第8話:男子たちの夢を背負った虎太郎、開始一分で魂が抜けてしまう
張り詰めた予算舌戦が繰り広げられた第1セッションが終わり、十五分間の小休憩に入りました。
生身の女子と同じ空間に耐え続けた男子校の犬系イケメン・西条虎太郎の理性が、ついに完全決壊!
東校舎三百人の男子たちの熱い期待と煩悩を背負い、女子生徒会席へ果敢に突撃する虎太郎ですが……170cm超えのモデル体型令嬢たちの至近距離オーラと甘い香りを真正面から浴びた瞬間、哀れな男に待ち受ける衝撃の結末とは――!?
男子校ノリ全開のドタバタギャグと、海堂の筋肉お姫様抱っこ、そして女子陣それぞれの個性豊かなリアクションをたっぷりとお楽しみください!
「これより、十五分間の小休憩とする」
御手洗征四郎が告げたその言葉は、ある一人の男にとって、理性の防波堤を根底から粉砕する号砲に他ならなかった。
「ぜぇ……ぜぇ……っ! や、やっと休憩かよ……ッ!」
東校舎の席の端で、書記・西条虎太郎がガタッと音を立てて立ち上がった。
スラリとした読者モデル体型をワナワナと痙攣させ、虎太郎の瞳孔は完全に開ききっていた。額にはびっしりと冷汗が浮かび、肩で息をしている。
それも無理はない。
思春期真っ盛りの健康な男子高校生が、鉄と汗と制汗スプレーの臭いだけに塗れた東校舎から連れ出され、直径わずか五メートルの至近距離に生身の美少女八名を配置されたのだ。
しかも、最初の四十分間は一言の私語も許されず、息を潜めて冷徹な予算会議を見守り続けなければならなかった。虎太郎の貧弱なメンタルにとって、それはもはや最新鋭の拷問器具に縛り付けられていたようなものだった。
「おい、晴彦、湊……俺はもう限界だ……! 目の前に生身の女子がいるのに……四十分間も一言も話せないどころか、息を吸うのすら遠慮しなきゃいけないなんて……そんなの地獄以外の何物でもねぇだろ……ッ!」
「ま、待て虎太郎! 落ち着け!」
佐伯副会長が青ざめ、手にした六法全書を胸元で盾のように構えて叫んだ。
「貴様、今朝の誓いを忘れたのか!? 我らは東校舎の代表として、毅然とした態度を保たねばならんのだぞ!」
「うるせぇぇぇ! 忘れられるわけないだろ!」
虎太郎は血走った目を剥き出しにして叫び返した。
「今朝、見送りに集まった五十人以上の同胞から何を託されたと思ってんだ!? 『虎太郎、頼むから女子の空気を吸ってきてくれ』『一言でいいから生身の女子と会話のログを残してくれ』って、あいつらは涙を流して俺の肩を叩いたんだよッ! 俺は行くぞ……! 東校舎三百人全員の男子の夢と希望と煩悩を背負って……俺が最初に、女子の領域へ第一歩を踏み出してやるんだぁぁぁッ!!」
「よせ、虎太郎! 死にに行くようなものだ!」
佐伯の悲痛な静止など、煩悩のロケットエンジンを点火させた男の耳には微塵も届かなかった。
虎太郎は黒檀の円卓の縁に沿って、猛然と西側――女子生徒会陣営の領域へと特攻ダッシュを仕掛けた。
「……やれやれ」
俺は議事録用のスタイラスペンを机に置き、深く息を吐き出した。
隣の席では、御影怜司が眼鏡を押し上げながら「生命保険の加入状況を確認しておくべきだったな」と氷のように呟き、征四郎は腕組みをしたまま微動だにせず、哀れな特攻兵の背中を見つめていた。
タッタッタッ、と磨き抜かれた床を蹴り、虎太郎は円卓の西側境界線へと勢いよく飛び込んだ。
小休憩に入ったことで、女子生徒会役員たちは立ち上がり、軽く伸びをしたり、書類を整理したりと、思い思いに寛ぎ始めていた。
そこへ、東の男子が一人、突風のように乱入してきたのだ。
「な、なんの騒ぎですの……?」
「えっ、こんな方いました……?」
女子陣が一斉に、円卓の東から飛び込んできた虎太郎へと視線を向けた。
その瞬間――西条虎太郎の歩行が、ピタリと、完全に停止した。
距離、わずか一メートル。
手を伸ばせば触れられそうなほどの至近距離に立ち並んでいたのは、東校舎の男子が一生かかっても拝めないような、極上の美の暴力だった。
