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21.エア

途中、グレンの一人称が入ります

 翌日の夕方、トーマは一人でグレンの部屋に来ていた。テーブルを挟み二人とも床に座っている。

 フィオナとミオはいない。未確定であり、うかつに広めていい情報ではないという判断のもと、感づいている二人だけでやり取りし、今後どうするか検討することとした。


「すまないな、呼び出してしまって」

「構わないですよ。それより顔色が良くないですけど、大丈夫ですか?」

「大丈夫……大丈夫じゃないな。昨日からずっと吐き気がしてたまらない。……いったい何がどうなってやがる」


 グレンは手のひらから血が出そうなほど強く拳を握りしめた。


「だが、後回しにするわけにはできない。……結論から言おう。過去、シャングリラには俺たち以外の転生者がいた。彼らは姿を消し、俺たちは彼らがいたという記憶を失っている。正確な人数は分からないが、もう一人いたことは間違いない」

「……親しい人だったんですか?」

「親友だ」


 グレンは今にも泣きだしそうだった。

 親しい人かと聞かれて親友だと即座に断言できる相手のことをこれまで忘れていた。

 それはどれほどの苦痛だろうか。『誰かを忘れている』ことしか分からないトーマには想像することしかできない。

 生半可な感情ではないはずだ。いまだに誰を忘れたか思い出せないトーマでさえも強い怒りを感じている。忘れていたことに気付いた衝撃、忘れていた自分に対する怒り、忘れさせた相手への憎悪は一度思い出せば決して消えはしない。


「少し聞いてくれるか。俺の親友の話を。もしまた俺が忘れても失われることがないように」

「もう忘れないでしょう。忘れられないはずだ」

「万が一の話だ。俺だけが覚えていても、俺が死んだりしたらそれで終わりだからな」

「……分かりました。お聞きします」

「ありがとう」


―――


 俺がレイシス帝国で戦っていたことは知っているな?

 レイシス帝国は差別主義の国家だった。人族……それも王侯貴族のようなごく一部だけが優れた存在であり、それ以外のすべては貴族に使われるべき下位の生物だという考えが主流だった。

 いや、主流なんてものじゃないな。それ以外の考えが存在しなかった。国の上でも下でもそんな認識で、誰も疑問すら感じなかった。

 貴族にとっては下々を酷使することすら『使ってやってる』『偉大なる我々が気にかけてやっている』って認識だったんだぜ。笑えるくらい救えないだろ。


 俺だけは違った。転生者としてもとの世界の記憶があった。これほど差別が横行する世界は狂っていると叫ぶことができた。

 ミオにも支えられてこれほどの差別主義はおかしいと広めた。貴族と戦ったのも一度や二度じゃない。

 戦っているうちに悟ったよ。いくら戦っても無駄だってな。

 なにせ差別主義が思考のど真ん中にバカでかい根っこを張ってるんだ。差別をどうこうしたいと思ったら今を生きる連中を根絶やしにするしかない。俺の力なら不可能じゃなかっただろうが、敵だけを狙って、味方に犠牲を出さずに行う方法は思い浮かばなかった。

 だから別の場所に、遠くに俺たちの居場所を作ろうと思った。

 レイシス帝国を反面教師とした、差別の痛みを知るものたちの、迫害なき理想都市を作ろうってな。


「それがシャングリラですか」


 その通りだ。しかし都市を作ろうと思ったら課題は山積みだ。トーマ君なら想像できるだろう?


「土地、住む場所、食糧確保、治水とか災害対策も重要ですよね。国家をひとつ敵に回しているとなれば防衛力も必須ですし」


 よくそんなにたくさん思いつくな。俺は当時、とりあえず住む場所が必要だとしか考えなかった。

 レイシス帝国周辺から始めて遠くまで探しに飛び回った。

 国でも簡単に遠征はできない距離までたどり着いた時、良さそうな平原を見つけた。

 ここなら理想的だと思ったんだが、すでに小さな街並みがあった。

 驚いたよ。平原の端っこに巨大な壁があって、その中にはレイシス帝国の貴族街よりよっぽど立派な街並みがあるんだぜ? しかもウェルシュに乗った俺が近寄っても何の反応もない。兵隊がいないどころか、人気が全くなかったんだ。

 不気味だったよ。意味が分からなかった。

 警戒しながら門を開けて街に入った。ウェルシュはひっこめて、俺一人でな。ドラゴン連れて壁を越えて入ったら喧嘩売ってるようなもんだろう?

