19.戦いの終わり
本日二話目の投稿です。
きぃんと強い耳鳴りがした。
視界がぼやけ、周囲の音と共に遠ざかる。
タイミングを見計らってシャングリラ兵の前に飛び出したジークフリートが見えた。茶番を見るのはそこそこに知覚を外に延ばす。理屈は分からないが、それができるという確信があった。
グレンとムラマサとアズサが見えた。遠い目をしてジークフリートたちの戦いを眺めている。
さらに知覚が広がった。フィオナは自宅で祈りを捧げ、グレンの恋人のミオはぼんやりしていた。
シャングリラの中に一人の悪魔を見つけた。南側の兵士の中に混ざっていた。どんな魔法を使ったのか、シャングリラの市民に化けていたらしい。
こいつは始末しないといけない。そう思うと同時に一人の兵士が気付いた。誰だお前、見たことないぞと詰め寄られた悪魔は慌てた様子で拳銃を抜いた。兵士は悪魔の腕をひねり銃口を空に向けた。銃弾は空に向かって飛んで行った。
異常を察した兵士たちが悪魔に押し寄せる。化けの皮がはがれていつもの黒ずくめとなった悪魔は袋叩きにされながらも姿を消した。
シャングリラを呑み込んだ知覚は急速に広がっていく。どうやって知覚しているのか分からない。視覚でも聴覚でもない感覚で情報を収集していく。
シャングリラとアマザ王国の間の平野に数名の悪魔がいた。アマザ王国方面に向けて尋常ではない速さで移動している。今から石を投げても届かないくらい離れている。
さらに広がった知覚はアマザ王国に及んだ。完全に崩壊した城を住民が取り囲んでいる。
「誰が片付けるのよ」「めんどうねえ」「シャングリラから奴隷が来るだろ」「あいつらにやらせればいい」「全裸でやらせようぜ」「それいい」「サル未満のカスに服なんてもったいないものね」「あそこは人間モドキがたくさん住んでるらしいぜ」「やだ、病気がうつっちゃう」「ちゃんと隔離しつつ使わないとな」
老若男女問わず発せられる醜悪な言葉にめまいがする。誰一人としてまともな人間がいない。
ある意味悪役国家としては完璧だ。国が丸ごと滅んでも笑って見ていられる。誰に対しても可哀そうなんて思わない。
猛烈な吐き気がした。
アマザ王国の連中の言動のせいではない。悪魔が近寄った時に感じる違和感を強くしたような気持ち悪さ。
これは、本来この世界にいてはいけない存在に対する違和感だ。
一流の音楽家の演奏に酔いしれているところに音を外した幼児の歌声が聞こえたら台無しだと思う。子供の合唱祭で無駄に達者な伴奏者が主張してきたら邪魔だと思うだろう。そんな場違いさを極端に強くしたものが違和感の正体だ。
間違いない。ここに悪魔がいる。詳細な居場所を探ろうとすると強いノイズに阻まれた。拡大した知覚を悪魔に悟られたのではなく、トーマ自身が本能的に拒んだ。怒りと嫌悪が爆発的に膨れ上がって集中が途切れる。
「……ん、トーマ君、起きろ!」
呼びかけが聞こえた。
拡大していた知覚が収縮する。
意識が引き戻される。今まで何をどうやっていたのか、ぽろぽろと取りこぼしながら浮上した。
―――
「トーマ君、起きろ!」
グレンがばしんと強くトーマの背中を叩いた。トーマはぴくりとも反応しない。
「くそ、いったいどうしたんだ。なぜトーマ君がここにいる? どうして座ったまま意識を失っている?」
トーマは引き受けた頼まれごとを理由もなく放り出したりしない。何か事情があってシャングリラに戻って来たはずだ。
普通ならアマザ王国に最も近い西門にいたグレンに声をかける。グレンは大きな戦力であり、シャングリラの代表者として権威も持っている。緊急事態なら最優先でグレンに報告するだろう。
