マリーダ伯爵の動向
「では、今後の我らの方針を定めたく」
ラキウスの旗の下、諸侯諸卿の心がまとまった後にハーケン将軍は話す。
「昨日まで、こちらは大義名分を持ってエグラド家討伐を果たす聖軍という立場でした。しかし、諸卿も承知の通り聖軍は解散。教会によって逮捕状が発せられた、トゥルスキア様の率いる反乱軍が公の見方でしょう」
会議の参加者たちはうなずく。教会勢力と戦うのは確定として、どこで誰と戦うのかを決めないといけない。迫ってきている教会軍の存在も忘れちゃいけない。
それと、早く行動したい思いもある。ラキウスの反乱は、出て行った貴族たちによってすぐに知られるだろう。同時に、教会騎士団もラキウスに従っていることを知られる。教皇の護衛として、聖軍に同行している教会騎士たちはロベルト団長の決断で残ることになった。ロベルト団長は、積極的にラキウスを逮捕しようとはしないだろうけど、この軍から退去はするだろうと思っていたから意外な決断だった。
コローネル首席枢機卿が掌握した首都リウリスには教会騎士団本部もある。彼らがどんな目に遭わされるか心配だ。枢機卿たちは自分たちの意見を通すために、大勢の教皇派の枢機卿を殺したほどだ。教会騎士も、簡単には殺されはしないだろうけど政治家は怖いからなぁ。
あとは、ミーナのこと。俺がラキウス側に着いているのは、貴族に知らされずとも承知しているだろう。その時、ミーナの安全がどうなるのか気になる。ミーナには、使えば百の勇猛な古代の戦士の霊体を呼び出せるエグゾシアの指輪がある。だけど、怖い思いをしてほしくない。身勝手な夫で申し訳ない。でも、この決断にミーナは俺の背中を叩いてくれる自信もあった。早く帰りたい。
「まず、エグラド家の本拠地である領都ノーラムを陥落させるのはどうか? 現在地から一番近くて、この数ならすぐに陥落させられるだろう。そして、ここを拠点にする」
一人の貴族が提案した。
「ふむ。気になるのはマリーダ伯爵の動向だな。当初の計画では、ノーラム包囲の時に聖軍と合流する手筈だった。一週間前には、南下してエグラド領に侵攻したと連絡もある。合流予定日に狂いはないだろう。だが……」
そう。聖軍の時なら合流するのに心配はなかった。でも今、俺たちは反乱軍だ。マリーダ伯爵がこのことを知っていたら、そのまま戦闘になる。勝てはするだろう。だけど、マリーダ伯爵と明確に敵対することになる。
『敵だと表明しなければ、少なくともその場はまだ敵ではない』
エウレウム様のお墓参りでニックスダムへ立ち寄った時、マリーダ伯爵から無理やり受けさせられた、聖人教育で学んだ言葉だ。どちらへ付くか早めに表明するのは大事。勝てば褒美も大きい。負ければ首謀者の次に苦しむことになる。一番いけないのは日和見だと言っていた。どちらが勝ってもろくなことにはならないと。
でも、知らなければ問題ない。自分の家から遠い酒場で、友人同士が殴り合いをしいても知らなければ敵味方もない。
色々と難しい話で首を捻っていたら、最後は深いため息と一緒に出された例え話だった。俺たちが反乱軍になったのは今さっきだ。出て行った貴族が教会に知らせるまで時間はある。この時間をどう使う?
答えを出そうと話し続ける貴族たちを見ながら考えた。マリーダ伯爵が味方になってくれるのが最善。でも、機を見て利を狙うのが貴族の嗜みだともマリーダ伯爵は教えてくれた。そもそも、マリーダ伯爵が欲しい利とは?
