第4話:全男子生徒の夢を背負い、俺は壁の上の『中央タワー』へ向かう
第4話は、初の東西合同生徒会会議へ向かう運命の出陣の朝です。
第3話であれほど佐伯が「絶対に秘密だ! 漏れたら焼き討ちだ!」と釘を刺したはずの合同会議が、なぜか男子生徒たちに筒抜けになっており――!?
暴動と虐殺を覚悟した生徒会執行部を待ち受けていた、男子校ならではの狂気の出陣式と、地上15メートルの中央タワーへの登頂をぜひお楽しみください!
土曜日の朝八時三十分。
本来であれば、全寮制の男子学生たちにとって、一週間の過酷なエリート教育から解放されて泥のように惰眠を貪るか、ラウンジでゲームの腕を競い合うはずの至福の休日である。
だが、東校舎の生徒会役員室の空気は、まるで開戦直前の前線塹壕のような凄惨な緊迫感に支配されていた。
ドォォォォン!!
「貴様ぁぁぁぁぁッ! 昨夜、大浴場の炭酸泉で何を喋ったぁぁぁッ、西条虎太郎ォォォッ!!」
室内に雷鳴のような怒号が轟いた。
音の発生源は、普段は冷静沈着を絵に描いたような知性派副会長・佐伯晴彦である。
だが今の彼に、法曹界のエリートの面影など微塵もなかった。
血管が浮き出た両手で虎太郎のブレザーの胸ぐらをガッチリと掴み上げ、前後に猛烈な勢いでガクガクと揺さぶっている。
机の上には、すでに開封された胃腸薬のガラス瓶が一本、虚しく転がっていた。
「ひ、ひぃぃぃっ! や、やめろ佐伯、首が折れる! 頚椎が亜脱臼するぅぅぅ!」
「折れてしまえそんな腐った首など! 貴様、全裸の開放感に浮かされて『明日、俺たち生徒会は中央タワーで生身の女子と密室会議だぜぇ〜!』などと、同学年数十名の前で高らかに吹聴したそうだな!?」
「い、いやぁ……だってよぉ! 炭酸のシュワシュワが腰に効いてすっごく気持ちよかったし、つい嬉しくなって……!」
「つい嬉しくなってで国家機密を漏洩させるスパイがあるか阿呆がぁぁぁッ!!」
バシィィィン! と、佐伯が左手に握りしめた厚さ七センチの判例集で虎太郎の後頭部を叩いた。
叩かれた虎太郎が後頭部を押さえながらよろめく。
「あれほど他言無用だと釘を刺したはずだ!」
佐伯は乱れた眼鏡を直しながら、絶望に染まった顔で頭を抱えた。
「終わりだ……。女子との接触を断たれて禁断症状に狂った数百名の男子生徒たちが、今まさに東校舎中から集結しつつあるという報告が入っている! 間違いなく暴動だ! 生徒会室は焼き討ちに遭い、我々は吊るし上げられ、最終的には、理事長の親衛隊に風紀紊乱の連座で全員首を刎ねられるのだ……!」
佐伯の青ざめた顔を見ながら、俺――如月湊は、鏡の前で黒いネクタイのノットを一段きつく締め直した。
ブレザーの内ポケットに手を滑り込ませ、そこに収められた銀色の『プラチナIDカード』と、その奥にある凛花との小さなお守りの感触を確かめる。
心拍数は毎分六十五。極めて平常だ。
「取り乱すな、佐伯」
重厚なソファから、御手洗征四郎がゆっくりと立ち上がった。
その顔には、名門政治家一族の長男としての冷徹な覚悟が刻まれていた。
「虎太郎の軽挙妄動は後で軍法会議にかけるとして、すでに賽は投げられたのだ。……例え東校舎の全男子から投石を受けようと、罵声を浴びせられようと、我々はこの責務を果たさねばならん。我々は東の代表なのだからな」
「会長……!」
佐伯が悲壮な面持ちで息を呑む。
部屋の隅では、海堂陸斗が「投石なら任せてください! 全部大胸筋で跳ね返します!」と頼もしく拳を打ち鳴らし、御影怜司は「火炎瓶等による器物破損の補修費用はすべて西条家に請求します」と冷酷に損害試算のペンを走らせていた。
鳴神玲音は優雅に制服の埃を払い、小日向陸は「みんな物騒だね〜」とのんびりマカロンの箱をバッグに詰めている。