トーマの手元には壁を殴りつけた跡がある。チート級の強度を持つ壁に跡が残るくらいだから相当な力を込めて殴ったと分かる。何かと戦ったのかもしれないが、相手が見当たらない。
全力で戦うトーマを気絶させてその場を去っていくような存在に心当たりはない。仮に悪魔が何らかの手段でトーマを気絶させたとしたら、誘拐なり殺害なりしただろう。
「服は汚れてるが傷らしい傷はねぇな」
「回復魔法はかけたわよ。検査もしたけど異常はないわ」
ムラマサはしげしげとトーマを見る。服は右側を中心に焼け焦げているが、体は傷一つ無いように見える。アズサの検査魔法でも見た目通りの結果が帰って来た。
「なにをやっている。こんなところで寝ぼけた馬鹿を起こす方法なんてひとつしかないだろう」
「ジーク……お前何を!?」
「起きろノロマ」
グレンたちに気付きやってきたジークフリートはトーマの頭めがけて足を振った。
しかし振りぬかれることはなかった。
とっさにグレンが止めた、わけではない。
トーマの手がジークフリートの足を掴んでいた。
「ッ!?」
その手に尋常ではない力がこもる。ジークフリートの鎧を砕き、足をみしりと鳴らした。
痛みにひるんだ隙にハエを払うような動作でジークフリートを投げ飛ばした。
「あ、グレンさん。ムラマサも。……俺どうしてシャングリラにいるんだ? めっちゃ頭痛いんだけど」
ぼうっと焦点が定まっていなかったトーマの瞳に光が灯る。開いた口からは素のリアクションが飛び出した。
どうして、というのはむしろグレンたちが聞きたい。あからさまに異常な状況でどうして平然としているのか問い詰めたい。
ちなみに誰一人として壁の外まで投げ飛ばされたジークフリートのことは気にしていなかった。そんなに飛んでないだろうし。自力で帰ってくるだろうし。
「トーマぁ! なにしやがる!」
思った通りジークフリートはすぐに帰って来た。激昂しトーマの胸倉を掴もうとした。
しかしその手もトーマによって遮られる。
「そりゃこっちの台詞でしょうが。意識が朦朧としてる相手の頭を蹴り飛ばすとか頭おかしいんじゃないですか」
だんだん意識がはっきりしてきた。無意識でつい投げてしまったが、正当防衛の範疇だろう。他の三人もウンウンと頷いている。
ジークフリートはチッと舌打ちした。周囲はトーマに味方している。今度は腕の鎧を壊されそうなほどの力が右手首にかかっている。ジークフリートの能力なら握りつぶされることはないだろうし、万が一のことがあってもすぐに治るが、劣勢なのは明らかだった。
「……ふん、今回は見逃してやる。おいグレン、北側の敵は倒してやったぞ」
「ああ、助かったよ」
トーマの手を振り払い、その場から立ち去った。
アズサは白けた目でその背中を見送った。ムラマサは壊れた鎧を興味深そうに見ていた。グレンはどうしたもんかアイツ絶対へそ曲げたぞと内心で首をひねっていた。トーマはそれどころではなく頭を抱えていた。
「どうしたトーマ、お前まだ頭がいてえのか」
「頭痛は収まってきたんだけどなんかこう……大事なことをごそっと忘れてるような気持ち悪さが押し寄せてるというか……なんだこれ。なんでしょうこれ」
「オレに聞かれても分からん。ていうか暴力は嫌とか言っておきながらジークにめっちゃ抵抗したのは良かったのか?」
「ああ、そういえば。……なんも感じないですね」
トーマは以前、人を殴る感触が嫌だと語ったが、本質的には暴力を嫌っていた。殴るのは嫌で蹴るのはOKとかとんちみたいなことは考えていない。暴力そのものに忌避感を持っていた。
今もジークフリートの鎧ごと足を握りつぶした感触が残っている。即座に回復したようだが、暴力を振るった事実は変わらない。
これまでのトーマだったら後悔していてもおかしくないのに、平然としていた。
