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男女完全隔離された名門学園都市。秘密の許嫁(銀髪ポニテ会長)に一途な俺は、女子生徒会からのアプローチをすべて勉強と科学で論破する  作者: 湊楓


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第9話:パーソナルスペース侵害です(ギャル愛莉の急接近)

第8話では、東校舎三百人の男子たちの期待を背負って特攻し、開始一分で散っていった虎太郎と、彼を真顔でお姫様抱っこして回収した海堂の雄姿の話でした。

第9話はいよいよ本作の醍醐味である「女子からのアプローチの完封バトル」が本格開幕します!

喉を潤すため、一人でタワー共用給湯室へ向かった湊。

そこへ音もなく忍び寄ってきたのは、モデル体型を誇る金髪ギャル・城崎愛莉!

逃げ場のない給湯カウンターで背後を塞がれ、ゼロ距離密着で新色リップを突き出すスタイル抜群の美少女に対し、湊が放つ「キレ味抜群の鉄壁パンチライン」とは――!?

厚さ二十センチの重厚な防音扉が背後で閉ざされると、大会議室を包んでいた異様な熱気と、男たちの狂乱の気配が嘘のように遮断された。

「……ふぅ」

俺は静まり返った廊下で、深く息を吐き出した。

地上十五メートル、東西境界タワー最上階の中央フロア。

東西の境界線の真上に位置するこの回廊は、白を基調とした無機質で清潔な壁面に柔らかな間接照明が灯り、まるで高級ホテルの特別階のような静寂に包まれている。

会議室を出て、毛足の短い絨毯が敷かれた廊下を数歩進んだ突き当たり。

目指す扉の真鍮プレートには、『共用給湯室』の文字が刻まれていた。

名目上は「給湯室」と呼ばれているが、ここは来賓接待などの様々な公務を想定して設計された多目的リフレッシュエリアだ。

木目調のドアを押し開けると、十畳ほどのゆったりとした空間が広がっていた。

奥の壁際には、最新鋭の浄水給湯サーバーやステンレスシンク、各種のティーカップが整然と並ぶ給湯カウンター。そしてその向かい側には、休憩用の深い黒革張りローソファーと、ガラス天板のサイドテーブルが上品に配されている。

東西の生徒役員が公務の合間に喉を潤し、張り詰めた神経を休めるためのラウンジ仕様だった。

室内には誰もおらず、換気ファンの微かな低音だけが静かに響いている。

俺はカウンターへ向かい、ガラス製ティーポットと、東校舎生徒会の備品である白磁の湯呑みを並べた。

(……四十分間の議事録作成、それに手元での裏暗号チャット。想像以上に神経をすり減らしていたな)

思考をすっきりと整理するためにも、ここは落ち着いて水分とアミノ酸を補給しておきたい。

給湯カウンターに置かれていた宇治玉露を手に取った。

玉露を淹れる際の基本は、決して熱湯を注がないことだ。

沸騰した直後の百度の熱湯をいきなり注げば、お茶特有の上品な甘みや旨味成分が壊れてしまい、強い渋味や苦味ばかりが前に出てしまう。

俺は給湯サーバーから湯冷まし用の器へ一度お湯を移し、器を手で包み込みながら、温度がゆっくりと下がっていくのを待った。

およそ六十度から六十五度。手で触れて「少し熱いけれど心地よく持てる」くらいの温度が、玉露の豊かな甘みを引き出す黄金律だ。実家で幼い頃から祖父に教え込まれてきた、体に染みついた所作だった。

頃合いを見計らい、茶葉の入ったガラスポットへと湯を静かに注ぎ入れた。

乾燥していた濃緑の茶葉が、透明な湯の中でふわりと浮き上がり、ゆっくりと円を描きながら底へと沈んでいく。

穏やかな蒸気とともに、青畳を思わせるみずみずしく芳醇な茶の香りが、給湯室の空気を静かに満たし始めた。

――その時だった。

カツン、カツン。

静寂に包まれていた廊下から、軽快で小気味よいヒールの足音が近づいてきた。

そして――。

バタン。

背後で給湯室のドアが勢いよく閉じられ、カチャリとラッチが噛み合う金属音が響いた。

「……?」

俺が振り返ると、そこに一人の少女が立ちはだかっていた。

西校舎・生徒会広報担当、城崎愛莉。

東校舎の席から円卓越しに見ていた時よりも、至近距離で対峙した彼女の迫力は凄まじかった。

百七十二センチの長身。すらりと伸びた無駄のない長い手足に、胸元をわずかに強調するように着崩された西校舎のブレザー。引き締まったウエストのラインと、歩くたびにふわりと波打つゴールドのゴージャスな巻き髪。

