怒る男 ③
それにしても最近のテレビ番組はつまらなくなった。芸能人が自分の身の上話をさらして、どこが面白いのかさっぱりわからん。ニュースもトップニュースがそれかと唖然とすることもしばしばで、キャスターや政治家の読み違えも昔に比べて格段に増えた。
放送事故と言えば、大変な不名誉だったが、最近は珍しくもない。それを面白おかしく特番にし、堂々と放送しているんだから世も末だ。帰りの電車で見る週刊誌の中吊り広告も、ひどいもんだ。表現の自由って御旗を振りかざせば何でもありか。良識あるはずの新聞さえもおかしくなってきている。
「なぁ、レオン。俺は間違ってるか?」
あくびをしているレオンに話しかけると、尻尾の先だけを器用に二度、三度横にふる。
「そうか、お前もそう思うか。そうだろう。こう見えても俺は、会社では物わかりのいい上司で通ってるんだ。俺だって若い時は失敗もしたからな。長い目で見てやるよう心がけてるんだ。だけど、なんでかなぁ」
昔、無能な上司に下について、随分苦労をさせられた。自分が上司になったら、わずかでも頼られるような上司になりたいと努力してきたつもりだった。長い会社勤めには、色々なことがあったが、仕事への愛情は持ち続けてきた。
目を閉じると今朝の朝礼が思い出された。人事異動の発表のあと、しばらく頭の中は真っ白だった。それでも、昼休みまでには気分を立て直し、改めて、同期の城島に祝いを述べた。
「ありがとう、君たちが支えてくれたお陰だよ、これからもよろしく」
そう言って、満面の笑みを浮かべた城島の綺麗に並んだ白い歯がなぜか印象に残っている。そういえば歯医者に行くからと報告書や見積もりを渡されたことがあったな、ジムやエステなんてのもあったと今更どうでもいいことまで思い出す。
痛み止めが効かなくなったせいで、一日中、しかめっ面になって部下に気を使わせたあげく、閉院ぎりぎりに駆け込んだ歯医者にまで、よくここまで我慢できましたねと嫌み混じりに言われるような俺とは違う。何事にもそつがなく、定年を役付で迎える城島なら、子会社のどこに行っても歓迎されるだろう。
融通が利かないと言われているのはわかっていても、俺は丁寧にやるしかなかった。それが間違っていたとは思わないが、課長止まりの俺と最後に出世の階段を駆け上がった城島とでは何かが違ったのだろう。だが、それがわかったところで今更だ。
俺にできるのは、暮らしを支えてくれた会社に感謝して最後まで誠実に勤め上げることだけだ。
「お前、尿路結石なんだってな。お互い、年を取るのは嫌なもんだなぁ。だけど、安心していいぞ。お前の老後くらいはみてやるからな」
「あなた、起きてるの? やだ、またソファでうたた寝してるのかと思ったじゃない、起きてるならエシャレット食べる? 今日、収穫したの、出すのを忘れてたわ」
洗い物が終わったらしい里子が台所から声をかける。
「エシャレット?」
なんだ、そのおしゃれなものは食い物か?
「ほら、去年の夏、植えたって言ったでしょう、ちゃんと収穫できたのよ」
狭いベランダには、里子が植えたよくわからない葉っぱがいくつも並んでいる。小鉢を持ってきた里子はどこか自慢げだ。きれいに洗って並んだ白い姿はらっきょうか、昔お袋に言われて探した野蒜にも似ていて懐かしい。
「味噌で食べると美味しくて、疲労回復にもいいんですって」
言われるままに味噌をつけて食べて見ると、シャリシャリとした食感と瑞々しさが口いっぱいに広がる。素朴な山の春の味がした。
「日本酒、まだあったか」
「あるけど、あんまり呑みすぎないでよ。もう年なんだから」
エシャレットをつまみ、日本酒をくいっと流し込む。久しぶりに心地よい酔いに身を任せていると、下腹がひくひくと動き出すのを感じる。
里子の目の届くうちはゆっくりと歩き、廊下に出た途端、小走りにトイレに駆け込む。冷えてくると、つくづく暖房便座がありがたい。思えば、先の見えない世の中で、こんな小さな満足を積み重ねていくのは悪くない。悪くないどころか上等だ。




