怒る猫 ①
ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン。
突然、部屋中に響き渡ったチャイム。よそ者が来た合図だ。清なら一回しか鳴らさない。いつもの場所で気持ちよく眠っていたが、いっぺんに目が覚めた。まだ、ガキの頃はあの音が鳴る度に心臓がばくばくして、大急ぎで隠れたものだが、さすがに慣れた。だが、万一知らない奴がはいってきたら、すぐに隠れられるように心の準備はしておく。
たいていは、里子が、玄関先で一言、二言何か話して帰る。それから袋やら箱を持って部屋に戻ってくる。それはなかなか楽しみだ。
時々、新しい猫缶やおやつがはいっていたりする。トイレの砂の時もある。わしはきれい好きだから、トイレが汚れるのは我慢ならない。砂の種類は何回も変わったが、最近は木製の粒ばかりだ。ペレットというらしい。柔らかい木の香りと、肉球にあたる丸い感触が気持ちよくてなかなか気に入っている。何かを作ったあとの木くずでできているらしい。
里子は環境に優しいという謳い文句に弱い。その上、通販でお得用を買って、いい買い物をしたじゃないかと手放しで清に褒められてまんざらでもない顔をしていた。その後、清は小さな声で、重たい買い物から解放されて、やれやれだと呟いていたが。
ベランダで水やりをしていた里子が慌てて玄関に向かう間も、チャイムは鳴り続けている。この図々しい鳴らし方、どうやら一番嫌な奴がきたらしい。清の姉だ。案の定、相手は里子がドアを開けて、挨拶するかしないかのうちに、押しのけるように玄関にはいり、その勢いのまま廊下を進んでくる。証拠隠滅させまいとする刑事か、お前は。
清の姉は勢いよくリビングまで入ってきたが、ソファの上を見るなり、固まった。
「やだ!」
なんだ、そのあほ面は。
「まだいるの? このノラ猫!」
誰がノラだ。ここは路上か。おい、指を指すな。
「いやだ! 汚い。見て、里子さん、ソファで寝てるわ! 図々しい!」
おろおろと後を追ってきた里子に容赦なく続ける。
「毛が舞ってるんじゃない? この部屋! 里子さん、猫の毛ってすごく身体に悪いのよ。きっと部屋中に舞っているわ。吸いこんだら大変! 猫の毛って肺にくっつて取れないのよ!」
言いながら自分の顔の前でパタパタと太い手をせわしなく振っている。苛立つ気持ちを落ち着かせるため、ゆっくりと尻尾を振った。
「ごめんなさい。咲恵さん。でもお掃除は毎日してますし、換気もこまめに」
「だめだめ、そのくらいじゃ!! よくこんな部屋に居られるわね。ああ、こんな部屋じゃマスクを外せないじゃない」
マスクは取るな、何なら三枚くらいして、顔中隠せ。
「あの、よかったら、どうぞ、座ってください。今、お茶でも用意しますから」
「お茶なんかより珈琲にしてくれる? ミルクは多めで。あ、入れるまえにカップは洗い直してね!」
里子が台所に消えると、咲恵はわしをキッと睨みつけ、あからさまにそこをどけ、邪魔だ、汚らしいとガンを飛ばしきた。ふん、やれるもんならやってみろ。




