表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第四部:神権の礎 第二章:教皇の軍旗
315/317

戦争問答

 城壁から見下ろす朝のフェッルム平原。そこには、空から雲が落ちてきたかのように秋霧で満たされ、霧の向こう側から聞こえる金属音を不気味に感じさせた。


「……来ましたね」


 隣に立つギオル様の視線の先には、燃える霊魂のようなものがポツポツと現れる。松明だ。大軍が進むためとなれば、尋常じゃない数だ。


 教会軍は予定通りに到着。そして、三方を峠に囲まれて正面しか攻めることのできないフェッルム城の前に軍勢を配置した。戦いが始まれば、ひたすらこの正面を守ることになる。


「六万とのことでしたが、この数だと五千と少し程度ですか?」

「城ひとつを落とすのに六万も使いませんよ。……ずっと奥の方に大きな天幕があります。あそこに教会軍の司令官がいると思います」


 ギオル様へ答えつつ、小型の望遠鏡で秋霧の隙間から見えた本陣を確認した。目の前にいる軍の後ろに、この軍の陣地があった。そして、川を越えた奥に総司令官の率いる本軍が着陣している。攻城部隊と本軍の間を川が分断している形だ。


「その筒で奥地が見えるのですか!?」


 新鮮な驚きを見せてくれるギオル様に嬉しくなる。この小型望遠鏡は、獣人戦争後の捕虜にした獣人たちを守るためにおこなった、砂隠れ作戦の時にラーグが手に入れた大きな望遠鏡を改造したものだ。目的地だった楽園ジュナンに着いた後、ラーグは気晴らしだと言ってずっと望遠鏡をいじくり回していた。そして、完成した物の模造品を新婚旅行でエスト・ノヴァへ行った時に贈られた。携帯もできるから便利だ。

 ギオル様が楽しそうに望遠鏡を覗いていると、後ろから咳払いが聞こえた。その声に俺たちは背筋を伸ばす。


 だんだんと晴れてきた秋霧の向こうから、教会の旗を掲げた一騎が城の近くにきた。

 

「私は、この神より恩寵と正義を授けられた偉大なる軍の司令官であらせられるクラメンス司教の使者アリファスだ」

 

 長い。俺たちは教会軍と呼んでいたけど、正式名称は『神より恩寵と正義を授けられた偉大なる軍』らしい。


「この城に立て籠るは、背教者であり反乱を企てしトゥルスキアの軍勢か!? それならが直ちに開城し、慈悲ある正義の裁きを受けよ!」


 つまり、お前たちは慈悲を持って殺すからさっさと開城しろってわけだ。


「いつも思いますが、なぜ教会の連中は現実を見ようとしないのでしょうか。殺すから門を開けろだなんて応じるわけがないのに」

「長い間、特権を享受して生きてきたから、自分たちが逆らわれるなんて考えもしないんですよ」

「そこまでいくと、もはや病気のひとつでしょうね。……俺も、獣人戦争だなんて切っ掛けがなければああなっていたのかな」


 ギオル様の不安そうな声に、それは杞憂だと伝えた。フォルマ伯爵や叔父にあたるジーク様や妹のスレーン様がいて、ギオル様の心根が城壁前で騒いでいる人と同じになるはずがない。何より、ギオル様は思いやりの心を常に持っている。他者の苦しみを理解しようと努力し、力ある者としての責務を果たそうとしてる。大丈夫。


「あ、ありがとうございます」


 俺の考えを聞いて顔を逸らされた。でも、耳の赤みが自分の状況を隠しきれていなかった。そういう純粋さも、決して闇に染まらない理由のひとつだと思う。


「だからこそ、ユリウス様とは相性が悪いのかも」

「……ユリウス卿との関係は難しいです」


 照れと落ち込みで忙しくしているギオル様に微笑んでいると、ずっと自分たちの正義を語っていたアリファスという使者は静かになった。


「おい、我らが正義を聞いているのか!?」


 聞いていませんでした。ギオル様は弓を手に城壁へ登る。


「私は、フォルマ・ファーレン伯爵が息子のギオル・ファーレンである。我らが主トゥルスキア様への罵詈雑言は聞くに堪えず!」


 そして、一呼吸を入れて訴えを峠に響かせた。


「敵よ、聞け! 味方も、聞け! お前たちが戦う理由は何か!?」

「自由! 自由! 自由!」


 城からは一緒に戦ってくれる兵士たちが声を上げた。それに対して、敵からは微かな話声が聞こえる程度だ。


「お前たちは、自らの意思でここに立つか!?」


 城からは槍の石突で床を何度も叩き轟音を立てた。敵は轟音への怯みと迷いから体を大きく揺らす。

 

 敵にいる多くは、無理矢理集められた生活が苦しい平民だ。

 フルクティオの月は大きな収入である麦の収穫で忙しい時期。男手を取られた村々では、老人や女の手で麦の収穫をおこなっているだろう。収穫が終われば麦の加工もある。もしかしたら、力の足りない子供まで駆り出しているかもしれない。疲れ切って動かない体へ、鞭を打ってでも収穫と加工を頑張っているはずだ。