その答えはすぐに出た。もともと、マリーダ伯爵が教皇派にいた理由。あの人が欲しいのは、ノーラ地方だ。今のプルセミナ神聖国やエスト帝国より以前の遠い昔の時代に、ノーラ地方にはノーラ王国が存在していたらしい。その初代王がレバレス・ノーラだった。いや、あいつの話は今はどうでもいい。とにかく、歴史を持つノーラ地方の貴族には、ノーラ王という称号にこだわりがある様子だ。
ラキウスが考えている国家では、ラキウスは絶対支配者だ。でも、ラキウスが定めた秩序の中なら、締め付けを受ける貴族たちでも、ある程度の自由は与えられるらしい。これは、ラキウス自身から聞いた話だ。そういう譲歩もあるから、組するはずもないと思われていたセレス家もラキウスと同盟を交わした。南部総督という地位を内約して。
それなら、ラキウスはマリーダ伯爵へ北部総督の内約をしたかもしれない。マリーダ伯爵なら膨大な資源を使う建国よりも、北部の領袖という立場でのノーラ王を選びそうな気がする。教えられた通り、これは機を見て利を狙った結果だろう。
よし。この件でマリーダ伯爵には関わらないでいてもらおう。知らなければ敵じゃないんだ。ノーラム包囲で合流した後、俺たちが反乱軍だと知って巻き込む形での味方にする方法もあるだろう。それもダメだ。教会と戦うと諸卿が決心したのは、ラキウスが創る国へ救いの可能性を見たからだ。巻き込みで味方にしたら、ラキウスはマリーダ伯爵に大きい借りができる。それがどんな影響を与えるのか俺には分からない。だから、念のためにも悪い方向への可能性は潰しておこう。
あとは、誰にこの考えを話すかだ。目の前では、軍の行動だけじゃなく政治への影響も含めて貴族たちが話し合っている。俺がこの考えを伝えても、拙いものとして拒否されるかもしれない。そんな困っている俺に、助け船が出た。
「みな、会議を一時休憩としよう。この場にいる者たちは勇猛で血の気が早い。反乱を決めた興奮もあるだろう。水を飲み、気を鎮められよ」
ラキウスだった。ラキウスは、「話せ」と口だけを動かす。視線は俺からギオル様に向けた。フォルマ伯爵じゃなくて、その継嗣であるギオル・ファーレン様に。その意図は掴めないけど、ラキウスは促すなら困ることにはならないだろう。……多分。
その後は急展開。俺の話を聞いたギオル様は、フォルマ伯爵へ話す。すると、フォルマ伯爵は小さな声でありがとうと俺に言う。次に、ラキウスの方を向いて軽く頭を下げた。会議は再開し、すぐにギオル様が俺の話をもとに考えを諸卿に伝えた。
「なるほど。さすがはファーレン伯爵家の継嗣殿。先を見据えた提案です。後日のためにもマリーダ伯爵との合流は避けましょう!」
「フォルマ伯爵。優秀な後継者がいて羨ましいですな。いずれ、トゥルスキア様の後に続く若人がセレス卿以外にもいることは素晴らしい」
「我が子ながら、こんな知恵を巡らせるとは驚いている所だ。よく考えたな」
ギオル様への称賛の声が上がって理解した。今、この反乱軍で一番若い当主は無冠貴族のセレス家当主ユリウス様だ。しかも、セレス家は無冠貴族筆頭。これと渡り合える教会貴族はファーレン伯爵家だろう。でも、歳の差で現当主のフォルマ様はユリウス様より先に引退する。だから、ここでその後継者であるギオル様の存在感を高めて、将来、教会貴族側でユリウス様と並べる準備をしていたのだろう。
政治って本当に大変だ。
そう他人事のようにやれやれとしているが視線を感じた。そこにはユリウス様が苦笑いをしていた。
すみません。ユリウス様もギオル様も大切な友人です。でも、俺は所詮ラキウスの操り人形なんです。
「これで、方針は決まったな。エグラド家への侵攻は中止。我らは、南から迫る教会軍と戦う!」
諸卿は頭を下げる。
「我が君。献策の上奏、お許しいただきたく存じます」
ユリウス様の言葉に、場が固まった。ラキウスに従うと決めていたけど、誰も「主君」みたいな言い回しをしてこなかった。だけど今、ユリウス様が明確に主従を明らかにした。今は立場が変わったけど、教会と戦い続けた無冠貴族最強の家の主がラキウスと主従を明確にした。その衝撃は大きい。
「……許す。申してみよ」
さすがのラキウスも動揺して、返事が遅れた。
「ハッ。教会軍と戦うなら、我らは迅速に双子峠を抜けた先にある、フェッルム城を押さえなければなりません」
双子峠とは、首都リウリスのあるサロヴェニア半島とその半島に蓋をするようにそびえるグールダ山脈を迂回できる渓谷の一部だ。聖軍もここを抜けて北上した。
「現時点の情報では、教会軍はまだ双子峠まで到達しておりません。あそこを押さえられては、我が軍は狭き渓谷内で戦わなければならず圧倒的に不利です」
「セレス卿。それなら、ここ近辺で戦えばよかろう?」
「確かにそうだが、それもまずいだろう。マリーダ伯爵には関わらせない方針だ。ここでは彼との距離が近い。できるだけ遠くで戦い、彼に知らなかったと言える余地を与えねば」
貴族の問いにユリウス様はすぐに切り返す。その様子を眺め、ラキウスはハーケン将軍の意見を聞いた。
「ユリウス卿の策はよろしいかと。だが、この大軍で双子峠を抜けるのは困難ではあります」
「将軍。その心配には及びません。全軍ではなく、少数精鋭部隊で双子峠を駆け抜けてフェッルム城に入るのです」
ユリウス様は俺にニッコリと笑う……。
「我が軍がフェッルム城を占拠後、教会軍がフェッルム城に攻撃した場合も備えなければなりません。ということで、籠城戦の経験がある者を精鋭部隊に加えましょう」
嫌な予感が……。
「アルト・メディクルム殿。あなたは、獣人戦争において一万の大軍から城を守ったと聞きました。今回もどうかよろしくお願いします」
ユリウス様。さっき、ギオル様を持ち上げるような動きをした、俺への仕返しですか? それなら、あまりにも酷い仕返しの内容ですよ。今度は一万どころじゃない数から城を守れと?
「トゥルスキア様。何がおかしいのですか?」
ラキウスは笑いをかみ殺していた。今だけは、あなたは主君じゃないって言い回しをしてみた。
こうして、反乱軍五万人の勝敗を左右する戦いの地へ、俺は愛馬と共に駆けた。




