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下見

 ギルドを後にしたユウナたちは、一度宿へ戻り、エリスを伴って件の屋敷へと足を運んだ。


 場所は、中央区と貴族街の境目。

 貴族街そのものではないが、通りは広く、石畳もよく整えられている。周囲の家々にも品があり、騒がしすぎず、かといって人の気配が薄すぎるわけでもない。


 屋敷は、想像していた以上に大きかった。


 高い外壁。

 広い前庭。

 裏手へ回れば、そこにも余裕のある敷地が広がっている。建物そのものは少し古びていたが、手入れを怠らなければ十分に使える造りだった。


 そして、敷地の片隅には確かに井戸がある。


「どう、エリス?」


『はい、少々視察の許可をお願いいたします』


「ええ、大事なことだものね、しっかりと見て頂戴」


 エリスは一礼して屋敷の外壁へ近づく。

 壁面を確認し、庭の土を見て、井戸の位置を測り、屋根の角度を見上げ、敷地の境界を歩く。


 まるで目に見えない図面を空間に重ねているかのように、エリスは屋敷の周囲を隅々まで歩き回っていた。


「エリスが、何となくだけど……とても生き生きしているように見えます」

 その様子を眺めながら、ルシエラが慈しむような笑みを浮かべる。


「そうね」

 ユウナも満足げに頷いた。

「ようやく彼女の“本分”が発揮できる場所が見つかったってことかしら」


 そう言ってから、ユウナはふと隣に立つルシエラの横顔を見た。


 穏やかな表情。

 新しい家を眺める目。


 それを見ていると、どうにも胸の奥が温かくなった。


 ユウナは不意に、ルシエラの肩をそっと抱き寄せた。


「ゆ……ユウナ!?」

 ルシエラが驚いて声を上げる。


「ああ、ごめんね」

 ユウナは悪びれもせずに笑う。

「なんか、新居選びなんてしてると、不意にルシエラが愛しく思えてさ」


 あまりにも真っ直ぐな言葉だった。


 ルシエラは一瞬言葉を失い、それから困ったように眉を下げる。


「……もう」


 そう言いながらも、頬は赤い。

 そして、拒むことはしなかった。


 むしろ、そっとユウナの体へ体重を預ける。


 広い庭。

 豪華な屋敷。

 その周囲を歩き回る銀髪のメイド。


 まだ自分たちのものではない場所なのに、そこにはすでに、どこか未来の生活の気配があった。


 それから十分ほどして、屋敷の検分を終えたエリスが二人のもとへ戻ってきた。


『計算は完了しました』


 その声は、明らかに弾んでいた。


 ラボで出会った当初の、無機質で感情の読めない気配はほとんどない。

 静かな口調ではあるが、その奥に確かな高揚がある。


 おそらく、これが彼女の本来の気質なのだろう。


『動力設備の敷設も、水道の引き込みも。そして、侵入者用のセンサーや迎撃設備も……すべて、ここならば実現可能です』


「ええ」

 ユウナは頼もしげに微笑んだ。

「頼りにしてるわよ、エリス」


『ご期待に沿えるよう、最善を尽くします』

 エリスは深々と一礼する。


 その所作は相変わらず完璧だったが、どこか誇らしげだった。


『全身全霊をもって、ユウナ様ルシエラ様の生活基盤を構築いたします』


「じゃあ、ここで決まりですね?」


 ルシエラが確認する。

 ユウナは力強く頷いた。


「そうね。ただ一つ――重大な問題があるのだけれど……」


 一転して、ユウナの表情が引き締まる。


「問題……ですか?」


 さっきまで楽しげに屋敷を眺めていた空気が、一瞬で張り詰めた。


 今の流れから、ここまで真剣な顔になるということは。

 何か致命的な欠陥でも見つかったのだろうか。


 ルシエラは、思わず息を呑む。


「ええ」


 ユウナはゆっくりとうなずいた。


 …………しばしの沈黙。


 風が庭木を揺らす音だけが聞こえる。


 ルシエラの喉が、ごくりと鳴った。


 そしてユウナは、重々しく口を開く。


「この屋敷……いくらするか、聞き忘れたわ」


「…………あ」

 ルシエラも固まった。

「そういえば……」


 二人の間に、何とも言えない沈黙が流れる。


 エリスの瞳が、初めて出会った時の無機質なものに戻った。

 その視線には、言葉にこそしないものの、


 ――この方たち、本当に大丈夫でしょうか?


 という感情が、ありありと浮かんでいるように見えた。


 ユウナとルシエラは、その視線に全力で気づかないふりをした。

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