表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第四部:神権の礎 第二章:教皇の軍旗
308/317

勅諭

 聖杖暦六百四年。夏の暑さが一息つき、秋が顔を覗かせるフルクティオの月。聖軍は、空舞う花びらと大勢の歓声を受けながら首都リウリスを発った。


 今回の聖軍は首都に集結した領軍が全てじゃなく、エグラド領に行くまでの道中でも他の貴族家と合流する手筈だ。彼らは本軍の到着前に、休憩場所や夜営地の事前準備に動いてくれている。そのおかげで、進軍は順調。聖軍の士気と体力も万全だ。数日後にはエグラド家に味方する、降伏しなかった教会貴族との戦いが始まる。初開戦だ。


 最高司令官には、プルセミナ教皇トゥルスキア四世が就く。戦場へ教皇が出るのは史上初。それだけに、今回の聖戦における教皇の強い意志を周囲は感じ取った。


 ただし、最高司令官といっても象徴的な意味合いが強い。実践の指揮は副司令官である、ウィリバルト・ハーケン将軍がおこなう。

 大陸東方のプラド地方出身。歳は三十代後半くらいで、気さくな人柄だった。青が混じったような灰色の瞳が印象深い。それと俺の直感だけど、この人はマーラの感知者なのかもしれない。

 聞いてみたいことはあるけど、副司令官の仕事は忙しいみたいだ。教皇の直営である教皇軍の一部と、各貴族家の領軍を取りまとめないといけない。


「君たちも緊張してるのか。怖くないからな。よーし、よしよし!」


 俺は水あたりしたという兵士の治療を終えて、野営地を巡回した。道中、知っている貴族家の陣地でたくさんの馬を見つけたから愛でまくった。髪をモシャモシャとしてくれて嬉しい。そこへ声をかけられる。


「フフッ。四万人ちかくの人がいる環境なんて、初めてでですから。緊張しているんだと思います」

「ギ、ギオル様!」


 相手は、ファーレン伯爵家が継嗣ギオル・ファーレン様だった。馬にデレデレしてる所を見られるなんて、油断した!


「同じ陣営へいるのに変なものですが。アルトさん、お久しぶりです。出陣式以来ですね」


 ギオル様を始めフォルマ伯爵やユリウス様と会うのは、リウリスでの出陣前夜の宴以来だった。それからは、各陣の会議などで会えず仕舞い。仕方のないことだ。


「はい。覚悟はしていましたけど、こんなに兵士がいると色々と病気が流行って大変ですね。おまけに、聖下の護衛や小間使いもあるので疲れますよ。ギオル様もお体にお気をつけください」

「私も父の仕事を学ぶのに精一杯で疲れます。アルトさんのお世話にならないように気をつけましょう。……それにしても、今回の戦争は始まりに過ぎないんでしょうね。これから、どれほど戦うことになるのか」


 何の始まりか。それを聞き返すほど、俺も鈍くない。この聖戦はエグラド家の討伐が目的だ。だけど、ギオル様のいう通り始まりに過ぎない。今後、ラキウスに逆らう勢力は武力をもって排除される。教会貴族がこれを聞けば笑うだろうが、無冠貴族やギオル様みたいに一部の教会貴族は気付いてる。アーウィンたちと聖軍の入城を見た日、ラキウスは教会貴族と無冠貴族は統合されると言った。それは、無冠貴族に対して差別意識を持つ教会貴族が排除されるからだ。今も陣中でささやかな宴を催している教会貴族は気付いていない分類だろう。


「獣人戦争の時、アルトさんたちの救援や父上が下した決断のおかげで、ファーレン伯爵家は正解を選べました。いつか私も、そういった決断を下さないといけない日がくる。とても、重いですね」


 力無さ気に笑う顔には、薄い目の下の隈を現した。


「ギオル様。目を閉じてもらえますか?」


 ギオル様の両目を隠すように手を乗せ、集中する。俺の生命のマーラを送り込み、ゆっくりと循環させる。「温かい……」と呟く様子に効果が出ているみたいだ。少しして手を離すと顔色も良くなり、隈も和らいだように見える。


「ギオル様。助けが必要な時は、呼んでください。必ず向かいます」


 口を強く結んで、頭を下げたギオル様の表情は見えなかった。


 ◇


 エグラド領を目指して北上する聖軍は、敵との初開戦も不安なく勝利して順調に各地を攻略した。特に活躍したのが無冠貴族たちだ。亜人種たちとの混成軍と、非公式に教会貴族と戦ってきた戦場の経験が導き出した戦果だった。彼らと違い、領地の反乱や亜人種の弾圧という名の狩り程度しか経験のない教会貴族たちには脅威に見えただろう。そして、そんな無冠貴族の招集に成功した人へ向ける視線は、恐れより「畏れ」が勝っていた。


「卿らに命じる。占領地での乱暴狼藉は禁じる。これを破った者は、死罪とする。余の言葉に二言はあると思う」

「はっ」


 そんな状況の中、ラキウスの言葉を軽んじる者もいた。中央の情報に耳が遠い者にとって、ラキウスはいまだに教会貴族と枢機卿の傀儡だと思っている。これまで築き上げられてきた自分たちの特権を疑わず、何をしても赦されると信じていた。そして今、彼らは群衆に囲まれてラキウスの前に跪いている。


「聖下! あなたの命じられた通り、乱暴狼藉などしておりませぬ!」

「……だそうだが?」


 違反した教会貴族の弁明に、ラキウスは群衆へ問いかけた。最初は、教皇様だと委縮していた群衆は火がついたように非難の声が上がる。


「教皇様。こいつの言うことは嘘です! 俺の家からは食い物を奪われ、隣んちは家宝の指輪を奪われました!」

「抵抗したばあちゃんは、指を切られたんです!」


 他にも、聞くに堪えない被害の声が上がった。ラキウスはそれらを手で制する。


「死罪だ」

「なぜですか!? 私は、この地の領主一族に対して乱暴狼藉をしていないと言っているのに!」

「……何を言っているんだ?」


 教会貴族の弁明は、貴族に略奪とかはやっていないという意味だった。民衆は下民と呼ばれ、彼らが持つ財を徴収するのは自らに許された行為だと主張した。だが、それらの言葉は途中で終わった。血を垂らす剣を持ったまま、ラキウスは民衆に語った。


「ここの領主は再三の降伏命令に従わず、そなたらの夫や息子を兵士として奪った。そして、悪事を成そうと戦いを挑んだ。余の興した軍勢は、正義をもたらすためにある。この地とそれを操りし悪を滅ぼすためにだ! それにも関わらず、この者はお前たちから財と命を奪った悪である。だから今、屍となった。人や亜人種を問わず、奪い殺すという不条理なるおこないを余は許さない。認めない!」


 民衆はラキウスの言葉に聞き入り、教会貴族は汗を流す。無冠貴族は静かに頷き、亜人種たちは息を呑んで見つめる。移された視線にはラキウスの演説をよそに、聖軍に参加した奴隷ではない亜人種が人間族へ占領地の差配をする命令を出していた。ラキウスの言葉に現実味が増した。


「プルセミナ教皇トゥルスキア四世が定めた法は、お前たちを地に踏みしめる者へ剣を貫く。そして、善良で素朴なるお前たちを立ち上がらせ、我が腕の中で安寧をもたらすためにあるのだ! 正義に勝利を、悪を滅ぼせ!」


 民衆の大歓声に街は揺れた。

読んでいただきありがとうございます。『リアクション』や『感想』をいただけると嬉しいです。評価ポイントでも嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