怒る男 ①
改札を抜け、地上への階段をのぼる俺を、軽々と抜き去って駆け上がっていく若い男の背中を見送りながら、本気を出せば俺だってこんな階段なんか屁でもない、息苦しいのはマスクのせいだと人知れず毒づく。
駅の階段を本気でのぼれとは誰も望んでいないだろうが、心の声に異を唱える者はいない。
乱されたペースを戻すように大きくため息をつくと、また一歩階段をのぼる。段差をしっかりと見据えているせいで、しらず前屈みになった後ろ姿はなんともくたびれている。
実際には、狭い日本、そんなに急いで何処へ行く、そんな昔の標語を思い浮かべたり、動く速さによって時間の進み方が違ってくるという物理の法則を思い出したりしているので、頭のなかは意外と忙しい。
慣れた階段をのぼるのは些細なこと、だがその些細なことこそ大切だ、それが俺の信念だと自分なりに納得したところでようやく地上に辿り着く。
以前、ぼんやり歩いていたら何もないところで危うく転びそうになり、無様にひざまづいてしまったことがある。誰一人声をかけることもなく通り過ぎる人並みに無情さを感じたが、大丈夫ですかなどと声をかけられたら、それはそれで恥ずかしかっただろう。定年間近は微妙な年頃だった。
今時は、人の失敗が面白おかしくSNSに投稿されたりする。道でいきなり土下座した親父がいると動画でも上げられたら目も当てられなかった。一般市民と言えども油断はできない。現に自分も何処にでもいそうな猫の動画を見て癒やされていたりする。最初は、妻の里子にしつこく言われて仕方なく見たが、今は、猫が首を傾げて水道の水を飲んでいるだけの動画を気に入ってわざわざ保存していたりする。
時間ができたら俺もやってみるか、幸い、家には猫がいる。スマホやパソコンくらい俺だってやれると思いながら、ふと、
「帰りに台所洗剤買ってきてってメールしたのに。メールくらい確認してよね」
先日、帰るなり里子に小言を言われたことを思いだす。まったく、何が洗剤だ。お帰りなさいの一言よりも、洗剤買ってきた? が先とはどういうことだ。
昔はもう少し可愛げがあったと苦々しく思いながらも立ち止まり、年季のはいった黒い鞄から携帯を取り出す。〈ペットフード買ってきて〉
またか……。せめて、最初に〈お仕事お疲れ様〉くらい入れろ。
十文字にも満たない文字を打つ、労力を惜しむな。惜しむなら、お前のお茶代を惜しめ。それにしても、里子は最近物忘れがひどくないか。買い物に行っても毎回、何か一つ、二つ忘れてくるようだ。一度専門の病院に受診させた方がいいかも知れない。認知症も早いうちなら治療ができると聞いたことがある。定年後に慣れない介護なんて、考えただけでぞっとする。