「まあ、正当防衛だしいいんじゃないかしら。それより、あんたアマザ王を拉致しに行った人よね。どうしてここにいるの? 王様捕まえられたの?」
「王様はいないです。爆発しちゃったんで」
「「「は?」」」
グレンたち三人の声が揃った。
「ああ、そうだ。王城には王様が一人でいたんですけど、捕まえようとしたらもう死んでて、そんで爆発したんです。直後に狙撃されたんで、悪魔が何か動いてるぞーって伝えようと思って戻ってきました」
「なるほど……でもトーマ君、どうして俺に報告しないで北側に来たんだ?」
「それは……なんででしょう」
トーマは首を傾げた。
悪魔への警戒を呼び掛けるならグレンに報告するのが一番だ。なのにどうして北側にきたんだろうか。
思い出そうとしても闇に向かって手を伸ばしているように手ごたえがない。耐え難い寂寥感とやるせなさがこみあげてくる。
その表情にとぼけているわけではないと察したグレンは頭をかいた。
「まあいいか。それよりシャングリラに悪魔がいないか探すのが先決だな」
「あ、それは大丈夫です。南側の兵士に紛れ込んでたみたいですけど、兵士さんたちがフクロにして撃退しました」
「……なんでそんなことが分かるんだ? 見てきたのか?」
「…………なんで分かるんでしょう?」
目をしぱしぱさせながら頭の上に疑問符を浮かべるトーマ。グレンは訝し気な視線を向ける。
「まさかとは思うがトーマ君、テキトー言ってないか?」
「いやいやいやいや、滅相もない。大真面目ですよ」
「そもそも悪意探知結界があるのにどうして悪魔がシャングリラに入ってる前提なんだ」
「……どうしてでしょう。いやほんと分からないです」
シャングリラ周辺には『シャングリラへの悪意』と『転生者への悪意』を探知する結界が張られている。もちろんシャングリラ内部でも有効化されている。結界の範囲内で対象への害意を持ったらその瞬間に探知される。
結界の信用度は今回のアマザ王国襲来で明示された。結界へのアクセス権を持つものはアマザ兵を一人一人探知した結界の精度を疑っていない。なんならトーマに掴みかかったジークフリートに反応したくらいなので、動作不良の疑いもない。
悪魔は転生者を殺そうとしている。シャングリラ内にいたなら結界が反応しなければおかしい。
グレンはそこを指摘したのだが、トーマは首をかしげるばかりだった。
「グレン、そのへんにしといてやれ。トーマも疲れてんだろ。ゆっくり休めば整理がつくかもしれねえ。お前らのツレも心配してるだろうし、顔見せに行ってやんな」
「……そうだな。トーマ君、詰問して悪かった。何はともあれ無事に帰って来てくれて何よりだ」
「ありがとうございます」
「お互い、報告は明日にしよう。これから街中でアマザ王国撃退祭りを行うから、良かったら参加してくれ。ああ、無理はしなくていい。疲れていたらゆっくり休んでくれ」
「ついさっき撃退できたばっかりだと思うんですけど祭りなんてできるんですか」
「撃退前提で準備を進めていたからな!」
「それでも一日ちょっとで準備完了ってのはおかしい速度だけどな」
ムラマサの突っ込みを最後にトーマたちはそれぞれの家に帰ることとなった。
道中でもトーマはずっと首を傾げていた。
アマザ王が爆破したので終戦条約を結べなくなってしまったが、戦争は犠牲者もほぼなく完勝と言っていい。シャングリラ側は何も失っていない。トーマも生活基盤が守られて上々と言っていい結果だ。
なのにどうしてこんなに泣きたい気分なんだろう。
いくら悩んでも答えは出ない。
次かその次くらいで二章が終わると思います。
すでにストックなしで書き進めているのでアバウトです。




