怒る男 ④
一息ついて顔を上げると、大きなカレンダーが目に入る。なぜだ?
なぜ、ここに特大のカレンダーをかける必要がある?
何もなければ上品と言えなくもない白のレンガ調の壁の、それも座った目線の正面に。もしかして毎月俺の知らない重要な行事でもあるのか?
年末大売り出しで配っただけあって、商店街の宣伝に余念がない。三月は、派手なピンクの建物で、大きく「ただの歯科」と書いてある。いやでも目に入るから、トイレに入るたびに、覚えやすい名前だとか、外壁のピンクは子どもを意識しているんだろうかなど、気づけばただの歯科のことばかり考えている。名前は忘れたが、先月は肉屋だったから、すき焼きやしゃぶしゃぶの肉の薄さとタレについて考え続けたような気がする。
せめてこれが世界遺産や名画のカレンダーなら、俺ももう少し高尚なことを考えられたのにと思うと、余計に腹立たしくなってくる。
トイレに入る度に、注意しようと思うが、なぜか、トイレを出ると忘れてしまう。四月が何だか知らないが、商店街ツアーはもうたくさんだ、今夜こそ言ってやる。
そういえば、城島が結婚する時、お相手は社長のいとこだか、はとこのお嬢様だと聞いた気がする。きっと城島の家は芳香剤のCMに使えそうなトイレなんだろう。
里子には内緒にしていたが、実は便秘気味だった。溜めるのは何でもよくない。出してしまえば、ささやかな達成感さえ感じる。水に流せとはよく言ったもんだ。
考えてみれば、里子と尿路結石持ちの猫一匹。俺が背負っていくにはちょうどいい重さじゃないか。勢いよく流れていく水の音を背中で聞きながら、ドアを閉めた瞬間、何かを忘れてるような気もしたが、もう気にしないことにした。
「あなた、トイレ長いみたいだけど、大丈夫? レオンと同じ尿路結石じゃないの? そうそう、明日帰りにトイレットペーパー買ってきてくれる?」
やれやれ、明日はトイレットペーパーか。
仕事帰りに買い物を頼まれるような暮らしもあと少し、その後は、夫婦でネギの飛び出た買い物袋をぶら下げて歩くのだろうか。顔をしかめかけて、ふと、一緒に行けば、いい肉を選べると気づく。二人なら量はしれてる。その分、うまいものを食えばいい。
旬の食べ物を思い浮かべ、そんな暮らしも悪くないと思いながらリビングに戻った俺を、ソファの上のレオンが大きなあくびで迎えた。
この後、「怒る女」「怒る猫」と続いて完結します。ここまで読んでいただいて本当にありがとうございます。




