第3話:前生徒会がドローンで散ったと聞きまして
第3話は、東校舎の男子生徒会執行部8名がついに勢揃いするお披露目回です。
なぜ入学したばかりの高校1年生が、いきなり学園の全権を背負わされることになったのか――その裏には、前年度の上級生たちが繰り広げた、あまりにもおバカで壮絶な「前生徒会ドローン撃墜事件」が存在していました。
濃すぎる男子生徒会の掛け合いと、中央タワーへ向かうための厳重なルート設定をぜひお楽しみください!
東校舎・生徒会役員室。
重厚なマホガニー材の扉を閉めた瞬間、部屋の中を支配していたのは、まるで国家有事の作戦司令室のような息の詰まる沈黙だった。
壁際に並べられたスチールキャビネット。
机の上に数個並んだ未開封の胃腸薬の小瓶。
そして、ソファの奥に腰掛け、両手を組んで顎を乗せている新入生総代・御手洗征四郎の険しい表情。
昨日までの中学生気分など微塵も許さない殺伐とした空気に、俺――如月湊はブレザーの襟を正しながら、部屋の中央へと進み出た。
「如月、座りたまえ」
征四郎が短く促す。
促された対面の革張りソファには、すでに二人の先客がいた。
一人は、分厚い六法全書を腕に抱え、こめかみを指先で揉みほぐしている副会長・佐伯晴彦。
そしてもう一人は――昨晩、自室のモニター前で「あの方って誰だあああ!」と泣き叫びすぎたせいで、両目を真っ赤に腫らし、見る影もなく憔悴しきった書記・西条虎太郎だった。
「……西条、その目の充血はなんだ。結膜炎なら速やかに保健室へ行け」
「結膜炎じゃねえよ湊ぉ……! 心の傷から流れた血の涙だよ……! ルナ様の『あの方』が誰なのか気になりすぎて一睡もできなかったんだよぉ……!」
「知るか。私生活の夜更かしを公務に持ち込むな」
俺が淡々と切り捨てると、佐伯が深く、底なしのため息を吐き出した。
「西条の痴態はどうでもいい。本題に入ろう。……如月、昨日の入学式で理事長から告げられた言葉を覚えているな? 『選ばれしエリートのみに特権を与える』という、あの宣告だ」
「ああ。学業か武道で最上位を修めた者のみ、中央境界施設での直接交流を認めるというルールだな」
「そうだ。だが、君は疑問に思わなかったか? なぜ入学式初日、まだ何の試験も行われていない段階で、我々『新高校1年生』が東校舎の生徒会執行部として招集されたのかを」
佐伯の鋭い眼鏡の奥の瞳が光る。
俺は視線を巡らせた。
通常、高校の生徒会といえば、前年度から実績を積み重ねてきた2年生や3年生が主力を担うのが一般的だ。入学初日の1年生に執行部の席がすべて丸投げされるなど、前代未聞の異常事態と言っていい。
「……前任者が、全員職務を全うできなくなったからだろう」
俺が率直に答えると、征四郎の眉間により深い皺が刻まれた。
「察しがいいな、如月。その通りだ。……佐伯、映像を流せ」
「了解した」
佐伯が立ち上がり、窓の遮光カーテンを引いた。
部屋が暗転し、天井のプロジェクターから白い光が放たれる。
スクリーンに映し出されたのは、夜間の監視カメラが捉えた赤外線モノクロ映像だった。画面の右肩には『極秘・特別査問記録』と血のような赤字でスタンプが押されている。
「日付は今年の三月二十五日。春休みの深夜二時だ」
佐伯がレーザーポインターを握り、解説を始める。
「本来であれば、新学期に向けて東校舎の統率を担うはずだった『前年度・高校2年生徒会執行部』の面々だ。彼らはあろうことか、あの高さ15メートルの『規律の障壁』を突破するため、極秘作戦を企てた。コードネーム――『オペレーション・キューピッド』」
プロジェクターの映像が動く。
映し出されたのは、東校舎の屋上に集結した数名の男子生徒たち。
彼らの中心に鎮座していたのは、市販のドローンを違法改造したとおぼしき、プロペラが八基もついた巨大な産業用大型マルチコプターだった。
その機体の下部には、パンパンに膨れ上がった巨大な麻袋が吊り下げられている。
