20.戦勝祭
「……眠れねえ」
トーマはベッドの上で独り言ちた。
疲労はある。アマザ王が爆発したのはびっくりしたし、悪魔との戦いは死ぬかと思った。
無性にイライラする。何に苛ついているのか分からないのに、腹の底に怒りがこびりついている。
体はさっさと眠れと言っているのに、脳みそが活性化している。
我ながら今日は不自然な行動が多い。アマザ王城で罠から逃げるよりも反撃を優先したり、シャングリラに帰ってきて意識を失っていたり、しまいには自分でも信じられないほどの情緒不安定さ。叫んだり暴力振るったり泣き出したくなったりおよそ平常とは言い難い。
フィオナが作ってくれた食事をたらふく食べたのに胃の中が空っぽのような気持ち悪さがある。これまで当たり前に存在していたものが無くなっているのに、それに気付けないようで気味が悪い。
眠ろうとしても思考は悪い方向へギュンギュン回って寝付けない。うとうとできたと思ったらブレーキが利かない車を運転する夢を見る。アクセルに触れてもいないのにどんどん加速していく恐怖感は夢とは思えないほどだ。車なんて運転したことがないのに。
トーマはベッドの上で身を起こした。
いつの間にか綺麗に修繕された壁の向こうではお祭りが開催されている。騒ぎの中で歩いていれば気も紛れるだろう。シャングリラでは飲酒に年齢制限がないので酒の力に逃げるのもアリかもしれない。
フィオナも誘おうかと隣のベッドを見ると、すうすう安らかな寝息を立てていた。
起こしてしまうのは忍びない。書置きだけして、なるべく音を立てずに部屋を出た。
―――
街は活気に満ちていた。
あちこちにテーブルが置かれ、もともと親しい人ともそうでない人とも市民が酒を酌み交わしている。ソフトドリンクのテーブルは違う色で少し離れて配置されているあたり抜かりない。
アマザ王国と戦うことになると告知されて数日。グレンの圧倒的火力への信頼から市民生活への影響は小さかったはずなのに賑わっている。
ほとんどの市民は戦争と無関係に過ごした。戦勝祝いなんて催されてもついて来れないのではないかと思っていた。
トーマの予想に反して市民は盛り上がっている。
戦争は大事だ。いくら自分たちが勝つと分かっていても不安は生じる。戦争に駆り出された兵士や、その親しい人はなおさらだ。
グレンは戦争に勝利したと口で言うだけよりも、盛大に告知した方が実感が得られるだろうと考えた。そのために盛大な宴会を催した。
その狙いは当たったと言える。誰も彼もお気楽ムードで楽しそうに飲み食いしている。
トーマはそんな市民を遠巻きに眺めていた。
斜に構えているわけではない。むしろ普段なら率先してタダ飯を食いに行く。
今日は気分が乗らなかった。いろいろなものに違和感を感じてしまい落ち着かない。
たとえばとある飲食店。大通りに面した一等地で、設備も揃っているのになぜか店を開けていない。
たとえばとある喫茶店。こちらは普通に営業しているが、店構えを見るとなんとなく落ち着かない気持ちになる。
たとえば図書館。あるべきはずのものがごっそり無くなったような気がして、傷跡を見るのが怖くて目を逸らしてしまった。
そもそも街並み全体に違和感があった。悪魔に対するものとは違う、不可解なものに対するごく一般的な違和感だ。
「どうしたもんかな」
家にいても眠れない。外に出ても落ち着かない。体は休みたいのに頭はフル稼働して、心は言うことを聞いてくれない。
物陰の席に座ってぼーっと街並みを眺めていると近くから話声が聞こえた。
会話の中心はシャングリラの兵士だ。内容からすると北側に配備されていた兵らしい。
「――で、そこで現れたのがジークフリートさんだよ。圧倒的な強さでアマザ兵どもをなぎ倒して行ってさ。お礼を言おうと思ったらいつの間にかいなくなってたんだ。直接ありがとうって言いたかったよ」
ここでもジークフリートマンセーは続くのかと笑いそうになる。
実際、ジークフリートは北側にいた兵士にとって命の恩人そのものだ。運や努力でどうにもできない絶望的状況を打破してくれたのだから、感謝するのも自然なことである。
ただ、グレンやムラマサたちも同じようにアマザ兵を撃退したのに、ジークフリートだけやたらと持ち上げられるのがおかしいだけ。
「だってよ、ジーク。顔を出してやったらどうだ。きっと喜ぶぞ」
「フッ、こうして聞かせてもらった。それで充分さ」
「ジークは大活躍だったのです?」
「あまり目立ちたくはなかったんだが、な」
半笑いでテーブルに突っ伏していると聞き覚えのある声がした。
顔を上げるとグレンと目が合った。隣にはミオがいて、ジークフリートも一緒に歩いている。
へそを曲げたジークフリートをフォローしていたらしい。だいぶ機嫌が直ったようで酒を片手につまみをパクついている。