俺たちと同じ高校一年生とは到底思えない、完成されたファッションモデルのような抜群のプロポーションだった。

愛莉は背中で給湯室のドアをぴったりと塞ぎ、腕を組んで、猫のように切れ長の大きな瞳で俺をじっと見つめていた。

「捕ま〜えた。如月くん、だっけ?」

艶やかな声が、狭い給湯室の中に響く。

「……城崎さん。何かご用でしょうか」

俺はポットの取っ手に手を添えたまま、淡々と応じた。

愛莉はフフンと勝ち誇ったような笑みを浮かべると、高いヒールを鳴らして、しなやかな足取りで一歩、また一歩と俺の方へ詰め寄ってきた。

愛莉は俺の正面わずか三十センチの距離まで迷いなく踏み込んでくると、カウンターの縁に両手をトンと置き、俺を上から覗き込むような体勢を取った。

お互いの顔が触れ合うほどの至近距離。

愛莉の首筋や豊かな金髪から、甘酸っぱい柑橘系と華やかなバニラが混ざり合った、濃厚な香水の気配が津波のように押し寄せてくる。

「アタシ、ずーっと気になってたんだよね〜」

愛莉は長いまつ毛をパチパチと瞬かせ、上目遣いで俺の目を覗き込んできた。

「さっきの会議中さ、東の男子たちってみんなガチガチに緊張して、アタシたちのことチラチラ見てキョドってたじゃん? 特にあの書記の虎太郎くん? 休憩入った瞬間に鼻血噴いて灰になってお姫様抱っこされてさ〜、マジで意味わかんなくてウケたんだけど」

「……西条の醜態については、弊校の風紀としても深くお詫び申し上げます」

「あ、謝罪とかどーでもいいの。問題はアンタよ、如月湊くん」

愛莉はツンと唇を尖らせ、さらに数センチ、顔を俺へと近づけてきた。

顔と顔の距離、わずか十五センチ。

彼女の吐息の温もりすら肌に伝わってきそうなほどの超接近戦だ。

愛莉の潤んだピンクリップが、艶やかな光沢を帯びて目の前でプルプルと揺れている。

「アンタだけさ、最初から最後までいっっっさい動揺してなかったでしょ? 虎太郎くんが倒れた時も冷静だったし。……アタシたちが目の前にいて、ミリもドキドキしないわけ? アタシたち西の女子のこと、ナメてんの?」

愛莉の瞳には、明らかな負けん気が宿っていた。

男子校の連中を一瞬でノックアウトできるはずの自分たちの魅力が、目の前の黒髪の少年にだけまったく通用しなかった。それが、学園トップクラスの美貌を自負するギャルのプライドを強烈に刺激したのだろう。

少しからかって、真っ赤にして狼狽えさせてやる――そんな小悪魔じみた意図が、ありありと透けて見えていた。

「ナメてなどいません。私はただ、与えられた公務の記録に集中していただけです」

「ふ〜ん? じゃあさ――」

愛莉は猫のような笑みを深め、ぷっくりとした下唇を指先でトントンと軽く叩いてみせた。

「アタシの今日のリップ、新色の限定チェリーピンクなんだけど……どう思う? すっごく可愛いでしょ? ほら、もっと近くでよく見てみなよ♡」

悩ましい流し目と、挑発的な至近距離の唇。

健康な男子高校生であれば、心拍数が跳ね上がってその場に崩れ落ちていてもおかしくない、破壊力抜群のアプローチ。

――だが。

その瞬間、俺の脳内では、まったく別の警報がけたたましく鳴り響いていた。

(……近い。近すぎる。なんだこの異常な距離感は)

俺の背筋に冷や汗が伝う。

だがそれは、愛莉の色香に当てられたからではない。

(……まずい。凛花以外の女子の匂いをこの至近距離で嗅ぐことすら、俺の純愛倫理規定が許さない。万が一にも制服に甘い香水の匂いが移ってでもしたら、今夜の凛花との裏通話で『……湊くん、誰の匂い?』と絶対零度の尋問を受けることになる……ッ!)