「如月、準備はいいか」
征四郎が俺に鋭い視線を向ける。
「ああ。いつでも行ける」
「よし。……東校舎生徒会執行部、出陣する!」
征四郎を先頭に、俺たち八名は決然とした足取りで役員室の扉を蹴破らんばかりの気迫で踏み出した。
目指すは、本館二階の奥。
高さ十五メートルの大防壁の中央直上へと伸びる連絡デッキ――『中央連絡スカイウェイ』の手前に設置された、一般生徒立入禁止ラインである。
廊下を進むにつれ、前方から地鳴りのような異様なざわめきが響いてきた。
角を曲がり、本館二階のスカイウェイ入口へと続く大通路に足を踏み入れた瞬間――俺たち執行部の足が、ぴたりと止まった。
「……な、なんだこれは……」
佐伯の喉から、掠れた悲鳴が漏れた。
そこには、視界を埋め尽くすほどの人だかりが形成されていた。
東校舎に在籍する一般男子生徒たち――その数、優に五十人以上。
しかも彼らの格好は、お世辞にも暴動を起こす武装集団のそれではなかった。
休日の朝にベッドから転がり出てきたのが一目で分かる、毛玉だらけのスウェット。
部活動のヨレヨレのジャージ。
爆発したような寝癖頭に、慌てて羽織ったのかボタンを掛け違えた私服のパーカー。
なりふり構わず、ただ本能の命ずるままにここへ駆けつけてきたのだと雄弁に物語る、混沌極まる部屋着の群れだった。
佐伯が咄嗟に六法全書を胸の前に構え、防御姿勢を取る。
虎太郎が「ごめんなさい許してください!」と征四郎の背中に隠れる。
だが。
群衆の最前列にいた大柄な男子生徒が、生徒会執行部の姿を認めた瞬間――ドサリと、両膝を床に打ち付けた。
それに呼応するように、背後の数百名が一斉に、波が引くように床へと膝を突き、深々と額をコンクリートに擦り付けたのだ。
「……は?」
佐伯が間の抜けた声を漏らした。
投石はない。罵声もない。角材も火炎瓶もない。
そこに広がっていたのは、異様な熱気と、涙で顔をぐしゃぐしゃにした男たちの――『狂気の平伏』だった。
「生徒会長ぉぉぉぉぉッ! 生徒会の皆さんんんんッ!!」
最前列の男子が、血の涙を流しながら顔を跳ね上げ、両手を天に掲げた。
「頼みます! どうか……どうか俺たちの夢を、東校舎全男子の祈りを背負って、あの壁の向こうへ行ってきてくださいぃぃぃッ!」
「オオオオオオオッ!!」
地鳴りのような咆哮が、渡り廊下のガラス窓を激しく震わせた。
「ずるいなんて言いません! 妬むどころか、あなた方は神だ! 女子と同じ空気を吸える選ばれし勇者だ!」
「生きて……生きて女子の情報を持ち帰る、最前線の英雄になってくれぇぇぇッ!」
「 シャンプーの銘柄を特定してきてください!」
「どのような人たちなのか、どうか俺たちに教えてくれぇぇぇっ!」
百人を超える男たちが、両手を合わせて拝み倒し、念仏のように祈りを捧げている。
その光景は、もはや暴動などという生易しいものではなかった。
現世の地獄に囚われた亡者たちが、唯一天界への門を潜ることを許された使徒たちを見送る、宗教的熱狂そのものだった。
「……や、焼き討ちどころか……」
佐伯が六法全書を胸に抱いたまま、ピクピクと引きつった笑みを浮かべた。
「信仰対象に……祭り上げられた、だと……? なんだこの地獄の出陣式は……胃が、私の胃が溶ける……!」
「がっはっはっは! 見たか佐伯、これが男たちの魂の叫びよ!」
先ほどまで怯えていた虎太郎が、手のひらを返したように胸を張り、群衆の前に躍り出た。
そして、涙を流す一般生徒たちに向かって、ビシッと完璧な敬礼をキメてみせる。
「任せろ、我が愛すべき同志たちよ! 俺がこの命に代えても、女子生徒会の姿を、この目に焼き付けて帰還してやるからなァァァッ!」
バゴォォォォン!!
