えられない。
寝不足と疲労があり、トーマはすぐに深い眠りについた。
「トーマ……?」
寝室のドアが静かに開く。小さな声でトーマを呼ぶのはフィオナである。
フィオナはトーマの寝息を聞くと音を立てずベッドのそばに近寄った。
トーマに目を覚ます気配はない。まるっきり無防備な状態である。
今のトーマならば一般人並みの力しかなくても簡単に殺すことができる。
フィオナはそっとトーマの頭に手を伸ばす。
「お疲れ様です」
そしてその髪を優しく撫でた。
宝物に触るように柔らかく、感触を確かめるように何度も撫でる。
しばらくの間、フィオナはそうしてトーマを眺めていた。
―――
「デートしませんか」
トーマは目の前で朝食を食べるフィオナを誘った。
フィオナはぽかんとした様子で口に入っている卵焼きを咀嚼する。
ここのところ、悪魔関係の話で忙しく、フィオナと過ごす時間をほとんど取れていなかった。食事中も口数が少なかった。
フィオナから声をかけることが少なかったのも、考え事をするトーマを気遣ってのことだろう。
感謝と同時に申し訳なさが浮かんでくる。埋め合わせがしたい。ついでにトーマ自身もたまには楽しいことがしたい。
こくりと卵焼きを飲み込んだフィオナはにへっと笑った。
「うれしい」
たった一言でトーマの心臓は破壊されそうになった。これが悪魔の策略だったなら見事と言わざるを得ない。
ただ誘っただけでこれほど喜ばれるならもっと頻繁に誘えばよかった。
無性に照れ臭くなってトーマは顔を隠すように茶碗を持ち上げてご飯をかき込んだ。とても直視できなかった。
そんなトーマをにこにことフィオナは見守る。
「……それで、デートコースなんだけど、どこか行きたい場所ってある?」
咀嚼しながら呼吸を整えて尋ねる。
「ええー、トーマが考えてくれるんじゃないですかー?」
「考えたんだけどさ」
フィオナは行儀悪く人差し指をトーマに向ける。不満なのではなくからかっていると一目で分かるくらいわざとらしく頬を膨らませている。
トーマは間違って梅干を口にしてしまったような表情をする。
かねてから今度は自分から誘おうと考えていた。だからデートコースそのものは調べてある。食事がおいしくて雰囲気がある店はいくつか知っている。楽団のコンサートのスケジュールも調べた。エア城の展望台の上にだってグレンに口利きしてもらえればいけるだろう。
トーマは一枚のチケットをフィオナに差し出した。
「『クレイジーマックス 怒りのモヒカン軍団』?」
「なんか分からないけどこれしか思い浮かばなかったんだ……」
デートコースを考えて真っ先に思い浮かんだのは演劇だった。
前のデートでもフィオナは演劇を楽しんでいた。トーマも楽しかった。ワンパターンかと思いつつも何かに誘われるように公演を調べてみた。
真っ先に目に飛び込んだのが『クレイジーマックス 怒りのモヒカン軍団』だった。あらすじを見てみても『時は世紀末 悪逆の限りを尽くすモヒカン軍団に正義の逆モヒカンが戦いを挑む』などと知能指数が低いことしか書いていない。観劇した人に感想を聞くと「頭悪かった」「圧倒的超暴力ですかっとした」などと言われた。
ちなみに、女の子をデートに誘うのにどうかと尋ねたら「正気か」と真顔で言われた。
トーマ自身、これだけはないと思っていたのに気が付いたらチケットを買っていた。チケットブースの人にペア席を頼むとサイコパスを見るような視線を向けられた。
トーマはおそるおそるフィオナの顔を覗き見た。
デートに誘われた瞬間、フィオナはものすごくうれしそうな顔をしていた。
もしも失望したような視線を向けられたら落差で心臓麻痺を起こして死ぬ危険性すらある。そしてデートにこの演劇をチョイスするのは頭おかしいという認識はあった。チョイスがあっている自身は無い。全く無い。皆無である。
フィオナはチケットを見ながらぷるぷる震えていた。チケットに視線を落としているので前髪で顔が隠れて表情が読めない。
「……ふへっ」
変な声がした。怒りを通り越して変になってしまったのかもしれない。超怖い。
トーマが顔を青くしていると、フィオナが顔を上げた。
「これ、見たかったの」
満面の笑顔だった。これが作り笑いだったら人間不信になるくらい明確に喜びを表していた。
「見てる人も男性ばかりで入りづらかったし、トーマは暴力が嫌いだからこういうの見ないかなって誘えなかったから諦めてたんだ。……トーマ、無理してない?」
一転気づかわし気にトーマを見る。
トーマは全力で首を横と手を横にぶんぶん振った。
「俺、フィクションだったら大丈夫よ。そもそも暴力も自分が振るうの嫌なだけで見る分には……現実は好きじゃないけど、アクション映画とかよく見てたし」
自分が暴力を振るうのとフィクションとしてアクションを見るのは別物である。
この世界に生まれる前にもバトルものの漫画やアクション映画はたくさん見ていた。ド派手で爽快な映像作品はむしろ好きである。
「演劇以外にも考えたんだけどさ、よく考えたら俺、フィオナが好きなもののことを良く知らないんだよ。退屈させても悪いしどうせなら相談して決めようかと思って」
「私だってトーマの好きなものはあんまり知らないよ? ずっと仕事行ったり悪魔がどうのってことばっかりだったから」
「ごめんなさい」
一緒に暮らしているのにそんな普通のことすらあまり話していなかったことに愕然とする。確かに忙しさにかまけてフィオナを後回しにしていた。
とりあえず土下座決めようか悩むトーマにフィオナは笑いかける。
「いーよ。全部私のためでもあるってわかってるから。でも、今日は私に時間をください。劇が始まるまで時間があるでしょ? 目的地なんてなくていいから、二人で街を歩いて話をしようよ。どんなデートコースより、トーマと話せるほうが私は嬉しい」
「フィオナ……」
トーマは泣きそうになった。
自分のやらかしを嚙みしめているところに優しさが染みた。あと頻脈が発生してうまく言葉が出なくなった。
こくこく頷くトーマにフィオナは暖かいまなざしを向けていた。




