17.喪失
後半は一人称になります。
「あ……? いっ――!」
気が付くとトーマは地面に伏していた。
激烈な痛みが全身を走る。特にひどいのは右腕と右目だ。右腕は動かないし右目は見えなくなっている。
痛みと混乱で荒くなる呼吸を抑え込む。意識してゆっくり呼吸する。
とりあえず回復魔法を使うと痛みが和らいだ。右腕は治ったが右目は見えないまま。眼球をひどく損傷したらしい。治すにはシャングリラに戻る必要がある。
周囲を覆っていた土煙が晴れてきて周囲が見えるようになってきた。
「なんだこれ」
トーマは絶句した。
王城の謁見の間にいたはずなのに空が見えている。周囲には大量の瓦礫が転がっている。
「……アマザ王が爆発したんだ。どんな威力だよ」
いくら間近だったといえ耐久力Aランクの上に肉体強化を使っていたトーマに重傷を負わせるなんてまともな威力じゃない。
これはチートを持った存在を念頭に入れた罠だ。生け捕りではなく、殺しにかかっている。
風の鎧を纏い防御を固める。早くこの場を離脱すべきだがスカイを置いてはいけない。
土煙を払えばすぐに見つかるだろうが、誰かに狙われている可能性がある今、居場所を明確にするのは得策ではない。その場を動かず身を低くしたまま魔法を使って気配を探知する。
スカイはすぐそばに転がっていた。まだ意識が戻っていないらしい。
アオは失神した上で大量の瓦礫に埋もれている。アオは普通のトカゲサイズになっていたこともある。意識が戻れば小型化して抜け出せるだろう。
二人に回復魔法と防御魔法を飛ばす。スカイが目を覚ましたら即座に離脱する。
そんな悠長なことを考えていた。
「がっ!?」
全身に恐ろしいほどの重圧がかかった。
周囲の土埃も地面に叩きつけられて消えてしまった。
――やばいやばいやばいやばい!
かつてないほどの危機感があった。
おそらくこれは重力魔法。それもチート級の威力だ。トーマの動きさえ制限される。
アマザ王の爆発に続き転生者を殺すための罠だ。これで終わるはずがない。
失敗した。判断を誤った。
転生者だからと調子に乗ったつもりはなかったが、無意識にタカをくくっていた。
トーマは転生者で、チート級のパラメータを持っている。マギに教わりチート級の魔法も使えるようになった。アホっぽいアマザ王の拉致くらい簡単だと思っていた。
悪魔という明確な敵を知っているのに、今回は現れないと思い込んでいた。それどころかアマザ王国以外の敵を想定すらしていなかった。敵が自分以外の相手に気を取られていたら狙わないはずがないのに。
油断していたことは認めるがまだ終わっていない。トーマもスカイも生きている。
スカイには申し訳ないがアオは見捨てる。重力魔法による負荷は強いがまだ動ける範疇。スカイを拾ったら火炎魔法を盛大にぶっ放して目くらまししつつ逃げる。
「いっ!」
足に力を入れるより早く急激に重圧が強くなった。トーマ一人に重力を集中させて逃がさないという意思をひしひしと感じる。
筋力を限界まで強化しても動けない。どれだけ抵抗しても状況を打開する方法が見えない。
一秒が永遠にも感じられる緊張感の中で視線を感じる。首を動かせないので目視はできないが、きっとどこかから頭を狙われている。
「また――」
その傍らでスカイが目を覚まし、立ち上がった。
爆発で受けた傷はトーマの回復魔法で治っている。重力魔法を喰らった衝撃で意識が戻った。