何より圧倒的だったのは、彼女たちの放つスタイルの良さと高貴な存在感だ。
長身でゴールドのゴージャスな巻き髪をふわりと揺らし、完璧なプロポーションでブレザーを着こなす城崎愛莉。潤んだピンクリップが、至近距離で艶やかに光っている。
モデル体型にしなやかな曲線美を宿し、清楚なシスター服のロングスカートを揺らして「あらあら?」と小首を傾げる神前綾乃の、包容力に満ちた聖母の微笑み。
凛々しい体躯で、すらりと長い手足と鋭い涼やかな眼光を放ち、腰の白樫の木刀に手を添える褐色肌の剣崎冴。
長身で純白の衣と鮮やかな緋袴を纏い、艶やかな黒髪を揺らしてとろんとした瞳で見つめてくる桃瀬妃莉。
さらには、気品あふれるプラチナブロンドを輝かせる天祥院エリス、小悪魔な光を宿す姫野莉子、萌え袖カーディガンから無機質に視線を送る夜見栞。
そして――その中央に君臨する銀髪ポニーテール。
月城凛花が、夜の海のように深い紫紺の瞳を細め、「……何か、御用でしょうか?」と、一切の感情を削ぎ落とした絶対零度の美貌で、虎太郎を真正面から射抜いた。
視界の百パーセントを埋め尽くす、超絶美少女たちのパノラマビュー。
しかも、濃密で甘美な「香りの津波」が至近距離で虎太郎の鼻腔を満たした。
高級なシャンプー、フローラルの柔軟剤、気品ある柑橘のコロン、そして生身の女子の柔らかな体温の気配。
虎太郎の脳内CPUが、瞬時に処理限界を迎えた。
プツン、と。
耳の奥で、何かが焼き切れる決定的な音が響いた。
「あ、ふへ……っ」
虎太郎の口元が、だらしなく緩んだ。
両目の焦点は完全に虚空へと飛び、瞳孔が収縮と拡大を激しく繰り返す。
「て、天国……? ここ、天国なのか……? みんな、スタイル良くて……めっちゃいい匂いして……顔が、良すぎる……へへ……」
休憩開始から、わずか六十秒。
東校舎の犬系イケメン書記は、女子生徒会の誰とも一言の会話を交わすことすら叶わぬまま、限界突破のその先へと到達してしまった。
「あっ」
俺が小さく呟いた、次の瞬間だった。
ブシャッッッッ!!!!
虎太郎の両鼻から鮮やかな真紅の鮮血が勢いよく噴出した。
「きゃああああ!?」と西側の誰かが短い悲鳴を上げる。
だが、異変はそれだけに留まらなかった。
同時に、虎太郎の健康的な肌から血の気が急速に引き、足元から頭のてっぺんに向けて、目に見える速度で全身が真っ白な灰へと変色していったのだ。
そして――半開きになった虎太郎の口から、ふわぁぁぁ……と、透き通った白い人魂のような煙が、ゆらゆらと天井へ向けて立ち上り始めた。
「た、魂が抜けてるぅぅぅぅ!?」
愛莉が目を丸くして叫んだ。
魂を口から完全に吐き出し、真っ白に燃え尽きた虎太郎は、白目を剥いたまま直立不動の姿勢を硬直させた。
膝を折ることも、手を突くこともなく。
まるで根元を切り倒された丸太のように、パタリと後ろへ倒れ込み、円卓手前の絨毯へと音もなく完全沈黙した。
チーン、と仏具の音が大会議室に響き渡ったかのような静寂。
「……虎太郎ぉぉぉぉぉぉッッ!!」
静寂を切り裂いたのは、佐伯の絶叫だった。
佐伯は急いで駆け寄ると、ポケットから素早くティッシュペーパーを何枚も引き抜き、絨毯に倒れた虎太郎の両鼻へ手際よくキュッキュッと詰め込んだ。
「しっかりしろ虎太郎! 目を開けろ! 貴様、開始一分で逝く奴があるか! 魂を口に戻せ、吸い込めぇぇぇ!」
そこへ、カツン、カツンと冷徹な足音が近づいてきた。
会計の御影怜司が、薄型ソーラー電卓をパチパチと高速で叩きながら見下ろしてくる。
「佐伯、取り乱すな。それより床を見ろ」
「えっ?」
「この大会議室の絨毯は、特注の最高級ウール織りだ。血液が付着して変色した場合、専門業者による特殊クリーニング代は一平米あたり一万二千円。全体張り替えになれば四十万円の損失だ。この過失が理事長に知れ渡れば、先ほどの予算交渉で我が東校舎の活動費から強制天引きされる。――おい、海堂! 即刻この物体を撤去しろ!」
