命運、投げる
朝。ラキウスから至急に、と集められた教会貴族と無冠貴族は巨大な天幕の下でお互いの派閥同士で談笑をしていた。ほとんどがただの会議だと思い、ラキウスが来るのを待っていた。極一握りは、何かしらの違和感を察して静かにたたずむ。
これから、彼らがどんな反応を示すのか不安でたまらない。もしかしたら、すぐにでも殺傷沙汰が起きるかもしれない。そうなったら、絶対にラキウスを守らないといけない。俺はラキウスの部下であり、友人だ。そして、友人が示す正義に着いていくと決めた。
あぁ、ミーナ。結婚して間もないのに、逃亡生活を始めようとするバカな夫を許してほしい。もちろん、ミーナのことは大切だ。でも、旧秩序を破壊して、世界を救えるかもしれない友人を捨ててはいけないんだ。
左手の薬指にはめている、命の再生を現しているかのような緑の宝石がついた結婚指輪を撫でた。すごく高まっていた緊張が、落ち着いた緊張に変わる。緊張していることには変わりないけど。
大丈夫。ミーナが持っている方の結婚指輪のエグゾシアには、マーラをたっぷりと与えてきた。指輪の力を使えば、ミーナ自身の安全に心配はいらない。それに力が使われれば俺も察知できる仕組みだ。初めて指輪の力を見せた時のミーナには、結婚指輪というより兵器だと怒られたっけ。懐かしい。そんな最愛の妻との思い出に浸って現実逃避していた。
「皆様、参られます」
ラキウスの近習の言葉に、諸卿はわずかに騒めいた。「聖下」という敬称ではなく、「参られます」だ。この近習が言葉を省略したのか、間違えたのか。とにかく、あとで教皇から強い叱責が彼に落ちることへみんなが同情した。
現れたラキウスは、軍議や貴族たちの前に出る時の祭服ではなかった。整っているが平服同然だ。
「今日、急ぎで集まってもらったのは、卿らに伝えなければならないことがあるからだ」
間をたっぷりと取って開かれた口からは衝撃的な事実の羅列だった。枢機卿たちの挙兵、教皇罷免、ラキウスへの逮捕状、身柄を押さえるために迫る数万にもわたる教会軍。これをチャンスと見て、軍勢を南下させるかもしれないエグラド家。
「それでは……聖軍は解散ということで?」
「そうだ。卿らの下には、もうすぐ私を逮捕するように命令書も届くことだろう」
場は静まり返った。暑さの不快感、湿り気を帯びた青い草の嫌な匂い、うるさい夏の虫。本来なら、今日でこの森の野営地を抜けて爽やかな風が吹く平野部に出る予定だった。誰もがストレスを負い、蓄積していた苛立ちにこの知らせ。弾けたときは激しいものになるだろう。思わず剣の柄へ手が伸びる。
昨夜、ラキウスが決断した「ある賭け」を阻止しようと、みんなで脱出を説得した。でも、叶わず今へ至る。ロベルト団長には独り言という態で伝えたけど、場合によってはラキウスを気絶させてでも抱えて脱出するつもりだ。荷物と馬の準備も済ませた。
「今や、私は背教の罪を背負う罪人。枢機卿に命じられるまま、私を逮捕するのも仕方がないことだ。みなが知っている通り、枢機卿たちによる権力闘争で私は負けたのだ」
敗北の受け入れ。意気消沈とするラキウスの姿に、貴族たちは目を見開く。今日まで、彼らが見たラキウスの姿は鮮烈なものだっただろう。自分たちを始め人心を束ねる若き指導者。占領地で略奪に怯える民衆へ見せた慈悲と公正さ。罪人への毅然とした態度。いつかそれらが、独自の利権を持つ教会貴族にとって脅威になる。
それを分かっていても、惹きつける力をラキウスは持っていた。ラキウスが目指す未来に興味を示していた。マーラの力を使わなくても、表情と瞳が物語っていた。
だが、今の姿はどうか。力溢れていた若者は全てを諦め、自分たちに身を委ねた。教会に引き渡されたとしても殺されはしないだろう。その後の人生は窮屈で、酷くつまらないものになる。憐れむ空気が場に満ちている。
貴族たちは、そう思っていた。俺もそんな友人の姿は見たくないから、再起を狙って脱出してほしかった。俺は、その時まで支えようと決心していた。だけど、ラキウスはより困難な道を選んだ。
「だが、座して死を待たない!」
突然の叫びに、諸卿の肩が跳ねる。
「私は直轄の軍を率い、教会軍と戦う。それはなぜか。奴らは悪だからだ。しかも、ただの悪ではない。この一連の流れを考えてみるがいい!」
ラキウスが問いかけた疑問に、諸卿はすぐに答えを出した。
民衆に教会貴族といえばどんな印象かを聞けば、罵詈雑言が出るだろう。だけど、そもそも彼らはバカじゃない。誰が有利か嗅ぎつける鼻や、権力の維持には相当な頭の良さが求められる。使い方がおかしいだけで、優秀ではあるのだ。無冠貴族は言うまでもない。厳しい環境でも、領地を維持していることだけですごさが分かる。
「トロラス・エグラドは、大罪である危険な薬物リグラムの流通を許した。これは各地で悪を成す、犯罪組織ペティーサと強固な関係にある明確な証拠だ。悔しいが、トロラスとペティーサの誘導により私は聖戦を始めた。その後、首席枢機卿ガリアス・コローネルは私を支持する枢機卿を暗殺してまで挙兵……」
ペティーサを通じて両者は繋がり、ラキウス排除に動いている。政敵を排除するためなら、犯罪組織とだって協力する。
「そのような者たちに、この国の未来と世界の安寧を任せるわけにはいかない! 勝利が難しくとも、この命が潰える時まで私は戦おう。この世界を救うのは、教会ではない。この、私だ!」
諦観の様子は払われ、いつもより力を溢れさせるラキウスの姿に誰も声を出せなかった。
「神の教えを盾に、権力を弄び、民だけではなく卿らを踏みつけてきたのも奴らだ。英邁なる卿らの目を曇らせ、厳しい階級を作り上げた。そして、下へ下へと苦しみを強いる世を完成させた」
博打の前に、教会貴族のこれまでのおこないを咎めないと暗に示した。これが、どれほどの効果があるか測れない。ひたすら、上手くいくことを願い続けた。
「だから、卿らに求めたい」
遂に来た。
「私と共に戦ってほしい。悪の世に跋扈する教会の秩序を破壊し、新秩序を打ち立て善なる世界を私は創りたい!」
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