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16.急襲

 トーマはシャングリラを守る城壁の上にいた。

 隣には装備を新調したアオとスカイ、目の前にはグレンがいる。

 グレンよりさらに向こう、眼下には大量の兵士が隊列を組んでいた。アマザ王国軍である。

 おおよそ十万人と聞いていた。北側、南側にもそれぞれ十万人ずついるはずだ。

 その先頭に立つ男が拡声器のようなものを口に当て、大声で叫んだ。


『俺様はアマザ王国の将軍、ウノム様だ! 愚かなるシャングリラのゴミムシども、今すぐ降伏すれば命だけは助けてやる! おとなしく街を明け渡し、我々の奴隷になるがいい! 俺様に従えることを光栄に思え!』

「すっげえ偉そうですね」

「それでいて中身が無い演説だな。寝不足の頭で考えたのか?」

「トーマ、スカイ、これがアマザ王国の精いっぱいなんだ。ドン引きしないでやってくれ」


 これまで二度アマザ王国の襲撃を退けているグレンが言うなら間違いないだろう。トーマとスカイは絶句した。

 なぜ二回も撃退されたのに今回は行けると思えるのだろう。相手と文明レベルが違うことを把握できないのだろうか。根拠が無くても自信を持って生きる姿勢だけは見習ってもいいかもしれない。

黙った二人はそんなことを考えていた。

 グレンが大きく息を吸った。


「我が名はグレン! このシャングリラの代表である! シャングリラは何一つ、貴殿らの要求を吞むことはない! 今すぐ兵を連れて立ち去れ! さすれば我々も背中を撃ちはしない!」

