世界の終わり
ラキウスの求めに、諸卿はお互いに顔を見やる。誰がどう動くか探り合い。いつもなら準備として、事前に味方を仕込み流れを作るのがラキウスだ。でも、今回は突然のことで時間もなかった。本当に賭けだ。
場の静かさに、胃が痛くなってくる。戦場での緊張は悲しいことに慣れてきた。でも、こういう政治の駆け引きを含む場での緊張は、逃げ出したいほど嫌だ。
暑さだけが理由じゃない汗が首を伝い、まるで剣先で撫でられているかのような不快感だ。もし、ダメだったらすぐにでもラキウスを連れて逃げないと。ずっと東に行けば、教会騎士団の隠れ家がある。とりあえずの逃亡先だ。
だけど、できるならラキウスの願いに応えてほしい。ラキウスが考える世界は、全てが良いこと尽くめじゃない。相当な血も流れる。新しい怨嗟も生まれるだろう。それでも、今よりも良い方向で変わる。ラキウスという絶対者はいるけど、教会の教えという曖昧な法律じゃなくて、感情を律した法律の下で全員が公平に生きられる。時間はかかるだろうけど、やる価値は絶対にある。
それに、種族の垣根を超えて団結しないと世界は使徒たちの手に落ちる。
世界征服を目論み続ける使徒たちへ対抗するためには、みんなの力が必要だ。今回の勇者戦争は、俺が使徒ナリダスの勇者マス・ラグムを倒したことで終結した。何年後かは分からないけど、次の勇者戦争が始まった時に強力な力を持つ勇者たちと戦える準備をしないといけない。
それに今も使徒の信奉者によって、使徒召喚の準備は進められている。世界の外側に存在する使徒の領域と、俺たちの世界を繋げるマーラの海の拡大だ。勇者だけを倒すだけじゃなく、これも阻止しないといけない。
使徒ノートラスとの遭遇で、俺たちは常に滅亡の瀬戸際にいることを知った。なぜだか分からないけど、ラキウスが感じていた世界の異変の正体はこれだったと結論を出た。だから、急いで国の再編に着手した。今回、使徒ノートラスの勇者エグラーデがラキウスを排除しようとしたのも、統一国家の誕生を妨害してペティーサを守るためと勇者としての役目を果たすためだろう。
今まで俺たちが生きてこれたのは、使徒も認知できない不思議な力がずっと妨害していてくれたから。何かも分からないその力をずっと当てにはできない。利益を求めてとかの、駆け引きをしている時間はないんだ!
頼む。応えてくれ!
「トゥルスキア様に申し上げる」
そこへ、固さのある声が場の沈黙を破った。立ち上がったのは、教会貴族の中でも強大な力を持つ五大貴族の一人、フォルマ・ファーレン伯爵だ。
「伺おう、フォルマ卿」
「私は、ファーレン伯爵家を継いでから思うことがあった。この世界がいつ終わるのかと」
フォルマ伯爵の一言に周囲の人たちの空気は微かに揺れた。世界の終わりを考える。でも、そこに含まれた意味は周囲が受け止めている意味とは違うだろう。
「止まぬ亜人種と魔物との戦い。これには莫大な金もかかり、税を少しでも多く取らなければならない。それが領民を飢えさせ、土地をイナゴのように食い荒らす賊へと変える。これは民が大切だと言いながら、我が不明による失政でもある」
わずかに目を伏せたフォルマ伯爵は、再び目を強く開きラキウスを差して糾弾した。
「だが、これは我らだけの失敗とは言わせぬ。我ら貴族の承諾も無しに、重い教会税を徴収していたことも原因だ。徴収された教会税の用途も明かされぬ。しかし、分かる。それは、聖職者にあるまじき享楽へと耽るためだ。酒に酔い、遊女を侍らせ、美食を貪り、遊戯の一つとして平民を殺す!」
かつて、教会の象徴だったラキウスへの糾弾を区切り、フォルマ伯爵は周囲の貴族にも叫んだ。
「私を始め教会貴族は、そんな腐敗した教会からの恩恵を受けて特権を享受した。人間族といえど、貴族ではない平民は人に非ず。富を生む家畜だと。本当の豚はどちらか!」
その言葉に激昂した教会貴族が立ち上がり、剣に手を伸ばした。場の緊張が一気に高まる。
「フォルマ卿は我らを侮辱するか!」
「黙れ!」
しかし、フォルマ伯爵の剣幕に圧されて一触即発の事態は後退した。
「腐敗した権力とその庇護にある我ら豚が創り出した、差別と命を浪費させる世界。この世界の終わりはいつなのか? どんな形で終わるのか?」
その疑問の答えは、昔なら誰もが持っていた。世界の終わりは、亜人種による人間族の敗北した時。終わり方は、人間族の絶滅。今まで、人間族が亜人種にしてきたように。でも、今は自信をもって答えられない。目を逸らしていただけで気付いていたんだ。