グレンの顔が引きつった。ジークフリートがへそを曲げた理由の大半はトーマにある。このタイミングでトーマと対面してしまえばせっかくの接待が台無しになってしまう。
トーマはグレンの心労を悟りそっと顔を伏せた。トーマは他の転生者たちと違い没個性気味な見た目をしている。顔を見られなければ気付かれないだろう。
「――っと、時間か」
「な、何か予定でもあったか?」
「予定というほどのものではない。が……お前たちは宴を楽しむといい」
「ジークはどこかへ行くのです?」
「フッ、残念がる必要はない。グレンへの愚痴でもあればいつでも飲みに付き合ってやるさ」
「話したいのはのろけばっかりだから心配はいらないのです」
「そうか。気が変わったらまた声をかけろ。じゃあな」
いかにも重要な要件がありそうな雰囲気を匂わせ、他人の恋人に上から目線で色目を使ってジークフリートは立ち去った。
グレンはその背中を見送り、見えなくなってから大きくため息をついた。
「お疲れ様です。座りますか?」
「ああ、ありがとうトーマ君。来てくれたんだな」
「なんか眠れなくて」
「ミオは飲み物とつまめるものを貰ってくるのです」
「助かるよ、ミオ」
グレンはトーマの正面の席に腰を下ろした。いつになく疲れた雰囲気だった。
「……本当にお疲れですね?」
「分かっちゃうよな。下手に出て機嫌を窺うってのは疲れる」
グレンは疲れた姿を人に見せようとしない。シャングリラ市民の大半はグレンがレイシス帝国から助け出した人々である。当時率いていた人々や、トーマのような年下など庇護対象として見ている相手の前では気を張ってしまう。
転生してからはずっと人の上に立ち、交渉時には転生者としての力を前面に押し出して強気に戦った。ご機嫌取りの経験値は低い。
アマザ王国との戦闘では北側だけなぜか転生者が配備されていないなど予想外の事態が起きた。危うく北側で死者が出そうになった時には肝が冷えた。
「そういうトーマ君もお疲れ……とは違うな。何か考え込んでいるのか」
「ええ、まあ」
疲れてはいるが、ただ疲れているだけなら家で寝ていればいい。グレンと違って今すぐやらなければいけないことはない。
「なんか、アマザ王国から帰ってきてからずっと違和感があるんですよ」
「違和感? まさか悪魔の気配を感じているのか?」
「悪魔とは違って、こう……あからさまにおかしいことに気付けていない感じというか。不自然なことを無理やり自然と思い込んでいるみたいな。あと、無性にイライラします」
「……これが他の人なら睡眠薬でも飲んで眠れと言うところだが、違和感で悪魔を見つけたトーマ君だからな。何を不自然に感じているか、曖昧でもいいから思いつく限り話してくれないか? 言葉にすることで整理されることがあるかもしれない」
自分一人で悶々としているよりも、他人に伝えようとすることで論理的に考える方向に思考がシフトする。
疲れて頭の回転が鈍くなったグレンでも話を聞いて相槌を打つくらいならできる。わずかな労力で致命的なリスクを見つけられる可能性があるなら安いものだ。
真剣な表情で向き直ったグレンに対し、トーマは腕を組んで難しい顔をしている。
「そうは言ってもあちこちに違和感があって、どれが不自然って言葉にするのが難しいです」
「なら片っ端からだ。どうせ今日は朝まで祭りだから飲み食いには困らないぞ」
「呼んだのです?」
ミオが人数分の飲み物とつまみを器用に持ってきた。
「藪蛇だったか」
口ではそう言いつつも、トーマはちょうどいいと思っていた。
どうせ今日は眠れそうにない。明日は寝不足でフィオナと会うことになるだろう。
自室のベッドで眠れなかったと言えば心配させてしまう。グレンたちと話していたと言えば少なくとも心配はさせないで済むだろう。
もちろん会話の中で違和感の正体に気付ければ最高である。
「不自然なものと言えば……」
ぐるりと周囲を見回す。
ほとんどのものに対して違和感があった。むしろ自然だと思うものが見当たらない。
ここで「全部ですね」と思考停止しては始まらない。ひとつひとつ、何に対してどこがおかしいのか言語化する必要がある。
「ぶっちゃけグレンさんにも違和感があるんですよね」
「俺が?」
「転生者全般に言えることですけど、チート能力ってあるじゃないですか。俺のパラメータとか、ムラマサの鍛冶能力とか。あれってどういうものなんでしょう」
「出所ってことか」
「それもですけど、チート能力持ちが転生者だけっておかしくないですか? 俺が知らないだけでこの世界の人にチート能力者っているんですか」
「……いない、な。ただ、俺だって魔法は訓練したし、ムラマサは研究を重ねている。ジークフリートも長年鍛え上げた結果の能力って話だ。それでも不自然か?」
