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私たちも

 開けられたドアのすこし奥の方から聞こえて来る、長谷や子どもたちの騒ぎ声や、バタバタと走り回る足音を聞きながら、ぼんやりと壁のタイルの一つを眺める。

「俺もしゃべれなかった」って、どういうことなのだろうか。まだ小さな彼には、話せない言葉があるのは当たり前の事であろう。もしかして、俺が話せないのは何かの病気が原因だと思っているのだろうか。彼も何かしらの病気を患っていたとか。それなら申し訳ない、誤解を解かなくては……。

そんな考えが頭の中をぐるぐると回っていると、不意に後ろの方から人間の声のようなものが聞こえているのに気が付いた。


「?」


振り返ると、俺の腰ぐらいの身長の小さな女の子がこちらに向かって立っていた。白いシャツに、ジーパンに、短く切りそろえられた髪。麦わら帽子でも被ってしまえば、草原をバックにした映画の登場人物のような風貌の彼女は、小さな顔に備えられた小さな口で、また小さな声を発した。


「あの」


それだけ言ってこちらをじっと見つめる彼女に俺も、どうしていいのか分からず固まる。先ほどの騒がしさもどう対処していいのか分からず困ったが、これもこれで困る。どうしようか、と少しだけ眉を下げると、やっぱりあいつの声は飛んできた。


「あ!カズハちゃん!小学生組もう準備できちゃったか!

ごめん、もうちょっとだけ時間かかりそうだから先に行っといて!」


部屋の奥の方から飛んできた長谷のそんな指示を聞いて、女の子は少しほっとしたような表情を浮かべると、皆の前で先生に褒められたみたいな、何とも言えない笑顔をこちらに浮かべた。


「初めての場所は緊張しますよね、分かります」


大人が子どもに言い聞かせるみたいなトーンで与えられた、同い年の人間からもかけられることがないような言葉に少しあっけに取られるが、そんなことも気にしないように、彼女は風に少し解かれた髪を耳にかけ直すと、ぺこりと頭を下げた。


「私、カズハです。何か困ったことがあったら言ってください。ここの生活は長いので」


「それじゃ」と、もう一つおまけに一礼して俺を追い抜かし、来た方向とは反対に駆けていく彼女の背中は、あっという間に小さくなってしまった。何なのだろうか、いおりくんといい、カズハちゃんといい、子どもってこんなものなのだろうか。生憎、自分には照らし合わせて確認できるような幼少期の記憶はなかったが、テレビや現代文の授業で取り扱う幼児のプロトタイプと、先ほどの子どもたちの様子の乖離には、流石の俺でも少し何かを感じざるを得なかった。視界が少しぼんやりするのを感じながら、頭を働かせる。

考えたって、何ができる訳でもないのに。

なぜなのだろうか……。


「……、カズマ!」


「!!!!」


びっくりしてほとんど飛び上がりながら後ろを振り向くと、こちらもまた驚いたような表情を浮かべた松下さんがこちらに少し手を伸ばして固まっていた。


「ご、ごめん。おどろかせるつもりじゃ」


そう言って伏された目線に、こちらこそ申し訳ないとは思うが、焦ってしまい、どうすればいいのか分からない。ただ、瞬きを繰り返しながら、視線を四方に巡らせていると、背後から、トントンと背中を叩かれた。


「よし、みんな準備できたから。行くよ」


反射で振り向いた視線の先に居た長谷は、いつもみたいに満面の笑みを浮かべると、それだけ言って、足元に連れた5人の子どもたちに「よし、行くぞ~!」と声をかけて歩いて行った。


そんな彼女らを視線で追いかけていると、はっと、先ほどから何も言わず、立ち尽くしていた松下さんのことを思い出される。

慌てて先ほどの場所に視線を戻すと、松下さんは、こちらに背を向けて歩き出そうとしているところだった。


「あのっ」


やっぱり声は出ない。だけど、ジャリッと踏み出した一歩に、またいつも通りの笑顔は振り向いた。


「行こっか、私たちも早く」


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