お値段、全部で――
「16万ガメルだな」
ギルド長が告げた金額に、ユウナはほとんど反射で答えていた。
「あら、安い」
沈黙。
ギルド長が、すっと目を細める。
「……値切る気は無し、と。流石だな」
「……あ」
「ユウナ……」
ルシエラの冷ややかな視線が、横から突き刺さった。
「い、いや……最近、SSクラスの賦術カードを乱発してたから、ちょっと感覚が……」
ユウナは言い訳するように手を振る。
一回4万ガメルの【ヒールスプレーSS】を湯水のように使い、守護石や高位の魔符を当然のように砕き、命の値段として大金を燃やし続ける日々。
その結果、ユウナの金銭感覚は、気づかぬうちに致命的な方向へ歪んでいた。
16万ガメル。
普通に考えれば、庶民には縁のない大金だ。
しかしユウナの脳内では、瞬時に「SSカード8枚分」という雑な換算が行われていた。
ルシエラのジト目に耐えかね、ユウナは慌てて咳払いする。
「……あ、あー! 16万って、やっぱり高すぎるわよねぇ~?」
「…………ユウナ」
「もうちょっと、こう……何とかならないかしら~?」
ちらっ、と横目でギルド長の様子を窺う。
だが。
「………………」
「………………」
ギルド長とルシエラ。
二人の冷めた眼差しが、すべてを物語っていた。
完全に手遅れだった。
「……15万ガメルでいいな?」
ギルド長は、なぜかユウナではなくルシエラへ向かって言った。
「……はい。お願いします」
ルシエラが深く頷く。
こうして、交渉は成立した。
交渉と呼んでいいのかは、かなり怪しい。
「………………」
二人のやり取りを無言で見ることしかできないユウナ。
1万ガメルの値引き。
それは商談の成果というより、ギルド長からルシエラへの、せめてもの同情心だった。
―――
「ま、まあいいじゃない、ルシエラ!」
ギルドを後にし、リリアの工房へ向かう道中。
ユウナは必死に自分をフォローし続けていた。
「値切り倒した家に住むより、スパッと気持ちよく支払った方が、運気も上がるってものよ!」
「……まあ、そういうことにしておきます」
――そんなわけはない。
ルシエラは、喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
すでに契約は済んだ。
今さら蒸し返しても不毛だと判断したのだった。
だが、本当の地獄はここからだった。
―――
「85万ガメルです~」
にっこりと。
まるで聖母のような穏やかな微笑みで、とんでもない金額を告げたのはリリアだった。
「はぁっ!?」
ユウナの声が、工房中に響き渡る。
リリアは少しも怯まない。
むしろ、楽しげにカウンターの上へ紙束を置いた。
「エリスさんから聞いた設備建設に必要な魔動部品、その他特殊資材。それらをすべて取り揃えると、計85万ガメルになります~」
どさり。
重い音がした。
それは、エリスが屋敷の改装に必要な資材を容赦なく書き出したリストだった。
照明設備。
動力網。
給水機構。
浄水装置。
調理設備。
防犯用センサー。
迎撃装置。
簡易魔動機用の部品群。
紙面には、素人が見ても嫌な予感しかしない単語がぎっしりと並んでいる。
リリアはそのうちの一枚をひらひらと振った。
「すっごいですね~。希少な魔動部品を惜しみなく使う構造。さすがは魔動機文明時代の設計です~」
『当時であれば、そこまで希少な品でもないのですが……』
エリスが、少し不思議そうに首を傾げる。
「時代の違いを感じますねぇ~」
二人は、妙に楽しそうだった。
リリアは作り手、そして商人として。
エリスは設備設計担当として。
希少部品の流通事情や、代替素材の可能性、動力効率について、専門的な会話を弾ませ始める。
リリアには魔動機師としての素養までもがあったらしい。
新たな発見だが、そんなことに気を回す余裕はない。
二人の会話の横で、ユウナは石化していた。
「ちょ、ちょ……ちょっと待って……」
ようやく絞り出した声は、かすれていた。
「それは流石に……」
額から、滝のような汗が流れ落ちる。
15万ガメルの屋敷代など、今や可愛いものだった。
いや、むしろ序章に過ぎなかった。
「ちなみに、値段交渉には応じませんよ~?」
リリアがにこやかに先回りする。
「わたしもほぼ儲けなし。これでもギリギリなんですから~」
柔らかな声。
穏やかな笑顔。
そして、無慈悲な現実。
「よ……よかったですねユウナ。ギルド長から1万引いてもらっていたから、ぴったり100万ですよ!」
フォローになってないルシエラのフォローが刺さる。
「あ……ぐ……がが……」
ユウナは喉を鳴らし、天を仰いだ。
屋敷代15万。
設備費85万。
合計、100万ガメル。
「んにゃああああああああああああッ!!」
ヴァルクレアの空に――
最強を誇るはずの魔法戦士の、悲痛な絶叫が虚しく響き渡った。