混乱と重圧でとっさに動けなかったが、トーマに重力魔法が集中したことで身動きが取れるようになった。
何が起きているのか分からない。それでも尋常な状況でないことは分かる。
土埃が地面に押さえつけられたことで周囲が見えるようになった。
スカイの目ははるか遠く、アマザ王国を守る城壁の上からトーマを狙う銃口が見えていた。
ロボットアニメに出てきそうな狂ったサイズの銃だった。間違っても対人用の口径ではない。どれほど頑丈な盾を持ったチート持ちでも、弾丸を受け止めたらその衝撃で死んでしまうだろう。
トーマは逃げられない。重力魔法の影響範囲を絞りトーマに威力が集中されている。あれほどの重圧を受けて動けるはずがない。
術者を倒そうにもどこにいるか分からない。『鷹の目』は優れた視力を持つが、透視や探知能力を持っていない。上空から探そうとすればその隙にトーマは撃ち殺されるだろう。
トーマを助ける方法はひとつしか思い浮かばなかった。それも分の悪い賭けだ。失敗する確率が高い。
スカイ自身が生き残ることを考えるなら、敵がトーマを狙っている隙に逃げるべきだ。そうすればスカイは生き残り、襲撃してきた敵の情報をシャングリラに持ち帰ることが出来る。
「――死なせてたまるかぁ!」
そんな打算的な考えは検討されることもなく消し飛んだ。
スカイ自身不思議だった。なぜ出会って一か月の相手をこれほど必死に助けようとするのか、いまだに分からない。
けれど確信があった。ここでトーマを見捨てたら後悔する。乗り越えられる後悔ではなく、生きる限り引きずり続けて死にたくなるような後悔だ。
瓦礫に埋もれていたアオが緑色の光の粒子となりスカイに集まる。スカイの体を覆った粒子は鱗のように硬質化する。
何が起きているのかスカイですら分からないが、博打の勝率が少しでも上がるなら大歓迎だ。
スカイはトーマと銃の間に割り込んだ。
狙いは単純。スカイが盾となり銃弾を逸らし、トーマへの直撃を避ける。
弾丸を受け止められないスカイでも弾道を変えるくらいはできるはず。地面に直撃すれば床が崩れ、トーマも重力魔法から抜け出せるかもしれない。そうなればあとは全力で逃げればいい。
スカイは両腕を頭の前でクロスさせる。強化魔法をかけた上に竜鱗の鎧まである。
絶対に止める。それだけ考えていた。
銃弾が放たれる。
それは音より早くスカイの元へ飛んできた。
それはちょうどスカイの両腕が重なったところに着弾した。
パンっと軽い音がした気がした。
目の前でスカイの体が砕けるのを見た。
びしゃりと何かがトーマの体にかかった。
喪失感を覚える間もなくトーマが立っていた床が爆散した。
―――
「――っ、いっ!」
目の前にスカイが立った瞬間に弾き飛ばされた。
同時に重力による拘束が途切れた。とっさに体をひねり足から着地する。
目に映るのは上半身を失ったスカイだけ。
「あ……」
何が起きたか理解できた。認めたくない現実を一瞬で理解できてしまった。
どこかから俺は狙撃された。スカイは俺を庇い銃弾を受け止めた。しかし受け止めきれず上半身が丸ごと砕け散った。銃弾は直撃しなかったが、床を砕きその衝撃で俺を転がした。
「あああああああああぁぁぁあ!」
殺された。目の前で俺を庇ったスカイが殺された。
ふざけるな、なんだこれは、どうしてこんなことになっている!?