『シャングリラの小僧が生意気な! 総員、突撃!』

「何ッ!?」


 ウノム将軍の号令で兵士たちが動き始めた。

 これにはグレンたちも意表を突かれた。


「まだ城壁まで一キロ近くあるのに突撃だと? 隊列がしっちゃかめっちゃかになっているぞ」

「歴史映画だと最初は弓兵の制圧射撃してたと思うんですけど。これじゃあ味方の背中を撃ちそうで弓兵動けないですよね」

「作戦も何もあったもんじゃないな」


 まさかここまで無能な将軍とは思っていなかったのである。


「……まあいい。気を取り直していくぞ。トーマ君とスカイはアマザ王の拉致を頼む」

「ここには兵士が一人もいませんけど大丈夫ですか?」


 城壁の下にシャングリラの兵士はいない。マギが守る北側、ムラマサが守る南側に集中して配備されている。

 トーマたちがいなくなれば西側を守るのはグレンだけになる。


「問題ない。むしろウチの兵士たちを巻き込まないで済む一人の方が楽なくらいだ。――ウェルシュ、来い!」


 グレンが右腕を天に掲げて叫ぶと赤い光の柱がそびえたった。

 するとウェルシュが急降下して現れ、グレンの目の前でホバリングを始める。グレンはその背中に飛び乗った。

 アマザ王国軍がフレンドリーファイアもいとわずに矢を射て魔法を放つがグレンには届かない。直撃コースでもグレンたちの熱気に負けて消滅していく。


「焼き尽くせ――――!!!」


 グレンが声を上げる。ウェルシュの口に真っ白な光が灯り、一秒後に開放された。

 ウェルシュが放ったのはもはやブレスではなくレーザーだ。アマザ王国の兵士たちが走る大地を撫でた。

 次の瞬間、大地が爆発した。レーザーが触れたを中心に超高温の熱風が吹き荒れる。

 レーザーが直撃した兵士は骨すら残さず蒸発した。ほとんどの兵士は爆発にあおられ、炎に焼かれて即死した。生き残ってしまった兵士も呼吸した瞬間に肺を焼かれて死んだ。

 一分足らずでアマザ王国軍の九割以上が絶命した。ウノムさんも台詞ひとつ残さず消滅した。


「あとは残党処理だな。スカイたちは安心してアマザ王を拉致ってきてくれ」

「「あ、はい」」


 予想をはるかに超える理不尽ぶりにトーマたちは虚無顔しながらアマザ王国へ向かった。


――


 シャングリラの北側、城壁の上に杖を持ったマギがいた。

 十万人の兵を前にしてもひるんだ様子はない。

 北門に配備されていた三門のガトリングをムラマサたちに譲る余裕すらある。


「まずはボクが攻撃魔法で蹴散らすから、討ち漏らしを狙って!」


 城壁のそばには約五千人のシャングリラ兵。自軍をはるかに超えるアマザ王国軍にひるんでいた彼らに声をかける。

 シャングリラの兵士たちの戸惑いは収まらない。

 これまでアマザ王国は二度攻め込んできた。いずれも撃退したのはグレンだ。

 マギが転生者であると知っていても戦うところは見たことがない。図書館に引きこもっている研究者だと思っている。そしてその認識は正しい。

 およそ戦場に似つかわしくない研究者が前線で指示を出しても場違いと思われてしまう。


「……ま、しょうがないか」


 これまで戦う機会があってもグレンたちに任せきりにしていたのはマギだ。

 戦闘なんてやりたい奴がやっていろ、そのためのチートだろう。そんなスタンスだった。

 アマザ王国が戦力を分散させてきた。これまでのマギならグレンに頼られても関わろうとしなかったはずだ。

 それが変わったのはなぜだろう。

 マギより戦いたくない少年が、必死に戦う訓練をしていたからだろうか。

 彼の居場所を守りたいと思ったからだろうか。

 きっとそればかりじゃない。シャングリラにも愛着が湧いているし、万が一にでも陥落したら生活が激変してしまう。そんな実利的な理由の方が大きいはずだ。

 けれど真っ先にトーマのことを考えてしまった自分に赤面しそうになる。


「いけない、そんな場合じゃない」


 マギは魔法という面白いものを戦争なんてくだらないことに使いたくないだけで、敵に向かった魔法を放つことに抵抗はない。

 深呼吸をひとつ。首を左右にぶんぶん振って頭を冷やす。


「広範囲への攻撃で、シャングリラやこちらの兵士に影響が出ない術となると、やっぱりこれかな」


 マギの体からすさまじい魔力が噴き出す。全パラメータがAランクのトーマをしのぐ魔力量と密度だった。


「石弾展開」


 杖の石突を城壁に打つとマギの周囲に稲妻が走った。

 稲妻は空気を伝い、先ほど空中に放たれたマギの魔力を変質させる。

 ただの魔力は尖った楕円形の石になる。大きさはラグビーボールほどで、トーマが作るよりなお硬く、重い石の砲弾である。

 それがマギの周囲だけでなく頭上にも展開される。百や二百ではない。数えようとすら思えないほどの数が出現した。

 アマザ王国軍が雄たけびを上げてシャングリラに迫る。シャングリラ兵は敵の士気に気圧されながら迎撃態勢を整えた。


「放て」


 マギは杖をアマザ王国軍に向け、ひと言命令した。

 石弾が一斉に放たれる。風の魔術を使って放たれた砲弾は空気抵抗すらろくに受けず、位置エネルギーを運動エネルギーに変換させながら敵に迫る。その速度は音速を超えていた。

 放つとほぼ同時に石弾は地面に突き刺さり、大地を揺らし大量の土を巻き上げた。運悪く射線上にいたアマザ兵は断末魔を上げる間もなく原型を失った。

 たった一度の斉射でアマザ王国軍の三割が戦闘不能に追い込まれた。


「……しまった。狙いが甘かった。もっと散らばせないと」


 マギは戦闘経験が少ない。大規模な攻撃魔法を使った回数も少ない。オーバーキルな破壊力を持つ石弾だが、ある程度まとまって着弾したせいでほとんど地面をえぐるだけで終わってしまった。