「……私はただ、馬と一緒に大地を駆けて風を浴びたかっただけだ」
呟き程度の声のはずなのに、ハッキリと聞こえた。
「苦戦していた乗馬に成功し、嬉しくて馬を走らせた。教師の制しを聞かず、調子に乗って速度を出せば途中で怖くなった」
話が変わって戸惑っていると、そのフォルマ伯爵の話へ控えめに笑う人たちが多くいた。マーラで感情を読み取ると、それは共感だった。
「怖くなって目を閉じ、止まってくれと祈る中で爽やかな匂いが鼻をかすめた。恐る恐る目を開くと、陽光に照らされた大地は青々しく輝き、全身で浴びる風は世界の息吹だと思った。あの恐怖の時間で、初めて世界に触れた」
その感覚は何となく分かる。昔はただの村人だった俺には、馬に乗るだけでも感動した。だけど、走らせた時に感じた爽快な風や、馬との一体感は忘れられない楽しさがあった。共感で笑っていた人たちも、その覚えのあるのだろうか。どこか哀愁を感じさせた。
「瑞々しい草木は燃え朽ち、冷涼な水は汚濁に穢され、大地は血を吸いぬかるむ。空は戦火が生み出した灰色の帳が引かれ、陽光は遮られる。これが、世界の終わりだと今の私は思っている。そこに至る終わりの形とは、教会の支配と人間族と亜人種との戦火だろう」
フォルマ伯爵は俺を横目に見て、話を続けた。
「私はそんな未来を望まない。私は知ったのだ。獣人の勇者と人間の英雄が示してくれた救いの未来を。そこに至る光を見たのだ」
獣人戦争の主導者であり使徒ナリダスの勇者マス・ラグムに勝った後、霊体化したエウレウム様から学んだ生命のマーラの技の一つ【祈りの光】で見た光景のことを言っているんだろう。希望を託し託され、次へ次へと繋いでいく。その想いが分厚い隔たりの壁を割り、初めて殺し合う以外で俺たちを交えさせた。その結果、今のファーレン伯爵領軍には亜人種が人間族と一緒に戦って血を流そうとしている。
フォルマ伯爵の力強い瞳は、ラキウスを射抜く。
「トゥルスキア様。あなたが我らに助力を請いて戦わせる相手は、世界の支配者だ。一度剣を交えれば、命尽きるまで戦い続けることになる。負ければ私やあなただけではなく、全ての関わる者を背教者として根絶やしにするだろう。決して後戻りはできない。その覚悟は御在りか?」
「あぁ!」
「あなたは現体制の教会を倒し、世界を、我らを、救う決意はお持ちか?」
ラキウスは大きく息を吸い、プルセミナ教皇の証であるプルセミナの杖を捨てた。そして、剣を抜き掲げる。
「我が命尽きる時まで戦い、必ず世界を救うとみなへ誓おう!」
「我が意、決したり! トゥルスキア様に忠誠を! ファーレン伯爵家は、あなたの臣下となりましょう!」
フォルマ伯爵を始めとした、ファーレン伯爵家の人たちも剣を抜いて地面に突き立てる。そして、ラキウスへひざまずき臣下の礼を取った。
「私も忠誠を誓おう。トゥルスキア様の誓いが果たされるよう、セレス家もお味方します!」
静観していたユリウス様も立ち上がり、フォルマ伯爵と同じようにひざまづく。教会貴族と無冠貴族の筆頭者の行動は、天幕へ嵐を呼び込んだ。
「同じく。フェルドーク伯爵家もあなた様に忠誠を!」
「デグリス伯爵家も右に同じく!」
「セレディア家も続こう!」
「ハリハスもだ! 教会のクズ共をぶっ殺してやる!」
「ハリハスよ、落ち着け。ゴーリング家も忠誠を」
多くの諸侯がラキウスへひざまずいて忠誠を誓う。
「……聖下。申し訳ございません」
だけど、全員とはならなかった。一部は座ったまま頭を下げていた。
「気にするな。卿らの忠誠と不安も理解している。今や、私が反逆者なのだ。決起した我らのことを教会に知らせるがよい。道中の安全は私が保証しよう」
「誠に、申し訳ございません!」
涙を零し謝り続ける教会貴族たちのもとへラキウスは歩く。そして、教皇の時にしていたように一人一人の額へキスをして祝福を与えた。
「これからの戦で私が栄光を掴もうが、卿らの正義は責めない。以降は、再び同じ旗の下で新たな世界を創造しよう。さぁ、行け」
頷いた教会貴族たちは足早に天幕を出た。状況を見守っていた諸侯は、依然として危機にありながら寛大さを見せたラキウスの器の大きさに感心していた。
こうして、聖軍は解散。元教皇が率いる、教会貴族と無冠貴族の垣根を超えた反乱軍が北の地で結成された。
その数、五万人。
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