「彼らは東校舎全域から、女子への想いを綴った『寄せ書きラブレター』計450通、連絡先QRコードを印刷したステッカー3000枚、さらには男子生徒たちの私物である高級香水付きハンカチをかき集め、ドローンに積載した。そして遠隔操作によって、あの防壁を飛び越え、西校舎の中庭へと『愛の絨毯爆撃』を行おうとしたのだ」
「ぶっははははっ! なんだそのロマンの塊みたいな作戦は!」
腫らした目を丸くして、虎太郎がソファから身を乗り出した。
「すげえよ! 先輩たち、めちゃくちゃ勇者じゃねえか! 男たちの渇望を背負って飛翔したんだろ!? 結果はどうだったんだ佐伯!?」
「結果? ……見れば分かる」
佐伯がリモコンの再生ボタンを押す。
映像の中で、大型ドローンが凄まじい風切り音を立てて夜空へと浮上した。
高度5メートル、8メートル、10メートル――順調に上昇し、あと数メートルで高さ15メートルのコンクリート壁の天辺を越えようとした、その瞬間だった。
『――警告。領空侵犯物体を感知』
無機質な機械音声が夜の静寂を破ると同時に、障壁の頂部に設置されていた格納ハッチが跳ね上がった。
飛び出してきたのは、漆黒のボディを持つ理事長直属の迎撃ドローン部隊。
次の瞬間、高圧放水砲から凄まじい水圧のジェット水流が放たれ、先輩たちの愛のドローンを直撃した。
バチバチバチッと激しいショートの火花が散り、バランスを崩した機体へ、さらに追い打ちをかけるように巨大な高圧電流ネットが発射される。
ボトッ。
ぐしゃり。
木っ端微塵になった大型マルチコプターと、ずぶ濡れになって四散する450通のラブレター。
散乱する紙屑の上へ、赤外線ライトに照らされた理事長直属の武装警備員たちがワラワラと突入し、屋上でコントローラーを握っていた前生徒会長以下役員全員が、その場でうつ伏せに組み伏せられた。
「翌朝、激怒した理事長によって全校集会が緊急招集された」
佐伯が淡々と事実を告げる。
「容疑は学則第22条風紀紊乱罪、および校内航空法違反、建造物侵入幇助。前生徒会役員全員に対し、即時無期限停学処分、および生徒会役員永久剥奪――事実上の『全員免職』が言い渡された」
「せんぱいたちぃぃぃぃぃっ!!」
虎太郎が頭を抱えて机に突っ伏し、慟哭した。
「無茶しやがって! 男の夢を乗せて散った本物の英霊たちじゃねえか! 俺はあんたたちの散り様を一生忘れねえぞぉぉぉ!」
バシィィィィン!!
鈍く重い衝撃音が室内に響いた。
佐伯が手にした六法全書の角で、虎太郎の後頭部を容赦なく叩き落とした音だった。
「痛ったぁぁぁ!? 何すんだ佐伯!」
「黙れ煩悩。彼らは英霊などではない、ただの電波法違反者だ。無駄な感傷で私の血圧を上げるな」
佐伯が冷徹に眼鏡を直す横で、征四郎が深く息を吸い込み、重厚な声で言葉を継いだ。
「上級生が生徒会ごと壊滅したことで、男子校舎の自治機能は完全に麻痺した。……そこで母上、いや、理事長が下した決断が、我々新1年生の招集だ」
征四郎の視線が、部屋の隅々へと向けられる。
「『不祥事を起こした上級生は一人として信用に値しない。各界の名門より入学した新1年生の首席・トップエリートたちに、学園の秩序を守る番犬としての任を与える』……それが母上の下した特例措置だ。我々8名は、3年後の卒業に至るまで解散を許されない『特例終身執行部』として任命されたのだ」
その言葉に応じるように、これまで部屋の各所で息を潜めていた他の役員たちが、次々と声を上げ始めた。
「ふん……まったく、下らない茶番に巻き込んでくれたものですね」
冷ややかな乾いた声と共に、カチャカチャと猛烈な速度で電卓を叩く音が響いた。
部屋の隅の事務デスクに座っていたのは、会計担当・御影怜司だった。
財務省トップの官僚を父に持ち、メガ信託銀行の創業家を母に持つ、数字と論理の権化。御影は弾き出した数値をメモ用紙に叩きつけると、冷酷な笑みを浮かべた。