俺の鉄壁の防衛本能が、瞬時にフル稼働した。

この無防備すぎるギャルを、一秒でも早く、物理的かつ論理的に後退させなければならない。

俺は手元のガラスポットから湯呑みへと、玉露を注ぎながら、視線すら合わせずに真顔の早口で冷徹に言い放った。

「――パーソナルスペース侵害です」

「……は?」

至近距離で甘い吐息を漏らしていた愛莉の表情が、ピシリと凍りついた。

俺は湯呑みをソーサーに置き、一切の抑揚を排した平坦な声で、立て続けに言葉を叩きつけた。

「近すぎます。至近距離の甘い香水でお茶のいい香りが全部消えますし、他人の息が顔にかかるとシンプルに蒸し暑くて集中力が落ちます。とりあえず三十センチ下がってください」

言い終えると同時に、俺はスッと一歩横へスライドし、愛莉の正面から身体を逃がした。

給湯室の中に、ポカンとした沈黙が落ちた。

「…………は?」

愛莉はカウンターに手を突いた姿勢のまま、完全に固まっていた。

「は……!? え……!? 香水でお茶の香りが消える……!? 息がかかって……蒸し暑い……!? な、何言ってんのアンタ!?」

愛莉の白く滑らかな頬が、羞恥と怒りで一気に真っ赤に染め上がっていった。

武器であるはずの美貌、モデル体型のスタイル、そして完璧に決めてきた新色のリップ。

そのすべてを「お茶の邪魔」および「顔にかかる蒸し暑い息」として、身も蓋もない現実的な正論でバッサリと切り捨てられたのだ。

「な、なんなのアンタぁぁぁぁッッ!?」

愛莉はバンッ!とカウンターを両手で叩き、ゴールドの巻き髪を振り乱して地団駄を踏んだ。

「意味わかんない! 意味わかんないんだけどー! なんでギャルがゼロ距離でリップ突き出してんのに、お茶の心配してんの!? 蒸し暑いって何よ蒸し暑いって! 鼻血噴くか、赤面してドギマギするのが普通の男子でしょーが! なんで超冷静にお茶淹れてんのよバカ!」

「西条のような反応を全男子に期待するのは偏見です。私は喉を潤したいだけですので、ソファーへお座りになって頭を冷やしてください」

「座らないわよ! 誰が座るかぁぁぁ!」

愛莉は胸を上下させ、肩で息をしながら俺を睨みつけていた。

だが、その瞳には先ほどの挑発的な余裕など微塵もなく、ただただ調子を狂わされて真っ赤になった一人の女の子の素顔が露わになっていた。

(……ふむ)

俺は湯呑みのお茶を一口すすりながら、ぷりぷりと怒気を含んで腕を組む愛莉の姿を、冷静に観察した。

百七十二センチのモデル体型。

派手な金髪に、流行のメイク。一見すれば、校則スレスレの派手なギャルにしか見えない。

だが――。

俺の視線は、彼女のブレザーの左胸ポケットへと留まった。

そこから、ちょこんと小さな頭を覗かせているものがあった。

それは市販のブランド品でも、派手なキャラクターグッズでもなかった。

淡いパステルピンクとクリーム色のフェルト生地で作られた、手のひらに収まるほど小さな、手縫いのウサギのマスコット・チャームだった。

(……あれは)

俺の観察眼が、そのマスコットの細部を捉える。

フェルトの端を縫い合わせている糸の縫い目は、まるで定規で測ったかのように真っ直ぐで、等間隔に並んでいた。

生地の端に一切の引きつれやシワがなく、布全体がふっくらと柔らかな立体感を保っている。

さらに、ウサギのつぶらな瞳としてあしらわれた刺繍の玉も、歪みがなく完璧に丸い形をしていた。

(驚いたな。既製品じゃない……完全な手作りだ。しかも、丁寧で、技術が高いぞ)

