怒る女 ①
「あー、また腫れてますね。こんなに間があいたら、また最初からですね」
「ふがぁ?」
「だから、また掃除からしていかないと。仮詰めで様子を見ながらやり直し」
「ふぁい?」
先生が口から手を離す。心なしかため息をついたような気もする。確かに昨日くらいからまた、歯が痛み出していた。
「はぁ、でも、予約、指定された日に来たんですけど」
この間の治療の後で、次の予約を取る時、私だってそんな先でいいのかなって思ったんですよと、言いたかった。もちろん言えないけれど。
「何? うちで指定したの? 予約日?」
先生が私の顔を覗きこんで聞いたので、こくこくと頷く。すると先生は後ろの方を振り返って受付に座る女性に、
「君、そうなの? こちらの患者さんに今日って言ったの?」
診察台に寝ている私からは女性の顔は見えない。けれど、女性が、
「はーい。しばらく来れないとおっしゃったので」
とあっけらかんと宣う。
いや、いや、いや、違うでしょう? 確かに最初に提示された日は、都合が悪いんですって言いました。干し芋と切り干し大根を作るのに忙しかったから、もしかしたら、しばらく来れないって感じで言ったかも知れないですよ。
でもその次に提示してくれた日が今日だったでしょ? 来れますか? って聞かれて、予定も何も、随分先だったから、はいって言いました。ええ、確かに言いました。その日しか、予約が取れないと思ったから。今まで虫歯なんてなくて、たまに歯石を取るくらいしかなかったんだから、わからないでしょ? 治療の間隔なんて。だったらどうしてその時、
「いつなら来れますか?」とか、
「あんまり間を開けない方がいいんですよ」とか、一言言ってくれないんですか?
言いたいことが頭をくるくると回るけれど、よだれかけみたいなのをぶら下げて診察台に寝ていれば言い返すことにも躊躇する。
受付の女性の返事を聞いて、先生は、私の方に向き直る。
「まあ、大切なことは歯の治療だから。それだけ考えましょう」
それはこっちのセリフです、先生。最初からやり直しって、今までの時間とお金はどうしてくれるんですか。こっちだってさっさと治療して終わらせたいのに。
「せっかく掃除して様子を見てもね、間があくと、また、掃除から始めないといけないからね。それでなくても脆くなってて、限界なんですよ。どうします? もう残ってる部分も全部抜いてブリッジにします?」
何? その投げやりな言い方? 私が悪いんですか? さすがに黙っていられない。
「そう聞かれても素人ですから、わかりません。どういう治療がベストなんですか」
「だから、最初から説明してるでしょ。掃除して腫れが引いたらかぶせて使うか、抜いてブリッジにするか」
「でもブリッジだと他の歯も削ったりするんですよね、治療にどのくらいかかるんですか?」
自分の歯のことだもの。少しは家に帰って調べてみた。やっぱり自分の歯はできるだけ残したい。
「隣の歯、削りますから。場合によっては、神経も抜きますからね、一月か、二月はかかるでしょう」
「神経を抜くと歯が弱くなるって聞いたんですけど」
これはすぐに歯が欠けたり、詰め物が取れて歯医者に通う夫の受け売りだ。
「仕方ないでしょう。残っている部分が少ないんだから」
それ、だめでしょう。なんで健康な歯の神経までとらなきゃいけないんですか?
「とりあえず、今日はまた掃除して仮詰めしておきますから」
とりあえず……夫もよくそう言う。それは話はこれでおしまいという合図。結局、言いたいことの半分も言えず、聞きたいことの半分も聞けず、治療を終えた。おまけに前より痛かったような気がする。ふつふつと怒りが湧いてくる。




