新秩序
ファーレン伯爵領軍をアーウィンたちと見送り、パレードと化した聖軍の入城で主役級の軍勢を待った。この軍勢が入城することは一部の人しか知らない。これこそが、ラキウスが用意したエグラーデの毒に対する解毒剤だ。エグラーデだって予想していなかっただろう。
気を取り直したアーウィンとその仲間たちを連れて、場所を移動した。これから始まる、歴史的瞬間を一番良い場所で見たかった。
「あら、奇遇ね」
「こんにちは、レハンさん。それに……」
小高い丘には、執務中の服装でレハンさんとラキウスが軽食を持って寛いでいた。
「お前たちも、あれを見にきたのか?」
「うん。——あ、失礼しました、聖下」
後ろにいる子たちを思い出して、慌てて普段の口調を改めた。ゆっくりと振り返るとフリウルたちは顔を青くして体を硬直させていた。例外はアーウィンだろう。目を輝かせて、尻尾を振っている。尻尾は生えてないけど。
「気にするな。後ろのお前たちはエレーデンテか?」
ラキウスの問いに、ホロフィアが気持ちを持ち直して一歩前に出た。みんなを代表するみたいだ。
「はい。太陽の君にして、信仰の守護者であらせられる教皇聖下のご尊顔を拝し、光栄に存じます。私は、エレーデンテのホロフィア・レジュと申します」
ホロフィアは、アーウィンたちを紹介して敬礼をする。みんなもホロフィアに習った。
「うむ、楽にせよ。その見た目はセレス地方の無冠貴族だな。それなら、これから始まるパレードには驚くだろう」
「さぁ、みなさんもこちらへいらっしゃい。軽食でも召し上がる?」
「はい! いただきます!」
「お、おい……」
レハンさんに招かれて、ラキウスたちの側に座った。みんな、ラキウスから三歩程の距離を開けて座るが、アーウィンは堂々と隣に座る。
フリウルやクリスティーヌは、戸惑いながらも渡されたふわふわの白パンに目を見開く。レハンさんが勧めてくれたパテを乗せて一口食べると、その笑顔からは感想を聞くまでもないだろう。ホロフィアは、落ち着いた様子でスパイス菓子を食べた。スパイス類の主な原産地はセレス地方だ。彼女にとって、懐かしい故郷の味なのかもしれない。
アーウィンは——とにかく食べた。特に、ゼラチンを使った野菜のテリーヌが美味しかったらしく白パンと一緒に楽しんでいる。
「聖人様。このテリーヌって食べ物すごいですよ! 透明なプニプニが野菜をくっつけてるのかな?」
「アーウィン、慎みなさい。聖下の御前よ!」
クリスティーヌは白パンの感動から急激に冷めてアーウィンを叱る。それを、ラキウスとレハンさんは笑った。ラキウスの笑顔が見られるなんて、これらの料理よりも珍しいことが起きていることをエレーデンテたちは知らない。
「許す。気にすることはない。余も、これは作りすぎだと思っていたのだ。食べる者が増えて良かった」
「あ、ありがとうございます。……アーウィン、その顔を今すぐにやめなさい」
賑やかしさに、ラキウスの機嫌を心配したけど問題はなかったようだ。レハンさんからも、今日は上機嫌だと教えてもらった。それでも、ラキウスにたくさん話しかけるアーウィンには肝を冷やされる。
夏の始まりで少し暑くなる中、アーウィンの大胆さに冷や汗を流れる。だけど、丘に吹く涼やかな風とそれが運ぶ青い草の香りが気持ちをほぐしてくれた。
「メディクルム。良いものだな」
「良いもの?」
「あぁ。良いものだ」
ラキウスの言葉が何を意味しているのか分からない。だけど、草原を思わせる爽やかな緑の瞳の先にある、アーウィンたちの騒がしい姿に答えがあるのかもしれない。
「ラキウス。そろそろ、来る頃だわ」
レハンさんの耳打ちに俺たちは城門の方を見つめた。アーウィンたちも、俺たちを察して静かになり同じ方向を見る。
街の大通りからは、民衆の歓声とは違う動揺した声が上がる。
