15.フィオナの気持ち
「………………」
「………………」
トーマ宅の食卓は沈黙に包まれていた。
静かな食卓は珍しくない。トーマが舌鼓を打っているところをフィオナがニコニコ見つめるのはままあることだ。
しかしこれほど重苦しい沈黙は初めてである。フィオナはいつも通りの表情だがそれがかえっておそろしい。トーマはマギが帰ってから脂汗が止まらない。
マギは夕食を食べずに帰った。フィオナは誘おうとしていたのだが、肩を掴まれた拍子にパニックを起こし半泣きで全力の飛行魔法を発動、はじけたように飛んで行った。
おかげで二人揃って詰められることはなくなったが、トーマが気まずいことは変わらない。トーマ的には一緒に詰められる仲間がいる方が心強かったかもしれない。
恋人すらいないのに浮気男の気分を味わう。これって貴重な経験なんじゃないかなと現実逃避じみたことを考える。
「……-マ、トーマ? 聞いてる?」
「ごめんなさいぼうっとしてました」
「それは見て分かったけど」
「ごめんなさい」
現実逃避していたせいで話しかけられていることに気付かなかった。
居心地の悪さと焦りから口癖のように謝ってしまう。
「……あの、何のお話をなさったんでしょうか」
「どうしてそんなにかしこまってるの? さっき聞いたのはね、マギと話せたかって」
むせそうになった。やましいことはないはずなのにやましさで胸がいっぱいになる。箸を握る手がぷるぷる震える。
「はい、お話しました。マギの前世のこととかチートのこととか聞きました。壁を直すのもその場で即興で術式組んで一瞬でさ、」
「求婚されたことについては話さなかったの?」
「ぅえっほい!」
変な声が出た。やましさのあまり聞かれてもいないことをペラペラ話す一瞬の切れ目にクリティカルな話題を差し込んで来た。物を食べながらしゃべってなくて本当に良かった。口の中に物があったらテーブルにぶちまけるところだった。
「あの、フィオナ的には求婚っていう扱いだったんですねアレ」
「第二夫人って言ってたしそうじゃないの? 話したんだったら聞かせて」
「……はい」
トーマは蚊の鳴くような声を出した。いたって平静なフィオナの態度に言い知れぬ圧を感じる。軟着陸するよう嘘をついた方がいいかもなんていう考えは一瞬で消滅した。嘘をついても絶対バレる。洗いざらい素直に話した方がいい。
「マギは恋人とかじゃなくていいから一緒にいたいと、でもたまに構ってくれたらいいと言っていました」
「それだけ?」
「あと、前向きに考えてくれると嬉しいと言っていました」
冷や汗と脂汗が止まらない。マギのプライバシーを侵害してしまった感はあるが許してほしい。
フィオナは不思議そうに首をかしげている。何が不思議なのか、不快そうに見えないのはトーマの願望なのか。
一秒が一時間にも感じられる緊迫感に耐え切れずトーマは自ら切り込んだ。
「その、フィオナはこういうこと嫌じゃないのか?」
「こういうことって?」
「俺が他の女の人と関わるというか、仲良くするというか」
フィオナは自分に好意を寄せてくれていると思う。
トーマもフィオナに好意がある。もしもフィオナが他の男を家に連れ込んで二人きりでいたら複雑な気分になることは間違いない。裏切られたような気持ちになって怒ったり失望したりするかもしれない。間違いなく負の感情が強くなる。
フィオナはそんな様子がない。嫌がるどころかトーマとマギが二人きりになったのもフィオナの仕込みだ。
トーマにはフィオナが何を考えているのか分からない。
「嫌じゃないよ」
フィオナはさらっと答えた。何の力みも苛立ちもないいつも通りの声だった。
「私はトーマが幸せならそれでいいの。それに男の人は能力に応じて奥さんをもらうものでしょう?」
トーマはフィオナと自分の常識が違うのだと思い至った。
アマザ王国は名前の通り王制、貴族制の国家だ。貴族の当主は跡取りを確保するために複数の妻をめとることも珍しくない。
そんな環境で育っているからトーマが他に女を作ろうとしても忌避感がないのかもしれない。
とはいえ一番大切にすべきはフィオナだと感じている。
「アマザ王国の常識じゃそうかもしれないけど、フィオナはどうなんだ? フィオナが嫌なことはしないぞ」
フィオナが良いと言うならマギのことも検討するが、フィオナが嫌なら検討するまでもなく却下する。
そんな気持ちが伝わったのか、フィオナはへらっとだらしなく笑った。
「そう言ってくれるだけで私は嬉しいよ」
「……そっか」
フィオナの言葉には何の裏も無いように感じた。トーマが三人くらい女性を連れ込んでいても笑顔で迎えそうなほど。フィオナに気を遣って好きな人をないがしろにしたらそれこそ気に病みそうだ。
「でもあんまり変な女の子を連れて来たら嫌だよ。トーマの能力だけ目当てにしてる人とか。あとその、私のこともたまーには思い出してね。それから……」
その後もフィオナは連れ込んだら嫌なタイプについて控えめに語った。
フィオナからも年頃らしい独占欲を感じて、トーマはほっこりした。