「調子に乗るな売国奴がぁッ!」
佐伯の渾身の判例集アタックが虎太郎の後頭部に炸裂し、虎太郎は床に綺麗な弧を描いて沈没した。
群衆から「おお……書記殿が早速殉職された……」「無茶しやがって……」と的外れな感嘆の声が漏れる。
征四郎が咳払いを一つし、威厳を取り戻して一歩前へ出た。
「諸君の熱意は……痛いほど理解した。我々は東校舎の代表として、決して女子側に侮られぬよう、堂々と公務を果たしてくる。各員、部屋へ戻り自習に励め!」
「「「うおおおおおおっ! 会長万歳! 生徒会万歳!!」」」
割れんばかりの歓声と拍手が通路を包み込む。
その狂乱の熱気を背に受けながら、征四郎は『第1セキュリティゲート』の認証端末の前へと立った。
分厚い防弾アクリルで仕切られたゲート。
征四郎がブレザーから銀色の『プラチナIDカード』を取り出し、リーダーにかざす。
『――ピッ。生体認証および役員権限を確認。東校舎生徒会執行部、通過を許可します』
カシャリ、と重厚な電子ロックが外れる音が響き、強化ガラスのスライドドアが左右へと静かに開いた。
男子生徒たちの「行けぇぇ!」「男子の誇りを見せてこい!」という合掌と歓声に見送られながら、俺たちは境界線の向こう側へと足を踏み入れた。
シュウウゥ……と音を立てて、背後の強化ガラス扉が完全に密閉される。
その瞬間――先ほどまでの凄まじい怒号と熱狂が、嘘のように完全に遮断された。
訪れたのは、無機質で張り詰めた冷気と静寂だった。
足元に広がるのは、磨き抜かれた白のリノリウム。
左右を覆うのは、紫外線をカットする巨大な防弾ガラスの壁面。
本館と中央タワーを繋ぐ空中回廊――『中央連絡スカイウェイ』の中は、学園の喧騒が一切届かない別世界だった。
ガラスの外を見下ろすと、そこには異様な光景が広がっていた。
灰色の巨大な塊――高さ十五メートル、厚さ三メートルの要塞壁『規律の障壁』が、まるで巨大な万里の長城のように、東西の大地を暴力的に真っ二つに引き裂いている。
壁の頂上には、鋭利な高圧電流ワイヤーが幾重にも張り巡らされ、一定間隔で配置された監視カメラが無機質に首を振っていた。
改めて間近で見ると、あの前生徒会のドローンが瞬時に撃ち落とされたのも当然だと痛感させられる。
「……毎月五十万の電気代、確かに伊達ではありませんね」
御影が眼鏡のブリッジを押し上げ、ガラス越しに障壁の変電設備を睨みつける。
「あのような無駄骨の要塞に学内予算を注ぎ込む理事長の正気を疑います。今日の予算会議では、徹底的に削減案を叩きつけてやりますよ」
「はは、御影くんは頼もしいね。でも、あまり初対面のレディーたちを数字で責め立てて怖がらせないでおくれよ?」
鳴神が微笑みながら、胸ポケットのチーフを整える。
海堂は無言で首の関節をコキリと鳴らし、後頭部をさする虎太郎は「次は絶対に生きて女子を拝む……」と執念の炎を目に宿していた。
スカイウェイを渡りきると、回廊はコンクリートの巨大な円筒構造物へと直結していた。
大防壁の中央真上、文字通り境界線の真芯にそびえ立つ学園都市の管制塔――『中央管理タワー』の基部エントランスである。
ひんやりとした金属光沢のホール。