実家の菓子作りにおいても、練り切りの細工や砂糖菓子の成形には指先の繊細さが求められる。だからこそ、俺にはそのマスコットに込められた丁寧な仕事ぶりが一目で理解できた。

派手なギャルの胸ポケットに、誰にも見つからないよう大切に忍ばされた、驚くほど丁寧な手縫いのマスコット。

(なるほど……。この城崎愛莉という生徒は、ただのギャルではないな)

俺が胸元を凝視していることに気づいたのか、愛莉はハッと我に返ったように両手で胸元を隠した。

「な、なにジロジロ見てんのよエッチ! アンタやっぱりムッツリなんじゃないの!?」

「いえ、エッチな視線ではありません。ただ、あなたの胸ポケットに――」

俺が言葉を続けようとした、まさにその瞬間だった。

パタパタパタ……と、廊下の向こうから柔らかな足音が近づいてきた。

そして、聞き覚えのあるおっとりとした美声が、給湯室のドア越しに響き渡った。

「愛莉ちゃーん? 給湯室にいらっしゃいますの〜? もうすぐ小休憩が終わってしまいますよ〜」

同じ高校一年生で、西校舎副会長の神前綾乃の声だった。

「げっ……!? あ、綾乃ちゃん……!?」

愛莉の顔から一瞬で血の気が引き、慌てて自分のブレザーの乱れを直そうと両手でバタバタと服を払った。

「や、ヤバい……! こんな真っ赤な顔見られたら、あいつをからかいに行って逆に論破されてブチ切れてましたなんて、絶対に言えないんだけど……!」

愛莉はドアノブに手をかけ、振り返って俺をギリッと睨みつけた。

その瞳は、悔しさと恥ずかしさで潤んでいる。

「ちょ、ちょっと如月! 今日のことは絶対に誰にも言わないでよね! 次のセッションで絶対にギャフンと言わせてやるから……覚悟しなさいよ!」

捨て台詞を吐き捨てると、愛莉は勢いよくドアノブを回し、脱兎の如く給湯室から飛び出していった。

――だが、その焦りすぎた勢いが災いした。

バタバタッと激しく身を翻した拍子に、彼女のブレザーの胸ポケットから、何かがポロリとこぼれ落ちた。

コソッ。

柔らかな布が床の絨毯に落ちる、小さな音。

「あ、愛莉ちゃん? どうしてそんなに慌てて……お顔が真っ赤ですけれど?」

廊下の向こうから綾乃の不思議そうな声が微かに聞こえ、やがて二人の足音は大会議室の方へと遠ざかっていった。

再び、給湯室に静寂が戻ってきた。

「……まったく、慌ただしい奴だな」

俺は小さく息を吐き、足元へと視線を落とした。

給湯室の扉の前。

磨かれたフローリングと絨毯の境目に、小さなパステルピンクの物体が転がっていた。

俺は屈み込み、それを静かに拾い上げた。

手のひらに乗ったのは、先ほど愛莉の胸ポケットから顔を覗かせていた、あの手縫いのウサギのマスコット・チャームだった。

近くで見ると、その作りの丁寧さはより一層際立っていた。

一針一針、心を込めて丁寧に縫い合わされたフェルト生地。

指先で触れると、作り手の優しい体温と、繊細な手仕事の温もりがそのまま伝わってくるようだった。

「落としていったか……」

あれほど必死に隠すように持っていたのだ。愛莉にとって、何よりも大切な私物に違いない。

俺はウサギのマスコットを手のひらで見つめながら、静かに息を呑んだ。

その時――。

ガラッ!

勢いよく給湯室のドアが再び開き、肩で息をする金髪の少女が、血相を変えて飛び込んできたのだった――。

第9話をお読みいただき、誠にありがとうございました!

172cmの長身金髪ギャル・城崎愛莉のアプローチでしたが、湊の「お茶の香りが消える&息が蒸し暑い」という正論パンチラインによって見事に撃退されました!

身も蓋もない現実的なツッコミでバッサリ切り捨てる湊の鉄壁ぶりを楽しんでいただけましたら幸いです。

そして、慌てて飛び出した愛莉が落としていった、手縫いのウサギマスコット!

青ざめて給湯室へ戻ってきた愛莉を待ち受ける展開とは――!?

次回、第10話もお楽しみください。

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