 壁の中の街並みは不完全なものだった。きっちり作られたものがあれば、明らかに途中で放りだされたものもあった。中には手つかずの土地もあった。

 ちょうど住む場所を探していたからな、ちょうどいいとは思った。住民がいないわりには建物が劣化していなかったし、理想的とすら言えるだろう。

 だが、当たり前の話で、そんな立派な街並みに誰も住んでいないことにはそれなりの理由があったんだ。


『誰だお前』


 街中を歩いて、中央の広場にたどり着いた頃だ。

 声をかけられた。若い男の声だった。いっそ少年と言ってもいいだろう。

 城を背に立った彼はなんとも言い難い表情をしていた。うさんくさいものを見るような、驚いているような、怯えているような、そんな表情を覚えている。

 ……いや、思い出した。


 それが俺と、俺の親友でありシャングリラの創造主……エアとの出会いだ。


―――


『何しに来た。どっから来た。敵か』


 エアは敵かと尋ねながら武装を展開していた。気が付けば周囲に巨大バリスタやガトリングが作られて俺に銃口が向いていた。あのオーバーテクノロジー丸出しでファンタジーを台無しにしたようなガトリングを作ったのもエアだ。

 背後に立派な城がある状態で、シリアスな状況で、強キャラ感ある登場だったが、俺はあんまりエアのことを見ていなかった。というのも、


『フェイタルクロニクルのアーク城?』


 後ろの城に気を取られていたからだ。

 トーマ君はフェイクロ知ってる? 知らない? そう。まあ古い上にマイナーなゲームだからしょうがないか。

 前世でかなりハマってたんだ。アーク城ってのはそのゲームの名シーンの舞台で、ファンとして反応せざるを得なかった。

 俺もテンション上がっちゃってさ、エアにかまわず城を凝視したよ。


『あんたフェイクロ知ってんの!?』

『裏ダンジョンも隠しイベントも全部クリアした。それよりこのクオリティやばいな! 正門もゲームからそのまま出てきたみたいだ。あ、でも……』

『なんか変か? ディティールまでこだわったつもりだったんだけど』

『デザイン的にはあってる。ただ、個人的には扉に矢傷がないのが残念だな』


 スタンレイってキャラが敵軍から城の扉を一人で守り切るってシーンがあったんだよ。死力を尽くして戦って、敵の攻撃を扉に触れさせることすらなかったんだけど、唯一一本の矢だけが届いたんだ。

 その矢を放った敵こそ、スタンレイの副官にして最も信頼する相手だったアリシヤだった。アリシヤはもともと敵のスパイだったんだ。仕事とあれば冷徹そのものだったアリシヤを知っていたスタンレイは、放たれた矢も自分の心臓を射抜くものだと思って守ったけど、弓の達人だったアリシヤが狙いを外すっていう……話が逸れすぎ? ごめん。

 何の気なしに言ったんだけど、エアの反応は劇的でさ。


『あんたが神か!?』


 現実で、しかも初対面の、直前までガトリング砲を自分に向けていた相手に五体投地されるって初めての経験だったよ。これからもう一度経験することもないだろうな。

 そのあと、自分でも呆れるくらい話し込んだよ。城を案内してもらって、フェイクロの話をして。時間を忘れるってああいうことを言うんだと思ったよ。自己紹介すら後回しになって、俺がエアの名前を知ったのも日が暮れてからだった。


『自己紹介もしてなかったな、うける。おれはエアだ。あんたは? ……グレンっていうのか。グレンはこんなところに何しに来たんだ? このへんはなんもないぞ』

『……あっ』


 フェイクロを他の人と語り合うなんて初めてで、エアのところにたどり着いた理由まで忘れてた。

 かいつまんで話したらエアは偉そうに頷いてな。


『そういうことならこの街に住まわせてやらんこともない!』


 なんて言ってさ。トントン拍子にシャングリラができることが決まった。

 エアはフェイクロ以外にもあれこれゲームをしてて、その建造物や街並みを作るのが好きなんだ。……好きだったんだ。

 作ることだけが目的だから出来上がった建造物は好きに使ってくれって言ってくれた。

 最初は趣味で作るばっかりだったんだけど……俺も一緒になって口出ししたりしてたけど……だんだん住民のことも気にかけてくれるようになった。今、住みやすい街並みだろ? 全部エアが作ったんだぜ。

 シャングリラは民主主義にしようとは思ってたが、最初はやっぱり方向性を決めるリーダーが必要だった。俺が代表をして、エアにも副市長とか建設大臣とかそんな地位についてもらおうと思ったんだけど、あいつはすっげえ嫌な顔をした。


『ガラじゃねーし権力持っていい人間じゃねえよ、おれ。濫用しちゃうぞ』


 なんて言ってたけど、俺たちもエアに何か礼をしたかったんだ。シャングリラの住民にしてみても、ずっと存在しなかった『安心して暮らせる家』を作ってくれた存在だからな。みんながエアを慕っていたんだよ。エアはぶっきらぼうでうまく対応できてなかったけど、まんざらでもなさそうだった。

 だからシャングリラの通貨の単位をエアにした。当時すでに魔改造に魔改造を重ねた城は俺たちの趣味丸出しの外観になってて、エア城って呼ばれてた。だから、城の正式名称をエア城にしていいかって打診した。

