証人喚問
今、信仰と権力の中心地であるペラギウスの館は普段の静謐さを破って、大騒ぎとなっていた。
「どこから情報が漏れたんだ!」
「教皇から漏らされたに決まっている。城下町はこの件で埋め尽くされているぞ。トゥルスキアの小僧め!」
「お控えあれ!」
懇談部屋の外の廊下を、早歩きで駆け抜ける枢機卿たちの言葉。
今日、教皇を始め枢機卿たちが出席して国政を議論する会議「枢密院」が開催された。現地にいた者として、俺は枢密院から証人として召喚された。レンツァーベックの町でリグラムが発見されたことや、それにエグラド侯爵家が関与していた証拠を、現地にいた俺の証言を含めて開示した。
枢密院会議室は薄暗く、枢機卿たちの視線は氷を肌にくっつけたかのような鋭利な冷たさがあった。うっすらと笑顔を向ける人やあからさまな侮蔑の視線をする人など、政治の最前線に立つ赤い法衣を身にまとう老人たちの迫力は魔物にも劣らないだろう。ラキウスはこんな怪物たちと戦ってきたのか……。
場の空気に呑まれそうだったけど、枢密院の主催者であるラキウスの草原を思わせる爽やかな緑色の瞳を見て気持ちが落ち着いた。それから質問に答えていく。だけど、枢機卿たちは俺の返答を自分たちが望むようなものにしようと、微妙な表現の違いや似た質問を繰り返す。間違えれば、揚げ足取りをされてラキウスの足を引っ張る。
俺の苛立ちを煽るような言葉や誘導質問の時間を乗り切れた時、安心からその場で泣き崩れそうになった。そして、証言と証拠の開示が終わり、会議室は大騒ぎ。さらに、教皇トゥルスキア四世から本領へ逃亡したエグラド枢機卿に対し、首都への出頭命令が枢密院の過半数の支持を得て発せられた。
「初めてラキウスにあった時、教皇の権力は弱いって言ってました。でも今は、枢密院の過半数を従えるようになったんですね」
会議が終わり、懇談室で向かい席に座るラキウスの側近エヴァリス・レハン司祭と話す。枢機卿たちの攻撃を乗り切れた労いと、精神ケアでレハンさんが来てくれた。
「そんな話もしたわね。あの時から二年しか経っていないのに、懐かしく思えるわ。でも、アルト君が見た通り、ラキウスは枢密院の支配をほぼ成し遂げたわ」
「ほぼ?」
「えぇ。今は、バクル伯爵派閥の協力もあるから上手くいってるのよ」
ハーシェード・バクル伯爵。首都リウリスのある、サロヴェニア半島の付け根あたりに領地を持つ五大貴族の一角。過激な人間族至上主義者で、魔物の襲撃防止や人間族繁栄のために、亜人種を徹底的に排除する恐ろしい人物だ。あの人の領地では、安価な働き手として重宝される奴隷としてさえ亜人種の存在は許されない。大陸の中でも珍しい、人間族単一の領地だろう。
「バクル伯爵は、エグラド枢機卿に怒っているのよ。首都にリグラムを運ぶなら、必ずバクル伯爵領を通過しないといけないわ。流通の中継点ともなれば、バクル伯爵領でもリグラムが蔓延する」
「うわぁ。エグラド枢機卿もバカなことをしましたね。あの人を敵に回すなんて……」
「そうね。今、バクル伯爵領では汚職撲滅がおこなわれているそうよ。リグラムの流通を許した汚職役人や、リグラムを売った人を徹底的に捕まえて処刑しているわ。最近の報告だと六十人くらいかしら」
さらには、エグラド侯爵領の紋章が付いているものは厳しく荷改めをされる。そして、わずかな不備でも「とりあえず、入獄」って姿勢で領境の警備が硬くなっている。そこから、リグラムに関係すると確定されると首吊り広場の列に並ぶこととなる。
バクル伯爵領の領都ハッサムには、民衆から首吊り広場と呼ばれている場所がある。亜人種の大量処刑が由来だそうだ。その絞首台に並べられた犯罪者たちの末路は当然の報いだろう。それほど、リグラムは危険なものだった。
「エグラド枢機卿もおとなしく出頭するとも思えないし、戦が始まりそうね」
「それが、エグラーデの毒ということでしょうか?」
「ラキウスもそう読んでいるわ。でも、毒はあの人の得意分野よ。その解毒剤を聞いた時、私には衝撃的すぎて声も出なかったほどよ!」
教えてもらったその解毒剤は、確かに強烈なものだった。本来なら実現不可能な上に、教会の重大な禁忌に触れるようなものだ。でも、確かに今ならできることだった。
これを人間族を絶対とする理念を持つ、プルセミナ教会の首座であるプルセミナ教皇が実現させるなんて誰が予想できたか。
――世界は変わる。そして、変えられる。自らの信念を貫き通せば。
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