「何でここにあいつらが来るんだ!」
「まさか、聖軍に参加するのか?」
その軍勢に見物人たちも、度肝を抜かれたようだ。
「……あの、旗って」
ホロフィアは遠くで見える旗に気付いたようだ。彼女は黒髪黒目で分かる通り、セレス地方の無冠貴族レジュ家の娘。あの旗を見間違えることはないだろう。
「セレス家!」
旗に描かれた瞳は、輝きを示す意匠が施されている。セレス家の家紋だ。その旗の下には人間族の槍兵、オーク族の重装兵、エルフ族の弓兵、獣人族の騎馬兵が一糸乱れない行進をする。彼らの先頭には、銀の鎧をまとい金髪を風になびかせ、黒い瞳は正面へと固定する青年がいる。
ユリウス・レージ・エスト=セレス。
最近、当主であった父ウィンザー・マージ・エスト=セレスが引退して、新当主となったラーグの弟だ。
「まさか、セレス家が聖軍に参加するなんて!」
静かにスパイス菓子を食べていたホロフィアも、さすがに実家の盟主となる家の参戦は驚いたようだ。
「え、セレス家の後ろにいるのって——セレディア家とハリハス家!」
「ホロフィア。それってどういうことなんだ?」
ホロフィアの驚く様子に、事情がついていけていないフリウルやクリスティーヌが答えを求めていた。口を開いたが、気遣わしげにラキウスを横目で見た。それに対して、ラキウスは「教えてあげなさい」と笑う。
「セレディア家は、セレス家の分家でセレス地方側のバラルト海湾岸に領地を持っているの。その豊かさを狙って、教会貴族に私戦を仕掛けられ続けていたのよ。でも、勝利は常にセレディア家にあったわ」
驚きから興奮に変わったホロフィアの姿に、アーウィンたちは驚いた様子だった。きっと、普段の彼女からは想像できないんだろう。
「ハリハス家はニクス地方の無冠貴族なの。長年に渡り、賊に扮してナハルザーク砂漠の外縁に点在する、教会貴族の豊かな領地を荒らしていたのよ」
「それって、ただの盗賊では……?」
「アハハ。すっごく強い盗賊よ。私たちが見ているのは、どんな貴族でも敵わないセレス地方を代表する強大な力を持つ二家と、ニクス地方の武勇誇る一家が教会の旗の下に集っているの!」
俺たちから離れて、「信じられない」と呟くホロフィアの目元は湿り気を帯びていた。彼女の視線の先には、続々と入城する無冠貴族の領軍が、首都リウリスの大通りで旗を風になびかせる。
「お前たち。この光景を忘れるな。今、教会貴族と無冠貴族。人間族と亜人種。これらの全ての壁が壊された日」
ラキウスの言葉に、ホロフィアと並んで見ていたアーウィンたちが振り返る。そして、目の前にいる男の存在について改めて認識する。
——彼が、世界の支配者だと。
「数百年に渡り、世界を支配していた教会の秩序は崩壊した。これからは余が定めた法の下、新秩序が始まる!」
ラキウスの言葉はアーウィンたちを茫然とさせ、再び視線を大通りを埋め尽くす軍勢に向けられる。
人間族と滅ぼすべき亜人種という公的な差別の壁は崩壊し、お互いに和解などありえないとされた教会貴族と独立勢力と言える無冠貴族がくつわを並べている。その全てをプルセミナ教皇トゥルスキア四世がやった。
強大な五大貴族だったエグラド家と戦わないといけないという、エグラーデの毒に対するラキウスが考えた解毒剤。それは諸民族・諸侯を一つにまとめ、真の統一国家への礎を築き上げたことだ。それによって、聖戦の定義が変わった。聖戦とは教会による戦いではなく、ラキウス個人の命令でおこなわれる戦争になったのだ。
この軍勢を前に、エグラド家が中央で復権する道は完全に断たれた。これに潜む陰謀はまだあるだろう。でも、かつての五大貴族で油断できないエグラド家との戦いという毒を飲み込んだからこそ、数百年ぶりの聖戦を発動して統一国家への大きな一歩を進められた。
丘に吹いていた涼やかな風は、熱気を運び始めた。




