発案
『お任せいただけるのならば――』
遅い夕食を摂るユウナとルシエラを前にして、エリスがそう切り出した。
ちなみに、彼女は食事を必要としない。
体内に備わった『魔力炉』が周囲の魔素を取り込み、活動に必要なエネルギーへ変換する。
そのため、理論上は半永久的に稼働できるらしい。
初めて聞いた時、ユウナもルシエラもかなり引いた。
だが、当の本人が平然としている。
だから今はもう、深く考えないことにしている。
『この部屋は借り物とのことなので、水道を引くのは難しいでしょう』
エリスは、室内を一度見回した。
『ですが、照明設備……いえ、魔動機文明式の動力網であれば、私の工学ユニットで再現が可能です』
「……そんなこと、個人でできるの?」
ユウナの手が止まる。
話を聞けば、エリスにはハウスキーパーをはじめとする生活補助の技能だけでなく、工学系の技能も一通りインプットされているらしい。
施設管理。
生活補助。
簡易修理。
設備の保守点検。
さらには、住居用の魔動機文明式ライフラインの構築。
つまり、彼女がいれば、失われた魔動機文明の“快適な生活”を、ある程度再現できるということだった。
「それは……とんでもない話ね」
ユウナはフォークを置き、考え込んだ。
脳裏に浮かぶのは、あの遺跡で見た設備。
触るだけで流れ出す清らかな水。
火を使わず、数十秒で湯を沸かす調理台。
夜を昼に変える、白く明るい照明。
床からせり上がるベッド。
清潔で、効率的で、信じられないほど便利な暮らし。
もしあれが日常になれば、冒険の疲れを癒やす効率は劇的に上がるだろう。
怪我人の看護もしやすくなる。
食事も、入浴も、生活そのものも、今とは比べものにならないほど快適になる。
そして何より――
エリスが、自分の知識と機能を存分に活かせる。
それは、彼女に新しい役割と居場所を与えることにもなるはずだった。
ユウナの瞳に、分かりやすく火が灯る。
「……決めたわ」
ガタッ、と椅子が鳴った。
ユウナが勢いよく立ち上がる。
「家を買うわよ!」
一瞬の沈黙。
「……はい?」
ルシエラが思わず声を漏らした。
「借り物のこの部屋じゃ限界があるわ」
ユウナはもう止まらない。
「自由に改装できて、設備を追加できる場所が必要よ」
指を折りながら、次々に構想を口にしていく。
「動力網を通して、照明を整えて、できればキッチンももっと使いやすくして……!」
さらに勢いづく。
「お風呂も改良できるかもしれないし、洗濯も楽になるかもしれない。倉庫も欲しいわね。消耗品も安全に保管したいし、訓練用の小さな庭も――」
「ユウナ」
ルシエラが静かに呼ぶ。
「何?」
「一度、深呼吸してください」
「すぅー……はぁー……」
素直に深呼吸した。
だが落ち着かない、目の輝きはまったく消えていない。
「せっかくエリスがいるんだもの。使える知識は使わない手はないじゃない!」
完全にノっていた。
ルシエラは何となく諦めたかのように目を細める。
「……こういう時のユウナ、止まらないんですよね」
だが、その声はどこか柔らかかった。
無茶な討伐依頼を取ってくる時とは違う。
命を削る戦いへ向かう時とも違う。
これは、未来へ向けた暴走だ。
生活を良くするための。
エリスに居場所を作るための。
自分たち三人が帰る場所を、もっと確かなものにするための。
だからルシエラは、止めなかった。
エリスは、そんな二人を無言で見つめていた。
三百年以上、ただ機能として扱われてきた自分。
命令を遂行する存在。
施設を維持する道具。
研究の副産物。
しかし今は違う。
自分の知識が、暮らしを良くするものとして期待されている。
自分の機能が、生活を支えるものとして求められている。
それが、少し不思議で。
少し、嬉しかった。
『……可能な限り、尽力いたします』
エリスは静かに一礼した。
その声は、いつも通り淡々としていた。
しかし、ユウナには分かった。
ほんの少しだけ、弾んでいる。
ユウナの次なる目標は、蛮族討伐でも秘宝探しでもない。
秘境の探索でも、超越の手がかりでもない。
――マイホーム計画。