 未来永劫決して忘れられることがないように、シャングリラの象徴と通貨に名前を残した。

 エアは戸惑いながら喜んでくれていた。


「けど、俺は……俺たちは、エアを忘れた。存在したことすら忘れてしまった」


―――


「エアはある日、姿を消した。それはいつだったか分からないくらい唐突で、俺はいなくなったことにすら気付けなかった……!」


 グレンは泣いていた。

 きっと大切だったのだろう。気の合う友人で、一緒に都市を作り上げてきた仲間が大切でないはずがない。

 そもそも理想都市という名前に籠った願いは『すべての人が差別なく幸せに暮らせる都市』だけではない。

 街並みの随所に架空、現実問わずエアたちがいいなと思ったデザインが取り入れられている。二人が実益を求めつつも趣味に走りまくった街は『エアとグレンが考えた最強の都市』だからこそ理想都市なのだ。


「ただ忘れただけ、ということはあり得ない。親友が一言もなくいなくなって気にしないはずがないし、市民が誰一人エアのことに言及しないのは不自然過ぎる。誰かが記憶を奪っているんだろう。そして、転生者の命を狙っているような連中といえば……」

「悪魔ですね。悪魔に殺された人は、他の人の記憶からも失われる」

「冗談じゃないな」


 自分や仲間を殺されるだけでもたまらないのに、その死を悼むことすらできない。身を挺して守っても守った事実すらなかったことになる。

 もしかすると、すでに命がけで自分を守ってくれた誰かを忘れてしまっているかもしれない。そう思うとやるせない。


「こんなふうに話している間にも誰か殺されているかもしれない。そして俺たちは気付くこともできない。厄介どころの話じゃない」


 殺された相手の存在を忘れてしまう。誰かいたことすら覚えていられない。

 それはつまり、攻撃されたことに気付けないということだ。仲間を一人一人暗殺されても、対策しようと考える間もなくすべてが終わってしまう。


「……エアさん以外にも一人は確実に殺されています」

「覚えているのか?」

「覚えていません。でも、間違いない。今回の戦争で北側には転生者も兵器も配置されていませんでした。不自然過ぎます」


 西側にはグレンがいた。

 南側にはムラマサとアズサに加え、ありったけのガトリングが配備されていた。

 北側は兵士が配備されているだけだった。人数も南側と同数。アマザ王国軍の数が少ないわけでもないのに、こんな配置をするはずがない。

 アマザ王国からシャングリラへ戻る際、トーマは北側を目指した。その理由を思い出せない。

 極めつけに、北側には悪魔がいた。

 これらの条件から『北側には転生者が配備されていたが、悪魔によって殺された』という答えが導き出される。

 そして殺された転生者はトーマにとって縁が深い人物だ。腹の中に沈んだ怒りがそう訴えている。


「エアのことを思い出せても、すべてを覚えていられるようになったわけじゃないってことだな。いったい連中は何のためにこんなことを……?」


 グレンは思案する。

 アマザ王国ならもっと直接的な行動を起こすはずだ。レイシス帝国は被差別階級がいなくなり経済も回らず内乱で大忙しとなった。距離的にもシャングリラへ手を出すのは困難だろう。

 転生者を狙う目的が分からない。


「理由って関係ありますか?」

「は?」

「あいつらは絶対許せないことをした。一人残らず殺してしまえばそれで終わりです」


 グレンは唖然とした。

 トーマの言うことも理解できる。エアの記憶を奪ったのが悪魔たちならどんな理由があろうと許さない。転生者をつけ狙う理由は気になるが、理解できない理由ということもありうる。

 そもそも悪魔たちは転生者の命を狙っているのだから理由が分かろうと妥協点が存在しない。原理不明の逃走術を持っていることもあり、悪魔は見つけ次第速やかに殺害するのが最善である。

 そんな、グレン自身が至った結論をトーマが言うだけでこれほど異常に響く。


「トーマ君、君は人を殺したくないと言ってなかったか? それはいいのか」

「実は昨日悪魔を殺してるんです。一人殺して吹っ切れたんですかね」


 トーマ自身、人を殺したことはもっと引きずるものかと思っていた。

 殺人だけは絶対にしてはいけないと強迫的な強さで考えていた。何日も悪夢にうなされたって不思議はない。

 そんな想定すらしていたのに、まったく気にならない。アレが仲間を殺した悪魔ならもう少し殴ってからとどめを刺せばよかったかと思っているありさまだ。

 やってみれば意外と大したことはなかった。


「……まあ、トーマくんがいいならいいが」


 グレンは追及せずに引き下がった。グレン自身、もし今目の前に悪魔が現れたら躊躇なく焼き払うだろう。手足を先に焼いて、なぶり殺しにしてもよい。それくらい記憶を奪った相手への憎悪が膨れ上がっている。


「とはいえ悪魔がどこにいるかも分からないんだぞ? どうやって一網打尽にするつもりなんだ」

「ひとつ、心当たりがあります」


 グレンが思考を整理している間、トーマもぼんやりしていたわけではない。

 悪魔を殺した直後、不思議な感覚があった。

 夢を見たように不確かだが、はるか遠くまで見通したような気がした。

 その時の記憶を掘り起こした。まだ感覚を制御することはできないが、自分が何を見たのか思い出すことが出来た。

 トーマは端的に告げる。


「アマザ王国を滅ぼしましょう」


次回 アマザ王国死す

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