物件探し
「どうした風の吹き回しだ?」
翌日。
邸宅の相談に訪れたユウナたちを、ギルド長は訝しげな目で迎えた。
無理もない。
つい昨日、遺跡探索の報告に来たユウナは、明らかに何かを隠している挙動を見せていた。
その翌日に、今度は定住するための屋敷の相談である。
裏があると勘繰られても、仕方のない流れだった。
「……まあ、私もね。色々と思うところがあるのよ」
ユウナはもっともらしく肩をすくめた。
だが、ギルド長の疑い深い視線は逸れない。
ルシエラは隣で、わずかに緊張していた。
エリスのことを隠している以上、ここで不用意なことは言えない。
それを察したユウナは、ふっと不敵な笑みを浮かべた。
そして何を思ったか、とんでもない方向へ舵を切った。
「夜のルシエラの可愛い声を、階下の連中に聞かれるのが業腹でね」
一拍。
「……宿暮らしも、そろそろ限界なのよ」
「……っ!? ゆ、ユウナ!?」
ルシエラの顔が、一瞬で真っ赤になった。
突然降って湧いた身に覚えのない――いや、まったくないとも言い切れないような……しかしこの場で言われる筋合いは絶対にない風評に、完全に狼狽える。
「な、何を言っているんですか……!」
その反応を見たギルド長は、一瞬ぽかんとした。
次の瞬間、机を叩いて笑い声を上げる。
「――っ、はっはっは! くっく……なるほど、若いな。いいことだ」
「ギルド長まで!? 違います、そんなんじゃないですから!」
ルシエラが必死に否定する。
だが、その慌てぶりが余計にユウナの言葉を後押ししていることに、本人だけが気づいていない。
ユウナは涼しい顔をしていた。
追求しづらい話題で煙に巻く。
それが狙いだったのだろう。
ギルド長も、あえてその策に乗ることにしたらしい。
まだ笑みを残したまま、棚から街の地図を取り出し、机の上に広げた。
「で、井戸があって、ある程度広い家だったな」
指先で地図を押さえながら、ギルド長は言う。
「実はその話、こちらにとってもありがたいんだ」
「ありがたい?」
「ギルド側でも、少々持て余している物件があってな」
話によれば、ギルドの太いスポンサーである貴族から、半ば押し付けられるように管理を任された物件があるらしい。
広すぎる。
維持費がかかる。
立地が微妙に扱いづらい。
普通の冒険者には到底勧められず、豪商相手に話を持って行けども、遠慮と言う名の拒否ばかり。
かといって放置すれば、スポンサーの顔も立たない。
ギルドとしても、扱いに困っていたというわけだ。
「こんな広い家、貴族以外では普通持たんのだがな……」
そう言いながら、ギルド長は地図の一点を指した。
交易都市ヴァルクレア。
北に領主の館がある貴族街。この区画だけは他と違い、壁に囲まれており、出入りが制限されている。
東に冒険者ギルドと、それに関連した施設。
南に一般人が多く住む居住区。
西に職人工房。
そして中央は商業区として大きく開かれている。
彼が示した場所は、北西寄り。
中央区と貴族街との境目だった。
「ギリギリで貴族街から“外れた”場所だ」
ギルド長は、指先でその一帯を軽く叩く。
「元の計画では貴族街に含まれるはずだったらしい。だが、どこかで誰かが手続きを間違えたのか、この土地建物だけ壁の外側にされて、妙な形で宙ぶらりんになった」
「ふぅん」
ユウナが地図を覗き込む。
「曰く付きってわけでもなさそうね」
「その手の話は聞いていない。単純に、扱いが面倒で放置されていた物件だ」
ギルド長は続ける。
「ギルドのある東区からは少し離れるが、商業区がすぐそこだ。仕事以外での生活はしやすいだろう」
「リリアの工房にも近いですね」
ルシエラが地図を覗き込み、表情を和らげた。
西の職人工房区にも出やすい。
商業区も近い。
それでいて貴族街のすぐ外なら、治安も悪くはない。
条件としては、かなり良い。
「ただ、ギルドから距離があると、緊急招集の際に声をかけるのが遅くなるのが欠点だ」
ギルド長はそこまで言うと、不意に何かを思い出したように眉を動かした。
「……いや、ちょっと待ってくれ」
引き出しを開け、小さな革袋を取り出す。
中から現れたのは、二つ一組の小さな魔道具だった。
繊細な金属細工に、淡い魔力の気配。
〈通話のピアス〉
――2個1セットで、それぞれの持ち主の間で距離に関係なく会話ができる。
「これを持っていてくれ」
ギルド長はその片方をユウナの前へ置いた。
「もう片方は俺が持つ。緊急時にはこれで連絡を入れる」
「ずいぶん気前がいいじゃない」
高価なアイテムである。ユウナが片眉を上げた。
「引っ越すにしても、しないにしても、ハイペリオン級のお前との迅速な連絡手段は確保しておきたいからな」
それは、信頼であり、警戒でもあった。
ユウナほどの冒険者は、都市にとって大きな戦力だ。
同時に、連絡がつかない状況はそれだけで損失になりうる。
「分かったわ」
ユウナはピアスを摘まみ上げる。
「何なら、毎朝モーニングコールをしてあげる」
「一日三分しか使えないんだから、無駄にしないでくれ」
「あら残念」
軽口を叩きながら、ユウナは高価な魔道具をまるで小物でも扱うように無造作に仕舞った。
そして、軽やかに立ち上がる。
「とりあえず、今から下見をさせてもらうわね」
視線をルシエラへ向ける。
「ルシエラ、行くわよ」
「はい」
ルシエラはギルド長に一礼し、ユウナの後を追う。
そして部屋を出た途端、頬を膨らませた。
「……もう、ユウナ。さっきのは酷すぎます!」
「何のことかしら」
「とぼけないでください!」
ぷんぷんと怒るルシエラを、ユウナは笑っていなしながら歩いていく。
新生活の舞台は、貴族街のすぐ隣。
エリスという秘匿を抱え、失われた魔動機文明の技術を詰め込むには、これ以上ないほど贅沢で、そして都合の良い拠点になりそうだった。