「前生徒会のドローン機体損失、および障壁迎撃システムの弾薬・損害費用、計148万2000円。くだらない色恋のために学園の公金を溶かすなど万死に値します。そもそも、あの忌々しい『規律の障壁』に流されている高圧電流の維持費だけで、毎月50万円――年間にして600万円の予算がドブに捨てられているというのに!」
「ま、毎月50万……!?」
虎太郎が顔を引きつらせる。
「ええ、毎月50万です! 高級車が毎年新車で買える金額ですよ! その予算があれば、東校舎の全教室に最高級の全自動空調システムを導入できるというのに、何が悲しくてコンクリートの壁を帯電させるために年間600万も払わねばならないのですか!」
御影がペンをへし折らんばかりの勢いで怒りを露わにする。
その隣の応接セットで、優雅にティーカップを傾けていた美男子がクスリと笑った。
広報担当・鳴神玲音。
特命全権大使の血筋を引き、社交界で磨き抜かれたフェミニストの美青年だ。
「まあまあ、落ち着き給えよ御影くん。恋焦がれる殿方たちの情熱そのものは、実に美しく詩的じゃないか。……もっとも、壁の向こうの可憐なレディーたちへ手紙を届ける手段としては、いささか無粋で野蛮に過ぎたけれどね。花束を添える配慮すら欠けていたようだ」
「花束添えたって撃ち落とされるに決まってんだろ馬鹿かお前は!」
佐伯が容赦なくツッコむ。
すると今度は、部屋の壁際で両手を広げて屈伸運動をしていた大柄な少年が、爽やかな白い歯を見せて笑った。
風紀担当・海堂陸斗。防衛省幹部の一族であり、全身が鋼のような筋肉で構成されたフィジカルの塊だ。
「ドローンなんかに頼るから撃ち落とされるんですよ! 毎朝10キロのランニングと懸垂で広背筋と大胸筋を極限まで鍛え上げれば、あの高さ15メートルの壁くらい、自力でよじ登れるはずです!」
「登攀即死だと昨日教えただろうが筋肉ダルマ! 壁の天辺には高圧ワイヤーが張ってあると言ったはずだ!」
佐伯の胃痛が目に見えて悪化していく。
そんな怒号と議論が飛び交う中、トコトコと愛らしい足音を立てて俺のブレザーの裾を引っ張る者がいた。
厚生担当・小日向陸。
人間国宝の女形の血筋を引く、女子と見紛うばかりの可憐な美少年だ。
「ねえねえ、湊くん〜。壁登るのとか痛そうだし、どうでもいいよ〜。それより如月グループの新作、いちごみるくマカロン持ってきてないの〜? ぼく、頭使ったら甘いもの食べたくなっちゃった〜」
「……持ってきているわけがないだろう。生徒会室は喫茶店ではない。あと、男が上目遣いで服を引っ張るな」
「え〜、ケチ〜」
小日向はぷくっと頬を膨らませてソファに座り込んだ。
(……濃い。濃すぎる)
俺は内心で額を押さえた。
政治家、法曹、財務、外交、医療、防衛、伝統芸能、そして製菓。
国家のあらゆる権力中枢の血を引くエリートたちが集まっているのは事実だが、その実態は原色の絵の具をキャンバスにぶちまけたような混沌そのものだった。
だが――呆れ返る一方で、俺はこの面々のスペックの高さを正確に評価してもいた。
それぞれが極端な欠陥を抱えてはいるが、ひとたび歯車が噛み合えば、恐るべき突破力を発揮するはずだ。
「静粛に!」
征四郎の一喝が、騒がしい室内を一瞬で鎮圧した。
全員の視線が、威厳を取り戻した会長へと集まる。
「各々の事情や主張はあるだろう。だが、我々はすでに賽を振られたのだ。母上は我々を従順な手駒として扱う腹づもりかもしれんが……我々はこの東校舎の規律と、生徒たちの誇りを守り抜かねばならん。そして――」
征四郎は机の引き出しを開け、銀色に輝くプラスチック製のカードを八枚、机の上に並べた。
表面に刻まれているのは、蒼穹学園の校章と『PLATINUM ACCESS』の文字。
『中央管理タワー特認通行許可証』――通称、プラチナIDカード。