「不自然ですよ。俺なんかこの世界に来ただけで全パラメータAランクですよ? グレンさんだって、いくら鍛えていても魔力値Sランクっておかしいでしょう。Aランクが人間の限界なんですよね。限界超えてるグレンさんは人間じゃないってことになりませんか? そもそもなんで人間の限界突破を表すSなんてランクがあるんですか?」
ひとつ気になれば怒涛のように疑問が押し寄せてくる。
Aランクが人間の限界だとすれば、Sランクは本来必要ないランクだ。存在することがおかしい。人間以外が登録することを想定しているなのだろうか。
訓練で能力を伸ばしたというのも不自然極まりない。
生物には限界がある。たとえば、人間は時速百キロで一時間走ることはできない。だからこそ道具を作り、不可能を可能にしてきた。
努力や才能にも限度はある。人間の限界を超えるのは分かりやすく無茶だ。訓練でどうにかなるものじゃない。そしてトーマ自身は特別な訓練なしに全パラメータが|人間の限界(Aランク)だ。不自然としか言いようがない。
「そうは言ってもパラメータも冒険者ギルドが決めた枠組みだからな。ギルドが『人間の限界』を測り損ねていることはありうる。Sランクは俺やジークフリートに合わせて作られたランクだからおかしくはないだろう」
「あ、そうか」
そもそもランクを付けるのが人間なのだから、絶対に正しいとは限らない。
「チート能力の出所は分からないが……転生者って共通項があるわけだから、そこにヒントはあるんじゃないか?」
「これはミオの予想なのですが、転生者の人は魂を二重に持っているんじゃないかって思うのです」
「もとの世界の魂とこの世界の魂ってことですか?」
「なのです。魔力の源泉は魂なのです。二つあれば魔力が強くなっておかしくないのです」
「俺は身体能力がいやに高いんですけど」
「ジークフリートなんかは魔法を使えない代わりに筋力も耐久もSランクなのです。それに近い状態だと思うのです」
「なるほど……?」
なるほどと言ってみても納得感はあまりない。ファンタジーな理屈で丸め込まれた感がある。
これ以上チート能力について尋ねても進展はなさそうだ。他の違和感を探す。
顔を上げるとライトアップされたエア城が目に入った。
以前、グレンにシャングリラを案内された時に紹介された。エア城は大部分を一般用に開放しており、『王がいない城』として民主主義の象徴となっているらしい。
インターネットや写真で見た地球の城と比べても遜色ないどころか、世界遺産級の立派なつくりをしている。
「……あ」
「どうした、トーマ君」
気遣うグレンの声も耳に入らなかった。
今、何かに触れた。
心臓が早鐘を打つ。血が流れる音すら聞こえそうな感覚。
腹の中の怒りが『それだ』と叫んでいる。
間違いであってほしい。気付かないふりをしていたい。
けれどそれは破滅を招く最悪手に思えて仕方なかった。
「グレンさん、教えてほしいことがあります」
「あ、ああ」
様子が一変したトーマに圧倒され、グレンは腹に力を入れた。みっともない姿は見せられない。
「シャングリラって、どうやって作られた街なんですか?」
「それは……俺がレイシス帝国で虐げられていた人たちを連れてきて――」
「聞きたいのは物理的な面です。どうやってこれだけの街並みを建築したんですか?」
シャングリラの成り立ちは聞いている。今は建国史的な部分はどうでもいい。
「グレンさん、十代って言ってましたよね。てことはシャングリラは二十年前にはなかった街ってことになります。……これだけの街並みを、たった二十年で作ったんですか?」
「それ、は……」
「それとももともと街があって、そこを乗っ取ったんですか?」
「グレンはそんなことしないのです!」
ミオが掴みかかりそうな勢いで激昂する。トーマはしっかりと頷いた。
トーマはグレンが街を奪い取ったなんて思っていない。そのことが伝わったのか、ミオはおとなしく椅子に座りストローをくわえた。
「ミオさんはグレンさんとレイシス帝国時代からの付き合いなんですよね」
「……なのです。一緒の村で生まれた幼馴染なのです」
「じゃあ、シャングリラに初めて来た時、ここはどんな土地でしたか? 何もないまっさらな平原でしたか? それともすでに街並みがありましたか?」
答えを半ば確信した問いを投げる。
シャングリラ建国の経緯は演劇で見た。レイシス帝国に大打撃を与えたレジスタンスは帝国を後にした。追手と戦いながらも脱落者を出さずシャングリラにたどり着いたという。
では、ひとつの国家が追手を差し向けることも難しい距離を踏破したばかりの人々が、どこぞの平原に放り出されて生きていけるだろうか。被差別階級の人々の中に、これほどの街並みを作れるだけの知識、技術を持った人がいただろうか?
