聖人の活動
村の広場では、降り注ぐ光の粒を見て多くの人が驚嘆の声を上げた。
「聖人様がお越しになられただけではなく、このような奇跡が見られるとはのぉ」
「ありがたやぁ、ありがたやぁ……」
老人たちは瞳を湿らせながら、俺を拝むように手を合わせる。ちょっと恥ずかしいけど、喜んでくれるなら良かった。
「あの光に触れると何だか体の調子が良くなったんだ!」
「俺の傷も、聖人様の輝く手に触れられるとあっという間に治ったんだ。ありゃ、奇跡としか言いようがねぇぞ!」
俺は今、聖人の活動として各地を巡り、マーラの力を使い人々の傷や病気を治している。この活動を始めて、もうすぐ一か月が経つ。同時に、着々と目的地へと近づいている。
この計画には二つの狙いがある。一つはリグラムが隠されていると思われるレンツァーベックの町への潜入。二つ目が、聖人である俺の存在を人々に認知してもらうこと。
世間では、「最近、聖人が誕生した」という感じで、自分たちとは関係ない雲の上の話として実感がなかったのだ。そこで、俺の特技であるマーラの回復術を使って病や怪我に苦しむ人々を助けて回り、善良な存在だと示して親近感を抱いてもらう。ついでに、俺を聖人へと任命したラキウスへの声望も高まる算段だ。
人を助けるのに、こんな打算を含ませるのは引け目があるけど、潜入のためにもやらないといけない。それに、結局は苦しむ人たちを救えるんだ。満足すべきかもしれない。
そして、この聖人の活動がなぜ潜入に関わるのかというと、どんな場所でも聖人の出入りを断るのはよっぽどの事情がないと難しいからだ。
疫病が蔓延してると言えば、病や怪我に苦しむ人々を助けてきた実績を出して治療に参加できる。実際に、今もそうしてる。
次に、治安が悪いと言えば、俺は聖人でもあるけどそれ以前に魔物と戦う教会騎士だ。しかも、場所によっては英雄と呼ばれるほどの。ファーレン伯爵領で起きた獣人戦争の功労者として、ファーレン伯爵家名誉騎士章がその証拠だ。今は獣人戦争の影響でファーレン伯爵家は弱体化しているけど、大貴族であることは変わりない。他所の領とはいえ辺境の町が大貴族の紋章入りの相手を無下に扱うのは賢くないだろう。
こうした理由から、聖人の存在感を示す旅をしながら北上し、エグラド侯爵領レンツァーベックの町に入る算段だ。
最後の経由地である村を出て数日。レンツァーベックの町へと入ることができた。町の代官は歓迎しているけど、焦りを感じさせていた。マーラの感知者を前に、隠し事は難しいぞ。
沿道に町人たちが並び、ささやかなパレードをした。その後、宿に入る。俺に同行していた世話人は荷物を片付けてくれた後、被っていたフードを脱いで一礼をする。
「アルト殿、ここまでの長旅をご苦労様でした。ここからは私たちがお引き受けします」
ずれた眼鏡を治しながら神経質そうな表情を浮かべるのは、ラキウスの騎士団から派遣された、情報官という役職を持つファシャルスさんだ。情報官というのは、簡単にいえば諜報員たちの上官で、彼らが集めた情報を分析して騎士団の作戦に関与する役職らしい。情報官はファシャルスさんだけではなく、何かと接点のあるダーバンさんも情報官だった。
「分かりました。見張りがいますけど大丈夫ですか?」
「ご心配なく! 町に入るのが難しかっただけで、入ってしまえばこっちのもんっすよ!」
軽い調子で話すのは、ファシャルスさんの部下で諜報員の一人であるグリサムさんだ。軽そうな雰囲気とどこか印象に残りづらい顔立ちは、酒場で隣に座られても気付かないだろう。もう一人の諜報員は女性で、グリサムさんと同じくファシャルスさんの部下の諜報員であるアリーシャさんだ。彼女は寡黙で、料理が上手い。野営の時は胃袋がお世話になりました。
聖人の活動を囮に、この三人がレンツァーベックの町からリグラムを探す。
◇
翌日、町の診療所に行って病人や怪我人を治して回る。マーラで治せないものは持参した薬を調合して飲ませる。
「驚きました。まさか、聖人様は薬学にも通じていたとは……」
「父が薬師だったもので。俺も父に憧れて弟子入りさせてもらい、たくさん学びました。故郷では父亡き後、兄弟子と共に診療所を開いていたんですよ」
診療所の医者は感心したように頷き、薬の配合やレンツァーベック周辺の薬草の植生の話をした。この人も、町で唯一の医者ということもあって博識だ。
だからこそ、怪しい。
リグラムは精製工程が一番中毒症状を起こしやすい。一見すると酷い風邪みたいに見える。ここに置かれている薬や調合レシピを見ると、吸引することで肺を楽にし、呼吸に関わるものが多い。しかも、それなりの設備が必要なものだ。本当に風邪薬だったとしても、使われてる薬草を考えると高価なのだ。採算が取れなさすぎる。それがたくさんある。こんなものを、町医者が大量に常備しておくのは不自然だ。
患者の治療をしながら診療所を観察していると、外が騒がしくなった。
「なんだ、この変な魚は!」
「こんな奇形、本当に魚なのか?」
そこへ、次は別の人が叫ぶ。
「おい! 川が緑色になってるぞ!」
その瞬間、医者は信じられないと顔色を青くした。
「俺たちも行きましょう!」
「は、はい……」
◇
念のためと自分で用意していた救急セットを持って川に行くと、普段は透明な川が薄緑色に染まっていた。
「なんで、こんなことに!」
岸で仕事をしていた人は、急いで避難していた。周辺が動揺する中、ある声が響く。
「助けてくれ! 川の水を飲んじまった!」
「吐け。とにかく、吐き出すんだ!」
尋常じゃない怯えように駆けつけると、川の水を飲んだ水夫はひたすら助けてくれと懇願してくる。
「あの水、あの水は……」
「聖人様、ここは私が引き受けます!」
何かを言いかけた水夫に、医者が間に分け入る。確信に近いものを感じながら、川の水を採取して調べるふりをする。
「……この水は、鉱山毒と同じものに汚染されている」
俺の言葉に、周囲は静まり返る。水夫を治療していた医者も手を止めた。
「魚の奇形も考えると、高濃度の毒が川に流れ込んでいるな」
丁度良く代官も来た。
「代官殿。教皇聖下より与えられた権限を持ってレンツァーベックの全ての物品の搬出を禁じます。また、住民が日常的に食べる魚が奇形であることを考慮し、住民が毒に侵されている可能性があります。これがどのような毒と症状を持つか、まだ判断ができません。よって、感染拡大の危険から外出禁止を命じます」
何か言いたそうな代官を制して、俺は命令した。
「代官殿。聖人アルト・メディクルムの名と与えられた権能により、レンツァーベックの封鎖を命じる!」
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