「我々に課せられた、最初の公務を通達する」
征四郎が鋭い視線で全員を見据えた。
「来たる今週末――西校舎・女子生徒会との『第一回・東西合同生徒会会議』が執り行われる」
「――ッ!!」
息を呑む音が、部屋のあちこちから漏れた。
「場所は、高さ15メートルの防壁の中央直上にそびえ立つ『中央管理タワー』の最上階。東校舎と西校舎の生徒会役員、東西計16名のみが直接同じ部屋に集まり、学園全体の年間予算および行事日程を協議する」
「じ、じょ……生身の女子ぃぃぃぃぃっ!?」
虎太郎が叫び声を上げて立ち上がった。
「ま、マジかよ!? あの壁の向こうにいる、本物の女子生徒会と!? 同じ部屋で、アクリル板もなしに、息ができる距離で会議するのかぁぁぁ!? 神よ! 前言撤回します! あなたを一生信じまぁぁぁす!」
「喚くな西条!」
佐伯が六法全書を机に叩きつける。
「いいか、この件は一般生徒に対して完全秘匿だ! もし外の飢えた男子生徒たちに漏れてみろ、『生徒会だけ女子と会うずるい特権階級だ』と暴動が起き、この生徒会室は物理的に焼き討ちに遭うぞ!」
「ひえっ……」
虎太郎が慌てて両手で口を塞いだ。
「タワーへの侵入経路は厳重に管理されている」
征四郎がホワイトボードに学園の構造図を描きながら説明を続ける。
「我々は東校舎の本館2階から伸びる『中央連絡スカイウェイ』を進む。その先にある第1セキュリティゲートで、このプラチナIDを認証させる。一般生徒はそこから先へは1歩たりとも立ち入ることはできん」
ホワイトボードの図面を、俺は頭の中に叩き込んでいく。
渡り廊下の先にあるゲートをくぐり、タワー基部の東側エントランスへ。
そこから専用の直通高速エレベーターに乗り、地上15メートルの高みへと垂直上昇する。
西校舎側からも、全く同じ対称ルートで女子生徒会が上がってくる仕組みだ。
最上階の大会議室の防音扉が開くその瞬間まで、東と西の動線は完全に隔離され、互いの姿を見ることは叶わない。
「西校舎を束ねるのは、あの月城家の令嬢だ」
征四郎が腕を組み、険しい面持ちで言った。
「噂では、氷の刃のように冷徹で、いかなる妥協も許さぬ絶対的カリスマと聞く。初対面で舐められれば、東校舎の予算と主導権はすべて女子側に握られるぞ。気を引き締めて臨め!」
「「「了解!」」」
役員たちが引き締まった返声を上げる。
だが――その喧騒の輪の中で、俺はブレザーの内ポケットにそっと手を触れていた。
ポケットの底にある、小さな銀色のお守り。
指先に伝わるその感触が、俺の胸を静かに、そして熱く焦がしていく。
(中央タワー……。ついに、凛花に会えるのか)
昨晩の配信画面が、鮮明に脳裏へ蘇る。
『一番見てほしい“あの方”には、見てもらえなかったの』
そう言って寂しそうに目を伏せ、胸の左手薬指をトントンと叩いていた彼女。
周囲が恐れる「氷の令嬢・月城凛花」の仮面の裏に隠された、あまりにも甘く、重すぎる純情を、俺は誰よりも知っている。
氷の刃?
妥協を許さぬカリスマ?
とんでもない。彼女は今この瞬間も、壁の向こうで俺に会える週末を指折り数えて待っているはずだ。
(待っていてくれ、凛花)
配られた銀色のプラチナIDカードを、俺はしっかりと手の中に握りしめた。
前生徒会がドローンを落とされようが、理事長がどれほど強固な要塞を築こうが関係ない。
俺は正々堂々と、この特権の階段を登り、お前の待つ最上階へと向かう。
波乱に満ちた合同会議の幕開けまで、あと数日。
俺たちの青春を懸けた境界線上の戦いが、静かにカウントダウンを刻み始めていた。
第3話をお読みいただき、誠にありがとうございました!
前生徒会がラブレタードローンで散ったバカバカしくも壮絶な悲劇と、個性豊かすぎる東校舎男子生徒会役員8名の顔見せ回でした。
そして明かされた、地上15メートルの『中央管理タワー』への初公務!
次回、第4話もお楽しみに。




