鳴動する首都
――聖戦の布告、聖軍の招集から三か月。
首都リウリスの大通りの両脇に民衆が集う。彼らの目的は、数百年ぶりに招集された聖軍を構成する、諸侯の軍勢を見るためだ。屋台も並び、首都はいつも以上に賑わう。
「デグリス伯爵に、ポーラズ子爵も来るなんて……」
俺の隣で、少女が感嘆する。彼女の名前はホロフィア・レジュ。セレス地方の無冠貴族レジュ家の子で、エレーデンテの一人。アーウィンの同期生だ。貴族出身ということもあって、他所の家にも詳しいみたいだ。
「うーん! このクレープおいしい!」
「生地がパリパリしてるクレープって初めてだ」
少し離れた所で屋台の甘味に舌鼓を打つ男女は、これもアーウィンの同期生クリスティーヌとフリウルだ。
「ホロフィア。あの格好いい甲冑を着てるのは誰だ!?」
アーウィンは、散歩に出た犬のような興奮状態だ。ついていないはずなのに、尻尾をブンブンと振っている幻覚が見える。
今日は、アーウィンたちに連れられて街に降りた。本来なら彼らは訓練中だけど中止になった。聖軍の一部が首都に留まるための空き地確保で、教会騎士団の土地も開放することになった。だから、訓練どころではない大忙しだ。俺も駆り出されるところだけど、俺を含めた一部の教会騎士は、教皇の護衛で従軍するから準備のために免除される。
「はぁ。選抜試験も延期になるなんてなぁ」
アーウィンの深いため息とあるはずのない犬の耳が下がる。さっきまで興奮していたのに、気分の振れ幅が大きい。イーグニス・エレーデンテを決める選抜試験は、例年なら入団した一年後になるグロリアムの月におこなわれる。だけど、聖戦の影響で全ての国家行事や騎士団のイベントは延期、あるいは中止に追い込まれていた。イーグニス・エレーデンテを目指して血の滲むような訓練を重ねてきたアーウィンにとっては、ガックリとするのも無理はない。
「仕方ないさ。聖戦が始まるんだからそれどころじゃない」
友人を慰めるように、フリウルは屋台で買った食べ物を渡す。俺の分までありがとう。お礼を伝えると、少し照れた。
パリパリのクレープを口に運び、束の間の賑わいを楽しむ仲間たち。しかし、その微笑ましい光景を眺めながら、俺の胸の奥には別の緊張感がじわじわと満ち始めていた。
「そろそろ来る頃か。アーウィン、本当に大丈夫?」
「……はい」
俺の問いかけに、アーウィンは小さく、だけど覚悟を秘めた声で頷いた。その直後、入城を知らせる、聞き覚えのある角笛が鳴り響く。弓騎兵の旗をはためかせる騎馬軍団が人目を引く。フォルマ・ファーレン率いるファーレン伯爵家だ。
ファーレン伯爵領が再建中であることは、今や公然の事実となっている。この聖戦に参戦することは知っていても、貧相なものだろう周囲は考えていた。しかし、それを疑問に思わせるほどの悠然とした騎馬軍団の姿は、次第に民衆の歓声を上げさせた。
「おい、あれは獣人族じゃないか?」
「嘘だろ。五大貴族の軍勢に亜人種が混じってるなんて!」
ファーレン伯爵領軍が目を引くもう一つの理由は、武装した獣人もいることだ。獣人戦争後、捕虜となった獣人は鉱山労働に連れていかれようとした。だけど、ラキウスやセレス家の助力もあって砂漠地帯のニクス地方にある、『楽園』と呼ばれる場所に隠すこととした。今、従軍している彼らは楽園には行かず、ファーレン伯爵領に残ることを決意した集団だ。領民は彼らを受け入れ、共に支え合いながら生活をしていたらしい。
フォルマ・ファーレン伯爵の嫡男ギオル様から届いた手紙には驚いた。今や、彼らもファーレンの民として生き、その義務として参戦すること彼らが選んだと記されていた。
あの戦争と和解していく様子を思い出し、感慨に浸っていると服の袖を握られた。隣にいるアーウィンだ。いつもの溌剌した様子は消え、不安そうに口を強く結んでいる。ふわっとした金髪を撫でると、曖昧な笑顔を向ける。感情の整理がついていないような曖昧さを。
「分別はついたつもりです。姉ちゃんを殺した獣人はあの中にいない。聖人様が言う通り、あの獣人が戦死したことを疑うつもりもありません。あの獣人と、今、目の前にいる獣人たちは違うと思っています……」
「不安や拒絶したいと思うのは当然だよ。それほどのことを彼らはやった。アーウィンの暮らしていた村を襲い、姉は殺され、アーウィンも病気になって苦しんだ」
初めて勇者マス・ラグムと相対した切っ掛けは、各地の村で子供が行方不明になった事件の時だ。結局、この事件の犯人はマス・ラグムの配下の一人。そいつが各村を襲い、子供だけじゃなく村人たちをアジトに連れて行き奴隷としていた。アーウィンはその時の被害者だ。
今日、街に来た本当の理由はアーウィンの付き添いだ。あの時の獣人たちを見てみたいけど、不安だというアーウィンのために。
『聖人様の活躍の話と訓練の話を聞いて、疑問になったんです。本当に獣人は憎むべき対象なのか。だから、聖人様から見た獣人についてもっと教えてください。大昔の人の話じゃなくて、今の人の触れ合った生の話をもっと知りたいんです』
アーウィンはそう言って、獣人だけじゃなく亜人種について俺の話を求めた。拒絶を疑問に変え、どう受け止める存在なのか悩む。大変な目に遭ったのに、一部の獣人という枠を壊して全体を知ろうとする。本当に賢い子だと思う。だから、時間がある時は俺の知る限りのことを話した。そして、今日に至る。
「昔ほど嫌悪感が無いことに驚きました。まだ憎しみもあって許せない。でも、聖人様の話を聞いて、あいつらも人間族に全部奪われて苦しかったんだって知りました。だから、許せはしなくてもただ拒絶するだけじゃ、また同じ戦いが起きる。それじゃ、姉ちゃんも浮かばれないから。……あんな風に、胸を張って笑えるようになって良かったって、少しだけ思います」
どうやら、賢いだけじゃなく優しい子でもあったようだ。彼らの何もかもを許さなくて良い。そんなことは無理だ。でも、一歩進むだけでも憎しみの連鎖は断ち切れる。その一歩には、理解しようとする心が必要だから。その心が、人間族と亜人種を隔てる差別の壁を低くしてお互いの姿が見えるようになるのだから。
アーウィンは裾から手を離し、視線の先にいる獣人たちを見て微かに笑っていた。自覚はしていないかもしれない、小さな喜びを含む優しい笑顔だ。
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