そこには窓がなく、天井のLED照明だけが冷たく床を照らしていた。
壁面には、東側を示す大きな青い案内表示と、その奥に口を開けて待つ一基のエレベーター。
男子校舎側専用の、直通高速エレベーターだった。
「ここから先は、タワーの最上階まで直通だ」
征四郎が振り返り、全員を見渡した。
「西校舎側からも、全く同じ時刻に女子生徒会が専用エレベーターで上がってくる。エレベーターが開いた先が、合同大会議室だ。……各自、東校舎の威信を忘れるな」
征四郎がエレベーター脇のセンサーに、再びプラチナIDをタッチする。
『ピピッ――行先:最上階・東西合同生徒会室。運行を開始します』
重厚なステンレスの扉が開き、俺たち八名は整然と乗り込んだ。
征四郎が「閉」ボタンを押す。
密閉された瞬間、わずかな耳鳴りと共に、エレベーターは猛烈な勢いで垂直上昇を開始した。
ゴオオォォ……という静かなインバーターの唸り音が足元から伝わってくる。
エレベーターの背面ガラスから、外の景色が一望できた。
男子校舎のグラウンドが、学生寮が、体育館が、瞬く間に眼下へと小さく遠ざかっていく。
そして――視界の正面に、あの高さ十五メートルの防壁の天辺が迫ってきた。
地上十メートル。
十二メートル。
十五メートル――。
一瞬、視界を遮っていた灰色の巨大なコンクリート壁の天辺を、エレベーターのカゴが軽々と飛び越えた。
その瞬間、ガラスの向こう側に広がったのは――これまで一度も見たことのなかった、広大な『西校舎・女子エリア』の全景だった。
手入れの行き届いた白亜の校舎群、美しく色づいた花壇、そして遠くに見える女子学生寮。
男子校舎の無骨で機能美一色の風景とはまるで違う、華やかで美しいもう一つの学園都市の姿。
「……すげえ……」
虎太郎が息を呑んで呟いた。
誰もその言葉を咎めなかった。俺たちの誰もが、壁の向こうに広がる世界の広大さに、圧倒されていたからだ。
だが、感慨に浸る時間は長くは続かなかった。
急減速の重力が足元にかかり、インジケーターのランプが最上階を示す。
ポーン――。
澄んだ電子チャイムの音が、静寂に包まれたエレベーター内に鳴り響いた。
『――まもなく、最上階・東西合同生徒会大会議室に到着します』
扉の向こうに待っているのは、厚さ二十センチの防音二重スライドドア。
そしてその扉を隔てた先には、西校舎を束ねる八名の令嬢たち――そして何より、俺の最愛の許嫁である月城凛花が待っているはずだ。
俺はブレザーの内ポケットに触れ、小さく息を吸い込んだ。
昨晩、配信画面の向こうで『あの方』と呼び、左手の薬指を愛おしそうにトントンと叩いていた彼女の横顔が鮮明に浮かぶ。
(待っていてくれ、凛花。今、行く)
ステンレスの扉が、ゆっくりと左右へと開き始めた――。
第4話をお読みいただき、誠にありがとうございました!
虎太郎の情報漏洩によって大暴動……かと思いきや、飢えた男子生徒たちの反応は「女子の生情報を持ち帰る英雄への狂気の合掌」でした!
スウェット姿の男子たちの熱すぎる怨念と祈りを背負い、ついに地上15メートルの境界タワー最上階へと到達した男子生徒会執行部!
次回、第5話もどうぞよろしくお願いいたします!