 アマザ王国軍は戦略的に壊滅と言っていい被害を受けながらも異様な士気を保ちながら、なおも突撃を続ける。


「ボクがもう一度撃つ! みんなは潜り抜けてきたやつらを倒してくれ!」

「「「おうっ!」」」


 まだざわつきはあるが圧倒的な力を見せたマギを疑う気配はなくなった。

 再び石弾を展開するマギの視界に超高速でアマザ王国方面に飛翔する物体が見えた。


「トーマも必ず無事で帰ってきてよ」


 一瞬だけそちらに意識を向けたが、マギは油断なくアマザ王国軍を睨みつけた。


―――


 スカイの騎竜、アオはエアロドラゴンという種族であり、空で生活するのに適した特性を持っている。

 頑丈な鱗を持っているにも関わらずその身は軽い。骨や筋肉、内臓すら生存するための最小限の体積しかない。

 種族全体として風属性との親和性が高く、自然の風が無くとも魔法で風を起こし宙へ浮き、自在に加速することができる。


 要するにめっちゃ速い。グレンに運ばれた時よりさらに短い時間でトーマたちはアマザ王国へ到着した。

 念のためステルス魔法で姿を隠したアオに乗り、トーマたちはどこから突入するべきか上空から確認する。


「グレンの話だとアマザ王は暇さえあれば謁見の間にふんぞり返っているらしい」

「王様って激務だから暇なんて無さそうなイメージですけど」

「ダメな王様ならいっそ何もしないで暇を持て余してくれていた方が助かるんじゃないか」


 アマザ王は権力の上にあぐらをかいているだけなので仕事をしない。

 ろくな王様ではないだろうが、積極的に悪政を敷くよりはまだましなのかもしれない。無能な働き者が一番迷惑なのである。暗君の上に暴君では手に負えない。

 スカイは鞄からハンドブックを取り出した。


「なるほど、図面は正確だ」

「何見てるんですか?」

「王城の見取り図」


 スカイが差し出したハンドブックには極めて精密な図面が描かれていた。

 トーマは絶句した。国王が暗殺されるリスクを考えたら王城の間取りは国家機密だ。国や時代によっては城の外観をスケッチしただけで処刑されてもおかしくない。少なくとも敵国に知られていいものではないのに、外観や内側の構造がばっちり描かれている。

 アマザ王城に詳しくないトーマにはこのハンドブックが正しいか分からないのに、たぶん合ってるんだろうなと思わせるほど説得力があった。


「謁見の間はこのへんだな」


 ハンドブックと外観を照らし合わせ、スカイはアマザ王がいると思われる謁見の間にあたりを付けた。


「どうやって入りますか? 打ち合わせもしてないですけど、手順はどうしますか」

「天井ブチ抜いて突撃、王様拉致って即逃げるでいいだろ。トーマなら運動不足の王様をさらうくらい一分もかからないはずだ」

「了解です」


 作戦は速攻である。

 以前、終戦協定を結ぶためにグレンがアマザ王城を強襲した。

 アマザ王が王城への襲撃を警戒しているおそれがある。何か罠があるかもしれない。

 そこで取る作戦は不意打ちの強襲だ。謁見の間を崩落させて罠を踏み潰し、相手が何かする前に超高速で離脱する。

 誘拐する相手は王様だから護衛くらいいるかもしれないが、全パラメータAランク、最近戦い慣れてきたトーマの相手にはならない。王様を拉致するくらい三十秒もあれば余裕のはずだ。


「……よし、あそこだな。頼むぞトーマ」

「いえっさ」


 スカイが指差した方へ石を投げる。投石の威力に重力が加わり城の天井を粉砕した。

 間髪入れずにアオが急降下する。投石で空いた穴に飛び込んだ。

 トーマは風魔法で砂埃を振り払う。余計な時間をかければ異変に気付いた兵士たちがやってくるだろう。兵士たちを殺さない程度に蹴散らしながら王様を捕まえるとなるとなかなかに面倒だ。

 周囲を見渡す。追放される直前に連れて来られた謁見の間で間違いない。

 王座を見るとそこにはアマザ王が座っていた。

 意外のほど静かな佇まいだった。

姿かたちは一か月前と何も変わらない。でっぷりした腹回りに悪趣味な装飾まみれの服をまとった、『無能な王様』という単語を体現したような姿である。

 王様は襲撃されたら慌てるか、トーマを見つけた瞬間に「無能な勇者が何をしにきた」とか悪態をついてくるものだと思っていた。

 アマザ王はトーマを目の前にしても何も言わず、泰然とした姿だった。

 そのことに違和感を覚えながらもトーマはアマザ王に向かって動き出す。

 王様の態度がどうだろうとやるべきことは変わらない。今考えることではない。どうせクスリをやってラリってるとかそんなオチが待っているはずだ。


 Aランクの筋力に強化魔法を加え、一瞬でアマザ王に肉薄する。

 トーマを目の前にしてもアマザ王は何の反応もしない。

 おかしい。意識があるならトーマに対して何かしら反応をするだろうし、意識が無いなら普通に座っていられないはず。

 罠の可能性を考えたが、耐久力Aランクのトーマをどうにかできる罠をアマザ王が仕掛けるはずがない。この至近距離でそんな罠が発動したら、間違いなくアマザ王も死ぬ。万が一のことがあっても後ろにはスカイがいる。トーマを回収して即帰還するなり対処してくれるはずだ。

 トーマはアマザ王の方に手をかけた。石化魔法を発動しながら玉座から引きはがす。


 ――不気味なほどに軽かった。


「は?」


 動揺したせいで石化魔法の侵行が止まる。

 反射的にアマザ王を見ると、すぐに軽さの理由が分かった。

 トーマが持ち上げたのはアマザ王の上半身だった。

 アマザ王の体はへそのあたりで横一文字に切断されていて、へそから下は玉座に座ったままだった。


「トーマ、どうした!?」


 謁見の間の外を警戒していたスカイがトーマが戻りが遅いことを怪訝に思い駆けてきた。アオは退却しやすいようその場にとどまったままだ。


「来るな――」


 トーマは警告の声を上げた。

 しかしスカイに届くことはなかった。


 アマザ王の死体が爆発し、トーマの声をかき消した。


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