マイホーム計画
『川や池などが近くにあれば、ろ過システムを構築して水道も引けます』
エリスが淡々と、しかしどこか頼もしく告げた。
その口調はいつも通り平坦だ。
しかし、提案の中身はまるで夢物語のようだった。
「井戸でもいいのかしら?」
『問題ありません』
エリスは即答する。
『揚水ポンプを自作すれば、手動で汲む手間も省けます』
「なるほどね……」
ユウナは腕を組み、真剣に考え込んだ。
「なら、敷地内に井戸がある家が理想ね」
「それは、かなりの豪邸になりますね」
ルシエラが、少し圧倒されたように呟く。
街中で私有の井戸を持つ家など、そう簡単に見つかるものではない。
貴族か、大商人か。
少なくとも、普通の市民が手を出せる住まいではない。
だがユウナは、少しも臆した様子を見せなかった。
「そうね。でも、今の私たちなら、そんな家に住んでも不自然はないわ」
ハイペリオン級冒険者。
高レベル変異種を倒して森の平穏を取り戻し、伝説級ゴブリンを討伐して、未曽有の被害を防いだ。
ドラゴンゾンビを討ち、スタンピードを退け、古代遺跡ではミスリルゴーレムを撃破した者たち。
その肩書と実績を見れば、豪邸に住んでいたところで、街の誰も驚きはしないだろう。
ユウナは不敵に笑う。
しかし次の瞬間、その表情は冒険者らしい現実的なものへと変わった。
「ただ、大きな問題は防犯ね」
それこそが、ユウナがこれまで宿暮らしを続けてきた最大の理由だった。
一軒家は魅力的だ。
広い。
自由が利く。
設備も好きに変えられる。
だが冒険者という職業上、長く家を空けることは珍しくない。
その間、家はただの“狙いやすい箱”になる。
特にユウナたちのような高位冒険者なら、高価な品も金もあると思われやすい。
泥棒にとっては、これ以上ない獲物だ。
『留守はお任せください』
エリスが静かに言った。
『私にも最低限の戦闘の心得はあります』
一拍。
『加えて、侵入者検知センサー、自動迎撃タレット、および簡易的な防衛用魔動機を配備することは可能です』
「侵入者検知……タレット? 迎撃?」
聞き慣れない言葉が並んだ。
だが、物騒な響きだけは十分に伝わる。
ルシエラはしばらく沈黙し、やがてぽつりと言った。
「……何だか、他人に知られちゃいけない家になりそうですね」
「大丈夫よ」
ユウナは軽く手を振る。
「もともと、人を招くことなんて滅多にないしね」
あったとしても、すでに事情を知っているリリアくらいだろう。
それに、とユウナは少しだけ目を細めた。
「もし、ハイペリオン級の家を狙う愚かな侵入者がいたら――」
その瞳に、楽しげな光が宿る。
「エリス謹製の迎撃……なんだっけ?が愚か者を蹴散らすのよ。
その身に刻んで、二度と近づきたいなんて思わなくさせてくれるわ!」
その言葉に、エリスは否定も肯定もせず、優雅に一礼した。
「……魔王と幹部か何かですか?」
「ふふ、冗談よ」
「冗談に聞こえません」
ルシエラは小さく息を吐くが、その表情はどこか柔らかかった。
「しかし……マイホーム、ですか」
彼女は少し照れくさそうに微笑む。
「なんだか、本当の家族みたいですね」
その言葉に、ユウナの表情がほんの少しだけ緩んだ。
エリスが、静かながらもはっきりと述べる。
『皆様の生活の質を最大化できるよう、尽力いたします』
井戸付きの家。
ある程度広い敷地。
改装可能。
できれば周囲に騒がれにくい立地。
防衛設備を設置しても目立ちすぎないこと。
条件は多い。
だが、全部が無茶というほどでもない。
ユウナは椅子の背にもたれ、満足げにまとめた。
「明日は、いい出物がないか冒険者ギルドや商人ギルドに聞きに行きましょう」
その声には、戦いの前とはまた違う種類の熱があった。
遺跡攻略の次は、家探し。
そしてその先には、エリスの知識を活かした改装と、新しい生活が待っている。
ルシエラはそんなユウナを見つめ、笑顔を見せた。
「また大きな話になってきましたね」
「いいじゃない」
ユウナも笑い返す。
「せっかくなら、住む場所くらい夢を見ましょうよ」
エリスは、二人のやり取りを静かに見ていた。
三百年以上、機能として存在し続けてきた自分。
命令を実行し、施設を維持し、ただ役割だけを果たしていた自分。
その自分が今は、“新しい家の設備担当”として話に巻き込まれている。
その事実が不思議で。
少しだけ可笑しくて。
そして――とても嬉しかった。
『では、明日から住環境改善計画を開始いたしましょう』
「名前もやたら立派ね」
「でも、ちょっと楽しみです」
そう言ったルシエラの声は、確かに弾んでいた。
戦いばかりではない。
命のやり取りばかりでもない。
こうして暮らしを考える時間があることが、今はただ温かかった。
失われた文明のメイドを仲間に加え、ユウナたちの冒険は――
“理想の家づくり”という、新たな局面を迎えようとしていた。
第1話を修正しました。元の形はほぼなくなってます。
幼少期ユウナの戦闘は今のユウナにはない種類の必死さで、書いてて中々に新鮮でした。
よろしければご一読をお願いします。