答えは否だ。仮に存在してもごく少数だろう。
「もともと街があったのです。グレンが用意してくれていたのです」
「グレンさんは焔魔法以外のチートがあるんですか?」
「……いや、ない」
「もともと街があったわけじゃない。グレンさんが作ったわけでもない。だとしたら誰がこの街を作ったんですか?」
「それは……っ」
思えばこの街の存在が不自然だ。
アマザ王国からシャングリラは普通の人でも一か月あれば徒歩でたどり着ける程度の距離しかない。道なりもほとんど起伏がない平原である。出てくる魔物は強くないので少し鍛えた兵士なら一人でも対処できる。
そんな、個人でも踏破できる道の先には港を作れる場所がある。港があれば貿易にも漁業にも使える。内陸国のアマザ王国が手を出していないのはおかしい。国土を拡張する野望が無くても、どこかの国が拠点を作れば脅威になるのだから最低限警戒はするはずだ。
ならば考えられる可能性はそう多くない。
「誰か、他にチート持ちがいたんじゃないですか?」
真っ先に思い浮かんだのはチート能力の存在だ。
魔物なり地形なりの理由でシャングリラ周辺は拠点を築くのに向かない環境だった。だからアマザ王国も警戒していなかった。
しかしその問題に対処できるチート持ちがいた。おそらく建築系のチート持ちもいただろう。
アマザ王国が気付くより早く、チート能力を使って街を築き上げた。そう考えれば説明がつく。
失われた何かに触れた感触があった。疑問形で問いかけたが、間違いないという確信がある。
そしてきっと、トーマ自身も奪われている。
「…………………!!!」
「グレンっ!? どうしたのです!?」
グレンが頭を抱えた。ミオが背中をさすり介抱するが収まる様子はない。脂汗がにじみだし、呼吸が荒くなる。
いきなり殴られたような衝撃があった。内臓を丸ごと絞られるような不快感があった。
決して思い出してはいけないものがある。決して忘れたくない記憶がある。
思い出したら後悔する。そう分かっていても思い出したいと、強く思った。
頭の中で金属でできた虫が暴れまわるような激痛が走る。
思い出したところで幸せにはなれないと警告されているようですらあった。
「――うるさいッ!」
グレンから魔力が迸る。
誰になんと言われてもなくしてはいけないものがある。
完全に忘れていたならいいだろう。知らなければ思い出そうと考えもしない。
けれどグレンは気付いてしまった。
気付いてしまったら見て見ぬふりはできない。忘れたままではいられない。
邪魔をするなら自分の体ごとだって焼き尽くす。
グレンの魔力が炎になる。物理的な熱はない。『邪魔者を焼き尽くす』概念の炎だ。
そんなものはこれまで使ったことがなかったが、使えないとは思わなかった。
概念の炎は確かに記憶を封じる何かを焼いた。
「あ………………」
グレンの両手が顔から離れた。
脂汗の噴出が止まる。目を真ん丸に見開き呆然としている。
「グレン……?」
概念の炎に驚き身を引いたミオが恐る恐る声をかける。
そっと方に手を置くと、何かのスイッチに触れてしまったかのようにグレンの目から涙があふれだした。
「ぐ、グレン、どうしたのです!? どこか痛いのです!?」
「いや、違う、違うんだ。どこもいたくない。心配はいらない」
「でも……っ!」
グレンはどう見ても正常な状態ではなかった。
今にも倒れてしまいそうな、真っ青な顔をしている。唇は紫色に染まっていた。
「エアだ」
「えあ? 空気がほしいのです!?」
「トーマ君、きっと君が考えた通りだ。ただ、すまない。俺にも少し整理させてくれ」
「……はい。ゆっくりしてください」
トーマはミオに支えられながら帰路につくグレンの背中を見送った。
夜にもう一話投稿すると思います




