ルシエラvsエリス⁉
「なかなか実入りの良い遺跡だったわ」
ギルド長室のデスクの上に、ユウナは報告書を無造作に置いた。
紙束はそれほど厚くない。
だが、そこに記された内容は決して薄いものではなかった。
入口に配置されていたウォードゥーム。
内部で遭遇した多数の魔動機兵。
そして最奥部に鎮座していた、ミスリルゴーレムの進化版、ミスリル・アームド・ガーディアン。
その戦果と脅威を、ユウナはいつもの調子で淡々と語った。
ギルド長は腕を組み、黙って聞いている。
「なるほどな……」
やがて、低く呟いた。
「人族の生存確認をトリガーに目を覚ました、迎撃拠点か」
彼の目に、鋭い光が宿る。
「それで、遺跡そのものに何か目新しい“遺産”は残されていなかったのか?」
「ええ」
ユウナは迷いなく答えた。
「残念ながら何もなかったわね。すべては砂と鉄屑に消えたわ」
「ふむ……」
ギルド長は眉根を寄せた。
完全に納得した顔ではない。
「迎撃の魔動機が多ければ多いほど、内部に当時の高度な技術や遺産が遺されている確率は高いのだがな」
「ただの統計でしょ」
ユウナは肩をすくめる。
「すべてに当てはまるわけじゃないわ」
そして、少しだけ疲れたように苦笑した。
「私も期待したんだけどね。まあ、魔動機から回収できた魔導部品だけでも十分潤ったわ」
一拍。
「冒険者としては、“当たり”と言うべきかしらね」
「ミスリルゴーレムなんてものに出くわして生還した時点で、普通なら“大ハズレ”なのだがな」
ギルド長も苦笑を返す。
だが、不意にその視線が鋭くなった。
「ところで……ルシエラはどうした?」
ユウナの肩が、びくりと跳ねる。
「いつもなら、お前と一緒にいるはずだが」
「る、るるるる……ルシエラね」
明らかに動揺していた。
視線が泳ぐ。
右へ、左へ、報告書へ、天井へ。
どこにも落ち着かない。
「ルシエラは、その……ひ、疲労が大きかったから! 先に宿で休んでるわ!」
声が少し高い。
「当然でしょ、あんなのとやり合ったんだから!」
「……その辺は年を重ねても、レベルが上がっても変わらんな」
ギルド長が呆れたように目を細める。
「な、なんのことかしらねぇえええええ!?」
裏返った声が、部屋に響いた。
ユウナは髪の先を弄り始める。
指先の動きが、あからさまに落ち着かない。
ギルド長はしばらくその姿を眺めていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……まあ、いい」
「え?」
「最奥部まで到達。地図も正確。脅威の排除も確認済み」
彼は報告書を整え、机の上の認印を手に取る。
「全て不整合なく整っている」
「……」
ユウナは、わずかに目を伏せた。
「ご苦労だった。依頼は完遂だ」
どん、と。
ギルド長は、書類にギルドの認印を力強く押した。
「……いいの? 本当に」
思わず、ユウナは尋ねていた。
ギルド長が顔を上げる。
「何がだ?」
「……何でもない」
ユウナは小さく首を振った。
それ以上は言わない。
言えない。
遺跡の本当の核心。
エリスのこと。
ザイードの研究。
魂の実験。
三百年ものあいだ稼働し続けていた、あの狂気の中枢。
すべてをここでそのまま報告すれば、話はもっと大きくなったはずだ。
もっと厄介に。
もっと政治的に。
もっと、取り返しのつかない方向へ。
ギルド長は、あえてそこを掘らなかった。
知ってしまえば放置はできなくなるからだ。
報告書に記された範囲を受け取り、依頼完遂として処理する。
それが、彼なりの判断だった。
短い沈黙の後、ユウナは立ち上がった。
髪をさらりと払う。
その顔には、もういつもの調子が戻っている。
「――次の仕事は、特別に二パーセント引きで請け負ってあげる」
「せっこいな、おい!」
さすがのギルド長も、思わず素の声でツッコミを入れた。
ユウナは身を翻してそれを背中で聞き流す。
軽やかな足取りで扉へ向かい、そのまま振り返らずに部屋を後にした。
―――
ルシエラは、エリスを伴って一足先に宿へ戻っていた。
三階を丸ごとぶち抜いた、ユウナとルシエラ、二人の生活拠点。
キッチン。
風呂。
ベッド。
本棚。
トイレ。
冒険者の拠点としては、十分以上。
いや、普通に考えればかなり恵まれた住環境だ。
少なくともルシエラは、そう思っていた。
しかし。
『これが、今の文明レベルですか……』
部屋をひと通り見回したエリスが、ぽつりと呟いた。
その声に悪意はない。
ただ、純粋な観察結果を述べているだけだった。
魔動機による照明はない。
壁に触れれば水が出る仕組みもない。
火を使わず湯を沸かす調理台もない。
燃料は薪や炭で、明かりはランプの火。
エリスはしばらく黙って部屋を見回したあと、さらに淡々と続けた。
『この設備では、私に備えられた機能の五十パーセントも活用できません』
「それは、つまり……?」
ルシエラがおそるおそる尋ねる。
エリスは少し考えた。
そして、極めて率直に答えた。
『おとぎ話より原始的です』
「げん……っ」
ルシエラが絶句した。
原始的。
そんな言葉を向けられたのは、生まれて初めてだった。
しかも、“おとぎ話より”と来た。
別にルシエラが責められたわけではない。
それでも、あまりの文明的断絶に、なぜか胸がしゅんと萎んでいく。
「ご……ごめんなさい……」
思わず謝ってしまった。
それを聞いたエリスの方が、逆に慌てた。
『あ! いえ、責めたとかではないんです』
珍しく、少しだけ言葉が早い。
『ただ、私の機能が使えないのが辛いというか、お役に立てなくて申し訳ないというか……そのような気持ちになってしまって』
「……(´‐ω‐`)」
ルシエラはしょんぼりした。
完全にしょんぼりした。
肩が落ち、視線が床へ沈んでいる。
頭の上に見えない雨雲でも浮かんでいそうなほどだった。
その様子を見て、エリスは思わず呟いた。
『何、この可愛い生き物』
「ただいまぁ。ああ、疲れた……」
そこへ、ユウナが帰ってきた。
扉を開けた彼女が見たものは――
必死になってルシエラを元気づけているエリスの姿だった。
『ルシエラ様、この環境にも優れた点はあります。たとえば……ええと……手作業による温かみが……』
「……」
『ええと、火を起こす工程には達成感が……』
「……」
「……何してるの?」
ユウナが、少し呆れた声で尋ねる。
エリスが振り返る。
ルシエラはまだしょんぼりしたまま、気まずそうに視線を逸らした。
その空気だけで、ユウナは何となく察した。
「……あなた、また何かすごいこと言ったわね?」
『いえ……事実を述べただけなのですが、ルシエラ様が予想以上にしょんぼりしてしまって……』
その横で、ルシエラが小さく抗議する。
「……原始的って言われました」
「ああ、うん」
ユウナは一瞬で納得した。
「それはしょんぼりするわ」
妙に実感のこもった返しだった。