 なぜなら、教会貴族と教会はそんな事情も関係なく徴税をするから。


 そして、戦いから生きて帰ってきた男たちは目にする。妻と子供は税の不足分として売られていなくなり、年老いた親が飢え死ぬ寸前の姿を。

 今、目の前にいる敵兵たちの脳裏にはその光景が薄っすらとでも見えているはずだ。


 自分は何のために戦ったのか。なぜ、家族や友人を守ることができなかったのか。神の名の下に戦ったのに、なぜ神は助けてくれないのか。悲しみは絶望に深まり、その心に闇が芽生える。


『俺は奪われた。だから、俺も奪っていいはずだ』

『生きるためには誰かを殺すしかない』

『神は俺たちを助けてくれなかった』


 今まで戦ってきた賊の多くが、俺に叫んだ言葉だ。だからこそ、ギオル様の言葉は心に響く。


「戦う理由のない者よ、自らの意思で戦場に立たない者よ。武器を捨て、家に帰るのだ! そこで待つ者たちの抱擁を受け、生きて帰れた喜びを胸に仕事へ励め。安寧に生きるのだ。それを我らが主であり、先の教皇トゥルスキア様は求められ許すのだ」

「帰っていいのか?」

 

 峠に響く声は敵兵の心を激しく揺さぶり、誰かの声が波紋のように敵兵に広がる。

 

「本当にいいのか?」

「俺、子供が生まれたばかりでさ。……帰りたいよ」

「わしは帰る。帰るぞ!」


 小さな乾いた音が、次々と聞こえた。兵士が武器を捨て、軍勢から離れようと揺れている。ここで止めだ!


「おい、あの人を見ろ!」

「あれは、聖人様だ!」


 ギオル様と並び、俺も城壁の上に立つ。

 

「俺は教皇トゥルスキア四世より、聖人と認められ祝福を授けられた者。聖人アルト・メディクルムだ!」


 俺の登場に、敵兵は注目して指を差す。


「知ってるぞ。俺の村に病気を治しに来てくれた聖人様だ!」

「うちの町にも来てくれたんだ」

「聖人様の手に触ると、元気になるんだ!」

「奇跡の癒し手!」

「バラールの英雄だ!」


 何だか、聖人活動での知名度向上の成果もあったようだ。

 

「俺はトゥルスキア様の気高き想いを知り、民を思いやる心を信じて反乱軍に参加した。悪を剣で裁き、正義の教えを広めると誓われたのだ!」


 城壁の上からだと、敵兵の多くが俺の言葉を聞き逃さないように注目しているのが分かる。そこで、聖軍が結成された理由やラキウスが教皇を辞めさせられた理由を話した。正義の教えの根拠として、教会貴族を処刑した占領地であったことも伝えた。

 まずいと思ったのか、アリファスは声を荒げて聞かないように言っても兵士たちは無視した。


「俺は聖人様の言葉を信じるぞ」

「あぁ。あの人は村の恩人だ。信じよう!」

「当然だ。それに聖人様と戦えるわけないだろう!」


 兵士たちの心は完全に教会から離れた瞬間だった。次々と武器は捨てられていく。


「信じてくれてありがとう! 我が主トゥルスキア様と、俺からの加護をみんなへ!」


 マーラを喉に集中させ、そこに宿す想いの記憶でイメージを固める。そして、両手を空へ広げて叫ぶ。

 

「アル・フーク……グラード!」


 空から光の粒の雨が降る。その幻想的な光景は、敵味方問わず視線を空へ固定させた。降り下りる光の粒は、そっと人々の体に触れて溶ける。


「……温かい」

「これ、俺の村でも見せてくれたやつだ!」


 そう。聖人活動の時、効果と見栄えの良さに各地で使った生命のマーラの技のひとつだ。

 慈天の(アル・フーク)(グラード)。マーラを喉に集中させ、伝えたい想いを込めて空へ叫ぶ。そうすると、叫びへ応えてくれるように光の粒の雨が降る。これに触れると、込めた思いに応じて効果が出る。今回は、安心だ。今は興奮で感じていないだろうけど、教会貴族への恐れは常にある。それを慈天の雨で一時的にでも追い出して長く心を安らげさせた。

 

 ただ、効果を出すためには固いイメージが必要だ。だから、家に着いた時の安心や愛する人と再会した時の安心を記憶から掘り起こしてイメージを固める。幸いにも、ミーナと結婚したばかりだからすぐにイメージができる。こういう時にも、妻の支えを感じて嬉しくなる。


「神の恩寵を捨て悪を成す卑劣なる軍の使者よ。直ちに軍を引き、トゥルスキア様の御裾に縋れ!」

「おのれぇ!」

 

 アリファスがギオル様を睨みつけて喚いている間にも、徴兵された平民たちは戦場からちりぢりとなって離れていく。それを見送るのは、正規兵たち。

 慈天の雨の良い所は、指向性と広範囲であることだ。俺は徴兵された平民だけじゃなく、正規兵の上にも雨を広げて安心の効果を与えた。兵士から平民に戻った彼らを攻撃しないように安心を通じて戦意を下げた。彼らだって、帰りを待つ人たちはいる。共感する所はあるだろう。


「最後の警告は終わりだ。これを、開戦の狼煙としよう!」


 平民が去った所で、ギオル様は矢を放つ。アリファスが持っていた教会の旗を見事に射抜いた。穴が開いたのは教会の紋章である太陽の真ん中だ。その技量に、城からは歓声が上がる。


「かかって来い、教会軍!」


 開戦だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