「任せてくれ」
爽やかな声とともに歩み出たのは、風紀担当・海堂陸斗だった。
絨毯に転がる虎太郎の前に立つと、一切の迷いなく両腕を差し入れた。
そして――。
ヒョイッ、と。
海堂は、真っ白に灰化して白目を剥いている虎太郎の背中と膝裏に腕を通し、信じられないほど軽やかに、極めて丁寧に抱き上げた。
それはまさに『お姫様抱っこ』だった。
「運搬対象、確保した」
海堂は一切の表情を崩さず、至って真面目な顔で報告した。
「海堂! 揺らすな! 揺らすと口から残りの魂が漏れ出す!」
佐伯が胃薬の小瓶を握りしめながら並走し、女子陣に向かって「す、誠に申し訳ありません! 弊校の書記の不始末でご迷惑をおかけしました!」と九十度の角度で深々と頭を下げた。
その様子を、征四郎が生徒会長席から腕組みをしたまま厳粛に見下ろした。
「……東校舎の恥を晒すな。即刻医務室へ運べ。点滴を二本打っておけ」
「了解だ、会長」
海堂は真顔でお姫様抱っこをしたまま、長い足で大会議室の防音扉へと向かってスタスタと歩き去っていく。
その後ろを、鳴神玲音が「やれやれ……レディーの前で鼻血を出して倒れるなんて、あまりスマートじゃないねぇ」と苦笑しながら見送り、小日向陸が俺のブレザーの袖口をちょこんと引きながら、「虎太郎くん、お星様になっちゃったの……?」と潤んだ瞳で小首を傾げていた。
嵐のような男子生徒会の回収劇を、女子生徒会役員八名はただただ呆然と見届けていた。
「……ちょ、ちょっと待って!?」
最初に沈黙を破ったのは、金髪ギャルの城崎愛莉だった。
愛莉はゴールドの巻き髪をかきむしりながら、円卓をバンと叩いてツッコミを入れた。
「アタシたち、まだ一言も喋ってないんだけど!? あいつ勝手に走ってきて、勝手に鼻血噴いて、勝手に真っ白になって倒れたんだけど!? なんなのあの生き物!? 意味わかんないんだけどー!?」
「あらあら……」
シスター服の神前綾乃が、豊かな胸元で白銀の十字架を握りしめ、ふんわりと眉を下げて目を閉じた。
「主よ……あのように純粋で、煩悩に焼かれて散っていった迷える子羊に、どうか温かなお慈悲と魂の救いを与えたまえ……アーメン」
「綾乃ちゃん、拝まないであげてください……本当に死んだみたいになっちゃいますから……」
愛莉が額を押さえて脱力する。
その横で、巫女装束の桃瀬妃莉が、とろんとしたタレ目を瞬かせながら、小さく感嘆の息を漏らした。
「すごいですね〜。視界に入ってから沈黙まで、わずか一秒……近接ゼロ距離ヘッドショット判定ですね〜。キルカメラが見たいです〜」
「桃瀬、物騒なゲーム用語で分析するな」
剣崎冴が木刀の柄から手を離し、呆れたようにため息をついた。
「敵襲かと思えば、ただの自爆か。東校舎の男子が軟弱なのは知っていたが、ここまでとはな……。それにしても、なぜ男同士でお姫様抱っこなんだ。見ているこちらが妙な気分になる」
「全くいかがわしいですわ!」
天祥院エリスが扇子をパチンと激しく鳴らし、嫌悪感を露わにした。
「名門校の神聖な会議室で、卑しい煩悩を撒き散らして倒れるなど言語道断! あの物体が二度と西側の敷居を跨げないよう、床の除菌を徹底していただきたいですわ!」
「あははっ、エリスちゃん怒りすぎ〜」
ピンクツインテールの姫野莉子が、小悪魔な光を目に宿してクスクスと笑い声を漏らした。
華奢な体を円卓に預け、莉子は上目遣いで東校舎の席を眺め回す。
「でも、男子校の人たちって本当に女子への耐性がないんだね〜。あんなに簡単にクラクラしてくれるなら、からかい甲斐がありそう♡ 私がちょっと微笑んであげるだけで、みんなイチコロなんじゃないかな〜?」
そんな喧騒の中、情報担当の夜見栞だけは、萌え袖から覗かせた細い指先で手元のサブモニターを淡々とタップしていた。
「……被験者・西条虎太郎。女子生徒会役員との接近時における心拍数急上昇、血圧の急変、ならびに脳貧血による失神を確認。観察価値、皆無……」
