怒る男 ②
「だからぁ、あなた、レオンのペットフードは尿路結石に配慮してますって書いてあるやつだっていつも言ってるでしょ」
帰宅するなり、里子が言った。知るか。それが安くて量が多かったんだ。文句を言うな文句を。
「前に血尿が出たこと、あなたも覚えているでしょ? もっと気をつけてくれないと。レオンが痛そうにおしっこしてるの、かわいそうでしょう?」
レオンは今日もソファの一番いい場所に陣取って丸くなっている。若い頃は俺が帰ってきたら、尻尾をぴんと立て、トコトコと玄関まで顔を出して、スーツの裾にまとわりついたものだが、最近はいつ見てもうつらうつらしている。その姿を見ると確かに年をとったと思うが、それでも里子の言いぐさに腹が立つ。
メールは見たぞ、ほれ。と意気揚々と買い物袋を渡した途端、文句を並べはじめた。だったらお前が買ってこい。俺はもう行かないぞ。金輪際動かないぞ。強い意志を背中に込めて、部屋着に着替える。
里子は猫撫で声でレオンに話しかけている。
「ごめんね、レオン。今日はこれで我慢してね。明日ママがいつもの買ってきてあげるからね。パパさんはだめだよねぇ」
誰がパパさんだ、まったく。俺は猫を子どもに持った覚えも愛人にした覚えもないぞ。
里子が夕食の皿を並べはじめたのを見て、レオンが猫皿の前に移動して待っている。順番を受け入れて大人しく待つ姿をテーブル越しに見る視線に微かな優越感を滲ませてしまったことに情けなさを感じないでもない。
だしの香りがすると思っていたら、今夜はおでんらしい。夜は冷えると思っていたところだったから、ありがたい。ほかほかと湯気を立てる玉子、白い大根や煮込んだ肉に、やさぐれた気分も霧散する。辛子にするか、味噌にするか、いっそ両方試すかと周りを見るが、あいにく味噌が置いてない。まったく。
「おい、味噌はないのか」
声をかけると、里子がいそいそと持ってきたのが黒いマヨネーズでぎょっとした。やはり病院に連れていくべきかと、おそるおそる受け取ってラベルを見ると、〈かけて味噌 つけて味噌〉と書いてある。なんだ中身は味噌か。最近の味噌は随分おしゃれになったもんだと手に取って感心して見ていると、向かい側で里子が、ウフフと笑って目を輝かしている。いたずらに成功した子どもか。
おでんはいい。二、三日続いてもいいくらいだ。が、どうも肉が固いな。だしの香りがたつ大根に箸をさせば、ほろりと割れる。煮込みが足りないわけじゃなさそうだ。そういえばこの間のカレーの時もそう思った。里子のことだ、どうせ安い肉を買っているんだろう。
最近は、ネット通販のお徳用やお試しなども利用して、自分では節約しているつもりだろうが、だいたいいつも方向性がずれている。夫婦二人しかいないのに、コロナで休校になった学校の給食応援キャンペーンとかで、冷凍庫がサバだらけになったこともあった。
来る日も来る日もサバを食べ続けた日々を思い出すと今でもため息が出る。年をとったら、食べるものは多少高くてもうまいものを食いたい。衣・食・住、節約するなら、もう衣に決まってる。
今更しゃれたところで、人生が変わるわけもない。それより、食べ物を始末して病気にでもなったら大変だ。医療費の方がずっと高くつく。つらつら考えていると、しらず眉間に皺が寄っていたのだろう。
「テレビ、他のチャンネルにする?」
里子が聞いてきた。
「いや、どこも同じだ。そこでいい」
「ねえ、このコマーシャルの猫、少しレオンに似てない? でも、レオンの方がイケメンかも。レオンもテレビ出る?」
食事を終えて、満足そうにソファで丸くなっているレオンは何も聞こえなかったふりをしている。まだ子猫の頃、手作りのウサギの着ぐるみを着せられたことがトラウマになっているに違いない。