冷静さを失っていることは自覚できている。さっさとここから逃げるのが最善手だと分かっている。
でもそんなことできるわけがない。
はらわたが煮えくり返るなんて比喩が現実になりそうなほどの怒り。叫んでいないと奥歯をかみ砕いてしまいそうだ。
潰れたはずの右目が見えるようになる。それも潰れる前よりもはっきりと遠くまで視認できる。
スカイが立ちはだかった方を見ればその奥に巨大な銃が見えた。
「お前が!」
右手に石を作る。とにかく重く、硬い石だ。
敵がもう一発撃とうとしていることが分かる。それでも逃げるという選択肢はない。
あいつは許さない。スカイの仇を討たずに逃げられるわけがない。
「ああああああ!」
銃口めがけて全力で石を投げた。周囲への被害を一切考えない掛け値なしの全力だ。
発砲されたのはほぼ同時。握り拳より大きな銃弾が俺の投げた石と激突する。
銃弾は逸れて明後日の方向へ飛んで行った。俺が投げた石も砕け、いくつかの破片が城壁を直撃する。
巨大な銃は健在だ。今もこちらに銃口を向けている。弾丸を再装填したらすぐにまた撃ってくるだろう。
「させるかぁ!」
もう一発撃つ隙なんて与えない。こっちは投石だ。再装填には一秒もかからない。
左手に先ほどより細かい石をいくつも作り、サイドスロー気味に投げる。
細かい石でも同じ大きさの鉄よりはるかに重い。さらに風魔法で空気抵抗を抑え軌道も調整している。ひとつひとつが大砲並みの威力を持つ。
石の散弾は巨大な銃に命中し銃口を曲げる。その土台となっていた城壁を砕き、巨銃は地面に落ちて行った。
もう油断はしない。俺を庇ってくれた誰かの遺体は回収して丁重に弔うが、先に敵を排除する。
床を踏みつけ魔力を叩き込む。力ずくで周囲に魔力を拡散させ、シンプルな『爆破』の魔法を発動した。
アマザ王の爆発にも負けないほどの爆発が発生し、城を完全に崩落させた。
おそらく先ほど俺を拘束した重力魔法は城にあらかじめ仕込みをして発動したものだ。そうでもなければ事前に魔力の気配を感じさせず俺を拘束できるほどの威力を出せるはずがない。城を破壊してしまえばその仕込みも使えなくなる。
転生者が関わっているなら話は変わるが、それならとっくに次の手を打っているはずだ。
なんとなく気になって地面を見る。
周囲の床が爆発でえぐれている中で一か所だけ無事な場所があった。
特に何か転がっているわけでもない。ただの床だ。
……なんでここだけ爆破しなかったんだ?
そもそも俺は何をあんなに怒っていたんだ?
何より優先すべきはこの罠の中から脱出することだ。反撃している間に別方向から狙撃されるリスクもあったのに、何を馬鹿なことをしているんだ。いきなり撃たれて怒るのは仕方ないにしても限度がある。
俺を狙撃してきたのは悪魔だ。アマザ王を爆発させたのも悪魔で間違いないだろう。おそらく俺に悪魔を感知する能力があると察して接近せず殺すよう罠をしかけた。
危うく死ぬところだった。狙撃は運よく命中しなかったが、本当に危なかった。
「早くシャングリラに戻って伝えないと」
アマザ王国軍なんて本当にどうでもいい。この戦争を隠れ蓑に動いている悪魔を警戒しなければならない。このままでは良くないことになる気がする。
「……ん?」
瓦礫の山となった王城を飛び出した時、ふと後ろを振り返った。
大したものはない。城の建材だったものがうず高く積もっているだけ。
何か忘れている気がする。
忘れ物だろうか。……そんなはずはない。ここには手ぶらで来たのだから忘れる物がない。
アマザ王を拉致できていないが、それは仕方ないだろう。爆発のど真ん中にいたアマザ王はもう原型をとどめていない。仮に、かつてアマザ王だったものを頑張って拾い集めて持って帰ってもグレンは困るだろう。
それ以外に何か、大切なものを忘れたような喪失感と気持ち悪さがあった。
何かを忘れたことすら忘れていくような、言い知れない不安がある。
……思い込みだ。アマザ王国に俺の大切なものは何一つない。気が動転して過敏になっているだけだ。
それより一秒でも早くシャングリラに戻ることを考えろ。没頭していれば無駄な思考もなくなる。
違和感を押し殺し、アマザ王国を後にした。