栞は気怠げに呟くと、前髪の隙間から、東側の席で静かに座っている俺へと視線をスッと移した。
(……それに比べて、あの如月という人……)
栞の視線の先で、俺は手元の公務端末をスリープモードに切り替えていた。
(……急激な迷走神経反射、および極度の興奮による交感神経の過剰亢進だな)
俺は頭の中で淡々と虎太郎の臨床データを処理していた。
人間は極度の緊張と興奮が同時に頂点に達すると、心拍数と血圧が急上昇した直後に、防衛本能として血管迷走神経反射を引き起こし、脳への血流が一気に途絶えて失神する。鼻血はおそらく、鼻粘膜の毛細血管が急激な血圧上昇に耐えきれずに破綻したものだ。
まあ、東校舎の全男子の煩悩を背負った代償としては妥当な結果と言えるだろう。
ふと、正面からの視線を感じて顔を上げた。
円卓の向かい側。
月城凛花が、顎をわずかに上げ、氷の刃のように冷徹な無表情を崩さずに立っていた。
「……男子生徒会の規律の緩みには、甚だ失望いたしましたわ」
凛花は凛とした美声でそう言い放ち、誰に対しても隙を見せない完璧な生徒会長の顔を保っていた。
だが――。
彼女の紫紺の瞳は、周囲の誰も気づかない一瞬の隙を突いて、俺の顔をじっと見つめていた。
(……湊くんが、あんなおバカな騒動に巻き込まれなくて、本当によかった……)
安堵と、愛おしさと、そして「湊くんはあんな風に他の女の子に鼻血を出したりしないよね?」という微かな牽制の混ざった眼差し。
俺が小さく首を横に振って「俺がそんな真似をするわけがない」と合図を送った。
「――さて」
俺は椅子を静かに引き、立ち上がった。
小休憩は残り十分。
四十分間の議事録作成と、手元の裏チャットによる極限の精神戦で、俺の喉は思いのほかカラカラに渇いていた。
「湊くん、どこ行くの……?」
小日向が心配そうに袖を引いてくる。
「少し喉が渇いたから、お茶を淹れてくる。小日向も何か飲むか?」
「ううん、僕は大丈夫。気をつけて行ってきてね」
俺は会釈をし、大会議室の防音扉を抜けて、静かな境界タワーの廊下へと出た。
目指すは、このタワーに設置された「共用給湯室」だ。
だが――俺はまだ気づいていなかった。
会議室を出ていく俺の無駄のない歩き姿を、円卓の向こう側から、一人の金髪ギャルが目を皿のようにして見つめていたことに。
「……ねぇ、ちょっと」
城崎愛莉が、ゴールドの巻き髪を指先で弄びながら、隣の神前綾乃に小声で耳打ちした。
「あの黒髪の如月って奴……。あいつだけ、最初から最後までミリも動揺してなくない? アタシたちのこと見ても、鼻血どころか眉毛ひとつ動かしてなかったんだけど」
「あら……? そう言われてみれば、とても落ち着いた、涼やかな佇まいの方でしたね」
綾乃がおっとりと微笑む。
愛莉の猫目が、ギラリと獲物を見つけた肉食獣のように細められた。
「……なんかムカつく。アタシたちを見てノーリアクションとか、ギャルとしてのプライドが許さないんだけど。ちょっとアタシ、あいつのこと試してくるわ〜」
「えっ、愛莉ちゃん!?」
綾乃の制止を背中で聞き流しながら、愛莉は湊が消えていった給湯室へと足早に向かっていった――。
第8話をお読みいただき、誠にありがとうございました!
東校舎三百人の夢と煩悩を背負って特攻した西条虎太郎でしたが、生身の女子の至近距離オーラと美貌の直撃を受け、開始わずか六十秒で鼻血噴射&魂が抜けて真っ白に灰化してしまいました……!
そして、灰になった男を真顔で完璧にお姫様抱っこして回収する海堂陸斗の雄姿や、女子生徒会8名それぞれの個性あふれるリアクションを楽しんでいただけましたら幸いです。
そして物語は、いよいよ初の女子生徒会からのアプローチ開幕へ!
喉を潤すため、一人でタワー共用給湯室へと向かった湊。
その背中を、プライドを刺激された長身金髪ギャル・城崎愛莉が追跡していきます!
次回、第9話もどうぞよろしくお願いいたします!




